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金曜日に有給を取り、下関~福岡に行ってきました。<br />初日と2日目の部です

本州の端に行ってきた&大宰府もちょっと~関門海峡編

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2010/01/21 - 2010/01/22

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moemoehajime

moemoehajimeさん

金曜日に有給を取り、下関~福岡に行ってきました。
初日と2日目の部です

  • 金曜日から有給休暇を取ったので、木曜の夜から九州に向けて出発します。<br />新宿から福岡までは 日本一長距離を走る高速バス、大泉洋先生が仰るところの「キングオブ深夜バス」はかた号に乗車です。<br />明日の朝一の飛行機に乗ればはかた号よりも早く福岡に着くのですが、面白そうなので乗ってみようかと(笑)。<br />車両は去年の12月に導入した新車”三菱エアロキング”。<br />でも新宿から博多まで14時間、いきなりの苦行です。耐えられるか俺の尻?<br />

    金曜日から有給休暇を取ったので、木曜の夜から九州に向けて出発します。
    新宿から福岡までは 日本一長距離を走る高速バス、大泉洋先生が仰るところの「キングオブ深夜バス」はかた号に乗車です。
    明日の朝一の飛行機に乗ればはかた号よりも早く福岡に着くのですが、面白そうなので乗ってみようかと(笑)。
    車両は去年の12月に導入した新車”三菱エアロキング”。
    でも新宿から博多まで14時間、いきなりの苦行です。耐えられるか俺の尻?

  • 心配だったシートの出来も、さすが西鉄です。俺の尻が悲鳴を上げることはなく、(思ったより)よく眠れました。写真は翌朝、広島県尾道付近です。霧が集落を包み込んでいます。

    心配だったシートの出来も、さすが西鉄です。俺の尻が悲鳴を上げることはなく、(思ったより)よく眠れました。写真は翌朝、広島県尾道付近です。霧が集落を包み込んでいます。

  • ついに車で九州入りです(関門橋から九州側を望む)

    ついに車で九州入りです(関門橋から九州側を望む)

  • 博多駅には10分遅れくらいで到着。すぐに列車で門司へ折り返しです。しかし2枚きっぷの博多-門司間特急券込2600円って安いな(写真は門司港駅)。<br />今回の旅の目的その1、九州鉄道記念館訪問です。

    博多駅には10分遅れくらいで到着。すぐに列車で門司へ折り返しです。しかし2枚きっぷの博多-門司間特急券込2600円って安いな(写真は門司港駅)。
    今回の旅の目的その1、九州鉄道記念館訪問です。

  • 準鉄道記念物、C59 1です。<br />熊本発東京行の(今は亡き)みずほ号の1番列車を牽引しました。

    準鉄道記念物、C59 1です。
    熊本発東京行の(今は亡き)みずほ号の1番列車を牽引しました。

  • 昭和15年汽車会社の銘板があります。<br />門司港機関区所属を再現しました。<br />はじめは門司港機関区にあったのですが、鹿児島本線の博多電化に伴い熊本機関区に転属。さらに熊本電化でついに居場所がなくなり(機関車が重すぎて熊本から先の鹿児島本線と、そのほかの路線に入れなかった)、廃車になったものです。

    昭和15年汽車会社の銘板があります。
    門司港機関区所属を再現しました。
    はじめは門司港機関区にあったのですが、鹿児島本線の博多電化に伴い熊本機関区に転属。さらに熊本電化でついに居場所がなくなり(機関車が重すぎて熊本から先の鹿児島本線と、そのほかの路線に入れなかった)、廃車になったものです。

  • ED72 1号機<br />SG(客車暖房用に蒸気発生装置〜湯沸かし〜)を積んだために中間台車が必要になりました。鹿児島本線博多電化用に用意されました。

    ED72 1号機
    SG(客車暖房用に蒸気発生装置〜湯沸かし〜)を積んだために中間台車が必要になりました。鹿児島本線博多電化用に用意されました。

  • EF10-35号機<br />関門トンネル用に用意された機関車(初代)。<br />2代目のEF30は碓氷峠にいます。

    EF10-35号機
    関門トンネル用に用意された機関車(初代)。
    2代目のEF30は碓氷峠にいます。

  • クハ481-603<br />元クロ481

    クハ481-603
    元クロ481

  • クハネ581-8<br />ただし中身は715系(特急車両改の通勤電車)のままです。<br />早期の復元を望みます。

    クハネ581-8
    ただし中身は715系(特急車両改の通勤電車)のままです。
    早期の復元を望みます。

  • 九州鉄道記念館に来た最大の目的がこの車両です。<br />キハ07-41<br />戦前製の機械式気動車では日本ではこの1両しか現存しません。

    九州鉄道記念館に来た最大の目的がこの車両です。
    キハ07-41
    戦前製の機械式気動車では日本ではこの1両しか現存しません。

  • 銘盤<br />昭和12年日本車両製<br />73年モノです。

    銘盤
    昭和12年日本車両製
    73年モノです。

  • 車内には靴を脱いで乗車します。<br />お座敷列車ではありません。

    車内には靴を脱いで乗車します。
    お座敷列車ではありません。

  • 車内

    車内

  • 運転席<br />機械式気動車なので、クラッチベダルとシフトレバーが付いています。<br />自動車ではないのでシフトパターンは書いていません。

    運転席
    機械式気動車なので、クラッチベダルとシフトレバーが付いています。
    自動車ではないのでシフトパターンは書いていません。

  • 門司の街にある歴史的建造物を二つほど・・。<br />門司港駅そばにある旧三井倶楽部

    門司の街にある歴史的建造物を二つほど・・。
    門司港駅そばにある旧三井倶楽部

  • 旧門司税関<br />他にもあったのですが風が強くて寒くて…。<br />ここでめげてしまいました。<br />昼飯もタイミングが合わずにこの時間(午後2時)まで食べてないし。<br />ということでごめんなさい。<br />

    旧門司税関
    他にもあったのですが風が強くて寒くて…。
    ここでめげてしまいました。
    昼飯もタイミングが合わずにこの時間(午後2時)まで食べてないし。
    ということでごめんなさい。

  • 近所のレストランで食べたお昼はカレーバイキング(??)<br />簡単に言うとカレー食べ放題です。<br />すげぇなこれ。

    近所のレストランで食べたお昼はカレーバイキング(??)
    簡単に言うとカレー食べ放題です。
    すげぇなこれ。

  • 門司港駅からバスに乗ってめかり神社に移動。<br />壇ノ浦の合戦前夜、平家一門が最後の酒宴を開いた地です。(これは本州側から撮影)

    門司港駅からバスに乗ってめかり神社に移動。
    壇ノ浦の合戦前夜、平家一門が最後の酒宴を開いた地です。(これは本州側から撮影)

  • めかり神社の隣には関門海底トンネル門司側人道口があります。<br />この際なので歩いて下関に行ってみます。<br />歩行者は無料ですが、ペットNGだそうです。

    めかり神社の隣には関門海底トンネル門司側人道口があります。
    この際なので歩いて下関に行ってみます。
    歩行者は無料ですが、ペットNGだそうです。

  • エレベーターで30mほど降りてトンネルに着きます。<br />トンネル内部。ウォーキングやジョギングをしている人が結構いました。

    エレベーターで30mほど降りてトンネルに着きます。
    トンネル内部。ウォーキングやジョギングをしている人が結構いました。

  • 定番の県境ショットです。

    定番の県境ショットです。

  • 15分ほど歩いて本州に帰ってきました。<br />これは下関側の人道口。

    15分ほど歩いて本州に帰ってきました。
    これは下関側の人道口。

  • 下関側出口の前は壇ノ浦です。頭上には関門橋が。<br />ここは今朝バスで通りましたねぇ。

    下関側出口の前は壇ノ浦です。頭上には関門橋が。
    ここは今朝バスで通りましたねぇ。

  • 壇ノ浦の合戦で、わずか8歳の安徳天皇が入水したところだそうです。

    壇ノ浦の合戦で、わずか8歳の安徳天皇が入水したところだそうです。

  • 源義経(手前)と平知盛(奥)の像。<br />「碇知盛」こと平知盛は平氏滅亡を見届けて、碇を抱いて入水したらしいが、このように碇を振り回して闘っていたかどうかは不明。

    源義経(手前)と平知盛(奥)の像。
    「碇知盛」こと平知盛は平氏滅亡を見届けて、碇を抱いて入水したらしいが、このように碇を振り回して闘っていたかどうかは不明。

  • この後、下関の名前は幕末にもう一度歴史の舞台に出てきます。<br />関門海峡を渡る外国船に砲撃を加えていた長州藩に対し、欧米4カ国連合が報復。俗にいう「下関戦争」です。<br />連合軍は長州藩の砲台を占領。この地に長州藩が装備していた長州砲は、戦利品として海外に持ち去られてしまいました。ここにあるのは(当然)レプリカです。<br /><br />このあと、やっぱり寒いので下関の宿に入りました。

    この後、下関の名前は幕末にもう一度歴史の舞台に出てきます。
    関門海峡を渡る外国船に砲撃を加えていた長州藩に対し、欧米4カ国連合が報復。俗にいう「下関戦争」です。
    連合軍は長州藩の砲台を占領。この地に長州藩が装備していた長州砲は、戦利品として海外に持ち去られてしまいました。ここにあるのは(当然)レプリカです。

    このあと、やっぱり寒いので下関の宿に入りました。

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