2001/05/31 - 2001/06/11
1009位(同エリア1304件中)
早島 潮さん
”姦通罪43歳女性への石打ち死刑、見直しも”を読みイランの旅で感じた宗教的環境を追憶
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/100711/mds1007110032000-n1.htm
2001年05月31日〜06月11日にイランを訪問している。
http://4travel.jp/traveler/u-hayashima/album/10058211/
上記旅日記から以下を抜粋した。
テヘランへは現地時間23時45分に到着した。午前一時過ぎに外へ出た途端むっとする暑い空気の洗礼を受けた。この時間なのに空港施設の出口には手に手に花を持った出迎えの老若男女が夥しい数としかいいようのない程沢山集まっており、旅行者が通り抜ける道もない程に犇いていた。女性は老いも若きも一様に黒色のチャドを頭から被り顔だけしか覗かせていない。酷暑の時期だというのに異邦人には異様な光景としかいいようがない。聖地の巡礼から帰ってきた有徳者を出迎えてその余祿に預かろうとする人々であるという説明があった。
イスラム暦で金曜日の今日は休日だから、このことも人出に拍車をかけたに違いない。イスラム国ならではの空港風景であった。
シラーズの南東110kmの地点にあるフィールーズ・ア・バードの遺跡を訪問する途中で乙女橋、乙女城を見学した。ペルシャ語でドクターとは乙女のことを意味し、犯されることがないという意味合いで用いられる。乙女橋は今から1500年程前に作られた石製の橋脚でモンド川に史跡として残されていた。恐らく堅牢な橋だから流されることはないという願いを込めて乙女橋と称したのではなかろうか。また乙女城はこれも1500年程前に作られた城砦であるが、これも落城することがないようにとの願いを込めて名付けられたのであろう。
ペルシャの人々には、女性は子供を産み育てる使命を担っているので貞操は大切なものとして皆で保護しなければならないものという思想があったらしく、乙女という言葉は犯されることがないという意味に転化したのであり面白い発想だと思った。男女間の規律に厳しいイスラム・シーア派の戒律もこのような歴史的な積み重ねの中で生まれてきた社会規範なのだなと一人勝手な解釈をして納得していた。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
イラン の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
1