1988/02/09 - 1988/02/12
7789位(同エリア9009件中)
るい美豚さん
まあ1988年と、かなり昔のことではございますが。
NYは今みたいに全米屈指の安全な都市ではなかったわけで。
例えば、今はトレンディスポットなどと紹介されることもあるアルファベット地区なんかは「行ったらアカン!」の代表でした。
そんなNYが初の海外旅行先の一つ。
なぜ初でNY?といわれれば、単に研修だっただけですが。
しかし研修でパリ・ミラノ・NYなんて、いい時代だったなあ。
(思わず遠くを見つめてしまう私)
初のNYで怖気づく、かと思いきやそうでもなく。
パリ・ミラノを経由して来たので、英語圏に意外とホッとしたりなんかして。いえ、決して英語が得意でも何でもありませんが。
ただ私(当時27歳)より年上の方々も同じ感想を漏らしてましたから、あながち間違いでもないのでしょう。
そんなわけで、というか、同行の会社の先輩からも捨て置かれたので、けっこう一人で歩き回りもしたわけです。
もちろん危機回避のアンテナを張り巡らしてですけど。
しかし脳内アンテナも場所によっては鈍るもの。
そこは五番街。マンハッタンで人も車もたっくさん通る場所。
といってもボトルマンなどの知識は持ち合わせていたので、
妙な輩がいないかと気をつけながら歩いてはいたのですが…
お店の中はノーマークでした(スリなどどこでもあり得ることはもちろん警戒しますが、それ以外で)。
ブランド品などぜ〜んぜん興味ない私は、おもしろい置物などが店頭に並んでいたお店に足を踏み入れたのでした。
するとおヒゲが立派な白人の店主?が声をかけてきました。
「Are you from Hongkong?」
まあここは正直に答えますよ。
「No、Japan.」
そしたら記憶に定かではないが、こんな反応だったような
「Oh!Japan!」
それはあくまでフレンドリーな感じでありました。
まあちょいとばかし眺めたわけですが、安くもないし別に欲しい物もない。そんでお店から出ようとすると、かの店主
「チョトマテ!」
顔は少なくともにこやかではありませんでした。
幸い当時27歳でまだまだフットワークの軽い私、マテといわれて待つほどお人好しでもおマヌケでもありませぬ。
シュッ、と立ち去ったのではいうまでもありません。
後でわかったのですが、五番街って高価なカメラを売りつけようとするとか、けっこうエグい店も何軒かあったようです。
「NYの五番街って日本で言うと銀座の中央通りのようなもんだ」
なんて思ったら甘いってことでした。
さすがはNY、あなどれぬ街です。
ちなみにこの程度の内容をもったいつけて旅行記とする私も、あなどれぬ奴ということを付け加えておきましょう。
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- JAL
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ニューヨーク(アメリカ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
0