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この日は、白洲正子の著書「十一面観音巡礼」の中で書かれている「木津川にそって」を参考に笠置山(笠置寺)→正月堂(観菩提寺)→海住山寺を訪ねました。<br />暖かい散策日和となり、心地よい観音巡りとなりました。

観音巡礼:木津川にそって

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2010/02/21 - 2010/02/21

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morino296

morino296さん

この日は、白洲正子の著書「十一面観音巡礼」の中で書かれている「木津川にそって」を参考に笠置山(笠置寺)→正月堂(観菩提寺)→海住山寺を訪ねました。
暖かい散策日和となり、心地よい観音巡りとなりました。

  • JR奈良線木津駅でトラベラーの王子さんにピックアップしてもらい、まずは、笠置山へ。<br /><br />標高290mの山ですが、笠置寺の駐車場まで車で上れますが、道幅が狭く、ちょっと脱輪すれば崖から落ちるような場所もあり、運転は注意が必要です。<br />

    JR奈良線木津駅でトラベラーの王子さんにピックアップしてもらい、まずは、笠置山へ。

    標高290mの山ですが、笠置寺の駐車場まで車で上れますが、道幅が狭く、ちょっと脱輪すれば崖から落ちるような場所もあり、運転は注意が必要です。

  • 笠置寺 山門<br /><br />笠置寺は、京都府相楽郡笠置町にあり、本尊は弥勒仏。<br />開基は大友皇子または天武天皇と伝えられ、歴史的に奈良の東大寺や興福寺などと関係が深かったそうです。<br />また、境内は鎌倉時代末期、元弘の乱の舞台となったことでも知られます。<br />

    笠置寺 山門

    笠置寺は、京都府相楽郡笠置町にあり、本尊は弥勒仏。
    開基は大友皇子または天武天皇と伝えられ、歴史的に奈良の東大寺や興福寺などと関係が深かったそうです。
    また、境内は鎌倉時代末期、元弘の乱の舞台となったことでも知られます。

  • 笠置寺 鐘楼<br /><br />解説によれば、解脱鐘、鐘の基底部が6つに切り込まれた意匠は日本に一つしかない中国式の鐘で、建久7年(1196)東大寺の重源和尚の作といわれ、元弘の戦乱にも残ったものだそうです。<br />

    笠置寺 鐘楼

    解説によれば、解脱鐘、鐘の基底部が6つに切り込まれた意匠は日本に一つしかない中国式の鐘で、建久7年(1196)東大寺の重源和尚の作といわれ、元弘の戦乱にも残ったものだそうです。

  • 笠置寺 修行場の入り口を入ると巨石が目に飛び込んできます。

    笠置寺 修行場の入り口を入ると巨石が目に飛び込んできます。

  • 笠置寺<br /><br />2千年も前から笠置山の巨岩は信仰の対象となっていたそうですが、建物が建てられ人が住むようになったのは1300年前。<br />東大寺の実忠和尚、その師良弁僧正によって大岩石に仏像が彫刻されその仏を中心に笠置山全体が修験行場として栄えたそうです。

    笠置寺

    2千年も前から笠置山の巨岩は信仰の対象となっていたそうですが、建物が建てられ人が住むようになったのは1300年前。
    東大寺の実忠和尚、その師良弁僧正によって大岩石に仏像が彫刻されその仏を中心に笠置山全体が修験行場として栄えたそうです。

  • 笠置寺 石造十三重塔<br /><br />元弘の戦乱の戦死者供養塔とも解脱上人が母のために建てた塔とも伝わるが定かでないそうで。<br />

    笠置寺 石造十三重塔

    元弘の戦乱の戦死者供養塔とも解脱上人が母のために建てた塔とも伝わるが定かでないそうで。

  • 笠置寺 弥勒大磨崖仏(本尊)<br /><br />高さ20mの岩の中に弥勒菩薩が彫刻されていたが、前に建てられていた礼堂が3度にわたり火災で焼失、その都度、石面にも火がかかり石仏は磨滅し、このような姿となっています。<br />良弁、実忠和尚の指導により、大陸からの渡来人によって彫刻されたものと言われます。

    笠置寺 弥勒大磨崖仏(本尊)

    高さ20mの岩の中に弥勒菩薩が彫刻されていたが、前に建てられていた礼堂が3度にわたり火災で焼失、その都度、石面にも火がかかり石仏は磨滅し、このような姿となっています。
    良弁、実忠和尚の指導により、大陸からの渡来人によって彫刻されたものと言われます。

  • 本尊 弥勒磨崖仏の写し絵<br /><br />300?の巌面に高さ15mの弥勒菩薩像が刻まれていたといわれます。

    本尊 弥勒磨崖仏の写し絵

    300?の巌面に高さ15mの弥勒菩薩像が刻まれていたといわれます。

  • 笠置寺 正月堂

    笠置寺 正月堂

  • 笠置寺 千手屈<br /><br />1200年来の修行場で、二月堂のお水取りの行法も実忠和尚がここでの行中に感得したものだそうです。<br />東大寺大仏殿の建立に当たり用材を木津川を使って運ぼうとしたところ水量不足で計画通りに進まなかった時、実忠和尚がこの修行場で雨乞いを行ったところ大雨が降り予定通りに大仏殿が完成したそうです。<br />以来、大仏殿の修理の折には、必ずここで祈願法要が行われるのだそうです。

    笠置寺 千手屈

    1200年来の修行場で、二月堂のお水取りの行法も実忠和尚がここでの行中に感得したものだそうです。
    東大寺大仏殿の建立に当たり用材を木津川を使って運ぼうとしたところ水量不足で計画通りに進まなかった時、実忠和尚がこの修行場で雨乞いを行ったところ大雨が降り予定通りに大仏殿が完成したそうです。
    以来、大仏殿の修理の折には、必ずここで祈願法要が行われるのだそうです。

  • 笠置寺 虚空蔵磨崖仏<br /><br />寺伝では、弘仁年間(810−824)弘法大師がこの石に登り一夜にして彫刻したといわれます。<br />彫刻の様式からは、本尊の弥勒磨崖仏と同じように奈良時代の渡来人の作と考えられるそうです。<br />8mx10mの拓本が取られ掛け軸とされているそうです。

    笠置寺 虚空蔵磨崖仏

    寺伝では、弘仁年間(810−824)弘法大師がこの石に登り一夜にして彫刻したといわれます。
    彫刻の様式からは、本尊の弥勒磨崖仏と同じように奈良時代の渡来人の作と考えられるそうです。
    8mx10mの拓本が取られ掛け軸とされているそうです。

  • 笠置寺 虚空蔵磨崖仏<br /><br />この磨崖仏の前の道幅は狭いため、全体を写真に収めるのは至難の業です。<br />よくこんな狭い場所で、巨大な磨崖仏を彫ったものですね。

    笠置寺 虚空蔵磨崖仏

    この磨崖仏の前の道幅は狭いため、全体を写真に収めるのは至難の業です。
    よくこんな狭い場所で、巨大な磨崖仏を彫ったものですね。

  • 笠置寺 虚空蔵磨崖仏<br /><br />これが道幅ギリギリからの写真です。

    笠置寺 虚空蔵磨崖仏

    これが道幅ギリギリからの写真です。

  • 笠置寺 胎内くぐり<br /><br />修行場へ入る時は滝で身を清めるのが普通ですが、ここ笠置山には滝がなく、この岩を潜りぬけることで身を清めたそうです。<br />安政地震で天井岩が落下、その後は切り石の天井となっています。

    笠置寺 胎内くぐり

    修行場へ入る時は滝で身を清めるのが普通ですが、ここ笠置山には滝がなく、この岩を潜りぬけることで身を清めたそうです。
    安政地震で天井岩が落下、その後は切り石の天井となっています。

  • 笠置寺<br /><br />こんな巨石のトンネルも潜ります。

    笠置寺

    こんな巨石のトンネルも潜ります。

  • 笠置寺<br /><br />巨石だらけです。<br />地震で動き出すこともありそうですね。

    笠置寺

    巨石だらけです。
    地震で動き出すこともありそうですね。

  • 笠置山頂上付近からの眺め<br /><br />眼下に木津川の流れが望めます。<br /><br />

    笠置山頂上付近からの眺め

    眼下に木津川の流れが望めます。

  • 笠置山頂上付近からの眺め<br />

    笠置山頂上付近からの眺め

  • 笠置寺 ゆるぎ石<br /><br />元弘元年(1331)9月、後醍醐天皇が鎌倉幕府の奇襲を受けた場所で、この石は奇襲に備え武器としてここに運ばれたが、使われなかったものです。<br />人の力で動くため「ゆるぎ石」と呼ばれるそうです。

    笠置寺 ゆるぎ石

    元弘元年(1331)9月、後醍醐天皇が鎌倉幕府の奇襲を受けた場所で、この石は奇襲に備え武器としてここに運ばれたが、使われなかったものです。
    人の力で動くため「ゆるぎ石」と呼ばれるそうです。

  • 笠置山頂上付近からの眺め<br /><br />松の枝の中に木津川に架かる笠置橋が望めます。<br />

    笠置山頂上付近からの眺め

    松の枝の中に木津川に架かる笠置橋が望めます。

  • 笠置寺 貝吹岩<br /><br />元弘の戦(1331)において、勤王軍の武士の士気をたかめるために、この岩の上で法螺貝がさかんに吹かれたそうです。

    笠置寺 貝吹岩

    元弘の戦(1331)において、勤王軍の武士の士気をたかめるために、この岩の上で法螺貝がさかんに吹かれたそうです。

  • 笠置山 後醍醐天皇行在所跡(山頂、標高290m)<br /><br />元弘元年(1331)8月、政治改革に失敗し京都御所を出られた後醍醐天皇を受け入れた場所。<br />天皇方は2千5百、北条方7万5千という大軍を相手に攻防1ヶ月の末、北条方の奇襲を受け、大磨崖仏をはじめ笠置寺山内49ヶ寺すべてが焼失したそうです。

    笠置山 後醍醐天皇行在所跡(山頂、標高290m)

    元弘元年(1331)8月、政治改革に失敗し京都御所を出られた後醍醐天皇を受け入れた場所。
    天皇方は2千5百、北条方7万5千という大軍を相手に攻防1ヶ月の末、北条方の奇襲を受け、大磨崖仏をはじめ笠置寺山内49ヶ寺すべてが焼失したそうです。

  • 笠置寺 大師堂

    笠置寺 大師堂

  • 笠置寺 毘沙門堂

    笠置寺 毘沙門堂

  • 木津川<br /><br />笠置山を下りて、川原でお昼を食べました。<br />伊賀の山中に発する木津川の川筋には、点々と十一面観音が祀られている。<br />天平時代の名作(観音寺)であったり、藤原初期の秘仏(観菩提寺)であったり、路傍の石仏であったりする。<br />それらの寺が互いに関係すること、水の信仰と密接に結びついていて、特に東大寺の造営に大きな役割を果たした事実を知ることが出来る。(白洲正子著)<br />この川を使い、材木や物資が大和へ運ばれていったそうです。

    木津川

    笠置山を下りて、川原でお昼を食べました。
    伊賀の山中に発する木津川の川筋には、点々と十一面観音が祀られている。
    天平時代の名作(観音寺)であったり、藤原初期の秘仏(観菩提寺)であったり、路傍の石仏であったりする。
    それらの寺が互いに関係すること、水の信仰と密接に結びついていて、特に東大寺の造営に大きな役割を果たした事実を知ることが出来る。(白洲正子著)
    この川を使い、材木や物資が大和へ運ばれていったそうです。

  • JR関西線 島ヶ原駅<br /><br />笠置橋から木津川にそって国道163号線(伊賀街道)を東へ走り約16Km、京都府から三重県に入ります。<br />島ヶ原駅から正月堂までは、約1.5Kmです。

    JR関西線 島ヶ原駅

    笠置橋から木津川にそって国道163号線(伊賀街道)を東へ走り約16Km、京都府から三重県に入ります。
    島ヶ原駅から正月堂までは、約1.5Kmです。

  • 正月堂(観菩提寺)<br /><br />三重県伊賀市島ヶ原にあり、本尊は十一面観音菩薩。修正会で知られ「正月堂」の名で親しまれています。<br /><br />山門ですれ違ったお年寄りからは、「折角来るなら2月11日(修正会)に来なきゃ」と言われました。<br /><br />

    正月堂(観菩提寺)

    三重県伊賀市島ヶ原にあり、本尊は十一面観音菩薩。修正会で知られ「正月堂」の名で親しまれています。

    山門ですれ違ったお年寄りからは、「折角来るなら2月11日(修正会)に来なきゃ」と言われました。

  • 正月堂 楼門<br /><br />天平勝宝三年(751)に奈良東大寺の実忠和尚により開創された、由緒ある寺院また全国的にも最も有名な古刹の一つです。<br />奈良東大寺二月堂のお水取り(修二会)に先駆けて行われることで知られ、ここ正月堂の修正会が発祥の<br />地ともいわれています。<br />楼門、本堂、そして三十三年目に一度しかご開帳されない本尊の十一面観世音像は秘仏です。

    正月堂 楼門

    天平勝宝三年(751)に奈良東大寺の実忠和尚により開創された、由緒ある寺院また全国的にも最も有名な古刹の一つです。
    奈良東大寺二月堂のお水取り(修二会)に先駆けて行われることで知られ、ここ正月堂の修正会が発祥の
    地ともいわれています。
    楼門、本堂、そして三十三年目に一度しかご開帳されない本尊の十一面観世音像は秘仏です。

  • 正月堂 楼門の背面の広目天(多聞天と区別が良く分かりません)<br /><br />楼門(国重文)は室町初期の建造で、正面左右両脇に室町末期作の仁王像、背面に藤原期の広目天・多聞天立像が安置されています。

    正月堂 楼門の背面の広目天(多聞天と区別が良く分かりません)

    楼門(国重文)は室町初期の建造で、正面左右両脇に室町末期作の仁王像、背面に藤原期の広目天・多聞天立像が安置されています。

  • 正月堂 楼門の背面の多聞天(逆かな?)

    正月堂 楼門の背面の多聞天(逆かな?)

  • 正月堂 本堂<br /><br />白鳳時代の草創で、はじめは広国寺といったそうです。<br />天平勝宝3年、笠置の千手窟で十一面悔過法(良く分かりませんが)を感得した実忠によって開かれたとされます。<br />修正会は、奈良のお水取りと全く同じで、規模が小さいだけだそうです。(白洲正子の著書より)<br /><br />

    正月堂 本堂

    白鳳時代の草創で、はじめは広国寺といったそうです。
    天平勝宝3年、笠置の千手窟で十一面悔過法(良く分かりませんが)を感得した実忠によって開かれたとされます。
    修正会は、奈良のお水取りと全く同じで、規模が小さいだけだそうです。(白洲正子の著書より)

  • 正月堂 楼門(本堂から)<br /><br />昭和29年に県無形文化財に指定された修正会は、大餅会式(だいひょうえしき)という庶民的な行事と、達陀(だったん)をはじめとする厳粛な儀式が解け合ったユニークなもの。<br />2月8日ごろから始まり、2月11日、12日にハイライトを迎えます。<br />大餅会式は5組の講社の当番・頭屋の家を中心に、もちつきの道具調べ、餅米を清める水を受け取るお水取り、もちつきを経て11日午後、行列を仕立てて正月堂に餅を奉納する練り込みなどの行事が行われます。これらは、その年の五穀豊穣と除厄を祈るためのもので、村では「せきのと」と呼ばれている。

    正月堂 楼門(本堂から)

    昭和29年に県無形文化財に指定された修正会は、大餅会式(だいひょうえしき)という庶民的な行事と、達陀(だったん)をはじめとする厳粛な儀式が解け合ったユニークなもの。
    2月8日ごろから始まり、2月11日、12日にハイライトを迎えます。
    大餅会式は5組の講社の当番・頭屋の家を中心に、もちつきの道具調べ、餅米を清める水を受け取るお水取り、もちつきを経て11日午後、行列を仕立てて正月堂に餅を奉納する練り込みなどの行事が行われます。これらは、その年の五穀豊穣と除厄を祈るためのもので、村では「せきのと」と呼ばれている。

  • 正月堂 修正会のポスター<br /><br />本尊の十一面観音は秘仏で、御開帳は33年に1度だそうです。(次回の御開帳は2015年予定)<br /><br />昭和29年に県無形文化財に指定された修正会は、大餅会式(だいひょうえしき)という庶民的な行事と、達陀(だったん)をはじめとする厳粛な儀式が解け合ったユニークなものです。<br />2月8日ごろから始まり、2月11、12日にハイライトを迎えるます。<br />大餅会式は5組の講社の当番・頭屋の家を中心に、もちつきの道具調べ、餅米を清める水を受け取るお水取り、もちつきを経て11日午後、行列を仕立てて正月堂に餅を奉納する練り込みなどの行事が行われる。<br />これらは、その年の五穀豊穣と除厄を祈るためのもので、村では「せきのと」と呼ばれています。 <br />

    正月堂 修正会のポスター

    本尊の十一面観音は秘仏で、御開帳は33年に1度だそうです。(次回の御開帳は2015年予定)

    昭和29年に県無形文化財に指定された修正会は、大餅会式(だいひょうえしき)という庶民的な行事と、達陀(だったん)をはじめとする厳粛な儀式が解け合ったユニークなものです。
    2月8日ごろから始まり、2月11、12日にハイライトを迎えるます。
    大餅会式は5組の講社の当番・頭屋の家を中心に、もちつきの道具調べ、餅米を清める水を受け取るお水取り、もちつきを経て11日午後、行列を仕立てて正月堂に餅を奉納する練り込みなどの行事が行われる。
    これらは、その年の五穀豊穣と除厄を祈るためのもので、村では「せきのと」と呼ばれています。

  • 正月堂 本堂の裏にある観音山 西国三十三ヶ所 本尊(石仏)参道入口<br /><br />

    正月堂 本堂の裏にある観音山 西国三十三ヶ所 本尊(石仏)参道入口

  • 正月堂 西国三十三所札所巡りの入り口にいらっしゃる道引地蔵尊

    正月堂 西国三十三所札所巡りの入り口にいらっしゃる道引地蔵尊

  • 正月堂 西国三十三所札所 第六番 大和国 南法華寺

    正月堂 西国三十三所札所 第六番 大和国 南法華寺

  • 正月堂 西国三十三所札所 第十六番 清水寺

    正月堂 西国三十三所札所 第十六番 清水寺

  • 正月堂 西国三十三所札所 第十八番 山城国 六角堂 如意輪観音

    正月堂 西国三十三所札所 第十八番 山城国 六角堂 如意輪観音

  • 正月堂 西国三十三所札所 第二十五番 播磨国 清水寺 千手観音<br /><br />傾いたまま立っていました。

    正月堂 西国三十三所札所 第二十五番 播磨国 清水寺 千手観音

    傾いたまま立っていました。

  • 正月堂 西国三十三所札所 第三十番 近江国(竹生まれ島) 寶厳寺 千手観音 

    正月堂 西国三十三所札所 第三十番 近江国(竹生まれ島) 寶厳寺 千手観音 

  • 正月堂 西国三十三所札所巡りの最後に祀られている聖観音菩薩

    正月堂 西国三十三所札所巡りの最後に祀られている聖観音菩薩

  • 島ヶ原 行者堂<br /><br />小山川の西側にある行者堂には自然石の岩屋の中に役行者像が祀られています。<br />

    島ヶ原 行者堂

    小山川の西側にある行者堂には自然石の岩屋の中に役行者像が祀られています。

  • 島ヶ原 行者堂 磨崖仏<br /><br />小山川を挟んで東側に、阿弥陀磨崖仏(市文化財)があります。<br />

    島ヶ原 行者堂 磨崖仏

    小山川を挟んで東側に、阿弥陀磨崖仏(市文化財)があります。

  • 島ヶ原 磨崖仏<br /><br />製作年代は南北朝から室町時代と推定されています。<br /><br />

    島ヶ原 磨崖仏

    製作年代は南北朝から室町時代と推定されています。

  • 海住山寺(かいじゅうせんじ) 本堂<br />本尊は十一面観音菩薩<br /><br />木津川にそって伊賀街道を20Kmほど西へ戻ります。<br /><br />瓶原(みかのはら)を一望できる海住山の中腹にある海住山寺。<br />創建については明らかではないが、寺伝では天平7年(735)、 聖武天皇の勅願により良弁(奈良東大寺の初代別当)を開山として藤尾山観音寺という寺号で開創したそうです。<br />その後、保延3年(1137)に全山焼失し、承元2年(1208)、笠置寺の貞慶によって中興され、現在の山号と寺号に改められたとのこと。<br />

    海住山寺(かいじゅうせんじ) 本堂
    本尊は十一面観音菩薩

    木津川にそって伊賀街道を20Kmほど西へ戻ります。

    瓶原(みかのはら)を一望できる海住山の中腹にある海住山寺。
    創建については明らかではないが、寺伝では天平7年(735)、 聖武天皇の勅願により良弁(奈良東大寺の初代別当)を開山として藤尾山観音寺という寺号で開創したそうです。
    その後、保延3年(1137)に全山焼失し、承元2年(1208)、笠置寺の貞慶によって中興され、現在の山号と寺号に改められたとのこと。

  • 海住山寺 五重塔<br /><br />裳階(もこし)付で六重のように見えます。<br />鎌倉時代の建物(1214年建立)でしっとりと落ち着いた朱色です。<br />高さ17.1mで、木造五重塔で国宝・重要文化財に指定されているものとしては、室生寺五重塔に次いで日本で二番目に小さいそうです。<br />初層内部に心柱がなく、四天柱(仏壇周囲の4本の柱)に支えられた初層天井の上に心柱が立てられているのが特徴です。<br />また裳階をもつ五重塔は、ここ以外では法隆寺に存在するだけだそうです。 <br />

    海住山寺 五重塔

    裳階(もこし)付で六重のように見えます。
    鎌倉時代の建物(1214年建立)でしっとりと落ち着いた朱色です。
    高さ17.1mで、木造五重塔で国宝・重要文化財に指定されているものとしては、室生寺五重塔に次いで日本で二番目に小さいそうです。
    初層内部に心柱がなく、四天柱(仏壇周囲の4本の柱)に支えられた初層天井の上に心柱が立てられているのが特徴です。
    また裳階をもつ五重塔は、ここ以外では法隆寺に存在するだけだそうです。

  • 海住山寺 五重塔<br /><br />

    海住山寺 五重塔

  • 海住山寺 五重塔(国宝)

    海住山寺 五重塔(国宝)

  • 海住山寺 五重塔の相輪

    海住山寺 五重塔の相輪

  • 海住山寺 文殊堂

    海住山寺 文殊堂

  • 海住山寺 境内の石仏<br /><br />今回の「木津川にそって」は車を利用しなければ難しいのですが、王子さんのお陰で観音巡りが出来ました。<br />観菩提寺(正月堂)の本尊の次の御開帳はいつになるのでしょうか?<br />行ってみたいものです。<br />(いろいろ調べたら、次の御開帳は2015年とのこと)<br /><br />(おしまい)

    海住山寺 境内の石仏

    今回の「木津川にそって」は車を利用しなければ難しいのですが、王子さんのお陰で観音巡りが出来ました。
    観菩提寺(正月堂)の本尊の次の御開帳はいつになるのでしょうか?
    行ってみたいものです。
    (いろいろ調べたら、次の御開帳は2015年とのこと)

    (おしまい)

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この旅行記へのコメント (4)

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  • みつひとさん 2012/05/06 01:45:11
    笠置山すばらし
    はじめまして

    京都府南部出身のみつひと、と申します。
    笠置山素晴らしいです。
    実家から30分の距離で、歴史にも出てくる
    大変有名な場所ですが、行ったことがありません。
    近所の名所を知らないのはお恥ずかしい限りです。
    今度、帰った時にはぜひ行きたいです。

    またその他の旅行記も参考にさせていただきたいので
    また、お邪魔いたします。

    みつひと

    morino296

    morino296さん からの返信 2012/05/06 10:28:56
    RE: 笠置山すばらし
    みつひとさん

    はじめまして。
    投票&書き込み、有難うございます。

    京都府南部ご出身ですか、良い所ですね。
    笠置山もお近くなんですね。

    京都と奈良の間と言っていいのでしょうか、
    木津川に沿って、なかなか良い所が多いですね。

    私は、旅行記でも書きましたように、
    白洲正子の本を読んで、この辺りへ行ってみたくなりました。
    とは言え、車がないと回れないところも多く、
    関西在住のトラベラーさんに車を出していただき楽しむことが出来ました。

    また機会があれば訪ねてみたいです。

    morino296(森のフクロウ)
  • ゆうこママさん 2010/02/24 23:22:25
    十一面観音巡礼
    こんばんは。
    まずは、王子さんの旅行記を発見し、296さんの旅行記のアップを今か今かと待っておりました。

    笠置寺、島ヶ原正月堂、海住山寺。
    いずれもいつか行きたいと強く強く願っているお寺。
    公共交通機関が無くなかなか実現しそうにありませんが、旅行記で楽しませていただきました。
    白洲正子の十一面観音巡礼をともに木津川めぐり。
    想像しただけで胸が躍ります。
    ステキなお写真の数々と、その場所への愛情に満ちたコメント。
    何故だかほっこりしてます、いま。

    morino296

    morino296さん からの返信 2010/02/25 00:38:58
    RE: 十一面観音巡礼
    ゆうこママさん

    こんばんは!
    いつも有難うございます。
    旅行記のUPが遅くなって済みません。

    今回の「木津川にそって」、白州さんの本を読んで行きたいと思っていたのですが、
    仰るように公共交通機関で行くのはなかなか難しいので行けるとは思っていなかったのですが、王子さんに車を出していただき念願が叶いました。

    この他にも、観音巡礼で紹介されているところへ行きたいのですが、足回りが・・・。

    2月、3月は、関西へ出掛ける予定が多く、また次の日曜も何処へ行こうか思案中です。

    正月堂の修正会、私も是非行きたいと思っています。
    ここは、名古屋から関西本線で行けそうですよ。

    morino296

morino296さんのトラベラーページ

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