2001/02 - 2001/03
100位(同エリア189件中)
まりあさん
パナマで驚いたことのひとつは、通貨にドルがそのまま通用している、ということでした。バルボアという、パナマ独自の通貨の名前はあり、またコインは、アメリカとは違うデザインですが、紙幣はまさにドル札。そして、コインも、アメリカのと、同じ大きさと材質でした。なので、ある意味、両替については、悩まなくてすみました。
ただ、ドル紙幣がそんなに通用しているのに、なぜか英語があまり通用せず、英語のツアーを見つけるのに、四苦八苦しました。
滞在は、短い目にしたので、パックツアーが便利だと、旅行会社に探しにいき、そこで薦められてエンベラ族訪問ツアーに参加しました。
これ、貸切なら高いのですが、たまたま団体さんが、そのツアーに参加したため、一人分が安くなって、ラッキーでした。
おまけに、その団体は、アメリカから、トレイラーハウスで、陸路、中米の国々を訪問して、パナマまでやってきていた団体でした。なので、アメリカ人の定年退職者の団体にまぎれて、部族訪問ツアーを楽しみました。
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パナマ、といえば、パナマ運河です。見学スペースが儲けられて、船が行き来する仕組みが見えます。といっても、私にはよく分かりませんでした。
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この川沿いに、エンベラ族の村が点在しているそうです。ツアーがたくさん押し掛けて、彼らの社会や文化に変容を与えてはいけない、ということで、入場者数がコントロールされて、センターから、どこの村に行くかを指示されます。この日は、大勢のお客がいたため、いつもより奥地にある村まで行きました。
つまり、来客慣れしていない村のようで、非常に面白い、部族訪問になりました。しかし、彼らも体験数が少なかったようで、アメリカ人をたくさん乗せた船は、沈みすぎて、川底をガリガリこすりながら進み、上流では、とうとう立ち往生してしまい、別の船に乗り換えて進みました。 -
ここまでバスでやってきた時には、ふつうの服装だった若者たちが、なぜか急に服を脱ぎ始めました。そして、フンドシ姿になり、船をあやつって、村に向かいました。彼らは、その村出身の若者ですが、今では、ふつうの服装で、パナマシティで働いているそうです。
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手前の村の酋長さんがお出迎え。「今日は、うちには来ないの」という顔つきでした。
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村に着くと、川岸には村の人たちの歓迎団がいました。皆さん一列に並んで、訪問客にご挨拶でした。
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吹き抜けの建物に集まって、この村の服装や音楽や文化などの説明を受けました。男性はフンドシ姿、女性は、コインをつないだものを胸にかけて、派手な布を腰に巻いたスタイルでした。
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ランチは、この建物のすぐ横で、調理した、テラピアという魚のフライと、バナナのフライでした。あつあつで、美味しかったです。
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これが、すぐ横のキッチン(?)です。
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葉っぱのお皿に入れて、供されました。
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食事のあとは、民芸品市が開かれました。それぞれ、作り手が商品の前にたって、売ってました。タグアという、木の実の彫り物がユニークです。ベジタブル・アイボリーと言われ、生の時は、やわらかいけど、やがてアイボリーのように固くなるので、自由に彫刻ができるそうです。
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村の音楽隊が、音楽を披露しました。
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そして、女性陣の踊りが始まりました。
たまたま、アメリカ人のグループと出くわしたために、とっても面白い一日となりました。
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