2009/09/19 - 2009/09/19
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9月18日(金)から9月21日(祝)までの4日間の日程で、厦門(Xiamen)
に3泊し、厦門(Xiamen)、華安、漳州に行ってきました。
2日目は、福建の土楼、漳州の明清古街を観光しました。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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厦門福聯大飯店の朝食です。
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8人のグループ(日本人6人、中国人2人)ですので、10〜12人乗りの観光バスで朝8時30分に厦門を出発しました。
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厦門島と本土を結ぶ海滄大橋(全長780m)を通りました。前日のナイトクルーズでも海上から見た橋です。
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高速道路と高層オフィスビル、それに高層マンションと思われる建物が一斉に建設されていました。また、再開発で空けたと思われる大きな更地があちこちにありました。
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厦門からバスで高速道路を約2時間走りました。
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途中に立ち寄ったドライブインでトイレ休憩を取りました。
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高速を下りたあとはバナナ畑や茶畑の広がるのどかな風景を見ながら、2人乗り(多くて5人乗り)のバイクや地元の人々が歩く地道を約30分走って華安土楼に到着しました。
2008年に新しく世界遺産に登録された福建土楼の中の華安・大地土楼郡のゲートです。右側がチケット売場です。 -
華安・大地土楼郡のゲートに貼ってある料金表です。
個人客は90元、団体客は60元でした。 -
門からは電動カートの利用もできますが、約15分歩くと二宜桜に到着します。途中、お茶づくりをしている地元の人たちやのどかな風景が楽しめますので、徒歩をお薦めします。
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まずは、巨大なコロシアムのような外観をした二宜楼を見学しました。
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真夏ではありませんが、厦門は最高気温34℃で蒸し暑かったです。華南地方も同じように暑いです。
しかし、この二宜楼の入口に足を踏み入れた途端、外より少し気温が低いように感じました。 -
二宜楼は約230年前に蒋氏によって建てられた土楼で、
福建省の中で最も完全な形を保ち、“土楼王”と呼ばれ、唯一の全国重点文物保護単位に指定されているそうです。
1770年に建工。 二重円形土楼、敷地9,300?、土楼の直径は73m余、高さ16m(4階建)、部屋数は213あるそうです。
500人位は住める大きさのようですが、現在は73人が生活しているだけとのことでした。若い人たちはどんどん土楼の外の住宅に出ていくそうです。 -
中庭には井戸が掘られていました。中を覗くと水が見えました。
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二宜楼は4階建てですが、1階が共同のキッチンや洗面所、食堂、2階は倉庫で、3階以上が寝室だそうです。
この1階から4階までの縦1列で1軒分です。 -
土楼は一族で住むため、同じ土楼に住む人々の姓は同じだそうです。
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23代目の蒋さんにお茶を入れていただきました。
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4階(最上階)から、周りの風景を楽しみました。
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壁は塗り替えたそうです。
華安土楼群の4階では隠し通路や壁画など、300年前の住民の防衛、生活様式が楽しめました。 -
共同の調理場、洗面所が1階にありました。
現在は73人しか住んでいないとのことですが、まだまだ生活臭に満ちた空間で、外観からは想像もつかない世界を見学することができました。 -
福建省はウーロン茶の産地ですので、土楼の周りにも見渡す限り茶畑が広がっていました。
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このような一般の民家も土楼のまわりには点在していました。
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次に二宜楼のすぐ近くにある南陽楼を見学しました。
蒋氏の子孫が建設された南陽楼には、長らく(200年ほど)人は住んでおらず、現在は、土楼民俗博物館として使われています。 -
南陽桜の内部は福建省土楼博物館として、現地の人たちが使っている農業、お茶取り用具、伝統結婚式設備などが陳列されています。
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土楼の中にはこのような教室があり、隔絶された生活であっても進学に困らないだけの教育が受けられたそうです。
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南陽楼は1817年に建てられました。
二重円形土楼で敷地3100?、高さ16m、部屋数は96あるそうです。 -
先祖を祀る場所が各土楼に必ずあります。
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最後に隣の方形の東陽楼を見学しました。
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こちらも蒋氏一族が現在も住んでいます。二宜楼が手狭になったため、こちらを建設したとのことです。
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暑いので犬もぐったり寝ていました。
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東陽楼は1817年に建てられ、真正面幅45.8m、縦26mで、主楼は2階建てです。部屋数は36あるそうです。
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洗濯物が干されていました。
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地鶏を飼っている家が多かったです。
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昼食は、華安・大地土楼郡のゲート横のレストランで、日本人の味覚にも合う“客家料理”をいただきました。
清潔な食器が1人分ずつ用意され、この開封もレストランの方々がしてくださいました。 -
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バナナが群生していました。
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漳州の街に到着しました。
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漳州市は福建省の最も南部に位置していて、人口は約459万人です。厦門では見られなかった人力三輪車が行き交って、観光客用の乗り物というより、市民の足として活躍しているように見えました。
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漳州の明清古街は、明・清時代の街並みがよく保存されていて、タイムスリップした気分になりました。
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漳州の歴史地区の地図です。
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漳州府文廟の入口です。
清・乾隆『漳州府志』によれば、1044年(北宋時代)にこの地に建設され、1112年に州左に移転したものの、1139年(南宋時代)にまた元の位置へ戻されたということです。
明清両代にわたって数次の修築を経ていて、明・崇禎年間の郡守・曹荃大の書になる「游聖之門」の石製扁額や、康煕年間の地方官による修建碑、1924年に康有為が撰写した「重修漳州学宮碑」などが残っているそうです。 -
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漳州の石牌坊(せきはいぼう)の1つです。
牌坊(はいぼう)とは孝子や節婦など模範的な行為・功労のあった人物を表彰・記念するために建設された鳥居型の門のことです。 -
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ネズミ捕りを売っていました。
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漳州府文廟大成殿の前の石碑。
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サトウキビを搾って、ジュースにしているところです。
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魚料理は新鮮な素材をシンプルに調理していて、どれも美味しかったです。
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ホテルのフロア図(9階)です。
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ホテルの窓を開けて外を見ると、近くの幼稚園では、夜にネオンサインのようなライトアップをしていました。
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