2002/04/14 - 2002/04/14
1101位(同エリア1242件中)
五黄の寅さん
新撰組最後(近藤勇 最後)の戦いの地であり、小林一茶寄寓の地でも有る、流山を散策しました。
江戸川土手から新撰組の陣屋跡を訪れた後、途中で鼠小僧次郎吉と並ぶ義賊と言われた金子市之丞の墓に立ち寄りました。続いて小林一茶が寄寓し世話になっていた秋元双樹の記念館「一茶・双樹記念館」を見学しました。一茶の資料は記念館内の「一茶亭」に展示されていました。
- 交通手段
- 徒歩
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江戸川沿いを散策途中に見掛けた遅咲きの桜。
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足元には菜の花。
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花には詳しくないので名前は不詳ですが綺麗な花なので撮影しました。
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常与寺に有る日蓮聖人の画像の説明板が有りました。
寺に寄るのは時間の関係でパスしました。
関連HPに拠りますと 千葉大学文学部の発祥の地 だそうです。
http://www.kanko.chuo.chiba.jp/kanko/2935/
立正大学の発祥の地 飯高壇林を思い出しました。 -
近藤勇陣屋跡の標識が出ていました。
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陣屋跡にやって来ました。石碑が建っています。
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後ろの建物の雰囲気が良いので一緒に撮影。陣屋とな関係ないようです。
石碑の右に建つ掲示板の中が痛々しいです。説明書きの紙は破れ、写真は一部剥がれ落ちています。 -
写真の部分を拡大してみました。下の右から 近藤勇の生家との説明が有ります。現在は井戸が残るのみで、私が訪ねたときは雑草が生い茂っていました。その左の写真は板橋の(駅のそばにある)史跡と説明書きが有ります。新選組隊士の永倉新八が近藤勇を弔うために建てたそうです。
その左の写真は武蔵野に有る龍源寺に有る墓と思われます。 -
解説板です。こんな風に整備されていますと散策するのが楽しくなりますね。
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陣屋を過ぎてすぐに閻魔堂が有り、境内に入りました。閻魔堂の向かいに金子市之丞の墓が在ります。訪れた時は誰なのか分かりませんでしたので、Webで調べたところ、流山の鼠小僧と言われた人でした。
さらには天保六花撰のモデルの一人でもあるようです。
http://members.jcom.home.ne.jp/cherry-f/nagareyama.htm -
境内に在った慰霊塔。
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オレンジのヒナギクが咲いていました。境内だったかどうかは、残念ながら記憶に有りません。
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小林一茶の寄寓地の途中で菜の花にとまるミツバチを見つけました。
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小林一茶の寄寓地の一茶・双樹記念館にやってきました。
入口に説明書きが建っています。
http://www.minami-nagareyama.org/gallery/nagareyama100/issa.htm
http://www.issasoju-leimei.com/issa/issa_index.html -
建物内部の案内です。
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館内の庭の右手の様子。落ち着いた庭園です。
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館内の庭の左手の様子。
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座敷内部から庭を眺めて見た様子。
一幅の絵を鑑賞している気分です。 -
館内に建っている一茶の句碑。「夕月や 流れ残りの きりぎりす」
洪水の後の情景を詠んだ句だそうです -
秋元家が製造していた味醂の銘柄
「天晴(あっぱれ)」の掛け軸。 -
掛け軸の由来です。
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最後に 光明寺 によりました。境内に建つ句碑。
「豆引や 跡は月夜に 任す也」秋元双樹
「烟らぬ家も うそ寒くして」小林一茶
http://www.jade.dti.ne.jp/hyakuzan/sato/haiku.htm -
光明寺の境内を抜け帰路につきました。
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