2009/06/07 - 2009/06/09
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mas98765さん
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これは最新の旅行ではありませんが、参考程度にのせておきます。当初エジプトに行く予定だった(遅れて12月に行きました)のですが、新型インフルエンザのため会社から海外渡航自粛命令が出されてキャンセルしました。休みは予定通りとらねばならず、天気をみながら奈良に行くことにしました。これを書いているのは2010年5月ですが、4月にはスペインに行くつもりがアイスランドの火山の噴火で突然中止になり、日本のどこかに行こうと思ったらどこも雨で、一週間休暇を家でボーッと過ごすはめになりました。わたしがツアーで海外旅行をしようとすると、ろくな事が起こりません。当時大阪などでも既に患者が続出しており、国内旅行さえも危ぶまれた時でしたが、ひそかに行ってしまいました。今はやりの平城京ですが、1年前だったので閑散としていました。その他有名な観光地をいくつか回って写真を撮ってきました。写真は言わずと知れた東大寺の大仏殿(金堂)ですね。世界最大規模の木造建造物なのだそうです。この建物は江戸時代に再建されたもので、天平時代の創建当時のものは1.5倍の横幅があったそうです。
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大仏殿の屋根にはシャチホコのようなものがあります。正式名称を鴟尾(しび)というらしいです。
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正面の屋根のような部分です。これも正式名称があるんでしょうね。
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大仏殿の手前にはこのようなところがあります。八角灯篭といって、天平模様が残されていてこれも国宝なのだそうです。
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大仏殿に入ると大仏さんがいます。正式には盧舎那仏(るしゃなぶつ)という本尊です。像の高さは15mあるそうです。752年に開眼供養会が行われて完成しました。その後地震や戦火でたびたび破損し、修復を繰り返してきたのだそうです。
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大仏さんの顔です。
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大仏さんの手です。
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角度を変えて大仏さんを眺めます。
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天井です。
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でかい造花のような形をしたものがあります。正式名称を知りません。
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大仏さんの座っている蓮台の周りの蓮弁のレプリカがありました。上半分には如来や菩薩が、下半分には線で区切られて宮殿や小仏が描かれています。
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大仏殿にいるのは大仏さんだけではありません。大仏さんの左手には虚空蔵菩薩像があります。
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大仏さんの左手奥には広目天像があります。
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大仏さんの右手奥には多聞天像があります。
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大仏さんの右手には如意輪観音菩薩像があります。
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大仏さんの背面です。
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大仏殿の昔の柱が展示されていました。
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大仏の鼻と同じ大きさの穴に子供が入って遊んでいます。さすがにわたしは通れません。
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順番が違いますが、大仏殿に行くためには普通、この写真の正面に見えている南大門を通っていきます。東大寺の正門で、これも国宝です。鹿がうろついています。
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南大門の正面の屋根です。古さを感じさせます。
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別の角度からも写します。
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南大門の内側の両側に、運慶・快慶が製作した国宝の金剛力士像があります。門に向かって左側には阿形(あぎょう、口を開いた像)があります。
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門に向かって右側には吽形(うんぎょう、口を閉じた像)があります。あわせて阿吽(あうん)ですね。
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大仏殿の手前を右奥に上がっていったところに、二月堂があります。これも東大寺で有名な建物の1つです。3月12日には、ここで「お水取り」という儀式が行われ、まるで火事のようになります。
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二月堂には右脇の石段を上っていけます。
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二月堂の舞台です。ここからは、
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大仏殿の屋根など、きれいな風景が眺められます。
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舞台の後ろには、二月堂の本尊の正面があります。
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これは二月堂の右横にある三月堂(法華堂)です。東大寺最古の建物といわれていて、これも重要です。東大寺は昔、金鐘寺(きんしょうじ)という名前だったようで、これはその時からある建物なのだそうです。
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右側が三月堂で、左側が二月堂です。
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東大寺の鐘楼です。三月堂のところから、大仏殿の方向に少し下がったところにあります。
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鐘楼の建物は鎌倉時代に再建されたものですが、鐘は奈良時代の大仏完成の時からあるオリジナルのものだそうです。音の余韻が美しいそうです。
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鐘の内側です。写真に撮ると、ただ丸いだけです。
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これは転害門という門です。東大寺の北西の、かなり離れたところにあります。東大寺創建当時の姿をとどめているそうです。
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東大寺の南側一帯は奈良公園といって、鹿が有名です。
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外国人観光客も鹿と交流しています。
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鹿のえさ(鹿せんべい)はあちこちで売っています。人間が食べるせんべいではないと思います。
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あちこちに鹿がいます。
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飛び出し注意の標識があります。
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注意看板もあります。
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これは興福寺です。奈良時代から平安時代に藤原氏の氏寺として栄えた寺です。東大寺よりもっと手前の街中にあり、五重塔や金堂など一通りの物が揃っていて、観光客で賑わっています。この写真に観光客が少ないのは早朝に撮影したためです。
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興福寺の南円堂です。八角形をしています。札所があって、参拝者がたくさんいます。
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北円堂という小さな建物も柵に囲まれてあります。興福寺で最古の貴重な建物だそうです。
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興福寺の五重塔です。夜はライトアップされます。
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興福寺の手前にある猿沢池から見た五重塔です。
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正倉院です。東大寺の大仏殿の北側にあります。シルクロードの終着点とも言われ、唐やペルシャからの多数の宝物が保存されていました。
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正倉院は高床式校倉造で有名です。有名な建物なのに、柵の手前からでしか見られないのが残念です。
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奈良国立博物館です。興福寺から東大寺方面に向かう途中にあります。ガンダーラや中国から伝わった仏教彫刻の日本独自の変遷を学ぶことができます。
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開化天皇陵です。近鉄奈良駅のすぐ近くにあるのですが、近づく観光客は誰もいません。
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近鉄奈良駅です。JR奈良駅より観光エリアに近いし、JRより近鉄電車の便がいいので、奈良を訪れる時の起点になるところです。ただ、わたしはJR奈良駅前の安めのビジネスホテルに泊まり、歩いて通いました。
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今はやりの平城宮跡ですが、2009年6月当時は閑散としていました。奈良時代の日本の首都である平城京の宮殿があったところです。唐の長安などを真似て710年にここに都が造られました。
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知らない人も多いんじゃないかと思いますが、何と近鉄線が平城京跡を斜めに貫いているんです。
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ところどころにツゲの木が並んでいます。これは、当時の柱の跡を表しているのだそうです。ちなみに写真は大膳職(だいぜんしき)という平城宮の給食センターの跡で、平城京跡の北側を東西に走る道路を渡ったところにあります。平城京跡の見所は、遺構展示館でもらった「平城京跡散策マップ」にのっていました。
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これは内裏といって、天皇の住まいだった所です。同じように柱の跡がツゲの木になっています。
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平城京跡の南端中央には朱雀門があります。平城宮の正門です。当時のままに復元したものです。
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斜めから屋根を見ます。高さ20m以上あるそうです。
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軒先に何かぶら下がっています。あいにくわたしはこの正式名称を知りません。
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朱雀門に来たら、面倒でも南側の大通りのところまで歩いていって、振り返ってみた方がいいのです。朱雀門の手前に朱雀大路跡が見えます。朱雀大路は幅が74mもある平城京のメインストリートで、南側から道に沿ってやってくると朱雀門があって、ここが宮殿の入口でした。
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今では完成し、平城京跡の最大の見所となっている第一次大極殿です。2009年6月当時はまだ建設中でしたが、ほぼ完成していて、横から姿が見えました。
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南の朱雀門と北の第一次大極殿に挟まれた場所には、第一次朝堂院跡があります。朝堂院(ちょうどういん)は、儀式や宴会を行う場所でした。今はただの野原です。
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これは兵部省(ひょうぶしょう)の跡です。奈良時代の防衛庁です。朱雀門の東側にあります。平城京は近鉄線によって分断されていて、第一次大極殿のある北側から朱雀門に行くには、東側にある踏切を渡って、兵部省の辺りを通って行かなければなりません。
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復元された第一次大極殿の他に、第二次大極殿跡というのが南東側(上の方の写真の内裏の南側)にあります。ここは小高くなっていて見晴らしがよいところです。ただし朱雀門は離れていてよく見えません。
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同じく第二次大極殿跡です。
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平城京の大部分はこんな場所でした。自然が残り、鳥のさえずりが聞こえます。
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薬師寺に行ってみました。近鉄西ノ京駅を降りてすぐのところにあります。聖武天皇の発願によりもともと飛鳥に建てられた寺ですが、平安遷都に伴いここに移築されたそうです。
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薬師寺で面白いのは、2つの塔が並んでいることです。写真で左側にあるのが東塔(とうとう)、右側にあるのが西塔(さいとう)です。東塔の方が重要で、創建当時の貴重な建築物です。西塔は昭和になって再建されたものだそうです。塔は一見六重の塔に見えますが、これは裳階(もこし)をつけているためで、実際は三重の塔だそうです。
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東塔の尖塔部分の模型です。塔の頂上には、写真右側にあるような輪が9つ積み重なったものがのびています。これを九輪(くりん)というみたいです。更にそのてっぺんには、左側にあるような飾りがついています。これを水煙(すいえん)といいます。これらを含めて、塔の上にのびているアンテナのような部分全体を相輪(そうりん)というみたいです。言葉が難しいですね。
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これは、塔を囲む南側の壁に沿った通路です。右側に塔と金堂が並んでいます。東塔から西塔へ向かう方向に写したものです。
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鐘楼です。そういえば、2つ並んだ塔に注意がいって、その間にある金堂をよく見るのを忘れてしまいました。これも重要ですから、お見逃しなく。
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薬師寺から細い道を北に歩いて唐招提寺に行ってみたのですが、当時まだ改修中で工場のようになっていました。今はもう改修が終わって公開されているようです。地図を見ながら近くの垂任天皇陵に行ってみました。堀に囲まれた前方後円墳で、真ん中に島があります。周りには田園が広がっています。ここから無謀にも、奈良駅前にあるホテルまで歩いて帰ることを考えました。ところが、選んだ道が悪かったのか、歩道のない道路を怯えながら歩き続けて気疲れしてしまったのと、予想外に時間がかかることが分かったので、平城京前でついにバスに乗ってしまいました。
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法隆寺にも行きました。聖徳太子と推古天皇が建てた寺です。日本最古の五重塔で有名です。法隆寺は斑鳩というところにあって、奈良の中心部から少し離れています。奈良駅からの直通バスもあるようですが、わたしの場合は飛鳥に行った帰りに近鉄郡山駅で降りて、そこからバスで行きました。
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法隆寺の入口である南大門です。バス停のある道路からここまで、松並木のある参道を結構歩きます。
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南大門の柱です。
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南大門の屋根です。南大門をくぐってまっすぐ歩いていくと中門につきあたります。その向こうに塀に囲まれた空間(西院伽藍)があって、そこに有名な五重塔があります。向かって左手に、囲まれた空間への入口があります。
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囲まれた空間の中に金堂があります。本尊を安置しています。
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法隆寺の大講堂です。囲まれた空間の中で北側にあります。
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経蔵です。囲まれた空間の北西側にあります。
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鐘楼です。囲まれた空間の北東側にあります。
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五重塔の屋根です。五重塔が目当てでここに来たのに、気がついてみたらこれが唯一の静止画です。法隆寺では携帯のカメラをメインにしていたのですが、汗でレンズが汚れていて、全部ぼやけていたのです。レンズはよくチェックしましょう。
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のぼりたくなる人がいるらしいです。
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塔の手前に礼拝石というのがあります。
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法隆寺の西院伽藍前の道を東に歩いていったところに、東院伽藍があります。この囲まれた空間の中心に八角形の建物があります。これを夢殿といいます。行信僧都(ぎょうしんそうず)が聖徳太子を偲んで建てたものだそうです。バスの時間が迫ってきました。これを逃すと1時間バスがありません。バス亭までかなりあります。不審に思われながらも、全速力で走って戻りました。
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