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※ 2011,3,11津波以前の画像及び文面です<br /><br /><br /><br /><br />宮沢賢治ら明治以降に塩釜を訪れた文学者の作品を刻んだ石碑です、<br /><br />賢治にちなんで「シオーモの小径(こみち)」と名付けられました。<br /><br /><br />碑に彫られた文面を文字に表示するのがかなりの時間を要しました(笑)

「 シオーモの小径 (こみち) 」  塩竈市 宮城県

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2010/03/30 - 2010/03/30

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sintabi

sintabiさん

※ 2011,3,11津波以前の画像及び文面です




宮沢賢治ら明治以降に塩釜を訪れた文学者の作品を刻んだ石碑です、

賢治にちなんで「シオーモの小径(こみち)」と名付けられました。


碑に彫られた文面を文字に表示するのがかなりの時間を要しました(笑)

  • 【シオーモの小径】 <br /><br />塩竃を訪れた、近現代の文学者<br />たちの作品と一緒に、小径の散<br />策をお楽しみ下さい。シオーモ<br />は、宮澤賢治が『ポラーノの広<br />場』で、「塩竃」をイメージして付<br />けた架空のまちの名です。<br />    平成二十二年三月十七日<br />        塩竃市長 

    【シオーモの小径】

    塩竃を訪れた、近現代の文学者
    たちの作品と一緒に、小径の散
    策をお楽しみ下さい。シオーモ
    は、宮澤賢治が『ポラーノの広
    場』で、「塩竃」をイメージして付
    けた架空のまちの名です。
        平成二十二年三月十七日
            塩竃市長 

  • 馬の目に<br />雪ふり湾を<br />ひたぬらす<br />    鬼房 <br /><br />佐藤鬼房<br />    (さとう おにふさ)<br />大正八年〜平成十四年<br />    (一九一九〜二〇〇二)<br />岩手より二歳の時に塩竃に移り<br />住み、働きながら句作に励む。<br />戦後を代表する俳人。市内権現<br />堂に<鬼房小径>がある。<br /> 俳句は昭和二十年作『海溝』より。

    馬の目に
    雪ふり湾を
    ひたぬらす
        鬼房

    佐藤鬼房
        (さとう おにふさ)
    大正八年〜平成十四年
        (一九一九〜二〇〇二)
    岩手より二歳の時に塩竃に移り
    住み、働きながら句作に励む。
    戦後を代表する俳人。市内権現
    堂に<鬼房小径>がある。
     俳句は昭和二十年作『海溝』より。

  • 塩釜より松島湾へ出づ<br />鹽釜の入江の氷はりはりと<br />裂きて出づれば松島の見ゆ<br />                牧水

    塩釜より松島湾へ出づ
    鹽釜の入江の氷はりはりと
    裂きて出づれば松島の見ゆ
                    牧水

  • 若山牧水(わかやま ぼくすい)<br />明治十八年〜昭和三年(1885〜1928)<br />宮崎生まれ 歌人<br />大正五年三月、東北の旅の途中、仙台から汽車で<br />塩竈を訪れ、鹽竈神社に参拝し、松島に足を運ぶ。<br />歌は『朝の歌』より。

    若山牧水(わかやま ぼくすい)
    明治十八年〜昭和三年(1885〜1928)
    宮崎生まれ 歌人
    大正五年三月、東北の旅の途中、仙台から汽車で
    塩竈を訪れ、鹽竈神社に参拝し、松島に足を運ぶ。
    歌は『朝の歌』より。

  • みちのくの千賀の塩釜雨ながら<br />網かけ竝めぬほばしらのとも<br />                  白秋

    みちのくの千賀の塩釜雨ながら
    網かけ竝めぬほばしらのとも
                      白秋

  • 北原白秋(きたはら はくしゅう)<br />明治十八年〜昭和十七年(1885〜1942)<br />福岡生まれ 詩人 歌人<br />昭和十五年六月、松島から船で塩竈を訪れ、<br />鹽竈神社に参詣、勝画楼で蝦蛄と蟹で昼食。<br />            歌は『海坂』より。<br /><br /><br />

    北原白秋(きたはら はくしゅう)
    明治十八年〜昭和十七年(1885〜1942)
    福岡生まれ 詩人 歌人
    昭和十五年六月、松島から船で塩竈を訪れ、
    鹽竈神社に参詣、勝画楼で蝦蛄と蟹で昼食。
                歌は『海坂』より。


  • そして八月三十日の午ごろ、<br />わたくしは小さな汽船で<br />となりの縣のシオーモの港に着き、<br />そこから汽車でセンダードの<br />市に行きました。<br />       「ポラーノの広場」より<br />               宮澤賢治

    そして八月三十日の午ごろ、
    わたくしは小さな汽船で
    となりの縣のシオーモの港に着き、
    そこから汽車でセンダードの
    市に行きました。
           「ポラーノの広場」より
                   宮澤賢治

  • 宮澤賢治(みやざわ けんじ)<br /><br />明治二十九年〜昭和八年(1896〜1923)<br />岩手生まれ 詩人 児童文学者<br />明治四十五年三月、十六歳の時、修学旅行の途中、<br />石巻から船で塩竈(シオーモ)に。七ヶ浜に泊まり、<br />翌日汽車で仙台(センダート)へ。<br /><br />※レールと敷石は、開業当時の旧塩釜駅で使われたもの。

    宮澤賢治(みやざわ けんじ)

    明治二十九年〜昭和八年(1896〜1923)
    岩手生まれ 詩人 児童文学者
    明治四十五年三月、十六歳の時、修学旅行の途中、
    石巻から船で塩竈(シオーモ)に。七ヶ浜に泊まり、
    翌日汽車で仙台(センダート)へ。

    ※レールと敷石は、開業当時の旧塩釜駅で使われたもの。

  • 松島の海を過ぐれば鹽釜の<br />    低空かけてゆふ焼けそめつ<br />                   茂吉

    松島の海を過ぐれば鹽釜の
        低空かけてゆふ焼けそめつ
                       茂吉

  • 齋藤茂吉(さいとう もきち)<br />明治十五年〜昭和二十八年(1882〜1953)<br />山形生まれ 医師 歌人<br />塩竈を何度か訪れているが、昭和六年十一月に<br />は、夫婦で当時の塩釜ホテルに泊。<br />            歌は『石泉』より。

    齋藤茂吉(さいとう もきち)
    明治十五年〜昭和二十八年(1882〜1953)
    山形生まれ 医師 歌人
    塩竈を何度か訪れているが、昭和六年十一月に
    は、夫婦で当時の塩釜ホテルに泊。
                歌は『石泉』より。

  • 鹽釜の出口をふさぐ炭船のあひだに青き松島の端   寛<br /><br />                                <br /><br />雁皮紙をいと美しく折り上げて松を さしたる千賀の浦島   晶子 <br />                                      

    鹽釜の出口をふさぐ炭船のあひだに青き松島の端   寛

                                    

    雁皮紙をいと美しく折り上げて松を さしたる千賀の浦島   晶子
                                    

  • 与謝野 寛(よさのひろし)<br />明治六年〜昭和十年(1873〜1935)<br />京都生まれ 歌人 詩人<br />与謝野晶子(よさのあきこ)<br />明治十一年〜昭和十七年(1878〜1942)<br />大阪生まれ 歌人 詩人<br />寛は、明治二十六年八月に鹽竈神社を訪れ、大正十三<br />年九月に夫婦で青根温泉に泊まり、塩竈を訪れる。<br /><br />歌は『明星』より。

    与謝野 寛(よさのひろし)
    明治六年〜昭和十年(1873〜1935)
    京都生まれ 歌人 詩人
    与謝野晶子(よさのあきこ)
    明治十一年〜昭和十七年(1878〜1942)
    大阪生まれ 歌人 詩人
    寛は、明治二十六年八月に鹽竈神社を訪れ、大正十三
    年九月に夫婦で青根温泉に泊まり、塩竈を訪れる。

    歌は『明星』より。

  • 鹽竃の町は半は港で半は漁市<br />といふさまであつた。大漁の模様<br />のついたどてらを着た漁師、細<br />い通りに處々に並んでゐる青楼<br />の浅黄の暖簾、ある旗亭から三<br />味線の音が湧くやうに聞こえた。<br /><br /> 深く入込んだ 入江、そこに集<br />まつてゐる帆檣や和船や荷足<br />や水脈は黒く流れて、潮は<br />岸の旅舎の影を静かに揺かした。<br />          『山水小記』より<br />             田山花袋

    鹽竃の町は半は港で半は漁市
    といふさまであつた。大漁の模様
    のついたどてらを着た漁師、細
    い通りに處々に並んでゐる青楼
    の浅黄の暖簾、ある旗亭から三
    味線の音が湧くやうに聞こえた。

     深く入込んだ 入江、そこに集
    まつてゐる帆檣や和船や荷足
    や水脈は黒く流れて、潮は
    岸の旅舎の影を静かに揺かした。
              『山水小記』より
                 田山花袋

  • 田山花袋(たやま かたい)<br />明治四年〜昭和五年(1872〜1930)<br />群馬生まれ 小説家<br />大正三年三月、大正六年十二月など<br />幾度か、塩竈を訪れる。<br />碑文は紀行文『山水小記』より。

    田山花袋(たやま かたい)
    明治四年〜昭和五年(1872〜1930)
    群馬生まれ 小説家
    大正三年三月、大正六年十二月など
    幾度か、塩竈を訪れる。
    碑文は紀行文『山水小記』より。

  • 籬嶋<br />涼しさのこゝを扇のかなめかな<br />                  子規

    籬嶋
    涼しさのこゝを扇のかなめかな
                      子規

  • 正岡子規(まさおか しき)<br />慶応三年〜明治三十五年 (1867〜1902)<br />愛媛生まれ 俳人 歌人<br /><br />明治二十六年七月、汽車で塩竈を訪<br />れる。鹽竈神社に詣でて、当時の海<br />老屋旅館で昼食し、船で松島へ。<br />俳句は、紀行文「はて知らずの記」<br />より。

    正岡子規(まさおか しき)
    慶応三年〜明治三十五年 (1867〜1902)
    愛媛生まれ 俳人 歌人

    明治二十六年七月、汽車で塩竈を訪
    れる。鹽竈神社に詣でて、当時の海
    老屋旅館で昼食し、船で松島へ。
    俳句は、紀行文「はて知らずの記」
    より。

  • 塩の城(き)のザルツブルクに聞きしより年どし遠しサラリー縁起<br />                                     睦郎

    塩の城(き)のザルツブルクに聞きしより年どし遠しサラリー縁起
                                         睦郎

  • みちのくの千賀の塩竃釜に得む塩のはつかも笑みかけたまへ<br />                                     睦郎

    みちのくの千賀の塩竃釜に得む塩のはつかも笑みかけたまへ
                                         睦郎

  • 高橋睦朗(たかはし むつお)<br />昭和十二年〜(1937〜)福岡生まれ 詩人 歌人<br />鹽竈桜の季節や塩竈の俳人佐藤鬼房との交友を深<br />めるため、塩竈をたびたび訪れる。<br />歌は、塩に縁のある「近の塩竈」と「遠のザルツブル<br />ク」を詠んだもの。   『歌枕合』より。<br />

    高橋睦朗(たかはし むつお)
    昭和十二年〜(1937〜)福岡生まれ 詩人 歌人
    鹽竈桜の季節や塩竈の俳人佐藤鬼房との交友を深
    めるため、塩竈をたびたび訪れる。
    歌は、塩に縁のある「近の塩竈」と「遠のザルツブル
    ク」を詠んだもの。   『歌枕合』より。

  • 築港の碑

    築港の碑

  • 左側塩釜港 右側は【シオーモの小径】

    左側塩釜港 右側は【シオーモの小径】

  • 御座船 鳳凰丸 と 龍鳳丸

    御座船 鳳凰丸 と 龍鳳丸

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