2009/12/01 - 2009/12/04
89位(同エリア721件中)
前日光さん
2009年12月、仕事で沖縄を訪れた。
あれから既に一年経とうとしているが、海やホテルライフとはちょっぴり別の沖縄を紹介してみたい。
沖縄は二度目の訪問になるが、前回は北部が中心だったので、今回は南部の平和祈念公園に荒崎海岸、陸軍病院跡、第一外科壕跡等の戦跡地、不思議空間の斎場御嶽や、世界文化遺産にも指定されている那覇市内の「識名園」、ビオスの丘、道の駅「嘉手納」。。。といった所を巡ってみた。
青い海や珊瑚礁だけではない沖縄も、また一つの真実として存在している。
-
平和祈念公園のある摩文仁の丘からの風景。
沖縄戦終結の地だ。
海は、あの日もこんな風に青かったのだろうか? -
平和祈念資料館を出ると、「平和の火」に向かって、白い道が真っ直ぐに続いている。
-
「平和の火]
二度と戦いが起こりませんように! -
平和の礎(いしじ)。
沖縄戦で亡くなったすべての人の名が刻印されている。
師走の午後の日差しが降りそそぐ石碑の列。 -
ハイビスカスが、力強く咲いている。
南国である! -
平和祈念資料館は、屋根の漆喰の塗り替え工事中。
-
南国らしい大木にも、午後の日が。。。
-
資料館入り口が表示された門柱の上から、シーサーがお出迎え。
平和は、いいですねぇ〜(~o~) -
ざわわ。。。
さとうきび畑。 -
さとうきび畑が尽きた所に、「陸軍病院 慰霊之碑」の標識。
-
歌碑
「春くるとひたすら待ちし若草の
萌え立ついのち君は捧げぬ」
「水汲に行きし看護婦死ににけり
患者の水筒四つ持ちしまま」 -
戦跡地周辺の民家の塀には、ブーゲンビリアの花が咲きこぼれていた。
-
屋根の上にも、シーサーが。
-
伊原第一外科壕跡。
「ひめゆりの塔」から500メートルほど離れた畑の中に、ひっそりと入り口がある。
ひめゆりの塔の方は、訪れる人が絶えないが、こちらには誰もいない。
沖縄陸軍病院から撤退してきたひめゆり学徒隊の方が、ここにも身を潜めていたのだ。 -
畑の近くにあるとは言え、中はかなり深い切れ目となっていて、下まで降りていくと、このように折り鶴などが備えられていた。
戦況の悪化、米軍が周辺を掌握する中で、負傷兵のために水を汲みに行ったりしなければならなかった少女たちは、この狭い壕の中で地獄の日々を過ごしていたのだろう。
壕の周囲に繁茂する植物は、65年前、若い命を奪われなければならなかった少女たちの無念さを呑み込んで、逞しく生い茂っていた。 -
その近くにあった南国風の木。
下の方には、さとうきび。
その収穫は、一月頃と聞く。 -
この海岸は、沖縄本島最南端に位置する荒崎海岸。
ご覧のように曇天のため、美しいブルーの海は見られなかったが、実はここも戦争の悲劇が残る場所である。 -
足元を見ると、打ち寄せる強い波に洗われた浜辺は、鋸の歯のようにゴツゴツとした岩場で、ひどく歩きにくい。
65年前、追い詰められた少女たちや教師も、この岩場を必死になって走ったのだろう。 -
その人々の名を刻んだ石碑ばかりが、空しく残された。
-
こんな大きな岩陰も確かにあり、ひとときここに潜んではみたものの、いずれにしても発見されるのは時間の問題だったろう。
その恐怖、その悲しみ。。。
本来学ぶべくして入学した女学校で、勉強どころか、負傷兵の看護に当たり、人のために懸命に役目を果たした。その結果が、無念の死となる。
なんと理不尽なことだろう。 -
あの日の記憶を抱えた空と海が、今も私たちに何かを語っている。
-
この後、ヒメユリの塔や、資料館にも行った。
多くの人が訪れており、もはや観光地である。
畑の中の外科病棟跡地や、荒崎海岸のゴツゴツとした岩場が、強烈に私の心に残った。
で、悲しい歴史ばかり眺めてきたので、新原ビーチにて少し気分転換。
こんな感じの、奇岩がたくさん! -
曇り空のせいか、こんな海の色だったが、本来は明るいマリンブルーのはず。
-
グラスボートに乗って海底探索。
海の上から海底を覗いていると、絶対に「海底王国」があったに違いないと確信したくなる風景が続いた。
けっこう沢山撮ったのに、後で見たらほとんどがブレていた(T_T) -
グラスボート乗り場に、寝そべっていたブタネコ。
人間が近くをバタバタ歩いても、ビクともしない。 -
20分ほどの海底探索後、戻ってきても、やはりこの調子!
沖縄の猫は、ど〜〜んとしている! -
宿に戻る前に、沖縄に来たらやっぱりここははずせません!
「守礼之邦」の扁額がかかる守礼門。
実際には、写真よりもずっと鮮やかな朱色である。 -
緩やかな石段を登っていくと「瑞泉門」に至るが、その手前右側に湧水がわく「龍樋」がある。
那覇市内には、至るところに水が湧いていると聞いたが、首里城内に残っているのは、ここだけらしい。 -
首里城北殿の辺りから、那覇市内を見下ろした風景。
首里城正殿は、前回も一部修理中だったが、今回も左半分がシートで覆われていた。
もう少しきちんと整備され、朱の色が風景に馴染んで定着した頃に見てみたいと思う。 -
今回の旅で、最も来てみたかった場所「斎場御嶽(せーふぁうたき)」入口
世界遺産に登録されている。
「琉球王国の遺跡及び関連遺産群」 -
平和祈念公園を北東に向かって行くと、知念エリアがあり、そこに鎮座するのがこの聖地である。
こんな感じの道を進んで行く。 -
登り道だが、ゆるやかな広い石段なので、あまりきつくはない。
-
周囲には、亜熱帯の植物が繁茂している。
次第に、厳かな気分になってくる。 -
と、眼前に大きな岩が立ちはだかり、下方には台座のようなものが見えてきた。
-
この場所の説明(よく写っていないので、書いておきます。)
首里城正殿の二階は「大庫理(うふぐーい)」と呼ばれ、祭祀的な機能を持つ格式の高い場所です。聞得大君(きこえのおおきみと読み、最も名高い神女という意味)のお新下り(御新下り・おあらくだり)儀式での「お名付け(霊威づけ)」儀礼が、首里城と同じ名前を持つこの場所でとり行われたのは、その名にふさわしいことと言えましょう。前面にある磚(せん)敷きの広間では、神女たちが聞得大君を祝福し琉球王国の繁栄を祈りました。 -
「聞神大君」って、卑弥呼みたいな存在だったのかも?
琉球王国の尚真王の妹、音智殿茂金(神名、月清)が、1500年代半ばに初代として就任し、戦時中の1944年18代思戸金翁主が就任したのを最後に廃職されている。 -
かつては男子禁制であり、庶民はもとより、琉球王でさえ、御門口(うじょーぐち)より先には、袂の合わせを女装に改めなければ入れなかったらしい。
現代の庶民である我々一行は、オジサンも含めて何の疑問もなく入場したのだった(>_<) -
さて、これが三つの拝所の最奥部にある三庫理(さんぐぅーい)
巨大岩の間が、ちょうど三角形になっていて、その先が最奥部である。
確かにあの山道をしばらく辿ってきて、最後にこんな場所を見つけたら、人はそこに神の存在を思わずにはいられなかったのだろう。
現代人の我々ですら、なんだか不思議な気分になってくるのだから、古代の人々がこの地を崇めたのは納得できる。 -
チョウノハナ(京のはな)という格式の高い拝所の上方には、鍾乳石がある。
この鍾乳石から滴る水は霊水だそうな。 -
この拝所からは、樹木越しに久高島を望むことができる。
本島から東へ5キロ、久高島は島自体が聖地である。
「クボー御嶽」のような最高聖地は、今でも男子禁制だという。
琉球の創世神アマミキヨや五穀伝承が、島の日常に息づいているらしい。 -
海の彼方には恵みをもたらす神の国があり、「ニライカナイ」という沖縄の言葉が生まれたらしいが、ここにいると、本当に、その「ニライカナイ」伝説を信じたくなるような気分にさせられた。
不思議空間、斎場御嶽。。。 -
岩の表面には逞しい樹木の根が張りだし、生き物としての木の生命力に圧倒される。
-
先ほどの鍾乳石の下には、二つの壷が置かれ、鍾乳石の先端から滴る聖なる水を受け止めているのだそうだ。
壷の中を覗いてみたが、「聖水」?にしては澄んではいないような? -
壷と聖水についての説明板。
-
帰り道で見かけた説明。
沖縄戦の砲弾は、この聖地にも及んでいたことにショックを受けた。 -
これが、その砲弾池。
池の中には、沢山の生き物が住んでいるそうだ。 -
駐車場の傍らにあったのは、「月桃」。
この植物は、映画「GAMAー月桃の花」でも有名。
またこの葉っぱで、餅を包んだ食品もある。
他に、胃腸薬や茶としても使用されるという。 -
次に向かったのは、首里城南にある「識名園(しきなえん)」
平成12年(2000)、世界遺産に登録された。
琉球庭園の一つ。
写真は、正門を入るとすぐに見えてくる「番屋」 -
中に入ると「フクギ」の木。
フクギは常緑高木で、沖縄県北部備瀬地区の「フクギ並木」は有名だ。
前回の沖縄訪問では、その備瀬のフクギ並木を歩いたのだった。 -
そして、これは歌でお馴染みの「デイゴ」の木。
沖縄県の県花で、春から初夏にかけて、真っ赤な花が咲く。 -
こんな風に、大木になるようだ。
デイゴの花咲く様子を見てみたいと思う。 -
石畳の道を行くと、目の前にこのような池が現われる。
天気は曇天なので、池面に青空が映ったりせず、その美しさを充分にお伝えできないのが残念。 -
この辺りで目にした植物。
これも「月桃」なのでは?と思われたが、ちょっと違うかな? -
これは「育徳泉」という、園内に湧く泉。
-
ここに生えている淡水産の紅藻類「シマチスジノリ」というのは、国の天然記念物だそうな。
写真にあるのがその植物なのかどうかは分かりませんが、サンショウウオのような生物が画面左寄りに小さく写っているのは、見えますか? -
これが「御殿」で、中国の様式と沖縄独自の折衷様式だとか。 -
造園は琉球の第二尚氏王朝、尚穆(在位1752〜1795)の時代に始まったと言われている?(定かではない)
完成が1799年。
中国皇帝からの使者をもてなす迎賓館のようなものだったらしい。 -
「勧耕台」という展望台があり、その写真も撮ったけれど、例によってピンボケ(>_<)
海は見えないけれど、琉球を大きな国に見せるために設けられた展望台だそうだ。
この柱の足元の部分が独特。 -
たくさんの植物が茂っていた。
これは「蘇鉄」
実物を意識して見たのは初めて。 -
池の中に浮かぶ中国風の石橋。
-
石橋の方から御殿を望んだもの。
-
写りが悪いが、池の中には「六角堂」もある。
-
六角堂にて。
柳の枝が池面に垂れ下がっているのが、素敵だった。 -
石橋と、その遠くに見える六角堂。
1999年以来、毎年11月3日には園内で識名園歌会が開かれ、短歌愛好家の方々の短歌が披露されるらしい。
この庭で、そういう催しはさぞかし優雅なことであろう。 -
しかし優雅なばかりではなく、広い園内には、このような注意書きもある。
(*_*) -
南国的な植物たち。
-
同上
今回、この識名園という所については、実は全く知らなかったのだった。
ここは同行した仲間の一人が、ぜひ行ってみたいということで付いてきたのだが、来てみて本当によかったと思う。
リゾートよりも、こういう感じの方が好きなので、大いに満足(~o~) -
国際通りに移動し、「アカサタナ」という店でランチタイム。
-
Bランチ
モズクの酢の物
ゴーヤーチャンプルー
なすと豚肉のしょうが焼き
御飯
ゆし豆腐 -
ゴーヤーチャンプルーです!
沖縄に来たら、やっぱりこれですよね。
おいしかったで〜す! -
モズクの酢の物
モズクの味がはっきりしていて、歯ごたえがあるんです。
血液がきれいになるような気がする。 -
これは、誰かが頼んだ「ラフティー」ですね。
これにも興味はあったのですが。。。 -
これも誰かが頼んだ、何だったかな??
-
なすと豚肉のしょうが焼き
なすだけじゃなくて、人参もありますね。
彩りも鮮やか。
沖縄の料理って、メニューにあるものプラスアルファがあるんです。 -
ゴーヤーの天麩羅とあったので、みんなで注文、これもおいしかったですよ。
ごちそうさまでした! -
この店を左方向に進めば「公設市場」に行くらしい。
-
公設市場に行く時間はなかったので、こんな感じの町を通って、道の駅「かでな」に向かった。
-
入口にあった「野國總管」の像
この人物については、1605年、中国から甘藷を伝えたことしか分かっていないそうだ。
芋大主(ウムウフシュ)と呼ばれ、貧困にあえぐ琉球の人々に感謝されたという。
甘藷ソフトクリームがあったので、思わず食べてしまったが、濃いクリーム色でとてもおいしかった。
それなのに、食べることに夢中で、写真を撮りそびれてしまったのだった。 -
道の駅からは「嘉手納基地」がよく見える。
本当に広い基地である。
戦跡地や米軍基地が、人々の生活空間の中に存在している。
これが、沖縄なのだ。 -
米軍の飛行機が、頻繁に飛び交っている。
-
入口にある「龍のオブジェ」も、屋上からは小さく見える。
風がとても強く、ソフトクリームを食べたので、寒くなってしまった。
沖縄の基地問題、いつになったら、どんな風に平和的に解決していくのだろう? -
2時半を周り、本日最後の訪問先である「ビオスの丘」に向かった。
その途中、遠くはるかに見えるのは、「RENAISSANCE・OKINAWA RESORT」の辺りと思われる。 -
ビオスの丘で、湖水鑑賞舟に乗った。
ジャングルのような亜熱帯の湖をクルーズすることができる。 -
湖岸に生えている、このアダンに似た植物は、たしか猛毒であると説明されたような。。。
-
カヌー体験もできるらしい。
大人 1500円
小人 1000円 -
この木から垂れ下がっている布きれのようなものについても、説明されたが忘れてしまったのだった!
どなたかご存知の方は、教えてください。 -
湖水鑑賞舟は、こんな感じです。
-
そしてこのお兄さんは、説明をしてくれた人であるが、その迷?珍?ガイドぶりに舟上の人々はみな大爆笑!
実におもしろいキャラです。
この人の説明ぶりを聞くためにだけでも、舟に乗るべし!
オススメです♪
もう一度、この人に会うためなら沖縄に行ってもいい!と思ってしまうくらい楽しかった(~o~) -
その他、たくさんの植物があったのだが、キリがないので、カット。
-
この風景は、一見何気ないと思うかもしれないが、実はすべて根っこが地下まで伸びているらしい。
木の枝(根?)の部分を、こんな模様に編み込み、不必要な葉は皆カットしたのだそうだ。
そしてすべて地面から伸びているので倒れる心配はないのだという。
いやはや、参りますねぇ。 -
舟に乗った後、水牛車にも乗ってみた。
マイペースの水牛くんがまた楽しかった。
この説明のお兄さんも、おもしろおかしかった。
ビオスの丘の案内人は、ヨシモトに行っても通用するかも。 -
チャーミングな水牛のお尻。
時々、自然の呼び声に従って停車する。
その度にお兄さんが、お尻の下にバケツを持っていくのだった(>_<)
坂道&カーブでは、スピードが遅くなり、そのまま斜面に突っ込みそうになったりと、なかなかスリルもあったりして、これもオススメします。 -
12月に行ったので、いちおうクリスマスツリーもあったが、これももちろん、地面から伸びたものだそうな。
のんびりと水牛車に揺られていると、自分がどこにいるのか分からなくなってくる。
こういう沖縄も、いいものですね! -
ホテルベランダにあったブーゲンビリア。
こうして、3日目の沖縄の夜は更けて。。。 -
12月4日、美ら海水族館に行った。
1日〜3日まで、年に1度の水族館清掃日に当たってしまい、帰る日の午前中に行ったので、大変な人出だった。
ゆっくり見学などとんでもなく、人混みをかき分けかき分け、ひたすら入口に向かってしまった。 -
気もそぞろに写真を撮ったせいか、ほとんどがブレブレ。
ジンベエザメのところなんて、黒山の人だかりで、全くもって話にならない。 -
外に出て、イエジマを眺めていた方が性に合っている人間である。
今日も、好天とは言い難い空と海の色。 -
本当に晴れた日の沖縄の海は、屋根のオレンジとマッチした見事な対比を見せるのだ。
-
もう一度、東シナ海を。
-
那覇空港に向かう途中、やっと撮ることができた沖縄のお墓。
大きな屋根のついたお墓が、車の外に何度か見えたのだが、ほとんどがブレてしまっていた。
わずかにこれだけが、何とかアップできるようなので。
沖縄のお墓が大きくて、墓石と言うよりは、普通の家のように入口が見えるような感じがするのは、この島の人々が、先祖との繋がりが深くかつ身近だからだとは、よく言われていることだ。
斎場御嶽にせよ、お墓にせよ、沖縄ではこの世とあの世との通路をヤマトの人間よりも簡単に越えてしまう所があるのだろう。
良い意味でのアニミズム的なものが、まだ残っていて、それが人々の心を豊かにさせているような気がする。
水木しげる氏の世界に近いものが、ここにもあるようだ。
見えんけどある何か。。。
そういう心は、こんな時代だからこそ、ますます必要な気がする。
沖縄に惹かれる人の気持ちが、少しだけ分かった旅だった。
〜 完 〜
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (4)
-
- momotaさん 2010/11/15 23:13:11
- 一年がかりで
- 前日光さん、こんばんは
いつの間に沖縄に行ってたんですかー?
ほぼ1年前の出来事をよく覚えてますよねぇ
私だったらもう旅行記にするの諦めちゃううなぁ。
私も沖縄だいぶ前にいったけど同じく12月だったのでギラギラとした
沖縄というよりやんわりとした日差しのさわやかな沖縄だったよ。
リゾートのイメージが強い沖縄も前日光さんが語ると歴史的読み物
というか、神話的になってしまうのが不思議だわ。
こんな哀しい歴史があったとは思えないほど今では陽気で明るいよねぇ。
沖縄のお墓っておもしろいね。
一瞬どれ?って思ったけどこのおうちみたいのひとつひとつがお墓なんでしょ?
沖縄が昔パスポートが必要だったって聞いて驚いたっけ。
やっぱり日本であって異国だね。
- 前日光さん からの返信 2010/11/16 22:32:52
- RE: 一年がかりで
- momoちゃん、こんばんは!
> いつの間に沖縄に行ってたんですかー?
えへ! 実はもう1年も経ってしまうんだよねぇ〜(>_<)
さすが、私(^_-)でしょ?(このアップの遅さ。。。)
> ほぼ1年前の出来事をよく覚えてますよねぇ
> 私だったらもう旅行記にするの諦めちゃううなぁ。
そうなんだよね。
そうしてボツにしたのが、いっぱいあるよ。
でも、これは「斎場御嶽(せーふぁーうたき)」がおもしろかったので、ちょうど1年経つし。。。と思って、3泊4日分を100枚にまとめてみました。
> 私も沖縄だいぶ前にいったけど同じく12月だったのでギラギラとした
> 沖縄というよりやんわりとした日差しのさわやかな沖縄だったよ。
結局、沖縄は2度行って、最初は1月、そして今回は12月と、どちらも冬になってしまいました。
暑すぎなくて、ちょうどいいような気がする。
> リゾートのイメージが強い沖縄も前日光さんが語ると歴史的読み物
> というか、神話的になってしまうのが不思議だわ。
> こんな哀しい歴史があったとは思えないほど今では陽気で明るいよねぇ。
うん!
いい人たちが多いという気がする。
戦争については、沖縄の人たちって若い人でも親類の誰かが、必ず戦争に関わってるという感じで、我々本土の人間より、ずっと敏感だよね。
タクシーの運ちゃんとかも、いろいろ話してくれたよ。
> 沖縄のお墓っておもしろいね。
> 一瞬どれ?って思ったけどこのおうちみたいのひとつひとつがお墓なんでしょ?
そうなんだよ。
まるで、そこに住めそうに思えるでしょ?
祖先との繋がりを大切にしてるみたいです。
> 沖縄が昔パスポートが必要だったって聞いて驚いたっけ。
> やっぱり日本であって異国だね。
本当だね!
左側通行で、ドルを使っていて、星条旗を揚げていたんだよね。
1ドルが360円の時代。。。
そんなに遠い昔じゃないんだけどね。
最初よりも、2度目に行った時の方が沖縄を好きになったよ。
ビオスの丘、おもしろかったなぁ。
momoちゃんにもオススメだよ。
前日光
-
- 五黄の寅さん 2010/11/11 18:28:48
- はじめまして
- 前日光 様
はじめまして
sighn と申します。
小生の旅行記にお越し頂き有難うございます。
へんてつも無い内容ですが楽しんで頂ければ幸いです。
沖縄の旅行記に惹かれてやって来ました。
セーファーウタキの記事、小生も最近旅行記に纏めたところなので記憶に新しく、興味深く拝読させて頂きました。
沖縄の人々の自然崇拝の心が今に残り、心の優しさになっていると思います。本土の人々の心からは無くなりつつあると感じています。
旅行記の後半の離島の記事を楽しみしております。
sighn 拝
- 前日光さん からの返信 2010/11/11 23:25:32
- RE: はじめまして
- sighnさま、こんばんは!
はじめまして。
コメント&投票等、ありがとうございます。
> 小生の旅行記にお越し頂き有難うございます。
> へんてつも無い内容ですが楽しんで頂ければ幸いです。
斎場御嶽にいらっしゃったようですので親近感を感じ、ご訪問いたしました。
そうしましたら、画像がはっきりとしていて、自分の写真が恥ずかしくなりました!
仕事で訪れた3泊4日の沖縄でしたが、天気は晴れたという日はほとんどありませんでした。
沖縄のマリンブルーの空と海にはお目にかかれず、残念だったです。
> 沖縄の旅行記に惹かれてやって来ました。
> セーファーウタキの記事、小生も最近旅行記に纏めたところなので記憶に新しく、興味深く拝読させて頂きました。
斎場御嶽は、独特の空気が漂っていましたね。
戦跡巡りが大半でしたので、この場所には沖縄の魂のようなものを感じ、格別でした。前回訪れた今帰仁城跡も良かったです。
> 沖縄の人々の自然崇拝の心が今に残り、心の優しさになっていると思います。本土の人々の心からは無くなりつつあると感じています。
そうですよね!
呪術的というか、アニミズムというか、原始の神に対する純粋な祈りのようなものを感じました。
> 旅行記の後半の離島の記事を楽しみしております。
アップするのが遅くなりそうですが、時々覗いてやってくださいね。
私もsighnさまの旅行記にお邪魔したいと思っています。
13・14日は、ちょっと東京に行って参ります。
それでは〜(*^_^*)
前日光
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
4
100