2008/03/01 - 2008/03/01
644位(同エリア1316件中)
熊野古道さん
安土城跡に行ってきました。
織田信長には以前から並々ならぬ関心があり、安土は訪れてみたい場所でした。天主跡までは約20分ほどの急な石段を登ります。
天主跡から見た風景も良かったですが、見寺本堂跡地から見た琵琶湖畔の風景は趣があり良かったです。
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
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車のカーナビに従って走っていると、写真の場所に出ました。
入場門は写真向かって右側にありました。 -
入場門入ってすぐ左側に羽柴秀吉邸があったとされる場所が見えてきます。
その右側には前田利家邸跡地もあります。
信長は入場門付近に重臣邸をおいたのは、城の守りとしてでしょうか?それとも諸事多忙な秀吉らの城からの出入の便を考えてのことでしょうか? -
復元図によるとこんな感じだったようです。
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こちらは前田利家邸跡です。
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大手道見寺仮本道(徳川家康邸跡)付近から入場門付近を見下ろす風景です。石段が結構急です。
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安土城の築城当時は付近の山などから、墓石や石仏なども石段として使われていたようです。
写真のような石仏が随所に見られました。 -
上記写真の説明書きプレートを拡大しました。
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仏足石です。
室町時代中期のものですが、当時石仏と同じように安土城築城の際に集められたようです。 -
天主跡周辺入り口にさしかかると、石垣の大きさに驚きます。
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二の丸跡付近です。
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信長公本廟です。
ガイドマップには「羽柴秀吉が天正11年1月1日三法師に年賀を表すべく登城し、翌二年信長公ゆかりの安土城二の丸跡に太刀、烏帽子、直垂などの遺品を埋葬して本廟とした。
そして6月2日の一周忌には織田一族や家臣を集め盛大に法要を行った」とあります。 -
いよいよ天主跡まできました。
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天主跡です。
写真の部分は地階にあたるとのことで、実際はこれよりも2倍半近い大きさの天主がそびえていたとのことです。
また五層七階(地上6階地下1階)の天主はイエズス会の宣教師ルイス・フロイスによればヨーロッパにもあるとは思えないほどの壮大さであったといい、高さ33mの木造高層建築物は当時、わが国で初めてのものであったそうです -
天主跡についての説明看板です。
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安土城跡天主跡地より撮影しました。
天主跡地は地上6階、地下1階、高さ33mの木造高層建築物であったとのことで、信長が見ていた風景はこの写真よりもさらに絶景であったことでしょう。 -
当日は曇りでしたが、琵琶湖畔の趣のある風景画撮影できました。
見寺本堂跡地にて撮影しました。 -
見寺本堂跡地です。
手前の石垣の階段は滑りやすいので注意してください。
当日は小雨で私も滑りました。 -
三重塔です。
天正三〜四年に信長公が甲賀の長寿寺(甲賀市石部町)から移築したものとされています。 -
三重塔から二王門までの下り坂の石段です。
かなり急な階段なので注意して下りましょう。
当時は敵の進入障害としての目的もあったのでしょう。 -
二王門を出れば後は入場門まで林の中の平坦な道を歩くだけです。
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