2007/12/31 - 2007/12/31
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でいめくと さん
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アンマン街歩きの後編。
時間の許す限り、てくてく歩き続けました。
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ローマ劇場を後にして、高台のアンマン城へ向かいます。
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宝くじ売りのおやじさん
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左上にアンマン城、ヘラクレス神殿が見えます。
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ここはセルビス(乗合タクシー)のターミナル、ムジャンマ・ラガダン。
セルビスは予め走行路線が決まっていて、始発では4人集まらないと発車しないらしい。 -
奥に見える縞模様のモスク
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時計は9時30分を指しています。
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ムジャンマ・ラガダンの北側の陸橋から続く階段を発見。
ここを上ってジャバル・アル・カラアにあるアンマン城へ向かいます。 -
西側の傾斜に見えるモスク
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階段の途中から見下ろしています。
下に見えるのはムジャンマ・ラガダン -
やっと上りきりました。
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このエリアにだけ、アンマンの他では見られなかったヤマブキ色の家々がありました。
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ジャバル・アル・カラアから北側を望みます。
おとといタクシーを捕まえたのが、この下の道路。 -
この奥からずっと歩いて上ってきました。
小学校らしきものが近くにあり、子供達に「チャイニーズ」としきりに呼ばれました。 -
アンマン城に到着。
観光地らしく、バスやタクシーが停まっています。 -
巨大国旗と、傾斜にぎっしりのアンマンの住宅。
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チケット売り場
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そしてここがヨルダン考古学博物館。
おとといは閉館時刻に間に合わず、今日はそのリベンジ。 -
高さが9mもあったヘラクレス像の手の部分
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一番の目的は死海写本。
・・・なんと、韓国の国立博物館に貸出中!
まあ、よほど縁がないのでしょうか。 -
1946年死海北西岸のクムラン洞窟で見つかった死海写本。
文書は、ヘブライ語・アラム語・ギリシア語で、紀元前2世紀から紀元後1世紀の間に書かれていて、この時代に書かれたものとしては事実上唯一のユダヤ教聖書の文書であり、聖書本文の内容が写本を通して劣化されることなく比較的正確に伝えられてきた歴史を証明するものとして、貴重な資料であるとみなされます。
小さい破片や切れ端だけを見ることができました。 -
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ヘラクレス神殿跡。
ローマのマルクス・アウレリアス帝のために建てられたギリシャ神殿建築。 -
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ローマ劇場
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丘の傾斜に建物がひしめきます。
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アンマン城を後にします。
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アンマンのデコトラ
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ふたたびローマ劇場が見えた。
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スイーツのお店
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トリの丸焼き
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ここはゴールド・スーク
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迷彩色のお店がやたら目立ちますが、そのとなりにある、看板もないお店がレストラン「マタアム・エクスプレス」。
迷った末に近くにいたお兄さんに場所を聞きました。
歩き方のお勧めに従い、ここで昼食。 -
ごはんにスープ、ナン、ミネラルウォーターもついて、1JD。170円くらい。
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ここがクリフホテルの入り口
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食事の後はジャバル・アンマンに向かいます。
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坂道をどんどん上ります。
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遠くに見えるはヘラクレス神殿
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アンマンでもオシャレなエリア・・・と言うより、ひと気がない。
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ここは1stサークル。
ここでタクシーを捕まえてインペリアル・ホテルまで戻りました。
でもこのタクシーの運転手がホテルの場所を知らない!
途中2〜3回、道行く人に行き方を尋ねてました。 -
ホテルに到着して、少しゆっくり。
お迎えのクルマでクイーン・アリア空港にやってきました。 -
余ったヨルダン紙幣4JDで久しぶりのビール。
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乗り継ぎの関空。
ヨルダンの旅も無事終了しました。
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