2010/02/15 - 2010/02/16
20位(同エリア33件中)
ginさん
今日は2月15日、テト(正月)の2日になる。朝起きて早速バスターミナルへ行ってラオスのムアンクアに行くバスがあるかどうか訊ねたが言葉が通じなくて何を言っても答えは『ノー』の一言だけだ。
近くにいたバスの運ちゃんに訊くがバスが出ないというだけでそれ以外のことは何も分からない、たむろしているバイクタクシーの運ちゃんに尋ねると正月の間は出ないらしいと言う。
再度バスターミナルのチケット売り場へ行きラオス行きのバスは何日になれば出るのかと訊ねても分からないと言う、お手上げだ。
宿に帰り親父に話すと代わりにチケット売り場へ行ってくれるというのでバスの料金分のドンを渡し頼んだ、結果はラオス行きのバスがいつ出るか分からないのでチケットが買えないという。
他の旅行者達と相談した結果、国境までタクシーで行き国境からは地元の車をヒッチでもして何とかラオスへ出たいらしい、ベトナムのビザが17日できれる韓国人の若いカップルは心配そうに顔をしかめている。昼過ぎに宿の親父が知り合いがバスでラオスへ行くからそれを利用すればいいと話を持ちかけてきた、で料金は、と訊くと340ドルで貸しきれると言う、10人で頭割りにしても一人34ドルだ、公共のバス料金は88000ドン、5ドル足らずだ。
バスターミナルの近くで他の旅行者と相談しているとバスターミナルの前に一台のトヨタハイエースが停った、そして中から外人旅行者がぞろぞろと降りてきた、急いで道路を横断して旅行者に何処から来たのかと訊ねるとラオスのムアンクアからだと言う、トヨタの運転手にムアンクアにはいつ帰るの架と訊くと明日だと言う。
ボーちゃんに通訳してもらい料金の交渉をしていたら突然バスが来てすぐ横に停まった、ベトナム人の運転手が飛び降りてきて凄い剣幕でラオス人の運転手に怒鳴り始めた、ひと時怒鳴るだけ怒鳴って
バスに飛び乗り排気ガスを撒き散らしながら走り去った。
ラオス人の運ちゃんは私達と同じゲストハウスに泊まり明日の朝8時にラオスに向けて出発すると言う、一人12ドルで交渉が成立、翌朝8時にロビーで待ち合わせを約束した。
さて翌朝8時前にロビーへ行くと誰もいない、彼のトヨタハイエースも駐車場から消えていた。
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この建物が皆が泊まっていたゲストハウス、場所は道路を挟んでバスターミナルの斜め前にある。親父と妊娠中の嫁さん、それと女の子数人でやっている。裏に本館のような建物があり中庭が駐車場になっている。
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朝早くバスターミナルへ行きラオス行きのバスの確認をしようと思ったがにっちもさっちもいかずお手上げ。
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他の外人達の内の何人かは数日後にビザが切れるので何とかラオスへ行きたいと必死だがない袖は振れぬでどうにもならない。
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気晴らしに町中を散歩する。
この頃に宿の親父がバスがあると話を持ちかけてくる。 -
私達のグループは若い日本人の男女が二人、韓国人の若いカップル、アルゼンチン人の若い女の子、ドイツの女とアルゼンチン人の男のカップル、私達二人、の9人。
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それ以外にボスニア人の若い男が三人いた、彼らはフエでバイクを買いこのDBPでそのバイクを売ってからラオスに行く予定らしい。
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宿の親父がもちかけてきた340ドルのバスの話を皆で相談するがなかなか話がまとまらない。
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バスターミナルの近くで話し込んでいたら道路の向こう側にトヨタのハイエースが停まり外人観光客がぞろぞろと降りてきた、皆で道路を横切り彼らの元へかけて行く。
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何処から来たのかと訊ねるとラオスのムアンクアから来てサパに向かうと言う。
急いでラオス人の運転手にいつラオスへ帰るのかと尋ねると明日の朝ラオスへ帰ると言う。 -
早速値段の交渉を始めた時に突然バスがやって来てベトナム人の運転手が飛び降りてきた。凄い剣幕でラオスの運転手に怒鳴り散らした後バスに乗り排気ガスを撒き散らして何処へともなく去っていった。
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後で分かった事だが例のバスは宿の親父の知人で私達にラオス行きの話を持ってきた貸し切りバスだった。宿から私達の様子を見ていた宿の親父がラオス行きの車が現われたので知人に妨害するように指示したらしい。
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ラオスの運転手も私達と同じゲストハウスに泊まる事になったので再度交渉して一人12ドルで翌日8時にここを出発する約束をとりつけた。
問題はハイエースが7人乗りなので二人が乗れない事になる、しかし若い日本人二人が12ドルは高いのでバイクタクシーで国境まで行きそこからは歩きながらヒッチをすると言うのでこの問題もかたづいた。 -
宿の親父にバスの話を断り明日の朝チェックアウトをする旨を告げておいた。
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皆、気分的に楽になり思い思いにDBPでの最後の日を過ごした。
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テト(旧正月)で狂い始めた旅行の予定がこれで何とか元に戻りそう、明日はやっとラオスに戻れる、ラオスに戻ればチェンマイはそう遠くはない、今回はベトナムの印象が最悪だった、しかし最悪でもまだ底には届いてなかった。
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私達の部屋のベランダで談笑する同行者達。
左からアルゼンチンの女性、韓国人の女性、ボーちゃん。
翌朝8時前にロービーに下りて行ったら誰もいない、ラオスの運ちゃんの姿もそしてトヨタのハイエースも駐車場から消えていた。宿の女将さんに聞くと朝早く出て行ったと言う、これが真っ赤な嘘だと分かるのは昼過ぎにベトナムの国境を越えてからだ。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ビルさん 2010/03/08 16:59:25
- ginさん、こんにちは
- 旅の強者のginさんでもベトナムは一筋縄では
いかないみたいですね。なにしろ、アメリカと
戦争して勝った国ですからね。
実は、僕はアメリカ国籍なので18才の時には、
まだベトナム戦争の真っ最中で東京のアメリカ
大使館で徴兵登録したんですよ。
当時は徴兵制で、徴兵登録した中からクジで選
ばれるんです。
幸い、僕は選ばれなかったものの、運が悪かっ
たら今頃ベトナムの土になっていたかも…。
そんなわけで、ベトナムっていう国は僕にとっ
て複雑な思いがあります。
ビル
- ginさん からの返信 2010/03/14 00:06:41
- RE: ginさん、こんにちは
- 今晩は ビルさん
今回のベトナムの旅でベトナム人の心魂の醜悪さをまざまざと見せつけられました、そしてディエンビエンプーからは敗退でした(笑)。
ビルさんはアメリカ国籍だから北ベトナムには近づかないほうがけんめいですよ、北ベトナムの山の中で土になりかねないですよ(笑)。
いま、ネパールのポカラという町にいます、明日から近くの山の村へ移動してそこで一ヶ月あまりのんびりと過ごします。
今日は下見と農家の間借りの交渉に村へ行ってきました、私が行く村の隣村でお爺さんと話をしました。
そのお爺さんは92歳で第二次世界大戦ではイギリスの傭兵部隊にいて日本軍と戦ったと話してくれました、それで英語が少ししゃべれたんですね、ビルさんとは同盟国の人だったんです(笑)。
Gin。
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