2010/05/31 - 2010/06/04
12665位(同エリア14051件中)
そらさん
厳島神社、錦帯橋(山口県)、平和記念公園、そしてしまなみ海道を自転車で尾道から今治まで3泊4日で駆け抜けました。
2日目:広島平和記念公園→平和記念資料館→尾道泊
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 自転車 新幹線 JRローカル
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2010年6月1日(火)2日目。お天気も良く、緑が多く整備された街並みが美しい。前日に平和記念資料館内の「ピース・ボランティア」の方に公園内のガイドを申し込んだが、当日直接窓口で受け付けるとのことで10時に窓口へ。しばらくすると60歳代の女性のガイドさんがにこやかに表れた。平和記念公園の入口にある資料館は真ん中がゲート状の建築で、この公園のゲートという意味を込めて設計されたという。この下からガイドが始まった。
1945年8月6日午前8時15分投下された原爆が当時中心地だったこの地を4000度の熱線、爆風、高熱火災、放射線、後遺症が襲い、広島は「焼け野が原」になった。 -
2歳で被爆をされたガイドの方は広島がどんな町であったか、なぜ原子力爆弾を落とされたのか、被爆後の広島、復興、そして現在、記念碑をめぐりながらお話をしてくださいました。焼け野が原の跡地に、50cm盛り土をされた上に作られた公園。遺骨が納められた「供養塔」に毎年8月6日早朝、遺族はお墓参りに訪れるそうです。
ガイドさんと一対一で過ごした数時間は貴重なものとなりました。 -
自分が語ることはできないと思いますが、一つだけ。公園の一角に、一段低く囲まれた場所があります。うっかりすると見逃してしまいそうな場所です。ここは元はお寺があり、その五輪塔の上部が爆風で飛ばされた、被爆当時のままなのだそうです。公園の中でも当時の土が表れている場所はここだけとのこと。この土に何万もの人々が眠り、その上を「歩かせてもらっている」という言葉に、手を合わせる。
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原爆ドーム。世界遺産として永久保存。登録される際はドイツのアウシュビッツが先に登録をされていたため反対の国々もあったが登録をされた。周りには柵が一周しており、侵入できないように監視されている。
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公園を色々なお話をしながらガイドをしてもらい、本当に良かった。こうして直接お話を聞けることは重要な体験だ。こうした活動が続けられること、多くの人に知ってもらうことが大事だと思った。
その後、資料館を音声ガイドを借りて見学したが時間が足りなかった。地下1階で常設ではないが被爆した市民が描いた絵と言葉が展示されていた。この時、言葉にできない感情がいっぱいに。とてもこの事実を自分が安易に語ることはできない、ただ一人でも多くの人が広島を訪れ、自分の目や耳や心で何かを感じてほしいと思った。「図録 原爆の絵 ヒロシマを伝える」を帰宅後、購入した。
閉館時間の後、もう一度ガイドをしてもらった道のりを歩いて回った。
このガイドさんには火曜日にお会いできるので、広島を訪れる方にはぜひ訪ねてほしいと思う。 -
原爆ドーム前から広電に乗り、広島駅前へ。今日は広島お好み焼きを食す。ひろしまお好み物語駅前広場の「たむちゃん」。テレビではカープ戦をやっていて、生とお好み焼きを注文。今日は平日で空いているようだ。
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肉玉そば(温玉のせ)900円。このお店独自の「唐麺」が辛くておいしいー!!通常のお好み焼きよりもキャベツの存在感があってあっさりしている。おいしいー。生が進む。進む。
尾道への電車が少なくなるため、食後はあわただしく駅へ戻った。
3日目へ続く・・・。
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