2009/08/14 - 2009/08/14
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Huumaさん
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朝、5時前に車で出発、明石海峡大橋を渡って鳴門ICで下り、お遍路に入りました。第十七番札所井戸寺を初めに、第十三番札所大日寺までさかのぼり五つの霊場に参拝。そして、眉山〜阿波人形浄瑠璃へ。その後、徳島市内を散策。夕刻6時から阿波おどりを初めて見ました。走行260kmと少ないが帰りの高速の混みもあり家へは12時少し前に到着、フル活動の一日でした。阿波おどりは来年もまた参ります。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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第十七番札所・瑠璃山井戸寺の仁王門。
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井戸寺の本堂。
白鳳2年(673)天武天皇の勅願道場として開基。
本尊は、七仏薬師如来、聖徳太子の作といわれます。
弘仁6年(815)弘法大師がこの地に訪れ、水不足で困っていた土地の人々のため井戸を掘った。これから井戸村、井戸寺に改めたといいます。大師は、十一面観世音菩薩、日光菩薩、月光菩薩を刻んで安置したといわれています。度重なる災禍に遭う、現在の本堂は昭和46年(1971)に再建されたもの。 -
第十六番札所・光耀山観音寺山門。
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観音寺本堂。
天平13年(741)聖武天皇の勅願所として創建。弘仁7年(816)弘法大師が千手観世音菩薩像を刻み本尊とした。本堂は平成18年に改築。 -
第十五番札所・薬王山国分寺山門。
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国分寺の本堂と鐘楼。
天平13年(741)聖武天皇が国土安全を祈願し、国ごとに国分寺を建立、この地の国分寺。本尊は、 行基作の薬師如来。弘法大師が唐から招来した「烏芻沙摩(うすさま)明王」が祀られる。かっては、約 218m四方の東大寺式伽藍配置を有していたと考えられています。 -
第十四番札所・盛寿山常楽寺の参道。
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常楽寺、中央が本堂、右が大師堂。弘仁6年(815)修行中の弘法大師が弥勒菩薩を感得、尊像を刻み、堂宇を建て本尊とした。。四国八十八ヶ寺のうち弥勒菩薩を本尊とする札所は本寺のみ。
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第十三番札所・大栗山大日寺の山門。
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大日寺の本堂。
弘仁6年(815)弘法大師がこの地に修行中、大日如来が示現、その姿の尊像を刻み堂宇を建立、本尊として安置。明治の神仏分離により一宮神社の本地仏十一面観音が本尊となり大日如来は脇侍仏となる。 -
道路を挟んで向かいの一宮神社。本来の札所であった。
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大日寺の近くで、若人が韓国舞踊「扇の舞」でしょうか?特訓中でした。
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眉山公園。
ポルトガル外交官であったモラエスの像と愛犬。徳島中心市街地に接する標高約280mの丘陵地。 -
眉山公園から小松島市方向を臨みます。
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阿波十郎兵衛屋敷。
国の重要無形文化財、阿波人形浄瑠璃の拠点になっています。 -
母お弓と子お鶴の別れの像。
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阿波人形浄瑠璃上演の1時間前。
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資料館に展示された人形のいろいろ。
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「傾城阿波の鳴門」の母お弓。
三人の人形遣いの息のあった操作と、舞台の向かって右側の太夫、三味線との掛け合いの巧みさに感動します。 -
母が´我が子よ′と名乗れず、ただお鶴を抱き寄せる哀情の名場面。
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立ち去る我が子のうしろ姿に涙する母。
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人形健阿波木偶人形会館。
浄瑠璃人形の原木から仕上がりまでの説明と、人形頭カラクリの仕掛を公開しています。 -
三番叟(さんばそう)の人形を抱かせてもらって記念撮影。
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眉山と吉野川。
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徳島駅のポストの上の阿波おどり像。
駅前の徳島ラーメンを頂き阿波おどり会場へ向かいます。 -
ぴったり18:00から阿波おどりの始まりです。 ここ両国本町演舞場は「のんき連」から入ってきました。
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美人揃いの女踊り。
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続いて「達粋連」の美人の男踊り。
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あとに続くは「達粋連」美人群の華やかな女踊り。
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息のあったかわいい子供たちの踊り。
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次々と繰り出してきます、見事な女踊りの美人たち。
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1時間ほど過ぎた元町演舞場には、見物の人々も入り混じって踊りに賑やかさを加えてきています。まだまだ見たいところですが、帰りも気になるので踊りをあとにしました。また来年ゆっくり参ります。
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