2009/10/11 - 2009/10/12
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kawabekentarouさん
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10月11日
アントワープ観光を終えてオランダに向かうことにした。アントワープ、楽しかったな〜。向かう電車に乗って感じたのは1クラス最高!!2クラスは満席だし、立ってる人もいる。1クラスはがらがらだし、確実に座れる!ユーレールパス、9万くらいしたけど、使い勝手が良い!高級列車は予約や席料金が多少かかるけど、国際線のインタシティーやローカルな列車は切符もならばないし、いきなり列車に飛び乗れる、楽ですな〜。
アムステルダムに着いた。向かう列車の中で風車や牛や羊などを見ることができ、かなり癒された。トラムでホステルに向かってきたが、雨が降ってきた。。。ヨーロッパ初の雨。荷物は濡れたけど、気にしませんぜ!!けど、、、、けど、、、バックを整理しようとしたら、バックの中でシャンプーがぶちまかれていた。。。最悪。。。。超落ち込んだ。。本屋、ルクセンブルクで買った大量のCDや、スイスのリンツのチョコのお土産とか、全滅です。。。。竹井ちゃん、ごめんさい。。ソニプラで買います!結構重かったのに。。よし、盗難にあったと思い、ポジティブに考えていこう!!ホステル周辺の公園では普通にマリファナを吸って溜まっている兄ちゃんが多い。臭いで一発でわかるよ〜。腹も減ったので近くのスーパーに行ったが野菜が高いっす!夜はちょうど日本人の子がいたので、一緒にワインなどを飲んで旅の話をした。日本人の女の子は親切で、イタリアのガイドブック使わないからといって、俺にくれた!!なんて良い子なんだ!!変わりにお酒をご馳走した。ガイドブックなくしたのは本当に痛いよな。。。ドイツとかどうしようかな〜、不安だ。俺は本当にいろんな人に助けてもらってる。感謝の気持ちを忘れずに俺も困っている人がいたら同じ事するぞ!!
10月12日 アムステルダム2日目
いや〜風邪引いた。。。喉が痛い。。。昨日雨に打たれたからかな。ついに最後の葛根湯エキスを飲んでしまった。。。。もう風邪引けませんな。。朝からアムステルダムを観光した。ミュージアムが多く、ゴッホ美術館のまわりはちょうじゃの列だ〜。公園も綺麗で象のモニュメントがやたら多い。街は河と共存していて、たくさんの橋がある。絵になりますな!また自転車専用道路もあり、気がつかず入り、何度も自転車に引かれそうになった。自転車に引かれるなんて日本じゃ考えられないね。。。コーヒーショップ(マリファナショップ)もたくさんあり、みんなバッチリきまっている!!
これを求め、オランダに来る人は多いのかな?葉っぱも緑色だしね。
概要
オランダの北ホラント州の基礎自治体(ヘメーンテ)であり、オランダの首都。但し政治の中心はハーグにあり、アムステルダムは商業および観光が中心であり、欧州有数の世界都市である。1987年の欧州文化首都に選ばれていた。
元々は小さな漁村だったが、13世紀にアムステル川の河口にダムを築き、町が築かれた。16世紀には海運貿易の港町として、ヨーロッパ屈指の都市へと発展した。現在のアムステルダムは、アムステルダム中央駅を中心に市内に網の目状に広がる運河や、その運河に沿って並ぷ17世紀の豪商の邸宅、自転車、飾り窓の女性たち、アンネ・フランクの家などで広く知られる。
この町は自転車に乗る人が多く、車道と歩道の間に自転車専用路が設けられている。中央駅付近には巨大な駐輪場があり、絵葉書などにも自転車をあしらったものがある
歴史
アムステルダムは13世紀に漁村として築かれた。伝説によれば、犬を連れて小さなボートに乗った二人の猟師が、アムステル川の川岸に上陸して築いたということになっている。アムステル川をせき止めた(ダムを作った:Dam in the Amstel)というのが街の名前の由来。1300年(または1301年)に自由都市となり、14世紀にはハンザ同盟との貿易により発展した。
16世紀には当時ネーデルラントを支配していたスペインのフェリペ2世やその後継者に対する反乱が起こり、八十年戦争へ発展した。独立を獲得したオランダ共和国はその宗教的寛容さで知られ、スペインやポルトガルからユダヤ人が、アントウェルペンから豪商が、フランスからユグノーが安住の地を求めてアムステルダムにやって来た。フランドルからの豊かで洗練された移住者はオランダ語の基礎を作り、オランダの商業的発展の礎を築いた。
17世紀はアムステルダムの黄金の時代と考えられている。17世紀初頭、アムステルダムは世界で最も裕福な都市であった。アムステルダムの港を発する商船は、北アメリカ大陸やアフリカ大陸を始め、現在のインドネシアやブラジルまで含めた広大なネットワークを築いていた。アムステルダムの貿易商はオランダ東インド会社(VOC)やオランダ西インド会社(WIC)の主要な地位を占めていた。これらの特許会社は後世のオランダ植民地を形成する海外権益の基礎となった。アムステルダムは欧州で最も重要な交易市場であり、世界を牽引するファイナンシャル・センターであった。アムステルダム証券取引所は世界初の常設取引所でもあった。
アムステルダムの人口は1500年には1万人を少し超えるくらいであったが、1570年には3万人、1600年には6万人、1622年には10万5,000人、1700年には約20万人と急増した。それから150年程度はほぼ横ばいであったが、第二次世界大戦前の100年で4倍に急増して80万人となり、それ以降は安定している(2005年1月1日現在の人口は74万2,951人)。
18世紀から19世紀前半にかけては、アムステルダムの繁栄にも陰りが見えた。イギリスやフランスとの相次ぐ戦争はアムステルダムの富を搾取した。ナポレオン戦争の頃がどん底であった。しかし、1815年にオランダ王国が建国された頃から徐々に復興し始めた。
19世紀終わり頃は、2度目の黄金時代と呼ばれることもある。アムステルダム国立美術館、アムステルダム中央駅、コンセルトヘボウが建てられた。同じ頃、産業革命がこの地に到達した。アムステルダム・ライン運河が開通し、アムステルダムからライン川へ直行ルートが開かれた。北海運河も開通し、北海への最短ルートを提供した。この二つのプロジェクトの完成は、欧州内陸部と外部との通商を活発にした。
第一次世界大戦の少し前には市域が拡大し、新市街が拡張された。第一次大戦ではオランダは中立国であったが、アムステルダムは食糧不足と(暖房用の)燃料不足に苦しんだ。物不足から市民の暴動が起き、何人かが犠牲となった。
第二次世界大戦では、1940年5月10日にドイツがオランダに電撃侵攻し、たった5日の戦闘で占領された。ドイツは国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の友党的存在のオランダ・ナチスによる文民政権をアムステルダムに発足させ、占領政策に協力させた。戦争の最後の1ヶ月間は通信手段が全て奪われ、食料と燃料の供給も絶たれた。沢山の住民が食料を得るため農村に向かった。犬や猫、砂糖大根までもが生きるために食料とされた。アムステルダム市内のほとんどの樹木は切り倒され燃料とされた。また収容所送りになったユダヤ人が住んでいたアパートは取り壊され、木材は燃料とされた。
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ここでもトニー&ガイの美容院を発見
皆様も青山にある、トニガイできってくださいね -
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ホステルで吸ってはいけないのに、皆持ち込んで吸っていた
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様々な自転車があります
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右の道が自転車専用道路
何回も引かれそうになりました。。。 -
市立美術館
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ゴッホ美術館
ゴッホとは
オランダに生まれ、主にフランスで活動した画家。名の「フィンセント」は「ビンセント」「ヴィンセント」と表記されることもある。オランダ語のvはfに近く発音される。特に、「van」のvの前に無声音のtが立つため、「Vincent」のVよりも無声化する確率が高いので、Vincentを「ビンセント」「ヴィンセント」としてもvanは「ファン」と表記されることもある。またフランス語読みで「ヴァンサン」と記すものもある(名字までフランス語表記するとヴァンサン・ヴァン・ゴーグになる)。 -
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レンブラントの家もあるんだよ〜
17世紀を代表するオランダの画家。単にレンブラントと呼ばれることも多い。油彩だけでなく、エッチングや複合技法による銅版画やドローイングでも知られる。生涯を通じて数多くの自画像を描いたことでも知られる。自画像はその時々の彼の内面の変化まで伝えている。 -
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小野洋子とジョンレノンについて長々と話した。
日本が好きらしい -
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たくさんのコーヒーショップがありました
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花は旅の疲れをいつも癒してくれます
ありがとう -
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パイプや水パイプを買って帰ると、入国審査で引っかかるよ〜
俺はインド帰国時に大変だったことがあり -
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ロック〜
いつかアメリカに会いに行くよ〜 -
超好き
こういう気遣い大切だね
見ていて癒されました
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