2010/09/12 - 2010/09/12
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風 魔さん
太平洋戦争で、多くの戦没者をだした陸軍少年戦車兵を祀る「若獅子神社」を訪ねる。ここは、サイパン島で発見された戦車とともに、戦没者の慰霊を祀るため、卒業生たちが私費を出し合い、神社を設立し、かって教育、訓練をうけたこの地で鎮魂を行っているものです。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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東名高速道・富士インターより、西富士道路を朝霧高原方面へ走行する。
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西富士道路(国道139号線)を走行して、白糸の滝の近くにある上井出ICを出て、「若獅子神社」(富士宮市上井出)へ到着する。
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当初、陸軍戦車兵学校は昭和14年千葉市穴山に創設されましたが、昭和17年校舎完成と同時に、ここ富士宮市上井出に移転しました。
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近くに霊峰・富士山を望む、少年戦車兵の慰霊の神社。
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神社正面には、若獅子の像が建立されてありました。
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戦没した少年戦車兵を祀る記念塔(若獅子の塔)。
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少年兵を若獅子に例えた、慰霊の塔の守り神。
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戦車学校卒業生の戦没者名簿が、卒業年次順に掲示されてありました。
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この学校の卒業生のうち、第5期生は昭和19年11月卒業と同時に激戦地に送られたため、特に死亡率が高いとされています。
卒業生600余名のうち、第5期生の戦没者は300名を超えます。 -
97式中型戦車は、サイパン島で米軍により地中に埋められていたものを、昭和51年に発見され、2輌が日本に帰還したものです。
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激戦地・サイパン島で、戦後港の造成工事中に見つけられた97式中型戦車(チハ車)。
戦車は2輌発見されましたが、もう1輌は靖国神社・遊就館に展示、保存されています。
(遊就館にある戦車は、修復、整備され迷彩色に塗られ保存状態は良好です) -
車体にある白い丸印は、36発の貫通砲弾の痕です。
サイパン島では、米軍戦車に対して砲撃戦においては装甲版が薄いので、車体の半分を地中に埋めて対戦したそうです。 -
全装備重量・15トン、時速38キロの中型戦車。
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帰還戦車の由来の説明文。
この戦車は、戦車第9連隊所属のものと判明しました。 -
この戦車の性能概要の説明文。
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帰還した戦車保存の工事経緯の看板。
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この神社は昭和59年に設立されましたが、今でも第3期卒業生の方が、毎日清掃、管理しています。
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晩夏の空の下、富士山が見えました。
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