2004/07/22 - 2004/07/30
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pontyanさん
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ドイツとオーストリアを巡るツアーに2人の孫を連れていったのだが、オーストリアのザルツブルグで迷子になってしまい大騒ぎに。昼食のために入った中華レストランで孫の姿が見えない。さあ大変だ。上は小学校6年、下が4年生。上の孫(女)の姿が見えない。15分ほど探し見つからないので、一度レストランへ戻る。いた・・いた・・・
本人は我々が大騒ぎして探していたのも知らぬげに中華料理を前に着席していた。こちらのはやとちりであったようだ。閑話休題。2004年いまから6年前の夏、中国へ行くつもりでツアーに申し込んだのだがお流れに。旅行者が集まらず中国はドイツ・オーストリアに変更し7月22日関空を出発、我々の乗るフィンランド航空の機はヘルシンキで乗り継ぎ、フランクフルトへ到着。バスでライン河畔のリューデスハイムにて一泊。ここからライン川クルーズの船に乗りローテンブルクヘ。途中ハイデルベルク城に寄りバロック・ルネッサンス様式の混在する建物などを見て、ローテンブルク着。第3日はノイシュバンシュタイン城へ。この時は雨で夕刻、もっとお天気が良ければ「白鳥城」も見栄えがしたかも知れない。この日はケンプテンの宿に泊まる。4日目はインスブルックで半日観光。ザルツブルクで宿泊。5日目はモーツアルトの生家を見て後、映画「サウンド・オブ・ミュージック」に出てきたミラベル宮殿を廻り、午後は自由行動に。この日もザルツブルク泊まり。6日・7日目はウィーン観光。ザルツカンマーグト観光の後、ドナウ河クルーズ。6日目と7日目はウィーン泊まり。シェーンブルン宮殿とベルベデーレ宮殿を観光。第8日目の朝はモーニングコールが3時20分・集合は4時20分。朝食はホテルが用意してくれた弁当である。ウィーン空港からチューリッヒを経由、ヘルシンキから大阪へ。
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リューデスハイム。丘の斜面に葡萄畑が広がるラインガウワインの中心地。ライン河下りのスタート地点であった。
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リューデスハイムの町並み。
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ライン河を下って行くと見えてくる風景。古い城とワイン畑。
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この観光船で孫の迷子の前兆があった。姿が見えないと探していると船長室へ行って操船している状態を見せてもらったらしい。船長室の前で中を見ていると入ってもOKと手振りで言われたのでドイツの少年たちと一緒に見せてもらった・・・という。言葉は通じずとも身振り手振りで突進してゆくのには驚き。
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観光船から見た風景。
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ワイン畑が広がる丘。向こうに古城が見える。
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バッハラッハの船着場。この村には高い城壁に囲まれたシュルターエック城がある。14世紀に建造された。
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ライン河の全長は1320km。源流はスイスアルプスの何本かの流れという。ライン河クルーズはマインツとケルンの間で運行されており、この中で人気が高いのはコブレンツとリューデスハイムの間である。約4時間の船旅である。
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ハイデルベルク。
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ハイデルベルク城から市街を見る。
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ハイデルベルクにて。
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ハイデルバルクの町。
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ローテンブルク市庁舎に夜現れる人形。この写真ではお粗末で見えないがこれはからくり時計で、時間が来ると右側の窓には帽子を被った男、左側には大きなジョッキを持った男が現れワインを飲み干している。昔、この町を占領した軍隊の将軍が「もし3.25リットルのワインを一気飲みできたらこの町を焼き払うのは中止しよう」と言ったため、この町の市長が一気飲みをやり町を救った故事をからくり時計にしたものとか。
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ローテンブルクの町。観光用の馬車があった。
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ローテンブルクの市庁舎。
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雨の中、夕方と条件は悪い。もっと古い風格のある城か・・・と予想していたが案外新しく幻滅。1869年に建設を始めた・・・と解説書にあるがもっと古色蒼然としたものと思っていたが。夕方に行ったので近くの売店も閉まっており時間にせかされて散々であった。
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4日目、インスブルック。美しい町だ。
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インスブルック。中心地はマリア・テレジア街。
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インスブルック。
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この街は1964年(第9回)1976年(第12回)冬季オリンピックが開かれた街でもある。
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以前、果物店をしたことがある私にはこのフルーツの展示方法は興味があった。ヨーロッパでは殆どこのようにセンスよく陳列されている。
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インスブルック。黄金の小屋根。
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ミラベル宮殿。現在はザルツブルク市役所と図書館になっている。大司教が愛人を住まわせる目的で建造したらしい。
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映画「サウンド・オブ・ミュージック」にも登場。
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ミラベル宮殿。
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ウィーンで宿泊したのは「ヒルトン・ウィーン・ダニューブ」であるがこのホテルに2連泊した。6年を経過してもう廃業しているか・・・とネットで見るとまだ存在しているようだ。泊まった時、中国の青年が10名ほど先客でおり、ラジカセのボリュームを最大にして騒いでいた。長いホテルの廊下を深夜2時ごろ裸で全力疾走したりして騒ぐし、シャワーは故障しておりどう見てもヒルトンとは考えられなかった。日本人は苦情を言わぬことが多いようなのでシャワーが出ないなど使えない部屋に入れられることがある。このような時はどんどんクレームをつけるべきだ。
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モーツアルトの生家。Mozarts Geburts Haus の大きな字が目印。この街のいたるところでモーツアルト・チョコが売られている。
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ホーエンザルツブルク城。ザルツブルクのシンボル。120mの山の上にありケーブルカーで登ることができる。11世紀から700年に渉り建造されたというこの城は見学するのも時間がかかる。
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ザルツブルク。妙な話で恐縮だが、世界の7カ国(イギリス・フランス・イタリア・インドネシア・スイス・中国)を廻った中でこのザルツブルクのトイレがダントツに清潔であった。さすが音楽のまち。変なところで感心する。
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ザルツブルク。
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6日目。ドナウ河クルーズ。世界遺産のヴァッハウ渓谷を巡る。
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ドイツから来た少年たち。
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ウィーン。シェーンブルン宮殿。
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シェーンブルン宮殿。
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シェーンブルン宮殿。
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シェーンブルン宮殿。
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シェーンブルン宮殿。
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オプションで行った寺院なのだが名前を忘れてしまった。
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ウィーンで食べたケーキ。これは美味でした。
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フィンランド航空に乗る。ウィーン・7.00AM
チューリヒ着 8・30AM チューリヒ 発 10.15AM ヘルシンキ 着 14.00
ヘルシンキ 発 17.20PM 大阪 着 7月30日 8.40AM
ヨーロッパは遠かった。
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