2010/05/06 - 2010/05/06
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morino296さん
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2010年のGWは、とある理由から九州へ出掛けることとなり、佐賀をスタートに長崎、柳川、太宰府を旅しました。
今回の旅行最終日となるこの日の予定は、北原白秋のふるさと水郷柳川と大宰府です。
天気予報は下り坂で曇り後雨でしたが、早く行動開始したお陰で、柳川の川下りはなんとか雨にも降られずに楽しめました。
①5月3日:佐賀市内
②5月4日:有田陶器市
③5月4~5日:長崎(その1)眼鏡橋、港の夜景
④5月5日:長崎(その2)大浦天主堂、グラバー園
⑤5月5日:長崎(その3)オランダ坂、崇福寺ほか
⑥5月6日:柳川川下り
⑦5月6日:太宰府天満宮
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西鉄柳川駅
西鉄福岡(天神)8:26発の特急電車に乗り、西鉄柳川には9:17着。
今回は「いちにち紀行 大宰府・柳川観光きっぷ」2800円を利用しました。
西鉄で福岡(天神)→柳川→大宰府→福岡の往復乗車券と柳川川下り(柳川観光開発)の乗船券がセットになったお得な切符です。 -
柳川川下り乗船場(松月乗船場) 9:30頃
柳川観光開発の乗船場までは、西鉄柳川駅前から無料シャトルバスで直ぐ(歩いても約5分くらい)です。
同じ船に乗ったのはお客さん5名+船頭さん1名でした。
船頭さんの法被の背中にはカッパが描かれていますね。 -
”どんこ船”に乗り、いよいよ川下りに出発です。
川下りと言われますが、正確には柳川城を取り囲む掘割を下る”掘割下り”です。
乗船場から城水門を抜け、城内の内堀と呼ばれる掘割を右に左に折れながら、約4.5Kmを70分ほどで下ります。
船頭さんによれば、少し前に川に蛇が出ていたそうです。雨が降り出す前には蛇が出て来るそうで、雨の量が多い時ほど大きな蛇が姿を現すようです。 -
最初の橋、柳川橋を潜ります。
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柳川橋から水門橋まで直線で約500mほど南下します。
川面を渡る風が心地よいです。
晴天の日は、太陽が川面に反射して下から日焼けするそうです。 -
右手に見える建物は柳川古文書館
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柳川城堀水門
ここで右に曲がります。 -
城堀水門
掘割は、柳川市の貴重な財産で総延長470Kmに及ぶそうです。
水をためることにより、降り過ぎた雨水を一時に遊ばせて氾濫を防いだり、農業用水や防火用水等に利用されたりと。、生産や市民生活と直接にかかわる重要な役割を担っています。 -
水門橋の下から
新緑が眩いです。 -
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石橋
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掘割に造られた庭
この庭は掘割の反対側にある家から眺めるものです。 -
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北長柄橋
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北長柄橋の下から
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柳城橋
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かっぱの像
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この右手にある料亭は結婚披露宴で使われるそうで、ここに花嫁を乗せた舟が着くそうです。
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こちらは、寝そべっているかっぱです。
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高門橋
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水産堂のなまこ壁
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掘割に係留されるどんこ舟
このどんこ舟はこちらの家が所有するものだそうです。個人所有の舟は、維持が大変なので減っているそうです。 -
鴨がどんこ舟に近づいてきます。
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赤レンガの建物は並倉
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山王橋
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山王橋
幅の広い橋の下で船頭さんが歌を紹介してくれます。
音響効果もあって良いのだそうです。 -
山王橋を潜り終えて
船頭さんは歌い終えて拍手を浴び良い顔をしています。 -
うなぎ供養碑
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掘割端に水上売店があり、ソフトドリンクや甘酒、おつまみなどを打っていますが、店内を覗くとちょっと敬遠してしまいました。
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この右手に日吉神社があります。
神社で結婚式を挙げた後、新郎新婦がここから船に乗り披露宴会場へ向かうのだそうです。 -
柳川城址にある柳川高校のグランドのフェンス
阪神タイガースの真弓監督の名前も掛けられています。
柳川高校出身の有名なスポーツ選手が多いですね。
テニスプレーヤーの松岡修造氏も柳川高校出身だそうです。
柳川城は、蒲池治久により築城された城郭で、城下町は現在の柳川市の元となっています。この蒲池治久の末裔に”松田聖子”がいます。(船頭さんの話から)
凄い!松田聖子の祖先は城主だったんですね。 -
田中吉政公銅像 筑後柳川(柳河)藩初代藩主
戦国時代・安土桃山時代の武将、江戸時代の大名で、転封の過程で居城とした近江国・八幡(現滋賀県近江八幡市)、三河国・岡崎(現愛知県岡崎市)、筑後国・柳河(現福岡県柳川市)などに、現在につながる都市設計を行ったことはが高く評価されています。 -
弥兵衛門橋
狭くて低い橋です。頭をぶつけないように! -
弥兵衛門橋を潜り
船頭さんも大丈夫です。 -
この木の形は何か変?
横に伸びているのはつっかえ棒でした。 -
今は使われなくなった魚を取る網です。
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まちぼうけの碑
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柳川藩主 立花家の末裔の方々の幟だそうです。
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城西橋を潜りました。
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壇一雄文学碑
壇一雄氏の長女が女優の壇ふみさん。
壇家の本籍地が、ここ柳川なのだそうです。
また、この文学碑の奥にある家は、オノヨーコさん(ジョン・レノン夫人)の父方の祖父・小野英二郎氏(元日本興業銀行総裁)の生家だそうです。(船頭さんの説明から) -
川のごみを回収する船
こうして川の掃除をして、美しい水郷を守っているのですね。 -
柳城一号橋
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橋の下では竿が使えないので、船頭さんはロープを手繰り寄せて船を進めます。
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豊後橋
柳川出身の大相撲力士・琴奨菊の幟が立っていました。 -
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こちらのお宅は柳川藩主立花家の末裔の方がお住まいだとか。
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かんぽの宿柳川
ここで温泉に入る”いちにち紀行 湯ったり 柳川きっぷ”もあります。 -
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出逢い橋
御花松濤園(右側)に渡る橋です。 -
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右側に御花の西のなまこ壁(殿の蔵)が見えてきました。
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沖の端橋を潜り、そろそろゴールです。
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沖の端下船場に到着です。10:40頃
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前日まで行われていたお祭り水天宮祭りの片づけが行われていました。
毎年5月3〜5日に行われる春の大祭で、神社横の堀割に、6隻の川舟をつなぎ合わせて作られた舞台「三神丸」が浮かべられ、3日3晩にわたり踊りや芝居が奉納されます。
前日までは、GW中のお祭りで凄い人だったようです。 -
海苔を干す簾を積んだトラックを見掛けました。
有明海の海苔なのでしょうか。 -
北原白秋生家・記念館
白秋の生家は柳川藩御用達の海産物問屋・造り酒屋でしたが、白秋が16歳の時に火災で焼失。
生家は復元され明治期の柳川の商家の形態を伝える貴重な建物です。
この奥に記念館があり、白秋の生涯のほか、柳川の歴史や風俗を紹介しています。 -
北原白秋の生家は、北原酒造という造り酒屋だったそうです。
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北原酒造の徳利
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北原白秋生家の庭の”からたち”
からたちの花が咲いたよ。
白い白い花が咲いたよ。
からたちのとげはいたいよ。
いい針のとげだよ。
からたちは畑の垣根よ。
いつもいつもとほる道だよ。
からたちも秋はみのるよ。
まろいまろい金のたまだよ。
からたちのそばで泣いたよ。
みんなみんなやさしかつたよ。
からたちの花が咲いたよ。
白い白い花が咲いたよ。 -
北原白秋記念館 入り口横のガラスには等身大の北原白秋が写されています。
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北原白秋記念館 ドアの持ち手には白いからたちの花が描かれています。
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うなぎ処 六騎
川下りの下船場の前にある店です。 -
柳川名物 鰻のせいろ蒸し
柳川にはうなぎを食べられる店は23あり。”うなぎめしマップ”も作られています。
心配された雨が降り出す前に柳川の川下りを楽しめました。
ここから西鉄柳川駅までは、タクシーで1100円でした。
次は、最後の目的地、太宰府へつづきます。
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