2009/07/30 - 2009/07/31
1646位(同エリア1964件中)
Akiyoshiさん
- AkiyoshiさんTOP
- 旅行記26冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 27,122アクセス
- フォロワー0人
インド7日目と8日目。
バラナシからデリーに戻って来ました。
-
バラナシから少し離れたところにあるムガル・サラーイ駅から夜行列車でデリーに移動。
2段ベッド上段で熟睡しました。 -
RJPB RAJDHANI 2309号
23時前に出て8時頃に約30分遅れでニューデリー駅に到着。 -
宿を取って少し休憩してからフマユーン廟へ。
入口の門。 -
フマユーン廟
ムガル朝第2代皇帝フマユーンの廟で妃が1565年に建造。
世界遺産です。 -
中央にドームを頂いた左右対称の建築はタージ・マハルと同様にイスラム建築の傑作です。
赤砂岩に白大理石がはめ込まれています。 -
-
白大理石の棺は仮で、遺体はこの真下に安置されています。
-
-
-
補修がされていないとこういった状態なのでしょう。
-
ここにもリスがたくさんいました。
-
持っていたビスケットをあげたら寄ってきました。
-
だんだん警戒心も消えてきたので、エサで釣って写真撮ったり足に乗せたりして遊んでました。
-
国立近代美術館
インドの絵画を見たのは初めてかも。
久々にクーラーの効いてるところで涼めました。 -
インド門
第一次世界大戦で戦死したインド兵士の慰霊碑。
戦後の独立を条件にイギリスに協力して参戦しましたが、大きな犠牲と引き換えの独立は実現しませんでした。
壁面には戦没者13000人の名前が刻まれています。 -
初日と同じGreen Chilli Bar
タンドゥーリチキンとチーズナンとKing FisherのStrong(7%)
初日と同じような組み合わせだけどやっぱりサイコー!
ナンもここがいちばん美味しかった。 -
2日目と同じホテルパヤル。
今まではずっと一人部屋でしたけど、最後なのでドミトリーに泊まってみました。
こんな感じにベッドがいくつも並んでいます。
他の人はみんな1ヶ月以上、中には3〜4ヶ月まわる旅行者たちでした。 -
ニューデリーのメイン・バザール
朝なので人はまばらです。 -
野良牛はあちこちで見かけます。
マイペースです。
糞もあちこちに落ちています(要注意!) -
-
ターメリックと唐辛子。
インドは唐辛子を使った料理もけっこう多いです。 -
-
-
交渉してリクシャーを借りきってクトゥブ・ミナール→空港へと向かいました。
-
クトゥブ・ミナール Qutb Minar
ニューデリー南郊約15kmのところにあります。
世界遺産(周辺の建造物群含む)
クトゥブとは、アフガニスタンの奴隷軍人出身のクトゥブディ−ン・アイバク帝のことで、インドで最初のイスラム王朝、奴隷王朝(デリー・スルタン朝)を興しました。
ミナールは、ミナレット(塔)のことです。 -
12世紀末にインドに進出したアイバクが建造したものです。
ミナレットの下には、インドで最初のイスラム教モスクがあります。
しかし周辺のヒンドゥー教寺院を壊してその建材をそのまま使用したため、イスラム教で禁じられている偶像の彫刻まで入ったりなど、イスラムとヒンドゥーが混在した様式となってます。 -
アイバクから始まった奴隷王朝とは、代々奴隷軍人出身の君主が続いたためそう呼ばれています。
奴隷身分出身の軍人を指すマムルークからマムルーク朝とも言われます。 -
-
写真中央に見えるのが高さ7m程の鉄柱です。
4世紀(グプタ朝時代)に造られたとされていますが、純度は100%近く(99.72%)いまだに錆びていません。
当時の精錬技術の高さが伺えます。
《補足》
正確には99.72%の純度なら50年程で錆びると言われています。
1500年以上も風雨に晒されながら錆びなかった理由は、鉄の純度だけではなく不純物の存在にあるという説が有力のようです。
インドで産出される鉄鉱石にはリンが比較的多く含まれていますが、鉄柱の表面がリン酸化合物でコーティングされ、錆に強い鉄柱となったとのことです。 -
アイバク帝がヒンドゥー教徒に対する勝利を記念して建てたもので、14世紀に後継者が増築し現在の姿になりました。
-
高さは72.5m。
世界で最も高いミナレットです。
これでも地震や落雷などで先端が崩れたものを修復したもので、当初は100m程の高さがあったようです。
直径は基部14.3mに対して先端部2.75mで、徐々に細くなっている尖塔です。
コーランの文句を図案化した彫刻が外壁に刻まれています。
ミナレットは、モスクでの礼拝のときに僧が上がって信者に時を知らせるための塔で、中は378段の螺旋階段になってます。 -
アライ・ミナール(Alai Minar)の基部
マムルーク王朝を滅ぼしたヒルジー王朝の2代目アラウディン帝によって、クトゥブ・ミナールより高い塔を建てようとしましたが、24.5mの時点でアラウディン帝が亡くなりそこで頓挫してしまいました。
おしまい。
夜発−成田朝着のJAL便で帰りました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
デリー(インド) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
32