2004/08/18 - 2004/08/18
636位(同エリア1835件中)
哈桑湖さん
コスモス・ホテルに宿泊しました。
ガイドさんが来るまで、時間があったので、目の前の、全ロシア展覧会場見学です。
ここへ来ると、ソ連時代の栄光がしのばれます。
ソ連とは、何だったのか。
ソ連時代を、懐かしむ人は、若者を除けば、たくさんいます。
でも、セミパラチンスクでの原爆実験、アフガニスタン侵攻、こういったことを考えると、
ソ連はなくなって良かったと、思うのです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 飛行機
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
コスモス・ホテルです。
私は、モスクワで宿泊するときには、コスモス・ホテルと、決めています。
目の前が、全ロシア展覧会場で、ソ連時代の栄光を、しのぶことができます。
また、このホテルには、お土産売り場が、沢山あります。
ソ連時代のポスターを、カードにしたもの、マトリョーシカ人形、CCCP入りの時計、ともかく覗くだけでも楽しいのです。
フロントの女の子も、ソ連式のサービスではなく、笑顔で、日本語で、「コンニチワ」「コンバンワ」と、言ってくれます。
バイキング形式の朝食も、とても美味しいです。
とくに、ジュースは、美味しいです。
モスクワのホテルと言ったら、コスモス・ホテルです。 -
コスモスホテルは、アーチを。
このホテルは、モスクワ五輪の外国人観光客のために、作られました。
確か、アフガニスタン侵攻に抗議して、日本はボイコットです。
この頃は、少しソ連は、きしみだしていたようです。
まさか、ソ連が崩壊するとは。
ソ連の最後の最後の輝きが、この建物なのでは。 -
コスモス・ホテルからの眺めです。
まだ私が幼い頃、ソ連は、アメリカと並ぶ2大大国でした。 -
全ロシア展覧会場に、やって来ました。
ソ連時代は、ソ連経済発展展覧会場と、呼ばれていました。
この中に、ソビエト社会主義共和国連邦СССРを、構成する15の共和国の、パビリオンが、ありました。 -
ここを、くぐります。
早朝なので、人はいません。 -
まだ健在な、レーニンさん。
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民族友好の泉です。
15の共和国の、民族衣装を着た女性の像が。
バルト三国は独立して、ロシア人は、地元住民から、いじめられています。
ナゴルノ・カラバフでは、アルメニアとアゼルバイジャンの戦争が。
グルジアとアブハジア、グルジアと南オセチアでの民族衝突。
北オセチアでの、オセット人のイングーシ人へのジェノサイド。
チェチェンとロシアとの戦争。
フェルガナ盆地での、ウズベク人によるメスヘチア・トルコ人の追放。
キルギスのオシュでの、ウズベク人とキルギス人の衝突。
タジキスタンの内戦。
こんなことは、私が子どもの頃は、想像さえしませんでした。 -
カレリアという文字が、見えます。
カレリアは、15の共和国では、ありませんでしたが。
この全ロシア展覧会場で、アルメニア館だけは、まだ機能しています。
アルメニアワインや、セヴァン湖のマスが、売られています。 -
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フルンゼ軍事アカデミーです。
ガイドさんによれば、かつてソ連時代は、ソ連軍の将校は、エリートで、ロシア娘の結婚相手として、トップ候補でした。
今は給料も安く、あまり人気ないようです。 -
こういった軍の施設の写真を撮るときには、必ずガイドさんがいるときに。
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向かって左が、フルンゼです。
フルンゼは、胃の病気とのことで、スターリンから、党の命令ということで、強制的に手術を、受けさせられます。
しかし、生きて手術室から出ることは、ありませんでした。
実は、手術を受けるほどの病気では、なかったようです。 -
ソ連時代なら、ここへ近づくことも、できなかったのに、今は近づくことはできます。
写真は、本来は、ダメでしょう。 -
ガイドさんに、そばにピタッといてもらい、シャッターを。
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