2010/01/27 - 2010/01/27
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田無に住んでる人さん
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3日目、最終日は南の端の田舎町からソウルを突っ切って38度線まで一気にいきます。
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- 鉄道
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昨晩は麗水に泊まろうかと思いましたが、新駅舎の近くには何もないので全羅線と慶全線の交差する駅、順天までバスで向かい、駅前の宿に泊まりました。
1泊2万ウォン。
電気毛布でポッカポカの宿でした。
朝6時過ぎの慶全線始発の木浦行きに乗り込みます。
通勤列車改造のムグンファです。 -
車内には自動販売機とアーケードゲーム。
おまいら、どこまでアーケードゲームが好きやねん。 -
順天から光州に向かう車窓は鄙そのもの。
韓国ではどんな地方にでもあるはずの高層マンションが見当たらず、全羅南道が開発から取り残されていた地域であることがよく分かります。
2時間以上乗り続けて、光州松汀駅でKTXに乗り換え。
小さな駅ですが、駅のホントに目の前に光州地下鉄の入口があって、中心部のアクセスは便利そうです。 -
ソウルの湖南線の玄関口、竜山まで日本国鉄の183系電車の簡易リクライニングシートを思わせるような窮屈な座席に座って・・・
-
韓国の車内販売で思わず買ってしまうのがこれ、ソーセージ。
ピリ辛味のチープな味わいがたまりません。
でも8年間で1000→2000→2500ウォンに値上がったね・・・ -
お昼前に竜山に到着。
1号線でソウル駅に出て、京義線で臨津河まで。
電鉄化されたとはいえ、地下鉄のホームからもKTXのホームからもロッテマートからも遠く離れ、裏口のような乗車口。
寂しすぎます。 -
京義線のホームはソウル駅の一番端。
薄暗く京急大師線の川崎駅かかつての南海天王寺線の天王寺駅を思わせます。
30分待って、1時間に1本しか来ない電車が到着。
それでも、それなりに乗客はいました。 -
ソウル駅を発車した電車は新村を過ぎ、数駅ほどした水色のあたりでは早くも田畑が見え隠れしますが、そうかと思えば巨大団地群の中を走ったり、意外と開けている印象です。
そしてこれから開発するぞ的な場所もチラホラと。
もう北は攻めるだけの元気はないと踏んでいるのでしょうか。
1時間ほどして、電車の終点、
そしてかつての鉄道の分断点だった汶山に到着。
この駅は今から12年前、板門店ツアーに参加したときちらっと見たのですが、当時は畑の真ん中にディーゼルカーがぽつんと止まっているだけの駅だったような。
駅の周りにはマンションが立ち並び、時代は変わりました。 -
汶山で、もとの京義線の主であったディーゼルカー、通勤列車に乗り換え。
車内には一応軍人がスタンバっているものの、携帯で遊んでる・・・ -
臨津江駅までわずか10分。
強制下車させられ、ホーム脇の小屋でパスポートチェックを受けて「安保観光証」みたいなものをもらいます。
さすがにここまで来ると田んぼばかりで何もないですね。 -
ホームの売店で鍋焼きウドン、3000ウォン。
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何もないところだな・・・
次の列車まで1時間何をしようと思って駅前から少し歩いたら臨津閣なる施設がありました。 -
上ってみれば臨津河が、水清く、とうとうと
凍っているみたいです・・・ -
臨津閣は一応祈りのモニュメント的なものもありましたが中にはファミマありの隣には遊園地ありので、今ではちょっとしたレジャーランド的施設と化しているようです。
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1時間待って、都羅山駅行きの列車へ。
臨津河を渡る頃には、雪が本降りになってきました。 -
臨津河を超え、雪の量が多くなってきました。
もっと北に行けば、もっと積もってるんでしょうなぁ。 -
臨津河からわずか5分で都羅山に到着。
このまま開城に向かって出発しても不思議ではない感じはありますが・・・ -
ここから南侵トンネル見学ツアー等に参加すれば外に出られますが、時間の都合上引き返すぢぶんは駅の外から出られません。
鶴見線の海芝浦以下・・・
でも見張りの軍人は世間話をして笑っている・・・ -
出入国施設的なものも用意されていますが、現状では張りぼてのようにしか見えませんな・・・
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今から40年以上前、ザ・フォーク・クルセダーズがイムジン河を歌ったころは、この場所は日本人にとってそうたやすく行ける場所ではありませんでした。
もちろん南北問わず朝鮮人にとっても。
果てしなく離れているわけではないのに、届かない。
そんな思いが詰まっていたに違いありません。
今から20年前、ベルリンの壁が壊れた後。
「次はウリがこの壁を破る番だ」
12年前、板門店に行った際もそんな空気がなんとなくありました。
そして太陽政策、金剛山、開城ツアー・・・
しかし先に閉ざされた扉を開いたドイツがそのことによる苦悩にあえいでいることが知らされる今日。
自由に行き来できた時代の北を知る人間が少なくなったこともあるでしょう。
なんとなく「面倒くさいから今のままでいいや」的な雰囲気がこの場に流れているような気がします。
加藤和彦氏はどう思っていたのかは知りませんが・・・
いまから10年後、20年後、この場所は変わっているのでしょうか、それともこのままでしょうか。
臨津河は人の心とは関係なく、夏にはとうとうと流れ、冬には凍りつくことは変わらないでしょうが。
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