2010/10/17 - 2010/10/17
109位(同エリア172件中)
風遊さん
朝鮮通信使行列に始めて行って来ました。
江戸時代の下蒲刈町は広島藩の海の窓口として関所(海駅)が置かれていました。徳川幕府と友好関係にあった朝鮮王朝からの使節団(朝鮮通信使)はこの地に11回立ち寄って盛大なもてなしが行われ、その歓待ぶりは安芸蒲刈御馳走一番と称されました。その当時の様子が下蒲刈でよみがえります。当日は総勢250名による通信使行列、ステージイベント等が行われます。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- バイク
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朝鮮通信使行列の開始が11時なので自宅を9:30に出発し、50分で安芸灘大橋に到着です。
安芸灘大橋有料道路は,本土と安芸灘諸島を8つの橋で結ぶ安芸灘諸島連絡架橋のうち,最も本土側に位置する橋長1,175mの1号橋として建設され,平成12年1月18日に開通しました
バイクを安芸灘大橋パーキングに駐車して、これから会場の三の瀬まで日頃の運動不足解消のためウーキングです -
安芸灘大橋からの風景
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橋を渡ると風光明美な公園・白崎園
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ここをウオーキングするのは3度目ですが、ここ白崎園は最高の休憩が所です。
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ここからは上蒲刈島が正面に見え眺望抜群です。
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振り返れば、安芸灘大橋が随分遠くに見えます。
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歩く事30分、三の瀬付近に到着です。
下蒲刈島は、周囲16Kmの島で江戸時代に「海駅」に指定され慶長12年(1607)から文化8年(1811)の間に12回に及び朝鮮通信使が来ており、 その時は朝鮮通信使からの船6隻に対馬藩の船が40隻随行しており、必ず下蒲刈島の三之瀬に船を寄せ一泊しました。また、西国大名達の往来でも賑わった港まちです。 -
長雁木
長雁木 下蒲刈町三之瀬313−6番地地先
江戸時代(1600年代)本陣の一環として作られたもので、福島正則が幕命により作ったところから別名、福島雁木ともいっております。
参勤交代をする西国大名をはじめ、琉球・朝鮮・オランダの使節も江戸等への往路、復路とも蒲刈島に立寄り、この長雁木から上陸しておりました。
作られた当時は長さ約113m、11段であったといわれておりますが、現在は長さ約55.5m14段となっております。(現地案内板より) -
三の瀬本陣跡
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そろそろお祭りムードも盛り上がって来ました。
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朝鮮通信使行列がやって来ました。
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