2009/08/30 - 2009/09/04
15250位(同エリア17323件中)
おのんきさん
ハワイに行きたい。
そう思い、いざ行く事になったときに父が言った一言。
「パールハーバーには行きたい」
戦後の厳しいなかで育ち、高度成長期のなか必死で働いてきた父にはどうしても気になる存在だったようです。
最初は個人で行こうかとも思っていたけど、きちんとした説明が欲しいと思い参加したツアー。
「パールハーバーとミズーリーツアー」。
海でのんびりするリゾート旅行とはかけ離れましたが、行ってよかった。
心からそう思えます。
- 同行者
- 家族旅行
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
朝6時55分にアロハラウンジに集合〜。
・・・あれ?
のんびりしに来たはずなのに。。。
ほぼバスの中で眠りつつ、パールハーバーに移動です。 -
朝早い理由はこれ。
アリゾナ記念館は沖合いにあるため、フェリーに乗って連れて行ってもらいます。
その前に約30分ほど、当時の映像を見ながら真珠湾攻撃の詳しい説明があります。
もちろん英語ですが、日本語のイヤホンガイドがあります。
はっきりいって、居心地のいいものではありません。
当たり前ですよね、「日本人」なのですから。
でも、だからといって風当たりが強いとかそういう雰囲気ではありません。
あくまで戦争の悲惨さを伝えて、悲劇を繰り返さないようにということを学べる場所です。
・・・が、小心者のおのんきはこの建物を出るまでサングラスをはずすことが出来ませんでした。
いや、堂々としていればいいんですけどね、なんとなく・・・。 -
映画を観たらフェリーに乗ってアリゾナ記念館に移動です。
映画館に後方から入場し、映画観賞後に前方から出ます。
映画館の入場人数しか乗らないという効率的な船です。
こちらの船は海軍の方たちが運転しています。 -
どんどん近づいてきます。
-
接岸も海軍の方がしてくれます。
女性の方もいます。 -
我々が上陸したら、前の船で着ていた方たちが乗り込んで帰ります。
約30分くらい見学します。 -
海に没した戦艦アリゾナとクロスする形でアリゾナ記念館は建てられています。
海に浮かんだブイまでが戦艦アリゾナが沈んでいる場所だそうです。
大きかったんだな〜〜。
奥の戦艦がミズーリです。 -
戦艦アリゾナの中に今も没している方々の慰霊碑。
戦艦が大きすぎて引き揚げは断念せざるをえなかったとのこと。
遺族の気持ちを考えると、ぐっとくるものがあります。
ハワイの気持ちいい風に乗ってたまに重油のにおいがします。
未だに少しずつ出ている重油を、戦死者の涙と呼んでいるそうです。
・・・戦争反対!! -
当時の戦争の生存者の方は語り部となり、こうやって記念館に来た人たちに自分の体験を話して聞かせてくれているそうです。
英語が出来ないという前に、日本人であるおのんきはとてもじゃないけど近づくことは出来ませんでした。
ミュージアムショップではサイン会なんかもやっていて、結構アットホームな雰囲気です。 -
映画館のある建物にはミュージアムも併設されています。
船の模型や当時の軍服などが飾られています。
戦艦アカギもありました。 -
・・・気を取り直して!
バスにて少し移動して、今度は戦艦バウフィン号博物館に行きます。
本物の戦艦がそのまま博物館として利用されています。 -
中はとっても狭いです。
でも、機械好きにはたまりませんね〜〜。
ちょっとずつテンションが上がっていきます(^-^) -
これ、身長160cmないおのんきでもやっと通れるくらいの大きさです。
身体の大きなアメリカ人の軍人さんがよく通れたもんです。 -
24時間時計。
実物初めて見ました。
こういうところは「軍艦」ですね。 -
さて、もう1つのメイン、戦艦ミズーリに移動です。
ここまではバウフィン号博物館から軍のバスで15分くらい。
移動中は軍の基地の中を通るから、撮影禁止です。 -
船に乗るための階段。
3階から4階くらいの高さでしょうか?
大きい〜〜♪ -
はいっ
ベストショットです♪
ここに来てテンション最高潮♪
おのんきは兄がいるので、いつもテレビ争奪戦に負けてオトコノコ番組を観て育ちました。
よって、お人形よりもガ○ダムごっこが好きな女の子になり、いいトシになった現在でもこーいうものが大好きです☆
ええ、いきなりテンションが上がった娘をみて父が引くくらい好きですとも。 -
でも、これは現実に戦争に使用されていた事もある戦艦で、「おもちゃ」じゃないんですよね。。。
この数字は、上の写真の大砲から発射された弾丸の数だそうです。
この弾丸数のぶんだけ悲劇がどこかで起きた。。。
そう考えると、本当に争いは無益です。 -
こんな狭い場所で寝起きするって。。。
それだけ祖国が好きだったんだろうな。 -
少し曲がっているのがわかりますか?
ここに、日本の特攻隊の飛行機がぶつかったそうです。
あえて修理はしていないとのこと。 -
奇しくも今日は1945年9月2日の和平調印式から64年後。
「もう」なのか「まだ」なのか。
おのんき父は当時1歳。
戦後の苦しさを体験している分、感慨深いようでした。
戦争のない時代に生まれることができて本当によかった。 -
ここが調印式が行われた場所。
-
テンションが上がったり下がったり大変です。
リゾートのハワイとはまったくかけ離れていますが、日本人として来てよかったと思いました。
遊び心では決して踏み込んではいけない場所だと思います。
でも、1度くらいは昔何があったかをきちんと知っておくのもいいのでは?と思います。
今回、ツアーで連れて来てもらって大正解だったと思います。
やはりきちんと説明があるのとないのとでは理解度が違います。 -
ホテルまで連れて帰ってもらい、遅めのお昼ご飯に。
ツアーの案内人の方のお勧めのお好み焼き屋
「千房」 -
お腹がすいていたのであっという間に完食。
-
今日がゆっくりできる最終日なので、ビーチに行ってボーっとしてみます。
-
ハワイに来る前にチェックしていたテレビ等でよく出ていたパシフィクールのジンジャーエール。
ハレクラニの近くにありました。
ベンチでボーっとしながら波の音を楽しむ。
これぞハワイ。
最高でした。 -
今日が最終日なのでハレクラニへ。
最後の晩餐には「ラ・メール」を選びました。 -
この時期は観光客が少ないのか、海側の気持ちいい席に案内してくれました。
-
食前酒のシャンパン。
この時点で幸せです。 -
クリームシチュー系のものが入ったシュークリームのようなもの。
小さいですがすごくおいしい!
シャンパンによく合いました。 -
前菜。
-
メインのブイヤベース。
これは・・・味が濃く、私には合いませんでした。
肉料理頼んだらよかった(泣) -
ブイヤベースのスープはパイ生地で包んだ器で運んでくれます。
-
デザートのスフレ。
-
本日のアイス。
実はこれは父が頼んでたのに、デザートの時点でお腹いっぱいになったおのんきがスフレを食べきれず、交換してもらいました。
どちらもおいしかった〜〜。 -
お茶についてくる小さなデザートを食べ切れなかったら、お土産に包んでくれました。
帰国後にしっかりいただきました。
明日はいよいよ帰国。
早かったな〜〜。
帰国編に続きます。
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