1995/05/22 - 1995/05/23
25位(同エリア27件中)
北風さん
トルコ共和国は昔からヨーロッパとアジアの掛け橋として栄えた国らしい。
特に旧首都「イスタンブール」は、大陸横断旅行者の間でもアジアとヨーロッパの境界線にあたる地点として知られていた。
(まぁ、トルコは知らなくても「飛んでイスタンブール」は子供の頃から馴染んだフレーズだったが・・・)
オセアニアを起点として始まった俺の旅も、東南アジア、東アジア、西アジア、中東を経て、とうとうヨーロッパへ!
国境を越えた時点で、気持ちは既に現代文明に彩られる白人の国にスウィッチ!
が、しかし、周りの環境は依然として中東のコテコテ・アラビアン色のままなのは何故?
唯一、シャツのボタンを2つぶち抜きで外したトルコ入国管理官の若いお姉ちゃんの胸元だけが、ヨーロッパの匂いを感じさせてくれた。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
旅日記
『1995年5月22日 イラン出国!』
薄暗い出国管理事務所では、ごついイラン人のおっちゃんが俺のパスポートを握り締めていた。
日に焼けたどす黒い顔、丸太のような腕、全身で「俺は軍隊上がりだぞ!」とアピールしている。
3日前、俺は滞在延長拒否で刑務所送りになる瀬戸際だった。
必死の説得で、地元の警察署長は3日間の延長を許可したはずだが、あの時パスポートになにやら書き込んでいた事が今になって妙に気になる。
しかし、今日までは延長期間のはずなのだが・・・
ゴキブリをみつけた主婦がスリッパを振り下ろす勢いで、出国スタンプが押された!
「ジロリ」と睨まれるが、俺は踊りだしたいほどハッピーな気分だ。
とうとう、出国したぞ!
さて、この国境管理事務所には、トルコの入国管理事務所も同居しているはず。
人の流れに身を任せてドアをくぐると、いきなり「ウゥウゥウゥー」とけたたましいサイレンが鳴り出した。
それとともに先程の入国管理官達が勢いよく事務所から出てくる。
一瞬、管理官の心変わりで逮捕された自分の姿が頭に浮かぶ。
しかし、管理官が目指す所は外へと続くドアだった。
周りの人間もしゃがみこみ、持参のお茶を飲みだす。
もしかして、あの空襲警報の様なサイレンはお昼休みのチャイムだったのだろうか?
確かに腹は減っている。こんな、イランとトルコの事務所を繋ぐ渡り廊下にすし詰めで座っているぐらいなら、外で飯を探した方がましかもしれない。
すると、出て行こうとする俺の前で1人の兵隊が仁王立ちしていた。
なんと「既に出国手続きを済ませた人間はここから、昼休みの2時間は出れないとのたまう。
やっと、自分の状況が飲み込めた。俺は確かにまだトルコ入国手続きを済ませていない。
つまり、現在どこの国にもいない人間だ。
あれほど出国させたがったイランは、最後の最後で俺を放してくれない。 -
旅日記
『トルコ入国!』
昼休みの2時間の間、俺はトルコへ出稼ぎに行くらしいイラン人の若者4人と仲良くなった。
きっかけは、若者の1人が「ジャッキーチェン?」と話し掛けてきたからだ。
彼らには、髪の毛を伸ばしてワイルドな格好をしている東洋人は皆ジャッキーに見えるらしい。
ハリウッドスターがこんな所でしゃがんでお茶をもらっているわけはないのだが、夢を壊したくはないので、「俺達だけの秘密だぜ」と答えておいた。
また、「ウゥウゥウゥ−」とサイレンが鳴った。
待ちに待ったトルコ入国管理事務所のドアが開いていく。
あまりのうれしさに泣きそうになりながら事務所へ足を踏み入れると、そこは先程のイランの事務室とは別世界が広がっていた。
モダンな装飾、明るい照明、そして、管理官は女性だった!
しかも、美人だ!
おまけに、胸元の第二ボタンまで外している!
俺以上に、イラン人の若者たちにはカルチャーショックだったに違いない。
彼らは直立不動で動かなかった。
口は開いたままだ。
目はあと少しで飛び出るだろう。
無理もない、イランでは女性の胸元を見るのはもちろん、顔さえも新婚初夜に初めて見たという男も少なくない。
イラン人の友達いわく「結婚はギャンブルだ」
微動だにしない横一列に並んだ彼らを、そこに置いてとにかく入国手続きを済ませる。
イラン入国時に比べると、なんと簡単な手続きだろう。あっという間に入国スタンプが押された。
荷物を片手に事務所から脱出できた時は時計は午後3時を指していた。
なんと、この建物の中で5時間を過ごした計算だ!
見上げると、ノアの箱舟がたどり着いたとされるアララット山が、トルコ・ブルーの空に浮かんでいた。
見下ろすと、事務所の中では、あのイラン人の彼らがまだ固まっていた。 -
トルコ入出国管理事務所の前には、歴史に名高いノアの箱舟がたどり着いたとされる、アララット山(写真左)と富士山もどきの美しいアールダア山が迎えてくれた。
伝説では、5ヶ月に及ぶ洪水が終わった時、ノアの箱舟はあのアララット山の山頂に留まったとの事。 -
旅日記
『脅威のトルコ紙幣』
国境越えでは両替の問題が必ずつきまとう。
もちろん両替の基本となるのはドルなのだが、国境ではこの他に、出国した国で使い残した紙幣(コインは基本的に両替不可)も両替できる。
しかし、このときの両替はほとんどの場合、路上でうろつく胡散臭い両替商だ。
個人的やりとりなのでレートは、両替商の気分と皮算用に旅行者の交渉力を足して2で割ったものになる。
交渉次第では意外と街中の銀行のレートと変わらない事もあるが、悪くすれば偽札をつかまされ、ただの募金で終わる事も多々ある。
トルコに入国した時、俺に近づいた両替商も「隙あらばボッてやる!」と言わんばかりの人相だった。
俺は国境では1000円以上は両替しない。
とにかく近くの町まで行くバス代だけ替えれば、後は安全な町の銀行で好きなだけ替えられるからだ。
USドル紙幣で3ドルを両替する事にした。
男は少ない金額に明らかな不満の表情を浮かべながら、いやいや両替してくれた。
・・・偽札だった!
両替してもらった紙幣にはなんとゼロが5個もついている!
言葉を変えれば「10万トルコ・リラ」だ。
「ふざけやがって、たかだか3ドルで偽札を渡すつもりか!」と両替商に詰め寄ると、逃げる事もせず怪訝な顔をされる。
よく見ると地元のおばちゃんが握っている紙幣にも数え切れないぐらいにゼロが並んでいた。
超インフレの国、トルコ。
たった3ヶ月で紙幣の価値が50円も下がってしまうという。
現在 US$1=50000TL(トルコ・リラ)!
つまり、1円=500リラ?
10年後には紙幣の表だけではゼロが記入しきれなく
なるのでは? -
トルコ入国管理事務所から山間を見下ろすと、遠くに街が広がっていた。
あれが国境の街「DOGUBAYAZIT(ドウバヤジット)」らしい。
今夜の宿はあそこにしよう!
もう動けない。
いや動きたくない。 -
<DOGUBAYAZIT(ドウバヤジット)>
ドウバヤジットの朝は寒い!
この前までカスピ海で汗をかいていたのが嘘のようだ。
昨日、国境を越えて入国したこのドゥバヤジットは、イランの少数民族「クルド人」の街とガイドブックには書いてあったが、この街がトルコ最初の街の俺には他の街と比べようもなかった。
(イランの田舎町より田舎だったのは事実だ)
さて、今日の目的地は、昨日の国境の山から降りてくる途中に観た「イサク・パシャ宮殿」。
(実は歴史的な建築物だったらしい) -
町を離れるにつれ、山の谷間にはひっそりと小さなモスクが見えてきた。
牧歌的な風景とはこういうものだろうか?
ついでに道路際には、何両もの戦車が配置されているのも見えてきた。
厳戒態勢とはこういうものだろうか?
果たしてこんな状況で、イサクパシャ宮殿まで歩いていけるんだろうか? -
どうにか、宮殿が見える所まで登ってきた。
-
<イサクパシャ宮殿>
17世紀にこの地方の領主クルド人の王「イサク・パシャ」によって建てられたとの事。
イスラム教徒の城らしく城の天井は玉ねぎ頭だ。
城は山の斜面に建っていて、意外と中は広かった。
地下3階以上はあるぞ。
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