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徳川家康に憎まれ日本を追われた悲運のキリシタン高山右近の墓、同じくフィリピン建国に貢献しながらも銃殺された悲運の英雄ホセ・ラサールの墓があるフィリピンに突然行きたくなりチケットを購入。運悪くフィリピンに感染症騒ぎがあり、一人でぶらぶら歩くにはあまり適していない時期なので出発直前まで迷ったが「まあ何とかなるさ」と自分に言い聞かせて強引に出発。心配していたのは現地に到着するまでで結局はいつものパターンでいろいろな人と出会い楽しい一人旅でした。

フィリピン一人旅(悲運の英雄編)

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2009/11/17 - 2009/11/21

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キリさんです

キリさんですさん

徳川家康に憎まれ日本を追われた悲運のキリシタン高山右近の墓、同じくフィリピン建国に貢献しながらも銃殺された悲運の英雄ホセ・ラサールの墓があるフィリピンに突然行きたくなりチケットを購入。運悪くフィリピンに感染症騒ぎがあり、一人でぶらぶら歩くにはあまり適していない時期なので出発直前まで迷ったが「まあ何とかなるさ」と自分に言い聞かせて強引に出発。心配していたのは現地に到着するまでで結局はいつものパターンでいろいろな人と出会い楽しい一人旅でした。

同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
鉄道 タクシー
  • 翌日、朝一番で早速今回の一番の目的地であるリサール記念館のあるイントラムロスに向かった。LRTのセントラル駅からペディキャブ(自転車の横にサイドカーを付けたもの)に乗りサンチャゴ要塞入口まで行った。サンチャゴ要塞入り口で撮った写真です。

    翌日、朝一番で早速今回の一番の目的地であるリサール記念館のあるイントラムロスに向かった。LRTのセントラル駅からペディキャブ(自転車の横にサイドカーを付けたもの)に乗りサンチャゴ要塞入口まで行った。サンチャゴ要塞入り口で撮った写真です。

  • 要塞を入ってすぐ左奥にあるリサール記念館を見学。リサールが日本に居た時の恋人と噂されている美しい「おせいさん」の肖像画に感動(写真はおせいさんの肖像画です)その後徒歩でマニラ聖堂、サン・アグスチン教会を時間をかけて見学。カーサ・マニラのカフェでスパゲティとコーヒで軽く昼食を済ませた。この近辺はスペイン風の古い家並みが続き散歩には最適。やはり無理して来て良かったとルンルン気分。 

    要塞を入ってすぐ左奥にあるリサール記念館を見学。リサールが日本に居た時の恋人と噂されている美しい「おせいさん」の肖像画に感動(写真はおせいさんの肖像画です)その後徒歩でマニラ聖堂、サン・アグスチン教会を時間をかけて見学。カーサ・マニラのカフェでスパゲティとコーヒで軽く昼食を済ませた。この近辺はスペイン風の古い家並みが続き散歩には最適。やはり無理して来て良かったとルンルン気分。 

  • イントラムスの出口から博物館へは池のほとりの芝生の綺麗な道を歩いていたら、自転車に乗った係員が近づいて何か叫んでいる。さらに遠方にゴルフクラブを持った人がいた。何とゴルフコースの中を歩いてしまった様子。急いで謝りながら来た道を戻ることになった。遠回りをして無事博物館に着いたが今度は入口が分からずウロウロ。通りかかった人に入口を尋ねたら、博物館の職員の方で親切にチケット購入から博物館内をマンツーマンで1時間近くも案内してくれた。日本人が一人で暑い中をこんなに熱心にフィリピンのことを勉強していることが嬉しくてしょうがないとのこと。 博物館の休憩所でしばらく歓談。もし日本に来ることがあれば今度は私が日本の博物館を案内してあげることを約束して別れた。レオさんと称す30歳前後の好青年であった。

    イントラムスの出口から博物館へは池のほとりの芝生の綺麗な道を歩いていたら、自転車に乗った係員が近づいて何か叫んでいる。さらに遠方にゴルフクラブを持った人がいた。何とゴルフコースの中を歩いてしまった様子。急いで謝りながら来た道を戻ることになった。遠回りをして無事博物館に着いたが今度は入口が分からずウロウロ。通りかかった人に入口を尋ねたら、博物館の職員の方で親切にチケット購入から博物館内をマンツーマンで1時間近くも案内してくれた。日本人が一人で暑い中をこんなに熱心にフィリピンのことを勉強していることが嬉しくてしょうがないとのこと。 博物館の休憩所でしばらく歓談。もし日本に来ることがあれば今度は私が日本の博物館を案内してあげることを約束して別れた。レオさんと称す30歳前後の好青年であった。

  • レオさんと別れた後、博物館近くのリサール公園を散歩。かなり広い公園で途中の売店でコーラを買って飲んでいると二人連れの中年女性が「日本人ですか」と話しかけてきた。日本語ではなく英語で身なりもしっかりしているので警戒はしつつ雑談に応じた。名前は忘れたが小さな島から二人で観光でマニラに来たとのこと。海側の方から音楽が聞こえたので3人で見に行くことにした。米国の軍隊の音楽隊が慰霊碑に向かって大きな花輪を捧げ、マーチを演奏していた。毎年1回フィリピンで亡くなった米国兵を弔う儀式を行っているとのこと。なんとなく意気投合してリサール公園近くのハーバービューレストランで一緒に夕食をすることになっへた。夕陽の綺麗なレストランで楽しい食事会であった。食事後二人にタクシーを拾ってもらい無事9時頃ホテルに戻ることが出来た。

    レオさんと別れた後、博物館近くのリサール公園を散歩。かなり広い公園で途中の売店でコーラを買って飲んでいると二人連れの中年女性が「日本人ですか」と話しかけてきた。日本語ではなく英語で身なりもしっかりしているので警戒はしつつ雑談に応じた。名前は忘れたが小さな島から二人で観光でマニラに来たとのこと。海側の方から音楽が聞こえたので3人で見に行くことにした。米国の軍隊の音楽隊が慰霊碑に向かって大きな花輪を捧げ、マーチを演奏していた。毎年1回フィリピンで亡くなった米国兵を弔う儀式を行っているとのこと。なんとなく意気投合してリサール公園近くのハーバービューレストランで一緒に夕食をすることになっへた。夕陽の綺麗なレストランで楽しい食事会であった。食事後二人にタクシーを拾ってもらい無事9時頃ホテルに戻ることが出来た。

  • 翌日はホテル近くのエルミタ・マラテ地区の散策することにして、とりあえずペディキャブに乗りリサールの遺体が一時期埋葬されていたパコ公園に行った。二重の城壁に囲まれた小さな公園で観光客も少なくひっそりとしていた。二重の城壁の外側の上を歩くことが出来るので半周ほど歩いていたら清掃員があきれた顔をして見上げていた。早朝に城壁の上を歩く人はいないよとのこと。 ホテルに戻り昼食を食べたあとココナツパレス行った。 入口で何と昨日の女性達と遭遇。一緒に見学したあと野生動物まで一緒に行かないかと誘われ特に次の行き先は決めてなかったので一緒に行くことにした。しかし事故のせいか大渋滞に巻き込まれ2時間以上もタクシーに閉じ込めら3人とも疲れて無言状態。結局途中のケソン駅前で一人だけ降ろしてもらい寂しい別れとなった。一人でMRT、LRTを乗り継いでホテルに戻り付かれたのでルームサービスで夕食を食べマッサージをしてもらい早めに寝ることにした。

    翌日はホテル近くのエルミタ・マラテ地区の散策することにして、とりあえずペディキャブに乗りリサールの遺体が一時期埋葬されていたパコ公園に行った。二重の城壁に囲まれた小さな公園で観光客も少なくひっそりとしていた。二重の城壁の外側の上を歩くことが出来るので半周ほど歩いていたら清掃員があきれた顔をして見上げていた。早朝に城壁の上を歩く人はいないよとのこと。 ホテルに戻り昼食を食べたあとココナツパレス行った。 入口で何と昨日の女性達と遭遇。一緒に見学したあと野生動物まで一緒に行かないかと誘われ特に次の行き先は決めてなかったので一緒に行くことにした。しかし事故のせいか大渋滞に巻き込まれ2時間以上もタクシーに閉じ込めら3人とも疲れて無言状態。結局途中のケソン駅前で一人だけ降ろしてもらい寂しい別れとなった。一人でMRT、LRTを乗り継いでホテルに戻り付かれたのでルームサービスで夕食を食べマッサージをしてもらい早めに寝ることにした。

  • 今日は次の目的地である高山右近像を見にいくことにした。地図がいい加減なので迷ってしまったが試行錯誤でなんとか目的地についた。以前からキリシタン大名の高山右近には興味があったが、63歳にもなるのに家康にこのような遠方に追われたことそして着いてからたった40日後に亡くなったとのこと。異国のこのような所で生涯を終えたとはまさに悲運な武将。帰りは歩き疲れたのでべディキャブに乗ったが、暑い日で運転手が可哀そうなのでトライシクル(オートバイの乗り物)に乗り換え地元では有名なロビンソンプレイス(ショッピングセンター)に行くことにした。センター内のスタバでコーヒを飲んで休憩。マラテ地区はほぼマスターしたので新しいビジネス街であるマカティ地区を散策することにした。 

    今日は次の目的地である高山右近像を見にいくことにした。地図がいい加減なので迷ってしまったが試行錯誤でなんとか目的地についた。以前からキリシタン大名の高山右近には興味があったが、63歳にもなるのに家康にこのような遠方に追われたことそして着いてからたった40日後に亡くなったとのこと。異国のこのような所で生涯を終えたとはまさに悲運な武将。帰りは歩き疲れたのでべディキャブに乗ったが、暑い日で運転手が可哀そうなのでトライシクル(オートバイの乗り物)に乗り換え地元では有名なロビンソンプレイス(ショッピングセンター)に行くことにした。センター内のスタバでコーヒを飲んで休憩。マラテ地区はほぼマスターしたので新しいビジネス街であるマカティ地区を散策することにした。 

  • マカティのアヤラセンター内を一回りした後イタリアンレストランで昼食。近くのグリーンベルト公園、6750アヤラアベニュー、マニラ南墓地、アヤラ博物館などを歩いて回った。東南アジア諸国が目覚ましい勢いで経済成長を果たし急速に近代化を進めているが、フィリピンも予想以上の発展をしておりこのマカティ地区地区がそのシンボル的な場所であることを実感。しかし折角東南アジア特有の植民地時代と下町風の雑然とした風景を期待してきたのに東京の丸の内近辺を歩いているようでつまらない。小職のぶらぶら歩きには合わないので早めにマラテ地区に戻りマニラ動植物園、メトロポリタン美術館、フィリピン文化センター、マラテ教会等を見学し、お腹もすいてきたのでホテルに戻り近くのレストラン(サンボアンガ)に行き先住民の踊りやポリネシアンダンスのショーを見ながらシーフード料理でフィリピン最後の夜の晩餐を楽しんだ。

    マカティのアヤラセンター内を一回りした後イタリアンレストランで昼食。近くのグリーンベルト公園、6750アヤラアベニュー、マニラ南墓地、アヤラ博物館などを歩いて回った。東南アジア諸国が目覚ましい勢いで経済成長を果たし急速に近代化を進めているが、フィリピンも予想以上の発展をしておりこのマカティ地区地区がそのシンボル的な場所であることを実感。しかし折角東南アジア特有の植民地時代と下町風の雑然とした風景を期待してきたのに東京の丸の内近辺を歩いているようでつまらない。小職のぶらぶら歩きには合わないので早めにマラテ地区に戻りマニラ動植物園、メトロポリタン美術館、フィリピン文化センター、マラテ教会等を見学し、お腹もすいてきたのでホテルに戻り近くのレストラン(サンボアンガ)に行き先住民の踊りやポリネシアンダンスのショーを見ながらシーフード料理でフィリピン最後の夜の晩餐を楽しんだ。

  • 最終日なのでホテル近くを散歩することにした。近くのマラテ教会で結婚式が行われていた。観光客らしき人も後ろの方に座っているのが見えたので教会の中に入り一緒に見学。 壇上で新郎・新婦を取り囲んで親族一同で記念写真を撮っていた。急に親族の一人らしき女性がアカペラで教会内を響き渡るみような大きな声で聖歌を歌いだしたのをキッカケに神父さんが出てきて正式な結婚式が始まるような雰囲気となり。廻りの観光客が一斉に出口に向かったのでもう少し見ていたがったが一緒に外に出た。日本とは違い勝手に観光客が式場を出入りして、誰も注意をする人がいない大雑把な風習には思わず笑ってしまう。ロハス通りを渡りマニラ湾沿いの遊歩道らしき道を歩きホテルに戻り、12時前にチェックアウト。

    最終日なのでホテル近くを散歩することにした。近くのマラテ教会で結婚式が行われていた。観光客らしき人も後ろの方に座っているのが見えたので教会の中に入り一緒に見学。 壇上で新郎・新婦を取り囲んで親族一同で記念写真を撮っていた。急に親族の一人らしき女性がアカペラで教会内を響き渡るみような大きな声で聖歌を歌いだしたのをキッカケに神父さんが出てきて正式な結婚式が始まるような雰囲気となり。廻りの観光客が一斉に出口に向かったのでもう少し見ていたがったが一緒に外に出た。日本とは違い勝手に観光客が式場を出入りして、誰も注意をする人がいない大雑把な風習には思わず笑ってしまう。ロハス通りを渡りマニラ湾沿いの遊歩道らしき道を歩きホテルに戻り、12時前にチェックアウト。

  • 空港まではホテルタクシーに乗ったが途中から大渋滞。一昨日のこともあるので出発時刻に間に合うか不安になる。運転手は英語も分からないので間に合うのか確認しても知らんぷり状態。 突然窓ガラスを叩く音がしたので見ると渋滞している車を縫って飲み物、アイス、お菓子等の物売りが何人もウロウロしていた。中国も渋滞が激しく同じような物売りがいたがどこも同じだな。出発1時間前にやっと空港に到着。空港で高いだけで美味しくないラーメンを食べて搭乗口へ。搭乗時間も何の説明もなく30分以上も遅れた。結局、成田空港到着が1時間近く遅れ自宅に戻ったのは23時過ぎであった。 「フィリピン旅行は時間を気にしないこと」を勉強して今回の旅は終了となった。 

    空港まではホテルタクシーに乗ったが途中から大渋滞。一昨日のこともあるので出発時刻に間に合うか不安になる。運転手は英語も分からないので間に合うのか確認しても知らんぷり状態。 突然窓ガラスを叩く音がしたので見ると渋滞している車を縫って飲み物、アイス、お菓子等の物売りが何人もウロウロしていた。中国も渋滞が激しく同じような物売りがいたがどこも同じだな。出発1時間前にやっと空港に到着。空港で高いだけで美味しくないラーメンを食べて搭乗口へ。搭乗時間も何の説明もなく30分以上も遅れた。結局、成田空港到着が1時間近く遅れ自宅に戻ったのは23時過ぎであった。 「フィリピン旅行は時間を気にしないこと」を勉強して今回の旅は終了となった。 

  • 今回も素敵な人たちとの出会いが多かった。フィリピン国立博物館の好青年レオさん、ハーバービューレストランで一緒に食事をした二人の中年女性、毎日朝食を食べたオープンカフェのレジの娘さん、カーサ・マニラのカフェのシェフ、ねもとレストランの従業員などの皆さんとの楽しい会話が忘れられない。フィリピンも昔は日本軍が占拠してた時代があり心の中では日本人に対する敵愾心があるのかと思うが、そのような素振りは全く見せず、むしろ笑顔を見せながら歓待してくれたことに感謝したい。       

    今回も素敵な人たちとの出会いが多かった。フィリピン国立博物館の好青年レオさん、ハーバービューレストランで一緒に食事をした二人の中年女性、毎日朝食を食べたオープンカフェのレジの娘さん、カーサ・マニラのカフェのシェフ、ねもとレストランの従業員などの皆さんとの楽しい会話が忘れられない。フィリピンも昔は日本軍が占拠してた時代があり心の中では日本人に対する敵愾心があるのかと思うが、そのような素振りは全く見せず、むしろ笑顔を見せながら歓待してくれたことに感謝したい。       

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