2010/04/13 - 2010/04/14
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パタパタママさん
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日本史の特に幕末に興味のある家人が以前から
萩に行ってみたいと言っていたので
JRと宿泊のセットプランのパンフレットを見てたら
次週の平日が感謝デイで安いとわかって決定
この写真が今回のお宿 北門屋敷(ほくもんやしきの正門
徳川幕府時代 毛利伊豫守(もうりいよのかみ)という藩城主の縁戚にあたる人のお屋敷が建っていました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 自転車 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
出発前から外国の方に話しかける誰かさん
聞けば大阪から広島へ日帰り観光だそうです。 -
のぞみ3号に乗って新山口駅で降り、そこから
バスで北萩まで。 -
萩についたら、お昼過ぎ
旅館組合でどこかおいしいところありませんかと
教えてもらって近くのおすし屋さん豊月へ -
お昼のランチ1050円なり
おいしかったですよ。 -
まず最初に向かったのは松陰神社
萩循環まあーるバスで行きました。
1回100円1日乗車券は500円で東回り、西回りがあり
このバスは地元のかたがけっこう利用されてます。 -
1830年萩市に生まれ、19歳で萩藩の学校明倫館の
師範をつとめました。
幽閉の身になってから謹慎して読書と著述に専念
1857年松下村塾しょうかそんじゅくを開き、多くの若者が学びに集まり
ました。高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文など
幕末に活躍する若者たちです。 -
ここが松下村塾
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松陰神社におまいり
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おみくじを買いました。
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開けてみると鈴 紙を開くとおみくじ
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神社内にある宝物館 至誠館
貴重な資料やデジタルムービーで当時の様子が
わかります。 -
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誰かな?
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吉田松陰歴史観
吉田松陰の障害が人形で表現されています。 -
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密航しようと船を漕ぎ出して
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ここから歩いて伊藤博文旧宅と別邸に。
父は中間でけっして身分は高くはなかったようです。
伊藤博文は家族とともに伊藤家に入家しました。 -
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偶然私のふるさと在住で、泊まってるホテルも
同じ人と伊藤博文邸で一緒になり、そのご夫婦の
タクシーに乗せてもらって、東光寺というお寺に
行きました。歩いていこうと思っていたのですが
実際遠くて少し登りで助かりました。 -
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ものすごくたくさんの灯篭が建っていて、圧巻
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東光寺は1691年萩藩3代藩主毛利吉就が
建てました。
信心深いかただったようです。
死後ここにお墓をつくり、毛利家の菩提寺と
なりました。 -
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紅唐子べにからこという椿です。
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まんなかが普通の椿とちがいます。
初めて見ました。 -
お墓なんですが、普通のお墓とちょっと
違います。 -
下に亀がありましてそれぞれの顔がちがいます。
亡くなったかたのエトに似せてるそうなんですが。 -
このあと同じホテルに宿泊のご夫婦のタクシーで
街中でおろしてもらいました。
人通りさびしい商店街
今日が休業ではなく廃業されてるお店が
多いそうです。 -
今も現役ポスト
春だというのに結構寒くて
明日は張り切って回ろうねということで
お宿に入りました -
今日のお宿北門屋敷に着いたら、まずテイールームで萩特産の夏みかんのジュースで一服
ここで女の人は好きな浴衣を選べます。 -
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そしてお部屋の案内されて
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お部屋はこんな感じ
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露天風呂もある大浴場で汗を流して
浴衣に着替え夕食へ -
食前酒、先附、前菜と順々にでてきて
これは焼き物 -
鰆のパラフィン紙焼き
おナスやパブリカ アスパラも入ってて
とてもおいしかったです。 -
鹿児島産豚の酒蒸し
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デザートはマンゴプリンとメロンでした。
とにかくおいしくて満足
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