2010/12/21 - 2010/12/23
154位(同エリア321件中)
世界胃さん
旧満州医科大学であった中国医科大学を訪問する機会があり、瀋陽に向かいました。しかしこの町がかつての奉天であったのは日本人のためであり、以前から瀋陽であったことと、蒼氓の昴の清王朝の初代ヌルハチが都とし、故宮を作った町であることをはじめて知りました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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前から上から見てみたいと思った旅順。と思ったらこれはナホトカ、ウラジオストック周辺でした。トホホ、なんていったらますます寒くなりそう。とにかくみんな北の港は寒げです。ナホトカは今年のロシア語講座によく出てきますが。(今年のロシア語講座を見られている方はおられますか、あれとってもヘンですよね)
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瀋陽が近くなり、墨絵の景色が少し色づいてきました。
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とにかく緑の木、葉はこの季節ここには存在しません
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これは旧大和ホテル。ここから中国医科大学まではすぐです。
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中山広場に聳える毛沢東像。瀋陽にはこの一体だけとのこと。しかしかなり大きい。左に見えるのが中国医科大学口腔医院(歯学部附属病院)
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これが中国医科大学第1医院の全貌。とても大きくてこれだけの国立病院は日本には存在しません。病床数2400。新館は27階建て。
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病院の横に医学部。昔の満州医科大学の建物をそのまま使っています。戦前日本がこの国でしたことには当然たくさんの問題がありますが、一方でこうした建物はそれなりにその後も残って利用されています。ちなみに旧満州は日本とは別の国であって、ここには帝国大学はなく、満大と呼ばれているのはこの満州医科大学のことであることを今回知りました。
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中国医科大学第1医院の入り口で。信号はなく、人が誘導するほどに車も人もごった返しています。新館の前の建物が旧満大の病院の建物。
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中国医科大学の入り口 なぜに満大に固執するかというと、私の大学の内科の教授がこの満大出身であったから。グローバルな彼に刺激された人はたくさんいますが、その故郷のこの満大をいつか訪ねてみたいと思っていたのです。
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旧満大病院の中を通るとすぐ新館へ。現代的な吹き抜けとエスカレータのコンビネーション。
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11階の会議室に歴史が紹介されており、そのはじめのわずかな部分に満大のことが書かれていました。
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会議室、応接室はどちらも我が大学よりよっぽど立派でした。
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病室は2人部屋(トイレ付き)5人部屋でした。
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この病院では電子カルテは病棟だけ使われています。PDAも!
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日本からすると不思議なスタッフステーション。ナース・ステーションとは全く別になっている。電子カルテが壁に向かって並んでいます。
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電子カルテの構造。基本的には同じよう。
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ナース・ステーション。なぜか電子レンジが置いてある(患者のためらしい)
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次に訪問した第二病院には驚きました。この建物以外にも大きな棟があり、病床数4000、そして外来も病棟も電子化されています。地域連携はまだこれからですが、政府の指導で進めるとあっという間につながりそうです。数年前には全然日本のレベルでなかったのにあっというまにここまで進歩するこの国の急激な変化にはただ驚かされます。本当にのんきにしている場合じゃないと。
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これが管理棟が入っている側の建物。まあ700万人の町の病院ですから、こうした大きな病院がたくさんなければ足りないには決まっているのですが。
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救急部で。広いところに患者と家族が待っている。これは日本以外ではよく見られるものです。
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ここでも電子化。患者はカードをかざして自分の次の行動などを知ることが出来ます。日本より進んでいるじゃん!
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廊下もエレベータホールも広くて堂々としています。
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ここは外国人、および外国から帰ってきた人向け。しかし広いスペースです。
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これは手術室の前の待合室。まるで空港の出迎えのように待っています!
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第一医院の夜。これだけ夜明るい医科大学は日本にはないかもしれません。
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ここが中国医科大学の正門
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これが現存する最も古い建物です。来年には医学部は郊外に移築するということでこの医学部も全て取り壊されるとのこと。
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建設のときが刻まれていることを泥落としをめくって教えてくれました。
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これが医学部の基礎館です。今でもしっかりしています。
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床が木であることが懐かしい昔の建物であることを示しています
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これが講義室。内部は満大の頃からほとんど変わっていないとのこと。当時としてはずいぶんモダンな教室であったことが窺われます。
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ちなみに何で前に机が開くのかを尋ねたら、多分掃除のためだろうと答えが来ました。確かに普通は椅子が上がるのが、この場合は机が開くというのはあんまり見たことがありませんでした。
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これは病理学教室の前の廊下ですが、結構あぶないものが多数展示されています。
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外はマイナス17度。晴れていて、風もないのでそれほど寒くないともいえますが。
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講堂。これも当時としたらずいぶんと素晴らしいものであったことでしょう。これら全ての建物があと一年でなくなることを思うと、私がここへ来た因縁さえ感じさせます。
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このキャンパスが来年にはなくなるというのは寂しいことです。でも町の真ん中にこれだけの広大なスペースはどの国でも保てないのでしょう。
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明日はクリスマスはどこの国でも。
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口腔病院にも多数の業績が展示されています。横にいるのは路院長。かれはまた日本語センター長でもあります。この病院には日本語センターがあり、全国から集まってきた日本へ留学する人たちを管理してきました。満州医科大学であったスピリッツは今でも生きているのです。
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電子カルテも導入されています。これは歯列。どんどん日本に追いつき追い越していきそうな勢い。
またかの国の病院長はとっくに専任化しています。そうでなければどうして病院の管理が出来るのかと。日本も相当のがんばりが必要。 -
彼らは満大の歴史をきちんと残して、そしてずっとずっと大きくなっていきます。我々も単なる郷愁で眺めている場合ではないとつくづく思って帰途につきました。
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