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恵那市はみにくま夫の故郷です。今日は法事で久しぶりに帰ってきました。<br /><br />夕方近くになって用事も済み、どこか観光をしようと思ったのですが、一番有名な「恵那峡」は去年行ったので、今回は他を探すのですが、いくら探しても・・・無い!<br />車があれば、何箇所か面白そうな所があるのですが、徒歩なのでほぼ全滅。<br /><br />最終的にちょっとしょぼいですが、「中山道大井宿本陣跡」に行くことにしました。<br /><br />

恵那市の観光 「中山道大井宿本陣跡」

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2009/11/07 - 2009/11/07

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みにくま

みにくまさん

恵那市はみにくま夫の故郷です。今日は法事で久しぶりに帰ってきました。

夕方近くになって用事も済み、どこか観光をしようと思ったのですが、一番有名な「恵那峡」は去年行ったので、今回は他を探すのですが、いくら探しても・・・無い!
車があれば、何箇所か面白そうな所があるのですが、徒歩なのでほぼ全滅。

最終的にちょっとしょぼいですが、「中山道大井宿本陣跡」に行くことにしました。

  • 中山道大井宿本陣跡<br /><br />大井宿は中山道46番目の宿場で、整然とした6箇所の桝形のある独特の町並みをしていました。<br />最盛期には45軒余の旅籠があったと言われています。<br /><br />

    中山道大井宿本陣跡

    大井宿は中山道46番目の宿場で、整然とした6箇所の桝形のある独特の町並みをしていました。
    最盛期には45軒余の旅籠があったと言われています。

  • 中山道大井宿本陣跡<br /><br />ここは母校の大井小学校の下にあったので、毎日のようにこの前を通って通学していました。<br /><br />久しぶりに見ましたが、全然変わってないですね。<br />あぁ・・・あんまりコロコロ変わったら、史跡にならないですね(^_^;)<br /><br />

    中山道大井宿本陣跡

    ここは母校の大井小学校の下にあったので、毎日のようにこの前を通って通学していました。

    久しぶりに見ましたが、全然変わってないですね。
    あぁ・・・あんまりコロコロ変わったら、史跡にならないですね(^_^;)

  • 中山道大井宿本陣跡<br /><br />本陣というのは、大名や公家、幕府の公用役人などが宿泊するところで、門構えや玄関、式台があり、他の旅籠屋とは大きく違っていました。<br /><br />本陣は各街道の宿場に1軒もしくは2軒ありましたが、本陣が満員の時は、本陣に準じた施設である脇本陣を利用しました。<br /><br />

    中山道大井宿本陣跡

    本陣というのは、大名や公家、幕府の公用役人などが宿泊するところで、門構えや玄関、式台があり、他の旅籠屋とは大きく違っていました。

    本陣は各街道の宿場に1軒もしくは2軒ありましたが、本陣が満員の時は、本陣に準じた施設である脇本陣を利用しました。

  • 中山道大井宿本陣跡<br /><br />大井宿本陣は、残念ながら昭和22年に火災で母屋部分を焼失してしまいましたが、幸いにも本陣の表門周辺は焼け残り、安土桃山様式を伝えるこの門を、今に見ることができます。<br /><br />表門は他の本陣に比べるとやや小ぶりですが、屋根は反りを持たせた瓦葺で、唐破風や小屋組みの細工や彫刻も丁寧に仕上げられています。<br /><br />

    中山道大井宿本陣跡

    大井宿本陣は、残念ながら昭和22年に火災で母屋部分を焼失してしまいましたが、幸いにも本陣の表門周辺は焼け残り、安土桃山様式を伝えるこの門を、今に見ることができます。

    表門は他の本陣に比べるとやや小ぶりですが、屋根は反りを持たせた瓦葺で、唐破風や小屋組みの細工や彫刻も丁寧に仕上げられています。

  • 中山道大井宿本陣跡<br /><br />45番 中津川<br />46番 大井 <br />47番 大湫

    中山道大井宿本陣跡

    45番 中津川
    46番 大井
    47番 大湫

  • 大井村庄屋古屋家<br /><br />当家は江戸時代には商業を営み、天保元年(1830)から20年間ほど庄屋を勤めた家柄である。<br /><br />この家は間口15間(約27m)奥行き31間半(約65m)の敷地で、街道に面した右側に表門があり、その奥に玄関・式台がつき、茶室に続いて15畳2間続きの特別客室がある。<br />この部屋は2室共に床の間と違い棚がつき、畳敷き廊下の外が庭園に続く広大な屋敷であった。<br /><br />母屋や塀は柱・梁・たる木も土塀で塗り、北側屋根に卯建をつけ、そのうえ北側の土塀は厚さ約30センチの防火壁として、全体が火災予防の建築になっている。<br />

    大井村庄屋古屋家

    当家は江戸時代には商業を営み、天保元年(1830)から20年間ほど庄屋を勤めた家柄である。

    この家は間口15間(約27m)奥行き31間半(約65m)の敷地で、街道に面した右側に表門があり、その奥に玄関・式台がつき、茶室に続いて15畳2間続きの特別客室がある。
    この部屋は2室共に床の間と違い棚がつき、畳敷き廊下の外が庭園に続く広大な屋敷であった。

    母屋や塀は柱・梁・たる木も土塀で塗り、北側屋根に卯建をつけ、そのうえ北側の土塀は厚さ約30センチの防火壁として、全体が火災予防の建築になっている。

  • 大井村庄屋古屋家<br /><br />この家は、私が小学生の頃から、地元の名家として有名でした。<br />当主は国会議員を務めており、ある時は大臣も務めたということで、大騒ぎになりました。<br /><br />先代 古屋亨氏<br />当代 古屋圭司氏

    大井村庄屋古屋家

    この家は、私が小学生の頃から、地元の名家として有名でした。
    当主は国会議員を務めており、ある時は大臣も務めたということで、大騒ぎになりました。

    先代 古屋亨氏
    当代 古屋圭司氏

  • 市神神社<br /><br />ずっと先に見える鳥居は、市神神社です。<br />子供の頃は、この神社でさんざん遊びました。<br />また、この神社の手前には、駄菓子屋&お好み焼き屋があり、子供たちの憩いの場となっていました。<br /><br />今日ちらっと見たら、駄菓子屋は無くなっていました。でも、お好み焼き屋はそのまま営業していたみたいです。<br />

    市神神社

    ずっと先に見える鳥居は、市神神社です。
    子供の頃は、この神社でさんざん遊びました。
    また、この神社の手前には、駄菓子屋&お好み焼き屋があり、子供たちの憩いの場となっていました。

    今日ちらっと見たら、駄菓子屋は無くなっていました。でも、お好み焼き屋はそのまま営業していたみたいです。

  • 大井橋<br /><br />町内を流れる阿木川に架けられた橋で、欄干に浮世絵が張られています。<br />これは中山道六十九次を描いた歌川広重の傑作です。<br /><br />昔、この橋は川の中央に石で小島を築き、両側から橋を架けていました。そのため「中島橋」といいました。

    大井橋

    町内を流れる阿木川に架けられた橋で、欄干に浮世絵が張られています。
    これは中山道六十九次を描いた歌川広重の傑作です。

    昔、この橋は川の中央に石で小島を築き、両側から橋を架けていました。そのため「中島橋」といいました。

  • 大井橋<br />

    大井橋

  • JR恵那駅<br /><br />駅前のイチョウが見事な黄色に色づいていました。<br />恵那は大阪よりもずっと寒いので、紅葉の時期もかなり早いです。<br /><br />◎ おしまい<br />

    JR恵那駅

    駅前のイチョウが見事な黄色に色づいていました。
    恵那は大阪よりもずっと寒いので、紅葉の時期もかなり早いです。

    ◎ おしまい

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この旅行記へのコメント (2)

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  • nao0880さん 2009/11/10 08:11:11
    中山道
    みにくまさん、こんにちは。
    中山道の宿場町、学生の頃に歩きました。細久手宿から奈良井宿まで歩きました。
    細久手宿では、大黒屋さんの2階に宿泊して、通りを眺めていました。
    期待とはことなって、通りから古い建物の2階を見上げるのは風情がありますが、逆は普通の風景だったようにかすかな記憶があります。
    大湫宿を通って、大井宿まで歩きました。
    宿泊は安い商人宿、中津川宿・馬籠宿・上松宿・宮ノ越宿・奈良伊宿は宿泊した覚えがあります。学生時代の貧乏旅行でした。もちろん、数回に分けての旅でした。
    ちょっと、思い出して、コメントしました。ではまた。

    みにくま

    みにくまさん からの返信 2009/11/10 13:01:23
    RE: 中山道

    nao0880さん、こんにちは〜。

    大井宿近辺は、小学生の頃の遊び場に近くて、いつもあの近辺をうろついていました。
    当時は中山道のことも、宿場のことも何も知らなかったのですが、数十年ぶりにもう一度見てみると、やっぱり全然違う見方ができます。

    この近辺の学校に行っていたので、妻籠宿・馬込宿あたりは遠足のコースになっていた気がします。
    と言っても中山道に何の興味も無い歳の頃ですから、ただむりやり歩かされて疲れた、という記憶しか残っていません。

    今回も時期的に紅葉が綺麗だということだったので、妻籠あたりまで行きたかったのですが、時間的に無理でした。

    今行ったら、見るもの聞くもの感じるもの、全てが以前とは違ったものになっているでしょうね。


    では〜!

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