2009/11/23 - 2009/11/23
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ゆうこママさん
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仏像めぐりで京都、奈良へ。
宇治では、平等院、興聖寺、宇治神社、宇治上神社。
三室戸寺は、84年ぶり本尊秘仏ご開帳。
前回、あまりの混雑に断念した興福寺北円堂の仏像群を拝観して完。
-
京都駅からJR奈良線で宇治駅へ。
昨日からの雨が上がり、いいスタート。
京都で列車に乗るとき
「興福寺、大変混雑、係員の誘導」
などというアナウンスが切々に聞こえてきた。
列車は見たこともない異常な混みよう。
今日11月23日は阿修羅展最終日なので、
奈良は大変なことになっているのかと思ったら、
「東福寺」の聞き間違いでした。
最初の停車駅、東福寺駅で殆どの客が下車。
ああよかった。 -
駅前の大通りを渡り、奥の宇治橋通商店街を通って、
平等院表参道へ。
参道沿いには、宇治茶の店が並ぶ。 -
短い参道を抜けると平等院の門。
9時55分頃には到着した。
チケット売り場はまだ行列にはなっていない。
境内の紅葉は、真っ赤なものもあればまだまだのものも。 -
拝観料を払って入場したら、
一番最初にすべきことは、鳳凰堂の拝観のチケット(別売り300円)を購入することだ。
鳳凰堂は、あらかじめ決まった時刻に決まった人数ごとに拝観するシステムをとっている。
9時55分頃の申し込みで、11時10分の拝観の予約ができた。
それまでの時間、境内や鳳翔館を観て過ごすことになる。 -
平等院。
もとは源融の別荘があったところ。藤原道長が譲り受け、その子頼道が1052年に寺に改めたのが始まり。
仏教では1052年は、末法初年に当たるとされ、末法思想が広く人々の心をとらえ、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していた。
飢饉や日照り、水害、地震、疫病の流行、僧兵の抗争が続き、人々は末法の到来に心底おびえたようだ。
そんな末法を向かえた年に建立された阿弥陀堂(鳳凰堂)。優美な建物ではあるが、特権階級が自らの救済のためのみに作ったシェルターのようにも思えてくる。
鳳凰堂の屋根に載る鳳凰はレプリカで、
本物は鳳翔館で拝観できる。 -
鳳凰堂
鳳凰が翼を広げたような形状になっているため江戸時代ごろからそう呼ばれるようになったそう。
正式な名称は、阿弥陀堂。
堂内には平安時代の仏師定朝(じょうちょう)作の丈六というサイズの阿弥陀如来が安置されている。
定朝の阿弥陀は、いつ見ても眠たげ。
目をうっすら開けたまま寝てるんじゃないかって
思う。
でもそこがいい。威圧感が全くないのだ。
ここでの注目は、雲中供養菩薩。
ミュージシャンは様々な楽器をもち、ダンサーは思い思いの決めポーズで壁面を飾る。
これら菩薩たちも、鳳翔館でたっぷり堪能できる。 -
鳳翔館は撮影禁止。
なので写真はない。
さて、本日の「好きだなこれ」は、次のとおり。
梵鐘。
今まで鐘が美しいなんて思ったことなかったが、ふくよかな曲線とそこに描かれた天人や文様に、あ〜これはいいかもと思った。
雲中供養菩薩。
ダンサー系が抜群。南20号、北22号、北10号が好き。但し、せっかく楽しげにリズミカルに踊っているのに表情が硬い。笑ってよ〜。
平等院に行ったら、
菩薩ダンサーズ&バンドを見なければもったいない。
と〜ってもカワイイんだから。
展示を見終わるとミュージアムショップがあり、お土産にいいものがいっぱい。
その先には、こんな現代風の庭園と休憩コーナーがある。 -
鳳凰。
鳳翔館では間近にみるとこができる。
だけど、私はちょっと苦手。っていうか怖い。
ジュラシックパークに出てくる、あの人間を襲うヤツみたい。
眼もくちばしも足もみんな強暴な感じで、そのうえに金属でできているものだから、冷徹に見える。
ほうおうさん、ごめんね。 -
鳳翔館を出たら、そのまま鳳凰堂の裏側にある寺院を見て廻ると良い。
まずは、浄土院
平等院の塔頭で、浄土宗の栄久(えいく)上人が、明応年間(15 世紀後半)に平等院修復のために開創した寺と伝えられています。 文化財である阿弥陀如来立像、帝釈天立像、養林庵書院障壁画などを管理しています。
【平等院HPより】 -
羅漢堂
-
不動堂
不動明王を本尊とする最勝院の本堂。
また最勝院が天台修験宗を極める聖護院末であるところから役小角(えんのおづぬ )(役行者)の像が祀られています。
隣接する地蔵堂は地蔵菩薩坐像をお祀りしている小堂です。
【平等院HPより】 -
源頼政の墓
不動堂の傍らにたつ。
治承4年(1180)5月、以仁王(もちひとおう)の令旨を奉じ、平家打倒を掲げた源頼政は宇治で決戦に及び、衆寡敵せず平等院で辞世の和歌を残し自刃しました。 毎年5月26日には「頼政忌」の法要が営まれています。 辞世の和歌 「埋もれ木の 花咲くこともなかりしに 身のなる果 てぞ 悲しかりける。」
【平等院HPより】 -
最勝院
平等院塔頭2ヶ寺の1つで天台宗寺門派聖護院末です。その歴史は比較的新しく、承応3年(1654)京都東洞院六角勝仙院(住心院)の僧が平等院に移り、その住庵を最勝院と呼んだことに始まります。中世末以来、平等院と疎遠になっていた天台宗が復帰しました。
【平等院HPより】
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ぐるっと一周するとちょうど鳳凰堂の拝観予約時刻。
11時10分の列に並びます。
雲に隠れていた太陽が顔を出し、
ポカポカあったかい。 -
定刻に鳳凰堂へ。
鳳凰堂へ向かう翼楼から阿字池の向こうを見ると、すごい人。
紅葉シーズンでもある秋の休日は、
大変な人出だ。
堂内へは靴を脱いで入る。
寒い季節は厚手のソックスが必需。
それからブーツはやめたほうがいいかも。
着脱が大変。 -
鳳凰堂の後は入口方面に向かい、観音堂へ。
観音堂。
鎌倉時代前期に創建当時の本堂跡に再建された建造物とされており、法橋徳応のニ天像、不動明王像が祀られています。
重要文化財。【平等院HPより】
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扇の芝。
平家打倒を掲げた源頼政が自刃した場所。
扇の形をした芝の区画のなかに句碑などがある。 -
11時半過ぎには平等院を後にし、川沿いに上流へ向かう。
観光センターで無料の宇治茶を飲み、トイレ休憩。 -
喜撰橋のたもとのお店にて、込み合う前に早めの昼食。
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喜撰橋の向こうには十三重石塔
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川の中州に浮かぶ中の島(塔の島・橘島)の平等院側の流れは、
堰があるため非常に穏やか。
平家物語では宇治川の急流を武者どもが馬を並べて命がけで渡るシーンがあったと思うが、この流れからは全く想像できない。 -
しかし、島に渡り宇治神社側の流れに目を向けると、そこは全く別の表情を見せる。
どうどうと恐ろしいほどの勢いで流れゆく。
「ながされる!はいるな!」の看板に納得。
遠い昔は、川を渡ることはもちろん、橋を架ける作業でさえも危険極まりないものであったろう。 -
次の目的地は興聖寺。
仏像はないが、紅葉がきれいとの情報を得て向かうことに。 -
興聖寺参道にて。
琴坂と呼ばれる紅葉の参道は、まだ紅葉なかば。
但し、個人的にはこのくらい淡いのも好き。 -
興聖寺 法堂(はっとう本堂)
伏見桃山城の遺構で1648年移築。 -
もとは道元によって深草に開かれた禅の寺。
日曜には参禅会がある。 -
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魚椰(かいはん)。
回廊に食事を知らせる大きな木製の魚がぶら下がっている。 -
朝日焼作品展示室。
宇治上神社に向かう途中にある。 -
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宇治神社。
川沿いの道を京阪宇治駅方面に向かう途中に -
宇治神社の石段を登ると右手に手水舎。
手水は普通は龍の形だが、こちらはウサギの形。
宇治に伝わる神の使い「みかえり兎」にちなんだものだろう。
宇治神社のご祭神である莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)が皇位を兄に譲り河内の国からこの地に向かう途中、道に迷い困っていると、一羽のウサギが現れ、後から来る莵道稚郎子を振り返り振り返り道案内をしたそうな。 -
学問の始祖
「智恵の輪」
一応くぐってみた。
手遅れだけど...
ボケ防止になるかも -
黄金に実る稲穂。
雀が米をついばんでいたがカメラを向けたら飛んでいった。 -
宇治神社の拝殿の左方向に出ると、宇治上神社
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拝殿。
鎌倉時代前期の建築。寝殿造り、国宝。 -
菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、応神天皇、仁徳天皇を祀る。
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本殿。
平安時代後期の建築で現存する日本最古の神社建築。 -
宇治上神社を後にした私は、京阪宇治駅前で甘味補給タイム。
宇治といえば茶だんごなのだが、
大きく張り紙が出ていた酒まんじゅうとくりもちを購入。 -
店の奥にセルフお茶コーナーがあったので、
早速菓子を食すことに。
一個だけのつもりが結局2個ともおなかに入れてしまった。
本日のお茶はやぶきた。
無料なのに美味しいお茶だった。 -
京阪宇治駅からタクシーで三室戸寺へ。
バスは1時間に1本しかない。
駅から寺へは初乗り料金630円で行けた。
拝観料を払って寺域に入ると左手にこんなものが。
新羅大明神。
なぜ? -
三室戸寺は、平安時代に天台宗の園城寺(三井寺)の別院として整備されたようだ。
その際、園城寺開祖の智証大師が新羅明神を勧請したものらしい。
新羅明神は、智証大師の守護神で、三井寺の近くの新羅善神堂に安置される新羅明神座像は国宝だ。 -
山門。
この先、緩やかな坂道をしばらく歩く。 -
最後に石段を登ると本堂だ。
紅葉も始まっている。 -
本堂。
江戸時代後期の文化11年(1814年)再建 -
三室戸寺の本堂前に石で造られた大きな牛の像が狛犬のように鎮座しています。
大きく開いた口中には石の玉があり、これを撫でると勝運がつくといわれ、宝勝牛と名付けられています。
【三室戸寺HPより】 -
2008年が西国巡礼の中興者花山法皇の一千年忌にあたることから、2008年から2010年にかけて、西国三十三所寺院にて札所本尊の「結縁開帳」が行われている。
三室戸寺本尊の千手観音像は、前回開扉(1925年)以来84年ぶりのこと。
これは何がなんでも行かねばなるまい。
さて、本尊千手観音像であるが、寛正年間(1460 - 1466年)の火災で失われたため、胎内に納められていて無事であったという二臂の観音像が現在の本尊。
お洋服は左右対称に裾が広がるもので、奈良・法隆寺夢殿の救世観音と似て飛鳥風のスタイル。小ぶりなサイズで私好みのタイプ。
奥まった厨子のなかにおり、暗くてお顔や手の表現まではよく見えない。
なので、「お前立ち」像を見ながら詳細は想像するしかない。
可愛らしいスマイルであろうと勝手に想像した。 -
14時44分の京阪バスで三室戸寺を出発。
宇治駅から奈良駅までJRで移動し、奈良から興福寺へはバスで。
16時過ぎには興福寺に到着。
お堂でみる阿修羅展。
開会2日目に来て、あまりの混雑に仮金堂のみ見て帰ったのだが、北円堂のチケットが残っていた。
人ごみと行列が苦手な私は、最終日に恐る恐る再チャレンジというわけ。
仮金堂は70分待ち、北円堂は30分待ちとの看板。
30分ならば並んみようと、行列の後ろに付いた。
夕日に照らされて北円堂が赤く染まる。 -
正倉院展会期中は、3時間待ちも当たり前だったらしいが、この日、それも夕暮れ間近なのでさほどの混みようではなかった。
16時20分に北円堂の行列に並び、入堂は20分後。早く入れたが、人はうんざりするほど多かった。
照明が様々な角度からあたり、頭からつま先までしっかりと見ることができる。
この日の無着像は鋭さが見えなかった。
見る側の私が疲れてどよーんとしているからかな。 -
帰りは経費節減のため近鉄で。
近鉄奈良駅でこんなもの発見。
平城遷都1300年祭公式ガイドブック vol.1。
おお〜っ、いよいよ始まるのだ。
帰ってから、ガイドブックを隅から隅までチェックしなくちゃ。
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この旅行記へのコメント (2)
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- morino296さん 2009/11/30 22:29:34
- 84年ぶりの御開帳
- ゆうこママさん
こんばんは!
平等院、三室戸寺、興福寺と、いっぱいお楽しみになりましたね。
三室戸寺の本尊千手観音像は84年ぶりの御開帳ですか、これは見逃せませんね。
どんなお姿だったのでしょうかね、ハッキリと拝めないのが有難いのでしょうか。
でも、出来ることなら、ハッキリ見せてほしい気もしますね。
お堂でみる阿修羅展、凄い人のようですね。
お疲れさまでした。
morino296
- ゆうこママさん からの返信 2009/11/30 22:45:03
- RE: 84年ぶりの御開帳
- morino296さん
いつもご覧くださり、ありがとうございます。
とっても励みになります。
仏像の特別拝観は「○○年ぶりのご開帳」と銘打っていると、
これを逃すと二度とチャンスがないと思い、
無理をしてでも行ってしまいます。
こういう私のようなものが集まるから、あんなに混むのですよね。
シーンと静まり返ったお堂で静かに拝観したい、
などと身勝手な願いを持ってしまいます。
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