2006/04/16 - 2006/04/16
4787位(同エリア5194件中)
ソフィさん
2009年4月16日(木)
先日亡くなったばかりの、即真(元比叡山大僧正)と会いに行きました。
仏壇に飾られた彼は素晴らしく明るい顔で、元気そうでした。
奥さんの話を伺いながら、彼のことを思い出します。
彼と深く交わり始めたのは、1944年(昭和19年)、金沢一中二年生の時でした。
この年は終戦の前年で、日本全体が緊張のピークに達していたように覚えております。
同じ二年三組三班で、班長を仰せつかった私は「学校で一番の班を作ろう」と、
大きな夢を追いました。
この一年は、私の人生でも非常に大きな思い出を残している、大きな一年でした。
長いご無沙汰の後に再会したのは、1978年(昭和53年)のこと、私の大阪着任がきっかけでした。
34年ぶりの彼は、比叡山で磨かれたのでしょう、一中時代とは見違えるばかりに立派に見えました。
私はアフリカ生活から頂いた余光で、最高に心の充実を感じていました。
それから何年か経ち(1990年 平成2年)、ある日彼から電話があって「講話をして欲しい」とのことです。
彼は天台宗教務部長という重要な役目を担い、「その年の比叡山仏教文化講座(夏安居=げあんご)で、100名ほどの善男善女に、2時間の話を」との依頼でした。
この年の文化講座のサブタイトルは「心に慈愛(あい)の輝きを」。
それを受けて、私の講和のテーマは「平和のために何ができるか」とし、私のアフリカ生活で得た生々しい経験と反省を話しました。
「平和は一人ひとりの、毎日の行動の蓄積で得られる」
「平和の原点は人類各人の相互理解で、相手を知ろうとするだけでなく、大切なのは自分を相手に理解させようとする工夫と努力である」
2001年私がリタイアしたとき、彼から「宗教の国際活動のあり方を議論する委員会に入って欲しい」と要請されたが、私の力の限界を感じて固辞しました。
「もう少し経験を積んでから…」と申しながら、つい時期を失ったしまったことに、申し訳なさを残していました。
その間彼は一層の成長を遂げ、「一隅を照らす」をスローガンに、円熟した人間らしさを増して行きます。
別れに際し仏前で、金沢一中の校歌を捧げました。
「雲に聳ゆる白山の 高き理想を心とし…」
その校歌を聞き、彼の写真は一層の輝きを増したように感じました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
0