2010/05/28 - 2010/05/28
24402位(同エリア51736件中)
ginさん
プレーのアパートの小母さんから貰った情報を頼りにプレーから国道を22km北へ行ったところにある小さな町ロンクワンへやって来た。この近辺の山の中に住んでいるらしいのでとりあえず宿を探した、探した結果この町にはモーテルのようなホテルが一軒だけあるだけだった。部屋を借りて入ってみると壁には大きな鏡がかかっているが位置が少し低すぎる、ベッドの高さに合わしてあるらしい・・・???、ドアの横の壁を見ると時間いくら、半日いくら、泊まりいくら、と料金表が張ってある、ははぁ〜ん、納得!。
話がそれたが・・・、オフィスのお兄さんに裸族の事を訊くとかなり遠くの山に小さな集落があると言う、途中の村を教えてもらいその村で詳しく行き方を訊ねることにした。
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国道101号線からはずれ、村で裸族の定住地のことを訊くとダムに向かって行き更にそのまま行けば終点に村があるからそこで訊ねればすぐ分かると教えてくれた。
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10kmほど平地を走り標識に従ってダムへたどり着く。
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乾季のせいか水量が少ない。近くで働いていた人に裸族の集落の事を訊くとメインの通りまで戻り山の方へ、と教えてくれた。
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林の向こうに走ってきた平野部がある。
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平地が終わり山の中へ入ってゆく。
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山の中に入ってゆくと見渡すかぎり地肌がむき出した山並みが目に入ってくる。
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むき出しの山肌のあちこちに作業小屋がある。
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伐採した後にはトーモロコシが植えられている。
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あちこちで10−15人単位で作業をしている。
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ここに植えられているトーモロコシは食用ではなく飼料用のトーモロコシらしい、豚や牛、チキンの飼料らしい。
売値は1kg7−8バーツくらい。 -
山の伐採は今も進んでおり耕地は広がっている。
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尾根道から禿山を見ながら奥地に向かって走る。
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日陰用に残された木がぽつんと斜面にたっている。
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大きく弧を描いて尾根伝いに道路が延びている。
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照りつける日を浴びながらひたすら奥地へ奥地へと走る。
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ひたすら走る。
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山に入って20km以上走っているが周りの景色は変わらない。
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幾つもの尾根や峠を越えて走ってゆく。
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30数km辺りでやっと村にたどり着く。
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村の中の麺屋さんで昼食。20バーツ。
ここで小母さんから裸族の最終情報をしいれる。
この先5kmくらいの所にモン族の村がありその先にピートンルワンの集落がある、と教えてくれた、一本道だから問題ないとも・・・。 -
山裾から振り返った最後のタイ人の村の風景。
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暫くコンクリート舗装の坂道を上ってくると新しく綺麗に舗装された道路になりモン族の村が見えてくる。
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モン族の村を過ぎると地道になり更に山越えの急傾斜な工事中の道がくねくねと山の上への伸びている。バイクでは危険なので裾に駐輪して徒歩で上ってゆく。
峠にさしかかる手前に工事の手を休めている人夫がいたのでピートンルワンの集落は何処なのか訊ねるとふもとの谷間の奥だと言う。あえぎながら上ってきた急斜面の道をまた下る。 -
道路から細い枝道があり谷間の奥へ歩いて行くと狭い平地に20軒たらずの集落が・・・。
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家はコンクリートブロックで屋根はトタン板で覆っている、20歳前後の女の子が二人私たちのほうを見ている。
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顔つきはモンゴロイドだがタイ人や他の山岳民族とは少し違っているようにみえた。
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ここに定住していて、他の村と同じ様な感じだ。
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家の中から小さな女の子と母親らしき人が出てきた。
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村の奥にはいって行くと小さな谷川に子供達がいた。
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洗濯をしながら遊んでいたらしい。
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近づいてカメラを向けたら泣き出してしまった小さな男の子。
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最初は近づくと背中を向けて顔を見せなかったがボーちゃんがお菓子を配るとやっと顔を見せてくれた。
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子供達ばかりで大人の姿はみえない。
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谷川に沿って更に奥へ行ってみる。
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きちんとした家とその前に車が駐車してある、近づいて中を見ると・・・・。
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60歳くらいの白人の夫婦が住んでいる。
アメリカ、オハイオ州から来てこの集落に1980年から住んでいるブンジューン氏だ。
挨拶をしてムラブリ族の事と本人について尋ねると・・。
彼はアメリカ人の宣教師でこの集落に住み着いて30年になると言う。30年前はここまで来るには細い道でその頃ここには20人くらいのムラブリ族がいて隣のモン族の畑仕事を手伝っていた、他のムラブリ族の人は狩猟採集の移動生活をしていたがだんだん開拓の波が押し寄せ狩猟採集の生活も困難になってきたらしい。
当時はマラリヤや皮膚病などで早死にする者がかなり多くいたがここ5年間はマラリヤは発生していないと言う。
ムラブリ族の困窮した生活を見てこの集落にとどまる決意をしたらしい、彼の尽力で現在では定住生活も安定して子供達も学校に通い読み書きができるようになった。
ムラブリ族の言葉には文字が無いので記録も無く来歴は不明らしい、現在はムラブリ族の言葉にタイ語の文字をあてて子供達に教えながら言葉の存続につとめている。
またハンモックの製作技術を教えその販売で生活の安定をはかっている。
訊ねたい事はいっぱいあったが昼食前にお邪魔して家の中では奥さんが私たちの話が終わるのを待っていたのできりあげる事にした。 -
ムラブリ族の村はこことナーンの郊外の山裾にも集落があるらしい。
ナーンの方の集落は観光地化されていてツーリストも訪れているらしい。政府はムラブリ族の稀少性を利用して観光に利用しようと力を入れているらしい。 -
今、この集落には80人くらいのムラブリ族が住んでいて果樹や野菜の栽培、魚の養殖などを行い生計をたてているらしい。
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以前は150人ほど住んでいたがその大半は現在ナーンのロイヤルプロジェクトで働いている。
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現在では殆どがここで生まれ山での狩猟採集生活を知らないし生活の技術も継承していないらしい。
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いにしえの『黄色い精霊』の民(ピートンルワン)はもう存在していない、その末裔が山間の谷間で細々と生きている、他のナーンの集落では観光の対象となって生きている、幻のピートンルワン、また一つ地上から夢が消えてゆく・・・。
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あっけない結末に少しがっかりしながら坂道を下ってくるとタイ人の村が見えてきた。
村の向こうには何処までも地肌がむき出しになった山並みが続いている、それを思うと一気に現実に引き戻される。 -
蛇行した道がつづく。
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この伐採と開拓が森の民の生活を変えてしまったのだろう。
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この開拓はとどまる事を知らない、ムラブリ族の集落の裏山に造られている急斜面の道路も開拓の足場作りだろう。
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照りつける陽射しの中景色も見ていると生暖かい風が吹き上げてくる。
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平地に戻ってきた頃には西日が乾いた畑地を照らしていた。
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村の向こうに夕日が沈む、今日もまた一日が終わってしまう、いにしえの夕日を森の民はどんな気持ちで見ていたのだろう・・・・。
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この旅行記へのコメント (2)
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- shima77さん 2010/06/03 17:19:57
- こんにちは・・・
- ginさん 日本は暑くなってきましたが・・・毎日1時間ほどの夕立・・・タイの夕立のようです・・・
裸族見たかったなー・・・バナナのお家も・・・でも元気のよさそうなワンパク泥んこ僕ちゃんなんか・・・60年前の私を見ているようです・・・。
でもコンナに汚い水は無かったような気がします・・・。
- ginさん からの返信 2010/06/04 10:53:54
- RE: こんにちは・・・
- お早うございます。
田舎に行くと昔の日本みたいな所がいっぱいありますね。
タイの裸族ムラブリも昔のものになってしまっています、少し寂しい気がしました。
時間の流れは止められないし時間は待ってくれません。
ですから今を大切に精一杯生きたいですね。
Gin。
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