2011/01/02 - 2011/01/02
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bula!さん
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明けましておめでとうございます。
皇居では天皇誕生日(12月23日)や正月(1月2日)に天皇一家が一般参賀者に対して直接お言葉を述べられる貴重な機会があります。
本年は昨年同様に、天皇陛下のご健康に配慮された宮内庁側が午前2回、午後3回の計5回のおでましとなりました。詳しい時間等は、事前に宮内庁のHPで確認出来ます。今年は2回目の11:00の回に行くことにしました。
一般参賀終了後は、天気が良かったので、大手門から半蔵門まで皇居を約半周徒歩でぐるっと廻りました。
その後、地下鉄で移動して「日枝神社」へと初詣に参りました。
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- その他
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イチオシ
一般参賀へ今年は大手町から徒歩で向かいました。途中、騎馬警官がいましたが、女性のきりっとした様子は素敵でした。多くの方がカメラを向けていました。
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場所が皇居だけに入場するまでには関門が待ち受けています。最初は「荷物検査」です。
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荷物検査が終わると「身体検査」(ボディチェック)が待ち受けています。
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2か所の検査を通過してからは玉砂利を歩き5列に並びます。
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二重橋から中に入ります。
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これは「伏見櫓」。
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イチオシ
伏見櫓の反対側の眼下に二重橋と、その向こう側は丸の内のオフィス街です。
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長和殿ベランダです。
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ここまで40分位を要しましたが、既に多くの人だかりが。周囲には外国人も多かったです。特に白人は背が高いのでなるべく女性の後ろに立つようにしたのですが...。
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予定の11時ほぼジャスト、天皇ご一家がおでましになられました。
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天皇陛下が国民に向けてのメッセージを読み上げているところ。
「今年がみなさん一人一人にとり、少しでもよい年となるよう願っています。年頭に当たり、世界の平安と人々の幸せを祈ります」と述べられました。 -
天皇陛下のお言葉に耳を傾ける、右から常陸宮殿下、同妃殿下、三笠宮妃殿下、三笠宮淋子女王殿下。
(もし間違っていたら指摘して下さい) -
お言葉を読み上げている天皇陛下。右側が皇后陛下、左に皇太子殿下、同妃殿下、常陸宮殿下、同妃殿下。
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お出ましの時間は5分弱です。最初に手を振り、その後、お言葉を述べられ、最後にもう一度手を振っておしまいです。
始めて参加された方は、その短さに驚くでしょうが、ほぼ1時間刻みで5回ありますので、やむを得ないでしょう。
天皇陛下の声はマイクを通じてはっきりと聞こえますが、後方に立っていると姿は親指ほどにしか写りません。また、紙製の日の丸が一斉に振られるので、写真を撮るのも困難です。今回の4枚もこれが精一杯ですのでご勘弁を。
贅沢を言えば、コンサート会場の様に大型スクリーンを2か所ほど配したらと思うのですが、宮内庁には通じないでしょうね前例が無いって...。 -
終わると直ぐに次の回との入れ替えがありますので退散します。帰りは「桔梗門」「坂下門」の2か所が開放されています。今回は坂下門から退散しました。
写真は富士見櫓で、後方は丸の内です。 -
坂下門から退散してからは大手門経由で半蔵門方面へと歩きました。
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お濠に白鳥が。
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イチオシ
どこから飛来したのか判りませんが、以前来た時にも白鳥が羽を休めていました。
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大手町の由来となった「大手門」です。
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東京消防庁手前の竹橋駅の傍にある「和気清麻呂像」。
この像は、昭和十五年、紀元2600年記念事業として建立、楠公銅像とともに文武の二忠臣を象徴したものである。すぐ東側に閑院宮載仁(ことひと)親王撰文による顕彰碑が建てられています。 -
前の写真「和気清麻呂像」のすぐ目の前にある「震災いちょう」。
「震災いちょう」とは、樹齢百五十年を超えるともわれるイチョウは、かって旧文部省(現:毎日新聞本社)跡地である一ツ橋一丁目にありました。
大正十二年(1923)九月の関東大震災によって一面焼け野原となった都心にあって奇跡的に生き残り、このイチョウは当時の人々に復興への希望を与えました。
その後、復興事業に伴う区画整理によって切り倒されることになった際、当時の中央気象台長「岡田武松」氏がこれを惜しみ、なんとか後世に残したいと思い帝都復興局長官「清野長太郎」氏に申し入れたところ、長官もその意義を整理しこの地に移植されたという由緒をもっています。
(以上、説明板より) -
雀が水を飲んでいました。
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「平川門」です。平川門は江戸城の裏門、大奥に最も近いので、大奥女中達の出入りする通用門でもあり 、御三卿(清水・一橋・田安)の登城口でもあったようです。
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平川門から先ほどの震災いちょう方面を眺めた様子。
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「竹橋」です。竹橋の名は、竹を編んで渡した橋だったからとも、また後北条家の家臣・在竹四郎が近在に居住しており「在竹橋」と呼んだのが変じたものとも言われる。
東京メトロの竹橋駅はここから入れます。 -
「北桔梗門」です。天守閣の北の本丸大奥から外部に直接通じる門で、重要地点にあるところから、濠を深くして石垣は最も堅固雄大にしてありました。
また、橋は、はね上げる仕掛けにしてあり、通常は上げられていましたが、 有事の際には外部に逃げたり、交通を遮断出来る様になっていました。 -
「北白川宮能久親王銅像(きたしらかわのみや よしひさ しんのう)。」
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銅像の全体像です。乾門前の首都高速代官町出入口のすぐ傍にあります。
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英国大使館です。ここは内堀通りに面した所にあります。私は以前に仕事の関係で何回か敷地内に入りました。
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「半蔵門」です。半蔵門の名称については、この門の警固を担当した徳川家の家来服部正成・正就父子の通称「半蔵」に由来するとする説と、山王祭の山車の作り物として作られた象があまりにも大きかったために半分しか入らなかったことに由来する(半象?)とする説がある。
現在は前者の説が定説として定着しているようです。 -
半蔵門から大手町方面を眺めた風景。大手門からここまでのんびりと徒歩で来ました。皇居をおよそ半周したでしょうね。7年ほど前に同じルートで1周しましたが、流石に正月早々それだけの体力はありませんので、ここまでにして、この後、東京メトロ半蔵門線の半蔵門駅へと向かいました。
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前に同じ。
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前に同じ。
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皇居から初詣先へと向かいました。
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今年の初詣は「日枝神社」です。最寄駅は永田町・国会議事堂前です。写真で分かるように凄く混んでいました。
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最後はご覧の鳥居をくぐって赤坂へと向かい帰宅しました。
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