2009/11 - 2009/11
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裏山の探検隊さん
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石津硫黄鉱山は白根山の山麓にひっそりとたたずんでいます。
昭和7年に発足し、昭和46年に閉山されるまで硫黄を生産し、日本の発展に寄与してきました。
閉山後は鉱山跡地に大東大のセミナーハウスが建設され、利用されてきましたが、現在はそれも取り壊され、ゴーストタウンになり、自然に還りつつあります。
なお、この鉱山にはいくつかの坑口がありますが、そこからは鉱泉が湧出しています。石膏を含むこれらの鉱泉はコバルトブルーのきれいな色をしていますが、鉱毒水として川を汚染しており、閉山後40年近くたった今でも悩みの種となっています。
なお、周辺にある他の硫黄鉱山も訪れています。こちらも是非、ご参照ください。
吾妻硫黄鉱山 http://4travel.jp/traveler/urayama-tanken/album/10391353/
小串硫黄鉱山 http://4travel.jp/traveler/urayama-tanken/album/10351338/
石津硫黄鉱山沿革
昭和7年 北海道硫黄?により鉱区が買収、発足(米無鉱床)
昭和15年 精錬施設が竣工、当時は小串鉱山の支山として扱われる
昭和22年 生産設備拡大、石津鉱業所として独立、石津小中学校設立
昭和24年 従業員寮設立
昭和31年 ベルトコンベアーが竣工、坑道からの運搬系統の機械化進む
昭和38年 城山鉱床発見
昭和45年 小串鉱山と一部の設備を統合
昭和46年 閉山
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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石津小中学校跡。石段と階段が残るのみ。
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神社跡。神社本殿はなくなり、土台だけが残る。
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謎の遺稿。
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鉱山施設の跡地の一角。建物はすでに失われている。
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鉱山施設跡地に残されていた消火栓。
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送電施設
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居住区の建物基礎。
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謎の遺構
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居住区に残されていたレンガ
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硫黄運搬に使われた軌道跡。トンネルとして残っている。
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トンネル内には線路が残されている。
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トンネル天井に残されている送電設備
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トンネル横の倉庫。防空壕に似ている。
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倉庫内部は崩落の危険がありそう。
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ズリ山。
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ズリ山には墓標のごとく木片が林立しています。
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鉱山最奥部にある建物。
ここにくるのは大変・・・。 -
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建物に残されていた配電盤。
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米無鉱床にいたる坑道。
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坑道入り口は木材で堅く閉ざされています。
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これは城山鉱床への坑道入り口。坑道からはコバルトブルーの鉱毒水が排出されています。
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温泉マニアの中にはここに入浴する人もいるそうです。温度はぬるく、真夏以外は厳しそうです。
なお、周辺にある他の硫黄鉱山も訪れています。こちらも是非、ご参照ください。
吾妻硫黄鉱山 http://4travel.jp/traveler/urayama-tanken/album/10391353/
小串硫黄鉱山 http://4travel.jp/traveler/urayama-tanken/album/10351338/
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