1989/08/13 - 1989/08/14
5位(同エリア156件中)
がおちんさん
山からモンフンに帰った翌日、3度目の日曜市を見ました。
いつまでも沈没していられないので、これが最後のモンフンです。
手持ちのフィルムを使い切ってしまったため、西洋人バックパッカーから白黒フィルムをゆずってもらって撮影しました。
そして市も終わりかけ、そろそろモンフンを去ろうという時に、一人のプーラン族男性に声をかけられました。
なんと彼は、おととい私が行き着けなかった「ノンヤン村」の人。
幸運なことに、村に連れて行ってもらえることになりました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- ヒッチハイク
-
1989年8月13日(日)
3度目となったモンフンの日曜市。我ながらよくぞここまでツボにはまったと思う。
さすがに今日はモンフンを出発するつもりだ。人民元も兌換券もフィルムも無くなった。昆明に帰らなくてはならない。
もっとここに居たかったが、仕方が無い。
今朝、ドイツ人バックパッカーがフィルムを分けてくれた。白黒だけど、ありがたい話だ。
早速、市に繰り出す。まずはハニ族おばさんの後姿をショット。ちょっとだけ出すお尻がセクシー。
また、左端の人はアク族、右前を歩く人はラフ族だ。 -
こちらはプーラン族。
背負うカゴの大きさや形も民族によって異なる。
これは手作りならではの相違点だ。
既製品を身につける我々と違い、少数民族は持ち物にも個性が光っている。
かっこいいなー。 -
買い物に来ていたラフ族一行。
ラフ族は貧しいためか裸足で市に来る人が多いが、高い人間性を持つ素晴らしい民族だ。
控え目な気質なのでモンフンの市ではあまり目立たない存在。
彼らはハニ族のように外国人に物を売りつけるようなことはしない。 -
若くて美しいダイ族の女性。
中国の勇猛な女性に幻滅した者も、西双版納まで来ればきっと救われるだろう。
その佇まいから放たれる女性的オーラは、
これまで「メイヨ」の嵐をかいくぐってきた旅人の心を癒すに違いない。 -
モンフンの市に、各地から次々と品物が到着する。
そのほとんどが人力で運ばれて来る。
これは何だろう?
草を編んである。屋根を葺くのに使うのかな。 -
モンカンから来たプーラン族。
あなた方が歩いてきたドロドロの山道を私は知っている。
私がヘロヘロになって下りて来た道を、あなた方は売り物を担いでここまで来たうえ、帰りは仕入れた物を背負って山道を上って行くのだ。
本当にすごいよ。 -
プーラン族の被る黒い布は、肩幅と同じくらい横に長い。
大きな耳輪と合わせて、市ではよく目立っていた。
とにかくかっこいいのだ。 -
こちらはノンヤンのプーラン族。
モンカンのプーラン族とは、数の数え方や挨拶などが微妙に違っていた。
例えば今日、明日、明後日では、
モンカンは、ロディ、アサ、アギェ
ノンヤンは、アンガイエ、マンサー、アガオ
近所なのに、どうして違うんだろう。
ちょっと面白い。 -
モンフンのメインストリートに売り物が並ぶ。
やはり中央の部分はダイ族が占拠しており、共産中国になったとはいえ、階級の違いは歴然としている。
山に住む民族は、端っこのほうで商売するしかない。 -
エキゾチックな顔立ちのプーラン族女性。
彼女とは20年後にも村で会えた。
また、興味深いのが右後方の女性。
体が大きくてゴツイ。どうみても男性だった。
タイもそうだが、ダイ族社会もオカマは認められた存在のようだ。
大らかで良いなー。 -
モンフンの市には日用品からスナックまで、地元民に必要な物は揃っている。
しかし、旅人が必要な物は何も売って無いかもしれない。 -
食料品を買いに来た、プーラン族の女性。
後姿がナイス! -
いろんな少数民族が混じり合って売り買いしている。
物々交換も多い。
さまざまな言葉が飛び交っていて楽しい。
バナナの葉っぱを買って(交換して)いる人が多かった。蒸料理に使うのかな。
しかし、ここが中国だなんて本当に妙な気がする。 -
こんにゃくを売る、ダイ族おばさん。
天秤量りを見る眼は真剣だ。
気候も暑く、冷蔵庫も無い西双版納の環境では鮮度が最重要。
口に入るものは基本的にどれも新鮮である。
ただし加工品はダメ。炭酸が抜けきったビールや、賞味期限を1年以上過ぎたビスケットなんてのも売っている。
外装がほこりだらけで怪しいと思ったのだが、つい買ってしまった。中を開けたらビスケットが粉々になっていた。もちろん返品は不可。 -
山に住む少数民族と比べると、ダイ族はスマートで清潔に見える。
日に何度も水浴びするし、髪もきれいに結ってある。
ただ、モンフンは埃っぽいので、どの女性もタオルで頭を覆っているのが残念だ。 -
一方、最も派手な出で立ちをしているのがハニ族だ。
藍染の服を着ているが、しょう油で煮しめたような風格が加味されている。
村によって服装の差異が著しい。 -
当時、モンフン集落の大きな木には、公共用スピーカーが備え付けられていた。
毎朝、迷惑も甚だしい夜明け前の時報(夏時間の6時)や、政府のプロパガンダ放送が大音量で流されていたのだが、時おり、どこか物悲しいような哀愁を帯びた「ダイ族のギター弾き語り」による歌が放送されていた。
詳しくはわからないが、現地ではヒットしたらしく、私は日曜市でこの音楽の入ったテープをゲットする事ができた。
両面で60分。交互に男女の歌(語り)が延々と続く。歌の内容は「不義理をした人が自殺して、一家も不幸になってしまった」という実話を歌ったようで、「そういうふうになってはいけない」という戒めの歌であるそうだ。
このテープの面白いところは、ライブ録音中に赤ちゃんの声や家畜の鳴き声が入っているところだ。ダイ族の生活の様子が垣間見えて興味深い。
今では非常に貴重な音源と思われるので、ここに紹介します。って、興味ある人がいるとも思えませんが(笑)。
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1057968.html -
モンフンのブティック?は、少数民族の女性に大人気。
服やアクセサリーを手にとって、よく吟味していた。
場所は変わっても、女性が美しさを追求するのは同じだ。 -
買い物に疲れたら、ミーカン屋で腹ごなし。市の日だけ営業する。
おばさんと小娘の店があって、おばさんの店のほうが美味しい。どちらの店も雨の日にはずぶ濡れだ。
残飯目当てのブーちゃんがいつもウロウロしていた。 -
別の角度からもう一枚。
丸太のベンチがイカス!
ハニ族のお嬢ちゃん、いま食べ終わったとこだ。 -
午前11時頃までをピークに、どんどん人が集ってくる。
ハニ族の女性は何を担いできたのかな? -
肉屋さんは大人気。
ダイ族の奥様が一列に並んで、あれやこれやと賑やかだ。
左端にある豚の頭は、今朝つぶしたことの証明。これはどこの市場でも同じ。
もちろん、頭も買えます。 -
牛肉屋も大繁盛。
日本人からすると、かなり牛臭い。
プーラン族のおばさんは、肉をわしづかみして
「まけてー」と交渉中。
頑張って! -
こちらは別の牛肉屋。
「うちのは美味しいよ、老いた牛じゃないから」と言ったかどうか。
おじさんの売り口上につられて、ダイ族マダムは買う気充分。真剣に肉を選んでいた。中央に見えるのは鼻の部分?
肉で一番高いのは鶏肉。続いて豚肉。最も安いのは牛肉だ。スジっぽくて臭いので、好みが分かれるかも。
また、犬肉は鶏肉よりさらに高級品だが、いつも有るわけではない。 -
母親に手をつながれて来た子供。
お兄ちゃんは自由に歩き回っているのに、チビちゃんのほうは許してもらえなかった。
ぐずるチビちゃん。
きっと、「こんな賑やかなところで迷子になったら大変だよ。人さらいだって出るかもしれないよ」なんて言ってるのかな、ハニ族のお母さん。 -
こんな辺境の集落でも、しっかり甘味処はある。
白玉にアンコが入った湯丸(タンユエン)は少数民族にも大人気。女性ばかりでなく、男性客も多かった。
美味しいものは皆が好きだ。これは世界共通。 -
ハニ族のおばさんも湯丸を食べてた。
週に一度、マーケットに来て商売をし、甘いものでも食べ、おかずを買って帰る。
よく考えたら、ふだん私達も似たような事をしているのだ。
ただ、ここは物々交換が利くところが良いんだよなー。 -
こっちは小麦粉を甘く焼いたスナック。
モンフンのファーストフードは種類が豊富なのだ。 -
あれ、先日会った人だ。
天秤かついで歩いていた3人娘さんだよね。
こんにちは! -
無理だとは思うけど、この長閑さがいつまでも残っていて欲しい。
-
市のピークには人が入り乱れて混雑する。
でも、漢族のような殺気立った雰囲気は無い。
至って大らか、至ってのんびり。 -
昼になると、人々は帰りはじめる。
ハニ族の夫婦は何を仕入れたのかな?
おじさんの足元にあるのは白酒が入ったポリタンクだ。
これは間違いない。 -
モンフンの市も終わり、人も少なくなった。
ラフ族の女性も、ミーカンを食べてから村に帰るようだ。
仕入れは無事済んだようですね。
お疲れ様でした。 -
★写真は翌年(1990年)に撮ったもの
最後のモンフンの日曜市を見て、私も昼過ぎに景洪へ向かうつもりでいた。
宿に荷物を取りに帰る途中、一人のプーラン族男性から声をかけられた。一昨日、私が行きそこなったノンヤン村の人だった。
彼がどうして声をかけてくれたのかはわからない。きっと偶然だろう。でも、これが縁になった。
私が「村に行きたい」と言うと、彼は同意してくれた。
彼の名はDさん。わたしより5歳年上の29歳だった。 -
★写真は翌年(1990年)に撮ったもの
彼らはトラクターに乗ってやって来ていた。
私も荷台に乗る。乗客は全員プーラン族だ。
カメラはモンフンの宿に置いていくことにした。
だから、この時の写真は無い。
ノンヤンは森に囲まれた美しい村で、萱葺きの屋根からは囲炉裏の煙が昇っていた。
昔話に出てくるような光景にうっとりする。
Dさんの家は高床式。竹を編んだ床のスキマから、下にいる家畜に声をかけるのが印象的だった。
しかし、そんな浮かれた気持ちもすぐに一変した。
彼らの習慣を知らず、私の勝手な思い込みで礼を欠いたのだ。 -
★写真は翌年(1990年)に撮ったもの
夜、酒と料理が出され、私はDさんと飲んだ。奥さんは働くばかりで食卓に来ない。きっと食事はもう済ましたのだろうと思い、勧められるままに食べた。いや、断ったら悪いと思って無理して食べた。
ところが、さっきから小さな子供がじっとこちらを見ているのが気になった。私を見ているのではなく、ご飯を見ている。
ひょっとしたら食べていないのでは?
気がつくのが遅かった。部屋の隅で、奥さんと子供達は、我々が残したものを食べ始めた。おひつにご飯はほとんど残っていなかった。
私は勧められるままに食べてはいけなかったのである。
酔いが一気に醒めてしまった。
こんな無礼者のよそ者のために、奥さんは近所からきれいな布団まで借りてきてくれたのである。もう穴があったら入りたい気持ちだった。
旅の恥はかき捨ててはならない。
再びここを訪れ、礼はその時にすることをDさんに伝えた。
翌朝、Dさん夫妻は笑って見送ってくれた。
雲南の旅 1989 (11) ポンコツバスの旅〜版納から昆明へ に続く
http://4travel.jp/travelogue/10498967
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