2010/02/13 - 2010/02/13
209位(同エリア259件中)
吉備津彦さん
丹後という名前は、もともとは丹波国(現在の京都府中部と兵庫県中部)であったが、都(京都)から見て丹波の後ろにあるという事で「丹後」と呼ばれるようになったと言う。古くは但波(たにわ)と呼ばれ、日本海側において一つの文化圏を確立し倭政権とも対等に交流をもった国であったとも考えられる。そんな但波国のほぼ中央を、南北に貫いて日本海へ由良川が流れ込んでおり、その上流から支流に2km程さかのぼった山間(現大江町)に、元伊勢神社と言う神社がある。内宮皇大神社、外宮豊受大神社、天岩戸神社と呼ばれる3神社である。このうち(元伊勢)内宮と外宮は、三重県伊勢神宮の元になった神社と言われている。
京都府福知山市大江町に鎮座
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 交通手段
- 自家用車
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元伊勢内宮皇大神社
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『倭姫命世記』に、崇神天皇39年、天照太神を奉じた豊鋤入姫命が鎮座地を求めて但波(丹波)国へ遷幸し、吉佐宮を築いて4年間奉斎したと記すが[1]、社伝によれば、当神社はその旧跡であり、天照大神が吉佐宮から遷座した後もその神徳を慕った人々が引き続き伊勢神宮内宮の元の宮として崇敬してきたといい、元明天皇朝(707 - 15年)に社殿を建立したという[2]。また、それとは別に、用明天皇の皇子麻呂子親王が当地の兇賊を成敗するに際して勧請したものであるとの異伝もある(宝暦11年(1761年)の『丹後州宮津府志』[3]所引『天橋記』)。
元伊勢内宮皇大神社 寺・神社・教会
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近世以前の沿革は不明であるが、江戸時代には4石3斗4合の社領を有し(天和元年(1681年)の『宮津領村高帳』)[4]、明暦2年(1656年)に宮津藩主京極高国が社殿を造営し(社蔵棟札)、元禄14年(1701年)に同奥平昌成も修造してから歴代宮津藩主もこれに倣ったといい[5]、また60年に1度の式年遷宮も行われていた[6]。
昭和5年(1930年)府社に列し、戦後は神社本庁に参加している。 -
元伊勢内宮皇大神社 寺・神社・教会
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イチオシ
御神木 龍灯の杉
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御朱印
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イチオシ
鎖を伝うと登れます
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