プリシュティナ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
12月30日(後半) <br /><br />マケドニアの首都スコピエから高速に乗り、国境までは40分程度で到着した。マケドニア側の国境では、車両保険証、パスポート、国際免許書、自動車登録書の4点を同時に手渡すと、それらを確認し何の問題も無く無事に通過。マケドニア、コソボって確か日本で発行された国際免許書が通用しなかったのでは…。と思いながらも、何の指摘も無かったのでそのまま運転した。 <br /><br />マケドニアの出国ゲートからコソボの入国ゲートまではすぐそばにあった。車は前に2,3台止まり、入国審査を受けている。私はそれらの車の後ろに止まり、自分の番を待つ。そして、5分くらい待ったところで、私の出番。セルビアナンバーの車に乗っているせいか、10分程度「どこに行くのか?」「目的は?」「コソボで働いているのか?」等々あれこれ質問された。 <br /><br />「どこへ行くのか?」質問をされた時、「グラチャニツァ修道院を見に行く」と言ったら、入国拒否をされるといけなかったので、瞬時に「プリシュティナへ行く」と答えた。と言うのは、コソボは多数派のアルバニア系住民が住んでいる。しかし、このグラチャニツァ修道院はコソボ紛争の際、敵であったセルビア人の国教であるセルビア正教の修道院だったからだ。その点を配慮し、入国審査官に「プリスティナ!」答えた。そして、いい具合に入国スタンプも確保した。 <br /><br />私の一台前の車はトランクの中や荷物なんかも調べられていたが、私は素通りでした。コソボ国境からしばらくは山道が続く。後から来ている車はどんどん私の車と前を走っているタンクローリーを抜かしていくが、あんな山道で追い越しをするのは本当に怖かったので、大人しくタンクローリーの後ろを走っていた。いくら遅いと言っても、時速60キロ程度は出ていた。 <br /><br />テトボへ向かう分岐点あたりから、やがて道は開けコソボの首都プリスティナまで直線の道が続いていた。信号はほとんど無いものの、国道の両脇には民家や商店等々がある一般道だ。しかし、みんなゆっくり走ると言うことは全くせず、ほとんど高速に近いものがあった。 <br /><br />私は首都プリスティナには寄らず、世界危機遺産に指定されているグラチャニツァ修道院(プリスティナ)へ行って戻る事を決めていたので急ぐ。ここでも現地住民に頼り、とりあえず道を聞く。しかし、目的地がセルビア正教の教会だけに、アルバニア系住民の方々の気持ちを配慮して、可能な限り質問する回数を減らした。アルバニア人にセルビア人の修道院へ行くって言ったら余計なトラブルを引き起こす可能性があったからだ。 <br /><br />グラチャニツァ修道院は少しプリスティナへ向かう幹線道路から5キロ程度入ったところにあった。このとき地図を宿に置いてきた事に気付く。地図が無いので私は幹線道路沿いにあったタイヤ屋へグラニチャツァ修道院の場所を聞きに入った。英語が通じなかったけど、写真を見せここへ行きたいって言うと、地図を描いてくれた。そして、彼らと話をしている時にちょうど車のタイヤを交換しに来たEUの政府関係者の車が止まり、彼らが加えて英語で行き方を教えてくれた。地図も書いて欲しいとお願いしたが、「グラニチャツァ修道院までは、前の道を曲がってまっすぐ行くだけ。道に迷いようが無いし間違えようが無い」って言って書いてくれなかった。彼らはEUマークの入ったランドクルーザーの窓を開け、「Have a nice trip!」と言って去っていった。 <br /><br />そんなに行き方が簡単なら…と思い、タイヤ屋の工場工達と写真を一緒に撮り先を急いだ。言われた通り、一本目の道を曲がり、先へ進むが修道院は見つからない。不安になったのでここでもガソリンスタンドに入り行き方を尋ねる。一見いやな顔をされたらどうしようかと考えたけど、快く「すぐそこ。一キロ先だ」と教えてくれた。 <br /><br />5分程度で到着。世界危機遺産といえども、しっかりと周りを見ながら進まないと見過ごす。案内の看板なんかは全然無かったし、以前はスウェーデン軍が治安とうちに当たっていたらしいが、それらしき軍隊も駐留していなかった。ただ、他の修道院と違うのは、壁の上に鉄条網が敷いてあったことだ。物々しい雰囲気を感じた。修道院のすぐそばに車を止めた。周りを見渡しても、セルビアナンバーの車は皆無。少々レンタカーが心配だったので、中を見てすぐに引き上げようと思った。 <br /><br />中に入る。シスターが何人かいるだけで、観光客など全く無し。アジア人の私を見てシスターが話しかけてきた。複雑な民族問題に関することは話すのを避けようと考えていたが、シスターの方からそういった話を切り出す。私自身は安易な事が言えないので、適当に話を受け流した。修道院内で販売されていたポストカード20枚を購入し、修道院内へ向かった。セルビア人は「コソボ」という国家を承認していないので、セルビア人がいるこの教会でのお金の支払いはセルビアの通貨・ディナールが中心となった。私はディナーるを持っていたので、ユーロが使用できるのかどうかは不明。修道院内の写真撮影は禁止と言うことで、残念ながら撮影できなかったけど、壁、天井一面にフレスコ画が描かれていて、非常に綺麗な修道院でした。修道院内でもおみやげ物を売る売店があり、そこでフレスコ画を購入し、最終目的地アルバニアの首都・ティラナへ向け出発した。 <br /><br />途中まで行きに来た道を戻る。そして、スコピエの宿のスタッフから「スコピエ経由でオフリドへ行くよりもテトボ経由でオフリドへ行った方がいい。雪もそんなに積もってないやろうし」って情報を貰っていたので、途中でマケドニア第二の都市・テトボに向けて出発した。 <br /><br />テトボ方面の道はとにかく山道がきつく、至る所に落石があり、雪もガッツリ残っていた。スピードが全く上がらなかった。スコピエ経由でオフリドへ行った方がよかったのでは…と後悔するが仕方がない。結局コソボを出るのに3時間位かかった。一応、コソボの出国ゲートもあった。出国審査を受けて、マケドニアへ。その前に出国後すぐ先に車を止めお手洗いを借りる。コソボの入国ゲートから歩いて入ろうと試みるが、「おい!」と止められ、事情を説明したが、「マケドニア側で借りろ!」と認められず。結局出国審査を受けたゲートから入れてくれ、再び車に戻ってマケドニアの入国ゲートで入国審査を受けた。コソボとマケドニアの国境は目と鼻の先。横を見ると牛が放牧されていた。 <br /><br />マケドニアに再入国。「どこへ行くのか?」「目的は?」と聞かれ、適当に返事をする。難なく再入国。午後2時を指していた。先へ急ぐ。テトボから、オフリド方面には高速道路が延びているので、その道を目指した。テトボからオフリドまでは150キロ程。しかし、テトボの市街地に入ると、車が多すぎて動かない。そして、何と道がわからない。適当に走り運よく高速へ入る道を見つけた。しかし、その高速がオフリド方面へ行く道なのかどうなのか不明だったが、とりあえず高速道路に乗る。料金所で指差し「オフリド?」って聞くと、「そう」と言われたので安心して高速を飛ばした。 <br /><br />やがて、高速は終わり一般道を走る。ここからオフリドまでの道は本当に恐ろしかった。コソボ~テトボまでの峠道をさらに長くそしてきつくしたような道だった。その上、路面はコチコチに凍っていた。峠を車が登れない可能性も考えた。何箇所か事故も起きていたし…。私自身がこの旅で一番神経をつかって運転をした峠道だった。 <br /><br />ここでもやはりスピードは上がらず…。午後5時。まだオフリドへは着かない。外は真っ暗。10年前オフリドへは行ったこともあったので、オフリドへ行くことを諦め、アルバニアへ向かうことにした。オフリドへ近づくにつれ、雪はなくなり走りやすい道になっていた。 <br /><br />午後6時前、国境に到着。マケドニア側の国境は難なくクリアー。一方、アルバニア側の国境では…。いつも通り国際免許証など4点セットを提示する。入国管理官は「セルビアの車か?」「どこへ行く?」など聞かれ、この旅初めて「トランクを開けろ!」と言われた。トランクを開けさせられたのは、後にも先にもアルバニア国境だけである。トランクには何も入っていなかったので躊躇なくトランクをオープン。「何もないで」って検査官に言うと、「行け!」と言い無事開放された。 <br /><br />国境先の坂道を下るとレストランが…。この旅初めてのレストランへ入る。中に入ると客はいないものの綺麗なレストランだった。メニュー表を見せてもらっても、アルバニアの通貨で値段が記載されている為、いくらかわからない。ユーロで値段を出してもらう。スープ、サラダ、ステーキ、ポテトを含め8ユーロとの事。その値段が妥当なのかどうなのかわからなかった。アルバニアは物価が安いイメージがあり、少々ぼられているのでは!?と感じたので、御飯を食べずにレストランを出てきてしまった。今から考えると、妥当な価格を出してきていたのかもしれないが…。食べればよかった。 <br /><br />食事もせずティラナを目指す。雪はなかったものの、ひたすら坂道だった。遠くを見ると凄いところから車のヘッドライトが見えた。あそこの道も通らないといけないのか…と思うとゾッとした。市街地に入っても街灯が少なく歩道もない。人が急に視界に入りびっくりすることもしばしばあった。午後8時。眠気が襲ってくる。ガソリンスタンドでガソリンをいれ、そこの店員に「邪魔にならないところで車を止めて寝てもいい?」と聞き、了解を得てしばらく睡眠をとった。 <br /><br />そのガソリンスタンドからティラナは実はすぐ近い場所にあった。突然、にぎやかな町が出現した。早速ホテル探しをする。案の定わからない。ティラナのどこにいるのかもわからない。時間が経つにつれて不安になり、泣きそうになる。車が多すぎて車を止める場所も見つからなかった。どうにもならない。 <br /><br />ガソリンスタンドを見つけたので、入り場所を確認してみる。店員は英語すら通じないし、何を言っているかもわからない。諦めかけたが、2人いる店員のうち、1人の店員が自転車で先を行くのでついて来いという。てっきりホテルに連れて行ってもらえるもんだと思っていたが、彼のガソリンスタンドの系列会社に連れて行かれた。ここでも英語が通じない。本当に正直「もうあかん」と匙を投げそうになったが、神は私を見捨てなかったようだ。客としてやってきたカップルの男性の方が「英語を話せるか?」「どうしたんだ?」と声を掛けてくれた。一生懸命事情を説明する。このカップルは本当に優しかった。車の後をついてくるよう促され、彼の車についていく。5分ほど走ったところで、ホテルを発見。ホテルは路地にあり、一人で探してもまず見つからない。本当に良かった。 <br /><br />彼らにお礼を言いたかったが、彼らの車が渋滞を引き起こしていたので、お礼を言う前に去って行ってしまった。彼らともう少し色々話がしたかったし、お礼を言いたかった。本当にこのことだけが今回の旅行での心残りなことである。彼らに会えてなければ本当にどうなっていたんだろう?って考えると、ゾッとする。 <br /><br />ホテルにチェックインをして、晩御飯を食べれるところを探すが夜も遅く見つからなかった。ホテルの近くにカフェがあり、ショーケースにケーキが売られているのが見えたので中に入った。美味しそうなケーキが10種類ぐらい並んでいた。店員は英語が話すことができ、客がいなかったので色々と構ってくれる。この旅では「中国人?」って言われることが少なかった。この店でも「日本人だろ?」って言われる。彼曰く「服装を見ればわかる」とのことだった。ここでも、話はデリケートな問題である民族問題などを彼から話を切り出してきた。彼は「宗教も民族も違えば当然喧嘩は起こりえる事」としながらも、「お互いそれぞれの文化などを理解することが必要」って話していた。 <br /><br />その間、これを食べろあれを食べろと言ってお店のクッキーを出してくれた。アルバニアの人は本当に人がいいし、親切な人が多かった。ここで、1997年に起こったねずみ講事件についても色々と聞きたかったけど触れなかった。アルバニアで起きたねずみ講事件って、国民の大半がねずみ講被害に遭い、国家が破綻しかけた事件。国民の大半がねずみ講被害に遭うって…。それまではこの国は鎖国政策を取っていて、外国人を受け入れなかったし…。そして、今はヨーロッパ最貧国家のひとつ。周りのヨーロッパの国々と違う歴史を歩んできた国でもある。彼らはお金をたくさん得ることは出来ないが、本当に心は広かった。また、時間を見つけて今度はゆっくり旅をしてみたいと感じさせる国だった。 <br /><br />話はそれたが結局新たにお客さんが来るまでの40分程度、カフェのマスターと話をし、ここでプリン、オレンジとチョコレートのケーキをテイクアウト。(計250円)一つ一つのケーキが無茶苦茶デカイ!そして、帰り際「明日は1月1日だし、これをもって帰れ!」と言って、売り物で店内に飾ってあったドライフルーツ入りパンを1ホール無料でくれた。その時は若干邪魔になるな~と思ったけど、後でこのパンがあったことで助かることに…。店のオーナーにお礼を言い、ホテルで夕食として買ったケーキを食べ、長い一日が終了した。<br />

旧ユーゴスラビア旅行記5(スコピエ~コソボ~ティラナ)

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2010/12/30 - 2010/12/30

22位(同エリア86件中)

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15

SATORU

SATORUさん

12月30日(後半)

マケドニアの首都スコピエから高速に乗り、国境までは40分程度で到着した。マケドニア側の国境では、車両保険証、パスポート、国際免許書、自動車登録書の4点を同時に手渡すと、それらを確認し何の問題も無く無事に通過。マケドニア、コソボって確か日本で発行された国際免許書が通用しなかったのでは…。と思いながらも、何の指摘も無かったのでそのまま運転した。

マケドニアの出国ゲートからコソボの入国ゲートまではすぐそばにあった。車は前に2,3台止まり、入国審査を受けている。私はそれらの車の後ろに止まり、自分の番を待つ。そして、5分くらい待ったところで、私の出番。セルビアナンバーの車に乗っているせいか、10分程度「どこに行くのか?」「目的は?」「コソボで働いているのか?」等々あれこれ質問された。

「どこへ行くのか?」質問をされた時、「グラチャニツァ修道院を見に行く」と言ったら、入国拒否をされるといけなかったので、瞬時に「プリシュティナへ行く」と答えた。と言うのは、コソボは多数派のアルバニア系住民が住んでいる。しかし、このグラチャニツァ修道院はコソボ紛争の際、敵であったセルビア人の国教であるセルビア正教の修道院だったからだ。その点を配慮し、入国審査官に「プリスティナ!」答えた。そして、いい具合に入国スタンプも確保した。

私の一台前の車はトランクの中や荷物なんかも調べられていたが、私は素通りでした。コソボ国境からしばらくは山道が続く。後から来ている車はどんどん私の車と前を走っているタンクローリーを抜かしていくが、あんな山道で追い越しをするのは本当に怖かったので、大人しくタンクローリーの後ろを走っていた。いくら遅いと言っても、時速60キロ程度は出ていた。

テトボへ向かう分岐点あたりから、やがて道は開けコソボの首都プリスティナまで直線の道が続いていた。信号はほとんど無いものの、国道の両脇には民家や商店等々がある一般道だ。しかし、みんなゆっくり走ると言うことは全くせず、ほとんど高速に近いものがあった。

私は首都プリスティナには寄らず、世界危機遺産に指定されているグラチャニツァ修道院(プリスティナ)へ行って戻る事を決めていたので急ぐ。ここでも現地住民に頼り、とりあえず道を聞く。しかし、目的地がセルビア正教の教会だけに、アルバニア系住民の方々の気持ちを配慮して、可能な限り質問する回数を減らした。アルバニア人にセルビア人の修道院へ行くって言ったら余計なトラブルを引き起こす可能性があったからだ。

グラチャニツァ修道院は少しプリスティナへ向かう幹線道路から5キロ程度入ったところにあった。このとき地図を宿に置いてきた事に気付く。地図が無いので私は幹線道路沿いにあったタイヤ屋へグラニチャツァ修道院の場所を聞きに入った。英語が通じなかったけど、写真を見せここへ行きたいって言うと、地図を描いてくれた。そして、彼らと話をしている時にちょうど車のタイヤを交換しに来たEUの政府関係者の車が止まり、彼らが加えて英語で行き方を教えてくれた。地図も書いて欲しいとお願いしたが、「グラニチャツァ修道院までは、前の道を曲がってまっすぐ行くだけ。道に迷いようが無いし間違えようが無い」って言って書いてくれなかった。彼らはEUマークの入ったランドクルーザーの窓を開け、「Have a nice trip!」と言って去っていった。

そんなに行き方が簡単なら…と思い、タイヤ屋の工場工達と写真を一緒に撮り先を急いだ。言われた通り、一本目の道を曲がり、先へ進むが修道院は見つからない。不安になったのでここでもガソリンスタンドに入り行き方を尋ねる。一見いやな顔をされたらどうしようかと考えたけど、快く「すぐそこ。一キロ先だ」と教えてくれた。

5分程度で到着。世界危機遺産といえども、しっかりと周りを見ながら進まないと見過ごす。案内の看板なんかは全然無かったし、以前はスウェーデン軍が治安とうちに当たっていたらしいが、それらしき軍隊も駐留していなかった。ただ、他の修道院と違うのは、壁の上に鉄条網が敷いてあったことだ。物々しい雰囲気を感じた。修道院のすぐそばに車を止めた。周りを見渡しても、セルビアナンバーの車は皆無。少々レンタカーが心配だったので、中を見てすぐに引き上げようと思った。

中に入る。シスターが何人かいるだけで、観光客など全く無し。アジア人の私を見てシスターが話しかけてきた。複雑な民族問題に関することは話すのを避けようと考えていたが、シスターの方からそういった話を切り出す。私自身は安易な事が言えないので、適当に話を受け流した。修道院内で販売されていたポストカード20枚を購入し、修道院内へ向かった。セルビア人は「コソボ」という国家を承認していないので、セルビア人がいるこの教会でのお金の支払いはセルビアの通貨・ディナールが中心となった。私はディナーるを持っていたので、ユーロが使用できるのかどうかは不明。修道院内の写真撮影は禁止と言うことで、残念ながら撮影できなかったけど、壁、天井一面にフレスコ画が描かれていて、非常に綺麗な修道院でした。修道院内でもおみやげ物を売る売店があり、そこでフレスコ画を購入し、最終目的地アルバニアの首都・ティラナへ向け出発した。

途中まで行きに来た道を戻る。そして、スコピエの宿のスタッフから「スコピエ経由でオフリドへ行くよりもテトボ経由でオフリドへ行った方がいい。雪もそんなに積もってないやろうし」って情報を貰っていたので、途中でマケドニア第二の都市・テトボに向けて出発した。

テトボ方面の道はとにかく山道がきつく、至る所に落石があり、雪もガッツリ残っていた。スピードが全く上がらなかった。スコピエ経由でオフリドへ行った方がよかったのでは…と後悔するが仕方がない。結局コソボを出るのに3時間位かかった。一応、コソボの出国ゲートもあった。出国審査を受けて、マケドニアへ。その前に出国後すぐ先に車を止めお手洗いを借りる。コソボの入国ゲートから歩いて入ろうと試みるが、「おい!」と止められ、事情を説明したが、「マケドニア側で借りろ!」と認められず。結局出国審査を受けたゲートから入れてくれ、再び車に戻ってマケドニアの入国ゲートで入国審査を受けた。コソボとマケドニアの国境は目と鼻の先。横を見ると牛が放牧されていた。

マケドニアに再入国。「どこへ行くのか?」「目的は?」と聞かれ、適当に返事をする。難なく再入国。午後2時を指していた。先へ急ぐ。テトボから、オフリド方面には高速道路が延びているので、その道を目指した。テトボからオフリドまでは150キロ程。しかし、テトボの市街地に入ると、車が多すぎて動かない。そして、何と道がわからない。適当に走り運よく高速へ入る道を見つけた。しかし、その高速がオフリド方面へ行く道なのかどうなのか不明だったが、とりあえず高速道路に乗る。料金所で指差し「オフリド?」って聞くと、「そう」と言われたので安心して高速を飛ばした。

やがて、高速は終わり一般道を走る。ここからオフリドまでの道は本当に恐ろしかった。コソボ~テトボまでの峠道をさらに長くそしてきつくしたような道だった。その上、路面はコチコチに凍っていた。峠を車が登れない可能性も考えた。何箇所か事故も起きていたし…。私自身がこの旅で一番神経をつかって運転をした峠道だった。

ここでもやはりスピードは上がらず…。午後5時。まだオフリドへは着かない。外は真っ暗。10年前オフリドへは行ったこともあったので、オフリドへ行くことを諦め、アルバニアへ向かうことにした。オフリドへ近づくにつれ、雪はなくなり走りやすい道になっていた。

午後6時前、国境に到着。マケドニア側の国境は難なくクリアー。一方、アルバニア側の国境では…。いつも通り国際免許証など4点セットを提示する。入国管理官は「セルビアの車か?」「どこへ行く?」など聞かれ、この旅初めて「トランクを開けろ!」と言われた。トランクを開けさせられたのは、後にも先にもアルバニア国境だけである。トランクには何も入っていなかったので躊躇なくトランクをオープン。「何もないで」って検査官に言うと、「行け!」と言い無事開放された。

国境先の坂道を下るとレストランが…。この旅初めてのレストランへ入る。中に入ると客はいないものの綺麗なレストランだった。メニュー表を見せてもらっても、アルバニアの通貨で値段が記載されている為、いくらかわからない。ユーロで値段を出してもらう。スープ、サラダ、ステーキ、ポテトを含め8ユーロとの事。その値段が妥当なのかどうなのかわからなかった。アルバニアは物価が安いイメージがあり、少々ぼられているのでは!?と感じたので、御飯を食べずにレストランを出てきてしまった。今から考えると、妥当な価格を出してきていたのかもしれないが…。食べればよかった。

食事もせずティラナを目指す。雪はなかったものの、ひたすら坂道だった。遠くを見ると凄いところから車のヘッドライトが見えた。あそこの道も通らないといけないのか…と思うとゾッとした。市街地に入っても街灯が少なく歩道もない。人が急に視界に入りびっくりすることもしばしばあった。午後8時。眠気が襲ってくる。ガソリンスタンドでガソリンをいれ、そこの店員に「邪魔にならないところで車を止めて寝てもいい?」と聞き、了解を得てしばらく睡眠をとった。

そのガソリンスタンドからティラナは実はすぐ近い場所にあった。突然、にぎやかな町が出現した。早速ホテル探しをする。案の定わからない。ティラナのどこにいるのかもわからない。時間が経つにつれて不安になり、泣きそうになる。車が多すぎて車を止める場所も見つからなかった。どうにもならない。

ガソリンスタンドを見つけたので、入り場所を確認してみる。店員は英語すら通じないし、何を言っているかもわからない。諦めかけたが、2人いる店員のうち、1人の店員が自転車で先を行くのでついて来いという。てっきりホテルに連れて行ってもらえるもんだと思っていたが、彼のガソリンスタンドの系列会社に連れて行かれた。ここでも英語が通じない。本当に正直「もうあかん」と匙を投げそうになったが、神は私を見捨てなかったようだ。客としてやってきたカップルの男性の方が「英語を話せるか?」「どうしたんだ?」と声を掛けてくれた。一生懸命事情を説明する。このカップルは本当に優しかった。車の後をついてくるよう促され、彼の車についていく。5分ほど走ったところで、ホテルを発見。ホテルは路地にあり、一人で探してもまず見つからない。本当に良かった。

彼らにお礼を言いたかったが、彼らの車が渋滞を引き起こしていたので、お礼を言う前に去って行ってしまった。彼らともう少し色々話がしたかったし、お礼を言いたかった。本当にこのことだけが今回の旅行での心残りなことである。彼らに会えてなければ本当にどうなっていたんだろう?って考えると、ゾッとする。

ホテルにチェックインをして、晩御飯を食べれるところを探すが夜も遅く見つからなかった。ホテルの近くにカフェがあり、ショーケースにケーキが売られているのが見えたので中に入った。美味しそうなケーキが10種類ぐらい並んでいた。店員は英語が話すことができ、客がいなかったので色々と構ってくれる。この旅では「中国人?」って言われることが少なかった。この店でも「日本人だろ?」って言われる。彼曰く「服装を見ればわかる」とのことだった。ここでも、話はデリケートな問題である民族問題などを彼から話を切り出してきた。彼は「宗教も民族も違えば当然喧嘩は起こりえる事」としながらも、「お互いそれぞれの文化などを理解することが必要」って話していた。

その間、これを食べろあれを食べろと言ってお店のクッキーを出してくれた。アルバニアの人は本当に人がいいし、親切な人が多かった。ここで、1997年に起こったねずみ講事件についても色々と聞きたかったけど触れなかった。アルバニアで起きたねずみ講事件って、国民の大半がねずみ講被害に遭い、国家が破綻しかけた事件。国民の大半がねずみ講被害に遭うって…。それまではこの国は鎖国政策を取っていて、外国人を受け入れなかったし…。そして、今はヨーロッパ最貧国家のひとつ。周りのヨーロッパの国々と違う歴史を歩んできた国でもある。彼らはお金をたくさん得ることは出来ないが、本当に心は広かった。また、時間を見つけて今度はゆっくり旅をしてみたいと感じさせる国だった。

話はそれたが結局新たにお客さんが来るまでの40分程度、カフェのマスターと話をし、ここでプリン、オレンジとチョコレートのケーキをテイクアウト。(計250円)一つ一つのケーキが無茶苦茶デカイ!そして、帰り際「明日は1月1日だし、これをもって帰れ!」と言って、売り物で店内に飾ってあったドライフルーツ入りパンを1ホール無料でくれた。その時は若干邪魔になるな~と思ったけど、後でこのパンがあったことで助かることに…。店のオーナーにお礼を言い、ホテルで夕食として買ったケーキを食べ、長い一日が終了した。

  • 朝スコピエを出発し、コソボでの目的地・グラチャニツァ修道院を目指す。車はほとんど走っておらず非常に走りやすかった。

    朝スコピエを出発し、コソボでの目的地・グラチャニツァ修道院を目指す。車はほとんど走っておらず非常に走りやすかった。

  • コソボへの分岐点。ここのインターで高速を下り、国境までしばらく一般道を走る。ここでも車はほとんどなし。

    コソボへの分岐点。ここのインターで高速を下り、国境までしばらく一般道を走る。ここでも車はほとんどなし。

  • マケドニアの出国審査及びコソボの入国審査終了。この時点ではスタンプがバッチリと押してあったのですが、セルビア・ベオグラードの空港でコソボスタンプの上から×印を付けられました。本当にありえん!そこまでする必要性があるのかどうか…。本当に疑問だが、セルビア人にとっては最後の抵抗なのかもしれない。

    マケドニアの出国審査及びコソボの入国審査終了。この時点ではスタンプがバッチリと押してあったのですが、セルビア・ベオグラードの空港でコソボスタンプの上から×印を付けられました。本当にありえん!そこまでする必要性があるのかどうか…。本当に疑問だが、セルビア人にとっては最後の抵抗なのかもしれない。

  • サイドミラーに写っているのがコソボの入国ゲート。入国ゲートの先には商店がたくさん並んでいた。

    サイドミラーに写っているのがコソボの入国ゲート。入国ゲートの先には商店がたくさん並んでいた。

  • コソボの入国ゲートからしばらくは山道が続く。雪も少なく非常に走りやすかった。落石もほとんどなし。車の往来も多い事も特徴の一つ。コソボへ入国するのに一番メジャーな道なのかも知れない。

    コソボの入国ゲートからしばらくは山道が続く。雪も少なく非常に走りやすかった。落石もほとんどなし。車の往来も多い事も特徴の一つ。コソボへ入国するのに一番メジャーな道なのかも知れない。

  • グラチャニツァ修道院が近づき、自動車整備工場で道を聞く。言葉はわからなかったが、非常に丁寧な対応をして構ってくれた。やはり地元の人々と触れ合うのは本当に楽しい。

    グラチャニツァ修道院が近づき、自動車整備工場で道を聞く。言葉はわからなかったが、非常に丁寧な対応をして構ってくれた。やはり地元の人々と触れ合うのは本当に楽しい。

  • グラチャニツァ修道院。ここはセルビア正教の修道院であるため、ここで使用できる通貨はセルビアで流通しているディナールだった。この修道院へ来て、民族の複雑さを実感すると同時に、趣のある外観と内部のフレスコ画。苦労してきたかいがあった。

    グラチャニツァ修道院。ここはセルビア正教の修道院であるため、ここで使用できる通貨はセルビアで流通しているディナールだった。この修道院へ来て、民族の複雑さを実感すると同時に、趣のある外観と内部のフレスコ画。苦労してきたかいがあった。

  • グラチャニツァ修道院の入り口。少し前までは、アルバニア人の襲撃に備えてスウェーデン軍が駐留していたようだが、今は軍隊はなし。しかし、塀の上には鉄条網が張り巡らされ、緊張を感じた。世界遺産というのは一見してわからない。

    グラチャニツァ修道院の入り口。少し前までは、アルバニア人の襲撃に備えてスウェーデン軍が駐留していたようだが、今は軍隊はなし。しかし、塀の上には鉄条網が張り巡らされ、緊張を感じた。世界遺産というのは一見してわからない。

  • コソボからマケドニア第2の都市、テトボへ。スコピエでこの道の状況を聞いたとき、雪は少ないと言うことだったが、雪はガッツリあったし、落石あり、急な長い峠道と言うことでスピードは上がらず、大変神経を使う道だった。この道は車の往来が少ない。

    コソボからマケドニア第2の都市、テトボへ。スコピエでこの道の状況を聞いたとき、雪は少ないと言うことだったが、雪はガッツリあったし、落石あり、急な長い峠道と言うことでスピードは上がらず、大変神経を使う道だった。この道は車の往来が少ない。

  • テトボへ向かう。

    テトボへ向かう。

  • 落石が至る所にあり非常に走りにくい。

    落石が至る所にあり非常に走りにくい。

  • オフリド行きを諦め、アルバニア国境を目指す。

    オフリド行きを諦め、アルバニア国境を目指す。

  • 前の車の次にアルバニアへの入国審査を受ける。アルバニアの入国審査を受けるゲートにて。入国する際、30ユーロくらい税金を取られると聞いていたが、そういう税金の徴収は無し。セルビアナンバーの車ということもあり、露骨に入国審査官はいやな顔をする。

    前の車の次にアルバニアへの入国審査を受ける。アルバニアの入国審査を受けるゲートにて。入国する際、30ユーロくらい税金を取られると聞いていたが、そういう税金の徴収は無し。セルビアナンバーの車ということもあり、露骨に入国審査官はいやな顔をする。

  • アルバニア・ティラナのケーキ屋の親父。客がおらず、よく構ってくれた。ショーケースの上にのっている綺麗に包装されたドライフルーツ入りパンを1ホールただでくれた。アルバニア人は本当に親切な人が多い。入国審査官を除いては…。

    アルバニア・ティラナのケーキ屋の親父。客がおらず、よく構ってくれた。ショーケースの上にのっている綺麗に包装されたドライフルーツ入りパンを1ホールただでくれた。アルバニア人は本当に親切な人が多い。入国審査官を除いては…。

  • 晩御飯のチョコレートオレンジケーキ。250円也。<br />このケーキ、とりあえず大きかった。

    晩御飯のチョコレートオレンジケーキ。250円也。
    このケーキ、とりあえず大きかった。

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