2007/03/01 - 2007/03/13
6697位(同エリア9007件中)
そうたくさん
2年前ニューヨークへ行った。3人で卒業旅行としてだった。
ニューヨークと決めた理由は恐らくこれから仕事が始まると遠くへ行くことは難しくなるだろうということと、ニューヨークという都市への憧れからだった。昔からなんとなく映画を見たり、ジャズを聴いたりしていた自分にとってはヨーロッパよりも身近な存在な気がした。
インドへ行った時のように「どうしても行かなければならない」という切羽詰まった気持ではなかったけれど、それでも行きたいなと以前から考えていた。「卒業旅行」という自分への褒美的な響きがニューヨークへ行く決心を後押ししてくれたのだと思う。
アメリカ・ニューヨーク。文字通り世界の中心、アメリカの第一の都市。自分にとっては音楽と映画の街といった方が実感が湧く。
アメリカへ、その中でも、ニューヨークへ実際に行くことを考えると自分の中でわくわくするような、緊張するような、想像がいくらでも膨らんでしまうような気持ちだった。
恐らく田舎から「東京へ行く」という気持ちと近いのだろう。
あくまで自分の中で、テレビや雑誌の中で見るニューヨークってところは年中クリスマスみたいな印象だ。だからなおさら夢が膨らんでしまった。
バイトはその時期はできなかったから、もちろんお金はないけれどなんとか「卒業旅行」とうい建前で、楽しんでしまおうと…。
その時の友人とは今も年に一回年末になると集まる仲だ。
飲む場所はとくには決めていない。たいていは新宿の通りの一本それた、古びた店などに僕らは惹かれて入ることが多い。
なんとなく年に一度という頻度になったけれど年に一度集まりそれぞれの1年を話したりすることは僕にとって思ったより心和む時間だ。
また考えてみると彼らとの年に一回の会合は僕にとってほとんど唯一大学とのつながりということにもなる。そこで大学の連中の話を聞いたり、薬にも毒にもならないような話をしていると時間はけっこうすぐに過ぎてしまう。
そしてまた一年後に、という感じだ。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー
- 航空会社
- アメリカン航空
-
到着は夜。とても寒かった。ブロードウェイは鮮やかなネオンで明るかった。ニューヨークに来たことを実感しつつ、六本木でも見られるHard Rock cafeの看板を見た。
ずいぶんと遅い時間だったからなんとなく人もまばらだった。 -
ホテルへ向かう通り。
ペンシルバニア駅のすぐ隣のホテル。日本でいう東横インってところだ。 -
翌朝まずは橋へ。
Brooklyn橋。
ジョン・オーグスタス・ローブリング(John Augustus Roebling、1806〜1869年)の構想のもと、1883年に完成した橋だ。
マンハッタンとBrooklyn区を結ぶゴシック風の橋。
米国でもっとも古い吊り橋の一つで、鋼鉄のワイヤーを使った世界初の吊橋でもある。橋は 2層に分かれており、現在でも上層は人や自転車が歩いて渡ることができる。下層は車道。
ちなみにマンハッタンからイーストリバー下流にかかる3本の吊り橋の順序は、下流(南)からBrooklyn, Manhattan, Williamsburgである。 -
BMW以外の橋もある。
マンハッタンとクイーンズを結ぶクイーンズボロ・ブリッジ(Queensboro Bridge)。1909年の3月30日に開通した。59番街橋とも呼ばれている。
橋の中間には、ルーズベルト島があり、地下鉄でそこまで行って撮った。とりたててルーズベルト島自体は観光地というわけではない。
ここからのマンハッタンの風景が一番きれいだった。 -
同じクイーンズボロ橋。
天気がとてもよかった。
旅行の初日はそれぞれの橋をめぐることだった。
朝、ニューヨークはこの日何年に一回とかの寒波だったらしい。 -
-
地下鉄でBrooklynへ。
人はまばらだった。
通りを歩くとこんな感じで車も人もいない。
恐らく自分がちょっとおかしなところへ入り込んでしまったのかもしれない。 -
Brooklyn橋で再度Manhattanへ。
この橋を渡ることがある意味で一つの目標でもあった。特に深い意味はなかったけど。
歩いて周囲の景色が変わっていくことは何となく楽しい。最近はランニングがブームになっているけど、昔からランニングをして知らない土地を走ることが好きだった。コースも決めてないから時々細い路地にはまり込んだり、迷子にもよくなった。 -
ところで…、年齢を重ねていくと得られるものと失うものが当然ある。それで、僕らはよく失っていくものに対して郷愁を感じてしまう。
最近、僕は特に、失ってしまった時間と感覚が懐かしむ時が多い。
10代のころ、僕らは余り難しい理屈は考えないで映画や本や音楽やファッションを楽しんでいた。
なんとなく楽しんでいた。
でも段々、段々物事を理屈っぽくとらえてしまいたくなってきている自分に少しがっかりもしている。言葉じゃないと音や色や形や味を感じれなくなったってことだ。
教養としての映画、読書、音楽、服装、食。 -
本当に楽しんでいるだろうかと考えたときに迷ってしまう自分にまた歯がゆさを感じてしまう。
今回はNew Yorkを写真に撮りたい、と思っての旅行でもあった。
写真はできるだけ安価に買ったデジカメで、写真の撮り方も、よくわからず撮ったものばかり。
多分本当はそうあるべきなのかもしれない。
構図がどうとかバランスがどうとか、そういう勉強はいらないんじゃないかと。
しかし…、それは、もしかすると勉強した人だけが言えることかもしれない。
また、ふりだしに戻ってしまう。 -
2009年6月28日、朝5時、この文を書いている。
今写真を見ながら昔を思い出しながら書いている。
このビレッジバンガードへ行く時の高揚は今も覚えている。シンガーが誰かも、トランペッターが誰かもよくわからないけど。
背伸びしている自分が少し懐かしい。 -
なんとなく、最近昔ほど映画や音楽を聴かなくなった自分がある。代わりに本や雑誌を読むようになった。
それは言葉で物事を理解するようになったからかもしれない。
それでも思うことは、もしかすると色々なことには「時代」があるのかもしれないってことだ。映画にはまった時代や音楽にはまった時代。 -
今回、一緒に行った友人の一人は僕より少し年配だ。彼は映画監督を目指していた。デビットリンチの第一人者だって言っていた。冗談9割の1割本気だろう。
彼が映画を見なくなる時期に、僕は映画にはまっていった。例えばベルベットゴールドマインとかだ。
彼はあまり興味を示さなかった。
僕にとってのベルベット〜のような映画は、恐らく、実際に彼にもあったから、ベルベット〜は彼には不要だったのかもしれない。
ささいなことも、おおげさなことも、十分に楽しんだら、僕らの中で満たされて、何かが終わる。
また新しい何かへ向かう。 -
それぞれの時代。
その友人が時々、僕に映画を勧める。僕が観て「面白かった」と答えると、たいてい決まって言うセリフがある。
それは「見るのが遅かったね」と。
確かにその映画からパワーを感じて自分が何かに突き進んでいくような、もっと吸収したいと感じるような元気がなくなってきているような気がした。 -
僕らは、時々天才に憧れてしまう。
彼らのようになりたいと努力をする。…、もしかすると誰かを目指そうと努力をしている限り僕らは彼らにはなれないのかもしれない、と感じてしまう。
僕らと彼らの間には境界線があり、必死でそのラインを越えようとするのだけれど、越えられない。そこを越えてしまうとこちらには帰ってこれないようなラインがあるのではないだろうか。
もしかしたらそのラインは僕らの中にあってただ見つけられないだけかもしれない。 -
勝手な解釈だが、「天才」、という言葉には、その彼らの才能と感覚と意志の強さに、彼ら自身のさいなまれているところがあるような気がする。
そして、僕らが夢中になる彼らはいつも最後、走りさってしまうようなところがある。走り去ってしまわなければならなかったのか、偶然そうなってしまったのか…。
そういう生き方をしていればどんな偶然もしかるべき結末のような気がしてしまう。
雪が降り始める。 -
このミュージカルを観た。
雪は本格的になってきた、でも、特に気にはならなかった。よく旅先で雨やら天候が崩れるととても残念な、もったいない気分になることが多かったが、今回は別だった。
まわりの人達が傘をささずに早歩きで行き来している
。
一緒に、雪が降るマンハッタンを歩いていると、自分がよりニューヨークの中にいる実感が湧いてきた。 -
自分が撮った写真を見る時に時々気がつくことがある。
例えば、きれいな建物や景色を撮る。
全体がきれいにおさまるように撮る。
撮った時はそれで満足するのだが、その後で改めて写真を見るとなんとなく印象が薄いのだ。写真がきれいとか構図だどうとかではなくてなんとなく、写真がありきたりになってしまう。愛着がわかない。
対象が近いもの、たとえそれがピンボケしても、の方が逆に気に入ったものが多い。
夜の写真のライトの手ぶれでゆれてしまったような写真もけっこう好きだ。 -
ニューヨークはいちいち見るもの全てがかっこよかった。
ただ、思ったより汚かった。
向こうはbeautifulは尊重するけど、cleanには重きを置かないってことだろうか。
日本人の「きれい」は、ビューティフルかつクリーンだ。
偏見だろうか。 -
ハーレムの少し奥まったところ、なんていう鉄道かは知らない。あまり周囲に観光客らしき人たちもいない。
そこに住んでいる人たちにとっては当たり前の風景でも、旅行者にとっては新鮮な風景。
感動できるってことはやっぱり主観なんだと思う。
周りではなくてちゃんと自分が感じているかってこと。 -
-
ニューヨークへ行く楽しみの一つがこれ。
グラフィティを見てくることだった。
なんでグラフィティなんかに興味を持ったのかはよくわからないけど恐らくやっぱり映画の影響だったと思う。
確か19歳くらいの時に「バスキア」って映画を観てグラフィティを知った。
それと、グラフィティが主要な題材になった「IP5」って映画があった。ジャンジャックベネックスの映画だ。
その映画の中で主人公が夜中に壁に落書きをして翌朝になると絵が完成している…。ニューヨークの絵もそういう風にできあがったのかと思うと楽しくなってくる。 -
グラフィティでも美術館でも絵を見に行くと、自分も書いてみようと思う。そして実際に書いてみる。
結構書けない。書いてもなんとなく「間が持たない」。軽いというか、なんなんだろう。
絵でも、写真でも、何かの作品でも「間が持つ」ようになることが当初の目標でもある。 -
これはおそらく失敗してしまった例。
間が持っていない、笑。 -
POLICEと書いてあるからには、警察のものなんだろう…。警察でも絵を描いている。
-
-
最も気に入っている写真の一つでPCの背景にも設定している。
よく見ると細かい石の破片のようなもので1つ1つ形造られている。
すごくまとまっている気がする。
ただよく見てみると人も色も本当にバラバラ。
で、もう一回見てみると、やっぱりまとまっている。
なんて表現したらいいかわからないけど、とても好きな壁画だ。 -
他の人達の写真を見て思うことは、それぞれ好きな写真の撮り方、被写体の選びかたがあるんだろうな、ということ。それはその人その人の「癖」といっていいかも知れない。
観光名所に行って行った記念撮影の写真では難しいかもしれないけど、なんとなくそんな気がする。 -
自分はどういう写真を撮りたいのか?を考えてみる。
言葉で表してみると、
ネオンやライトの光、夜の風景、人の動き、表情、、、、といったところだろうか。
多少ぼけていても余り気にすることはないから…きれいな風景の写真ももちろんすきだけど、例えば「東京の赤羽の街の様子」を写した写真などとても興味がある。(以前住んでいたことがあるとかは置いておいて)なんとなく想像力がかきたてられる。
なんの変哲もないもの、地味で余り主張しないようなものに惹かれてしまうのかもしれない。
新宿とか東京駅とか、浅草とか渋谷とかではなく、赤羽、みたいなところ。
もちろん寺院などの観光名所に行ったら記念の写真もとりたい。
ただ、自分が好きな写真は…と聞かれたら上のように答えるだろう。 -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ニューヨーク(アメリカ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
52