2010/12/26 - 2010/12/26
57位(同エリア110件中)
哈桑湖さん
治水神社に行きました。可愛いい猫が、沢山います
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
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治水神社の駐車場です
治水神社は、宝暦治水工事の責任者・薩摩藩家老平田靭負が祭神です。
昭和2年の着工以来、10年もの歳月をかけて、完成しました -
営業してるのでしょうか?
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薩摩、長州を中心とした官軍(奥羽諸藩は、官軍とは呼びません、西軍と呼びますが)が、倒幕のため、東進してきます。
幕府は、御三家筆頭の尾張藩が、木曽三川を、薩長軍を渡らせないことを、期待したのです。
しかし、尾張徳川藩は、「尾張藩は、皇室の藩屏たらん」と宣言し、薩長になびきます。
もともと、徳川吉宗の時代から、尾張藩は、幕府から苛め抜かれていました。 -
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薩摩藩の〇十の印が。
薩摩は、幕府から苛め抜かれましたが、薩摩藩は、奄美を黒糖地獄と呼ばれるほど、絞りあげました。
西郷隆盛が、薩摩の悪徳代官を、懲らしめました。
だから西郷隆盛は、奄美では、人気があります。
戊辰戦争は、必要なかったのでは。
薩摩・長州は、奥羽皆敵として、会津に同情する奥羽諸藩と戦争に。
明治の初めは、奥羽地方は、中央から苛めぬかれました。 -
幕府は琉球(現沖縄)との密貿易によって財をなしていた、西南の雄・薩摩藩を恐れていました。それで、1753年(宝暦3年)毎年氾濫によって水害が多発していた木曽三川分流工事を薩摩藩に命じたのです。工事費用は薩摩藩が全額負担、大工などの専門職人を雇ってはならないという露骨ないじめ政策を。
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薩摩藩士の中には、幕命に従うくらいなら、一戦交えようという過激論まで出ました。薩摩藩家老の平田は、「民に尽くすもまた武士の本分」として藩士を諭し、工事を引き受け、平田は総奉行となり指揮をとります。
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猫がお出迎えです。
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キュートな、サビ猫ちゃんです
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可愛い黒猫ちゃんです。
かつて、ヨーロッパのキリスト教社会では、黒猫を、悪魔の使いとして迫害です。
許しがたいです。
人間の方が、よっぽど悪いです。
植民地を作り、奴隷制度をうちたて、人種差別をします。 -
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薩摩藩の平田靱負は、宝暦4〜5年(1754年〜1755年)、幕命で行なった、木曽三川分流の治水工事(宝暦治水)の責任者でした。治水工事が終えた後、膨大な工事費用と、工事に携わった多くの薩摩藩士が亡くなった為、責任を取り自害。
道徳の教科書には、必ず載っていました。
外様であり、西南の雄藩である薩摩いじめです。 -
映画化も。
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宝暦治水の様子です。
鹿児島県出身というと、岐阜県では、大切にしてくれるようです。
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