2008/11 - 2008/11
110位(同エリア631件中)
のうりかさん
パリを何度も訪れた人は多いと思うけど、「左岸」と聞いて、サンジェルマンデプレ教会や、
サンミッシェルから自由の女神像があるリュクサンブール公園の風景を思い浮かべるあなたは
とてもパリの美しい思い出を持った人でしょう。
「左岸」と聞いて「フランソワーズ・サガン!」と叫び、「悲しみよこんにちは」
「ブラームスはお好き?」「愛と同じくらい孤独」のタイトルを挙げた人は、たぶん僕の思考回路と同じです。
それから、「ぼくたちの恋は必然的なものだ。だが、偶然の恋も知る必要があるよ。」と言ったJ.P.サルトル。
「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」と言ったシモーヌ・ド・ボーボワール。
ソルボンヌにパリ大学、僕の「左岸」はとにかくブキニストとカルチェ・ラタン。
と、ここまで書いておいて「表紙はなんだ?」という4travelのみなさん。エグザクトリィ!です。
そう、今回僕がご紹介するカルチェラタンは神田の駿河台。
では、ご一緒に参りましょう。
東京のカルチェラタンあたり。
そして、「It used to be my town, too.」
http://www.youtube.com/watch?v=UuH-Jhepk6o&feature=PlayList&p=7EBCA61F4C6541FF&playnext=1&playnext_from=PL&index=16
サブタイトルは「ナイン・ストーリーズ」
(JDサリンジャー著、野崎孝訳)のエピグラフより引用。
「あらかじめのご注意」
この旅行記?は僕の記憶が交錯する箇所が随所にあって、読みすすむうちに、
「いつの話なのか?」という疑問を必ず持たれると思います。
その箇所には明らかに2008年11月のお茶ノ水界隈の写真が挿入されていないので、区別していただければ幸いです。
-
JR御茶ノ水駅
御茶ノ水橋口の前、スクランブル交差点は渡らない。
冬の足音も近づく11月のとある日、わけあって御茶ノ水駅に降り立ったネコオヤジと女房こと飼主ニコトラ。
飼主どのは、渋谷の大学に通っていたため、御茶ノ水駅界隈は不案内。
というか、飼い主となった今もその前も「方向感覚」だけが発達しなかった人類亜種らしく、そういった人々は世の中に数限りなく存在するのだろう。
彼らは、女房(飼主)に言わせると、僕のように、外国でもどこでもデタラメに歩いても方向だけは解ってしまう人は人間だと思っていない。
つまり「足の裏に磁力を感じる猫」
僕の「ネコおやじ」と呼ばれる所以の一つだ。
ただし、「猫」にも弱点はある。
それは、地下に潜るとその方向感覚は著しく低下すること。
というわけで、少し重要な会議があったにもかかわらず、有休を取得し、本日は飼い主の水先案内ネコの任に就く。
今夜は「山の上ホテル」に宿泊する。
http://www.yamanoue-hotel.co.jp/index_jf.html -
黒澤楽器店http://www.kurosawagakki.com/sh_ocha_v/index.html
に下倉楽器店がそのまま。
ギターを弾く若い人はまだ生息しているのか?
してるよな。
路上ライブとか歌を歌いながら弾いているもんな。
ブラスの楽器や、バイオリンをショゥウィンドウから見るのはとても贅沢な気持ち。
父はバイオリンを弾く。
最近その音色を聞いていないが。
彼の場合、ほとんどの楽器は彼の兄のお下がりだったそうだ。
彼が自分で働いたお金で初めて買った楽器はバイオリン。
「嬉しくて一緒に眠った」と言っていた。
姉はフルートを吹く。
父は姉が「買ってくれ!」と泣きついたフルートに、当時としての大金を簡単にはたいた。
そんな姉の座右の銘は、
「音楽は心の栄養」
この二人に共通するのは、絶対音感を持つ遺伝子。そしてなぜかは知らねど、僕の上の娘に絶対音感は受け継がれた。
しかしながら、父が「芸は身を介く」と言ったことは一度もない。その理由は「芸人と芸術」は違うから。
アメリカ文化の豊かな生活にあこがれ、猪突猛進の経済成長を担った昭和一桁世代のうち、どれだけの人が「音楽は心を豊かにする」と信じて音楽を身近においていただろうか。
しかし、それでも豊かさで僕たちの世代は彼らと勝負あった。
方や、充分な年金を当然受け取り、趣味に旅行に孫に費やす時間にいやというほど恵まれる世代。
方や、サブプライムの大津波をこれからもろに被ろうとしている現役世代。 -
明治大学のアカデミー・コモン。
http://www.meiji.ac.jp/koho/desukara/campus/suruga.html
本館に建て替えられたのはリバティタワー。
これらに名づけられた所以を知る由もないが、建学の精神の「権利自由」「独立自治」あたりが当たらずも遠からじってところか。
上の娘から聞いてはいたが、どこの学校でも学割等の証明書発行は学生カードを機械に入れてサービスを受けるらしい。
合理的というか、ここまで管理されていていいのかというか、経営者にとっては事務員を何人も雇わなくて助かるのは確かだ。
そもそも学校経営とはなんだろう?
非営利法人の会計学・財務学は他の営利法人のそれとは事業計画に違っていて当然だ。
?
いや、同じか。
それでも、最後に一線を画すのは、当期剰余金の計上と積立金くらいか。
大学が名入りで発行するクレジットカードがあるくらいだから。学校法人は法人格として僕の想像を超えた世界に入ったということなのだろう。 -
マロニエ通り(とちの木通り)から日大理工学部棟の前をホテルへ。
実は「山の上ホテル」に宿泊するのは今回が初めて。
在学中は、改修工事が行われていた。
その前に一度だけ僕が「フランス人」と揶揄する従兄弟に誘われて、ロビーでお茶したことがあるだけ。
当時、僕のお気に入りだった、センチェリー・ハイアット、(現在のリージェンシーhttp://www.hyattregencytokyo.com/index_pc.html)新宿中央公園の緑が広がるラウンジで飲むコーヒーが500円程度。しかもおかわりのサービスがあった。
駿河台の腐ったようなホテル館内のロビーで飲むコーヒーも負けず劣らず値段だけは高級だった。もちろんフランス人にごちそうになったのだけど。 -
クラッシックホテルに共通する言葉を一つだけ挙げるなら、僕は迷わず「食堂」と答える。
それは、スタッフが不思議と当然のように宿泊客に対して使う言葉。
「メインダイニング」なんて言葉を老舗のホテルは使わないのだという軽いショックをおぼえた記憶がよみがえる。
これは、僕の敬愛するトラヴェラー「Mさん」が空港を「飛行場」とおっしゃっているのと同じくらいに。
山の上ホテルには、いつも玄関前にベルが行儀よく立っていて、ホテルの利用客へ挨拶する。
宿泊の予約をしている旨告げると、フロントへ案内され、チェックインのフロントでサインし、女性スタッフのあとをエレベータで3階の部屋へ。 -
しかし、このホテルは僕のクラッシックホテルに対する敬意を芽生えさせてくれたホテルといってよい。
あるいはオーセンティックへの憧れと言い換えるべきか。
事実、その後、学生であったにもかかわらず、伊豆の川奈ホテルhttp://www.princehotels.co.jp/kawana/
や日光の金谷ホテルhttp://www.kanayahotel.co.jp/
に宿泊する機会に恵まれたのは幸運だった。
(写真はホテル・ニュー・グランド本館http://www.hotel-newgrand.co.jp/) -
302号室と304号室。
部屋の窓から通りを挟んで別館が見えた。 -
お茶とカステラをサービスされる。
このようなホスピタリティを昨年の銀山温泉
http://4travel.jp/domestic/area/tohoku/yamagata/sagae/obanazawa/tips/each-hotel-HL007043-10056088-10105525.html
に期待するのは間違いだったなと、つくづく考えた。 -
「もし、人が他人に与えられる最高のものが誠意と真実であるなら、ホテルがお客様に差し上げられるものは、それ以外にはないはずだと思います。」
これは初代社長の吉田俊男氏が残した言葉だそうである。
彼は本館と新館あわせて客室が75しかないこの小さなホテルに半生を捧げた。
上記に紹介したくだりをご存知の読者もいるだろうが、
「山の上ホテル物語」常盤新平著。
http://www.amazon.co.jp/%E5%B1%B1%E3%81%AE%E4%B8%8A%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E7%99%BD%E6%B0%B4u%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E5%B8%B8%E7%9B%A4-%E6%96%B0%E5%B9%B3/dp/4560720916/ref=pd_bxgy_b_text_b
(白水社から出版されている) -
常盤新平は先のニューヨーク旅行記でも登場させた作家。
アーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」の翻訳で好きになった。
6年前に出版されたこの「山の上ホテル物語」を数日前に読み返している。
「東京の真中にかういふ静かな宿があるとは思わなかった。設備も清潔を極め、サービスもまだ少し素人っぽい処が実にいい。ねがはくは、ここが有名になりすぎたり、はやりすぎたりしませんやうに」
三島由紀夫が創業者吉田俊男氏に頼まれてもいないのに昭和三十年代に作成されたホテルのパンフレットに載せさせた言葉だそうだ。
実はこの三島由紀夫の言葉は現在のホテルパンフレットにも真ん中に小さく載せられている。
このホテルは作家先生たちが出版社にカンヅメにさせられたホテルとして有名。
気分がのらないとまったく書けない、4travelerのうりかことネコオヤジもあやかりたい話だな。 -
常盤新平氏をして
「山の上ホテルはたしかに作家を厚遇した。しかし、一般の客に対してもこのホテルはホスピタリティを発揮して、宿泊客の心をとらえた。
海外に山の上ホテルのような例を求めるとすれば、ニューヨークのアルゴンクィン。ホテル、パリのプラザ=アテネだろうか。山の上ホテルに三夜も泊まってみれば、このホテルの居心地のよさがわかるはずだ。」と言わしめたホテル。
新宿のハイアット・リージェンシーが二十数年前、1個5千万円のシャンデリアを何個もぶらさげてロビーを飾って以来、ホテルは豪華じゃないと良いホテルとは言えないと思いこんでいる人は多い。
「うちの社長はホテル屋さんで、レストランや宴会で儲けたお金を全部客室に注ぎこんだんです。客室の壁は漆喰なんですが、剥がして張るのに一部屋二百万円かかりました。その点で社長は頑固でしたね。」
これは元支配人の井合氏が本の中で語っている言葉。 -
確かに僕はいまここにいるのだが、それ以上になんとも不可思議な、このホテル界隈の空間全体が違う時空に包まれてしまったかのような不安とまではいかなくとも、誰か昔に出会った、誰でもいい。彼あるいは彼女がロビーで待っているような錯覚におちいる。
そして、携帯の着信。
親友Yから。
仕事が終わったらしい。
東京駅でどうか?と言うとOK!
彼は、自分で場所を指定しない。
僕が東京駅と言えば必ず八重洲口で待っている。
ついでに、彼のメールアドレスを知らない。
教えられないから聞かない。
理由はただ一つ。
彼の社内でのメールがあまりにも英語だから。
ある日、彼にプライベートでまでメールはしたくないと打ち明けられた。
しかし、どうしてもメールせざるをえないときにはショートメールという手があって、しばしば送るのだが、それでもキャツはすぐに携帯へ電話してくるのだった。
はっきり言って、僕より頑固。
電車の中で携帯を出したり絶対にしない男。 -
飼主にYと飲んでくる旨報告し、フロントに鍵を預けてホテルを出る。
明治大学のアカデミーコモンを抜けて、御茶ノ水駅へ。 -
中央線で待ち合わせの八重洲中央口へ。
すでにYは到着していた。
このオヤジ、また肥えたな。
Yの外見は、往年の日テレアナ「小林完吾」
http://www.kanshin.com/keyword/265020
か、フジの「故逸見政孝氏」
http://tv.nilenile.net/detail/7213.html#p_image
と「福田赳夫」
http://sankei.jp.msn.com/photos/politics/policy/080331/plc0803312007007-p1.htm
あ、間違い「福田康夫前首相」をミックスして考えてもらえば間違いない。 -
どこ行く?
ニュートキョーhttp://www.newtokyo.co.jp/index.html
は工事中だよ。
大丸の上に行くか?と、機嫌がよい。
こいつは、僕が東京を離れ、こっちで(横浜あたりでも)飲むときは必ず自分が払うと言う頑固者。
だから僕が店を指定する。
今夜は「キリン・シティ」
http://www.kirincity.co.jp/menu/index.html -
Yと会うのは3ヶ月ぶり。
昨年、僕が大手町で内部監査の再履修じゃなかった、制度改定にあたっての受講で3日間カンヅメになった最終日、ニュートキョーでYはいつになく神妙な面持ちでこう切り出した。
「監査部門に異動することになったので、いろいろ教えてほしい」
僕はとりあえず、「おめでとう!」と異動を祝して乾杯したのだが、その理由はこうだ。
Yが勤務する会社は、ある日アメリカ最大の年金ファンドに買収された。
この会社は日本中のゴルフ場やらホテルやらを有望な投資先として買い捲っていった。
そして、トップが合衆国市民で英語を使えば周囲も当然英語を使い、年俸で契約した有能な社員が従来の社員と入れ替えられた。
なぜかYはそのまま総務経理の部門に残った。
そこからは、イバラの道を昨年まで続けることになる。
そして本日、晴れて監査部門に異動できるのだから、Yの苦労も報われたと素直によろこんで良いらしい。
もう苦手な英語は使わなくてもいいのだから。
しかし、監査には大きな苦痛が待っていることを忘れてはいけない。
それは書類がすべて「手書き」だということ。
それさえ我慢できれば楽勝だろう。
乾杯の後、僕が言ったの言葉は、
「君に教えることは何もない」
だった。
経理と総務のプロが監査するんだから、僕が企画室で無駄な金を使いすぎて監査室へ異動させられたのとは訳が違う。
ただ一言、3日間の受講で脳に叩き込まれたキーワードだけを餞に贈った。
つまり、「合理的な証拠の入手」 -
予想はしていたが、本日、いつものようにやっとメニューからオーダーを決めた様子のY。
家族の様子をたずねてみる。
中学生の一人息子が弱小バレーボールチームに入って、休みの日はワンボックスを出さねばならず、しかも試合があちこち遠いので一旦家に帰るわけにも行かず災難だ。
と、まんざらでもない様子のY。
Yは全国大会なるものに2つの競技で出場した経歴を持つ。
剣道とテニス。
絶対そんな風に見えないのが、Yの不思議なところだ。
実際、テニスは国体に出場しただけあって、上手。
僕とはもっぱら筑波の学園都市にある公共の施設http://www.koen.pref.ibaraki.jp/park/doho03.html
でプレイしたが、本気で打ってくるサービスには生命の危険さえ感じるパワーがあった。
その一方で、エレクトーン。
もっともそっちは僕のピアノと同じように早々投げ出したクチだが。 -
「仕事はどうだ?」
と水を向けると、意外にこんこんと守秘義務に抵触しない苦労話を始めたのだった。
監査人が常に許すべきでないのは、責任をとらない管理者だ。
自分が作成した監査報告書で誰かの首が飛ぶとすれば、それは現業の担当者ではない。
その被監査部署の上司からのはずなのだ。
どう考えても納得できない結末が、監査人のやり場の
ない怒りとなって地球で生息する人々が排出する二酸
化炭素物質のごとく、どこかに放たれていく。
大人になることは、何も感じなくなることではない。
泣きたいときに涙し、笑いたいときに大いに笑うように、怒りを感じたときに怒らなければ正常な人間の機能を有しているとは言い難いのだ。
僕もYもこんな仕事のために学校で、つまらない法律の授業を受け続けて卒業したのではない。
正義が、公正かつ誠実な仕事が世の誰かを幸福にすると信じているからこそ、まだ仕事を続けて行けると、僅かながらもそう思って、砂を食むような、あるいは時に砂漠に水を撒くような仕事も厭わずに続けてゆく。 -
2人ともそうとうに病気だな。
こんな話で飲んでんだから。
話題を変えてやろう。
僕の姉の娘が女の子を産んだ。
まだ8ヶ月。
姉と姪に似て目が大きく(僕と姉は全然似ていない、姉がフランス人形なら僕はサル)
活発。
日立に住んでいるので姪の子供に先日会ったのは2回目。
実は、日立での結婚披露パーティで、叔父として出席したネコオヤジは、宴の中盤、突如として前フリなく指名され、叔父としてスピーチさせられた。
姪の二十年前、初めての運動会に見に来てね!と言われて足を運んだエピソードを、いまここにスタートラインに立つ姿そのままに思い出したこと。
ここで2人を祝福する人たちは、2人がとても大好きな人たちであることまで話したところで、
どうしても避けられなかったのは「茨城県」。
僕が大学で出会い、唯一無二の親友と呼ぶ男は、学生のときも今も朝早くから常磐線で通勤し(剣道やってたから朝は苦にならないらしい)毎日頑張っていること。
鹿島スタジアムは九十九里の千葉県じゃない、アントラーズは茨城の誇りだ!
常陸の国は水戸が中心だったかもしれないが、今や「先の副将軍」よりも「HITACHI」の知名度は世界レベルだ!
そして、地図もろくに読めない日本人は今日改めて思い知れ!
「茨城県はイバラ・ギじゃない!イバラ・キ!だあ!」
と右手を高くかざせば、会場は満場の拍手と歓声、フラッシュの洪水。
酒が入ったからってわけじゃないよ。
シラフでも言えたよ。たぶん。
(Mさん、認めます。これはI AM CANADIAN!
http://www.youtube.com/watch?v=BRI-A3vakVg&feature=related
を意識したエピソード。
あー、大変だ!ウィリアム・シャトナーもパロッてた!http://www.youtube.com/watch?v=h1CwZgb_iAI) -
さて、その姪の娘だ。
先日はいろんな食べ物に興味を示し、
「食わせろ!」と言葉にならない雄たけびをあげていた。
そこで、僕はある普遍的事実、または客観的に記述されるべき所与を得ることとなる。
これは心理学のレポートで「中世ヨーロッパにおけるハーメルンの笛吹き男とスリッパの属人性についての考察」でA評定を得た以来のインスピレーションだ。
つまり、「人は生きるために食べるのではない」のではなかろうか?」
姪の娘に見たものは、人が生まれて持ちながらにしてきた本能だ。
「生きていくってのは大変なんですよ」
と、よく分団長時代に自営業の幹部たちからこぼされたが、人はなんだかんだと理由をつけて、どんどん人生を複雑にしようとする。好むと好まざるとにかかわらず。
複雑なものほど本質は単純なのだ。
すべては最初から解明されていた。
「人は生きるために食べるのではない。
食べるために生きるのだ」 -
僕が持論を展開するとき、Yは昔からあらゆる選択肢を提供するために黙って頷き、時には首を傾げる。
今夜も、
「まいった。あいかわらずキレがいい。よほど気分がいいんだね」と言うYに、
「おまえと久しぶりに飲んでいるんだから、当然だな」
と言った後で、ふと長年の疑問を口にしてみた。
Yは僕の在学中、「秘書」と呼ばれたいた。
僕は彼を「秘書」と言ったことはない。
僕が京都は本社の茶椀屋(父いわく)のバイトで上野では態度悪く「バカ旦那」と呼ばれ、横浜では「若旦はん」と呼ばれていたころの話だ。
今でも、Yの電話に女房が出たときは「第一秘書から」と言って受話器を渡してくるときがある。
僕にとってYはそういう存在だった。
2人ともこうして、元気でやってくることができて幸せだと思っている。
もし、僕が
「国会議員になるから第1秘書になってくれ!」と頼んでいたら、Yはどう答えたか?
もちろん僕は冗談で言ったつもり。
しかし、今日のYは違った。
普通なら「そんな話でもあんの?」とか「また冗談キツイよ」と返ってきそうなもんだが。
Yはしばらく考えて、こう言った。
「どうだっただろうね・・・」
いかん。2人とも歳とってしまったんだ。
Yはいま完璧に違う人生を想像していた。
「大丈夫、これからも国会議員にはならないよ」とYの肩を叩く。 -
ふと時間を見れば10時。
Yの奥さんの運転で、ドア・テュー・ドアで駅へピックアップするころは11時を過ぎるだろう。
JRで上野駅へ。
上野駅名物の低いアーチの続く連絡通路で、お土産を忘れないように念を押す。
(Yのお母さんがガッカリするから) -
しかし、最後にハグして別れるイイ歳したオヤジ二人って、不気味だ。
それって、僕たちのこと?!
酔っ払ってなかったらお互いハグなんかしてないんだけど。
「じゃ、またな!」と手で合図。
ふと、振り返るとYは階段の人ごみに消えていた。
なぜか、ほっとする。
それは、ずっと禁煙席に座っていたからではない。 -
6年前。
僕はYと札幌から羽田に戻り、東京駅で別れた。
そのとき、Yはずっと僕が見えなくなるまで見送っていた。
ことの次第は、
7月の上旬、Yから携帯の着信あり。
折り返しかけても仕事中は出ないヤツ。
当時僕は自分の分団が消防の操法大会に向けて毎日夜の訓練に出席していた。
訓練中、今度は女房から電話、「Yさんが今話せるから電話ちょうだいって」
なにごとか?
電話すれば、
「会ってほしいんだ」とYが言う。
誰に?「だから僕に」
はんあ?四十にもなるオヤジが?
事情がわからないが、やっかいなことになっていることだけは伝わってきた。
さらに「どっか、連れて行ってよ」って、それじゃ愛人が言うセリフだぜ。
とにかく了解した。
どこでもいいんだな?と確認し、すぐWebで七夕の札幌便を予約。
うまいモンでも食べて話を聞こうや。 -
あいにくの雨の夜に札幌入り。カニを食べて、バーで飲み、ラーメンを食べて、よく眠り、翌日はお昼の便で羽田へ帰ってきた。
その間、Yはぽつりぽつりと会社での自分の身の処し方を話し始めた。
今となっては笑い話だが。
会社が買収された結果、MBAや公認会計士を取得したような社員が自分の倍の年俸でやってくる。
それでも、満足しない月給で仕事していけるだろうか?というもの。
らしくない、Yらしくない。
こいつの素晴らしいところは、「地道がいちばん」だと信じていることだ。
(ハネムーンでフロリダのネズミやアヒルと結婚式https://disneyweddings.go.com/site/gate/index.jspやってきたことは今でも理解に苦しむが)
↑、ヤラセ?(整形までして!)http://disneyworldweddings.disney.go.com/wwed/index?id=PRNews_OnTVPage_en_US
だとわかっていても、(ABC'sのJim & Jen)感動するから結婚式って不思議だね。 -
以前、「どうして子供は一人しかつくらないのか?」とYに言ったことがある。
彼の答えは明確だった。
「育てあげる自信はないからだ」毅然としてそう答えたのだ。
僕はそのあと絶対にそれを話題にすることはやめた。
Yの本質はアスリート。
最悪の事態を想定できる、イメージできるアスリートだ。そのために手をうち、努力する。
なんとなく負ける試合だからなどという勝負はしないのだ。
人生は山あり谷だらけ。
じゃなくて、いい時も悪いときもある。
10戦10勝する必要はない。
営利をどこまでも求める企業にこそ、それは重要な教訓だ。
要するに「一人勝ち」してはいけないのだ。
それは、日本社会の弱さでもあると外国から指摘されることであったとしても、人間らしく生きるのは自分の生き方次第なのだから。 -
東京駅のニュートキョーで最後のビールを飲みながら、6月に仕事で行ったついでにYに買っておいたお土産(ガラスの林檎型ペーパーウェイトの箱)を出して渡した。
「ちょうど目に止まったので、今日渡そうと持ってきてたんだ」
と(中に林檎が入っていることは言わないで)
「どうもありがとう」と受け取るY。
その次がない。
つまり、Yは受け取ったまま中身を確かめるでもなく興味を持つでもなく、テーブルに置かれたまま。 -
ちょっと待てよ。
これは、いつか見たシィチュエイションだぞ。
大学2年の12月、Yの誕生日が近づいていた。
当時Yのガールフレンドは神田の一ツ橋にあった大学に通っていた。
僕は八重洲のTDLチケットセンターで「ビッグ10」を2セット購入し、授業が終わってからモノレールで羽田へYを連れていった。
「どこに連れて行ってくれるの?」
おまえな、それって女の子の言うセリフだよ。 -
Yのお祝いは、羽田東急ホテルhttp://teleradiology.jp/MRI/11_misc/haneda_tokyu_hotel/20040926.html
の最上階にあるスカイラウンジのカクテルで乾杯。
全面ガラス張りの目の前をナイトフライトへ離陸してゆく航空機が迫ってくる。
酔いもまわっていい気分。
さりげなく、ブレザーの内ポケットからチケットの入った封筒を取り出し、
「誕生日おめでとう」とYへ。
Yは「ありがとう!」と言って、そのまま封筒を鞄にしまおうとしたのだった。
おい、待て!
「どうして、中を見ないのか?」と僕。
Yは「開けて、いいの?」と答える。
僕はYに、2人でデートしてこい!と言いたかっただけ。それだけ。
そして、今、同じセリフをそっくりそのままドラマのように交わす僕とY。
「どうして、中を見ないのか?」
「開けていいの?」
出てきたのは、北一硝子http://www.kitaichiglass.co.jp/
のアウトレットで買った7cm大の林檎の形をしたガラス。
Yはゆっくりと手に持ち口に近づけて、齧る仕草をしてみせた。
僕が言う、
「できれば、仕事の机に置いてくれ。おまえには何もしてやれない。だけど、いつもYのことを考えているから」
Yは「ありがとう」と言って、林檎を鞄にしまった。 -
そして、東京駅で別れたとき、振り返るとYは僕をじっと見ていた。
僕は手を上げ、Yも手をあげる。
エスカレータを上り、電車に乗り込み、窓の外を見ていた。
電車が動き出す。
突然、ぽっと大手町がぼやけて、われに帰る。
自分が涙しているのだとわかった。
Yが元気でありますように。
ただ元気でだけありますように。
僕が願ったのはその一つだけ。
ともかく、今夜はそんな6年前の記憶を笑えるくらいに思えるほど、僕もYも楽しかったには違いなかった。 -
忘れかけていた記憶は、ある日、突然の訪問者のように現れる。
そんな記憶が僕を眠らせない。
ホテルに帰ると11時。
TBSのニュース23のトップは、「筑紫哲也氏」の訃報を報じていた。
井上羊羹が草の葉を吸った事件では、それを擁護する発言で顰蹙を買い、イラク開戦にあたっては、当初からその正当性を疑問視し、自衛隊のイラク派遣を含めて積極的な問題提起をつづけた。
少数派であること、批判されることを恐れず、多様な意見や立場を登場させることで、社会に自由な気風を保つことを信条とした、孤高のジャーナリスト。
肺がんに死す。
チェイン・スモーカーにとっては本望の結末だったか。 -
寝るまでに本を少し読み返す。
今回の旅行記は奇妙に「山の上ホテル物語」常盤新平著に紹介される故吉田社長の言葉をトレースしていたことがわかる。
「吉田がのこしたメモにつぎのうようなのがある。
『食こそ美の美であり、これに比すれば、美人など数段下がります』
旨そうなにほひが台所から流れる時、そっとのぞきに行かない様な方は先ず自分の頬でもつねってみて、死んでいないかどうか確かめて頂きたいもの。
生きるために食うとは嘘も大嘘で、人間は本来うまいものを食ふためにこそ生きるもの」
この言葉には多少反論の余地もあるが、僕が今夜Yに言いたかったこととたぶん同じ。
なぜなら「食べることは人間の本能(Instinct)なのだ」から。 -
この日、東京のクリスマス・シーズンがスタート。
木枯らしが吹き渡り、人々が足早に家路につく街角に、見る人の心にそれぞれの色を映し出す、煌びやかなイルミネーションが点灯を始めた。
クリスマスの精神は
「受けとることではなく、与えること」
物だけでなく、気持ちや思いやり、そして
なによりも一緒に共有できる時間でさえ、この慌ただしい年末には、貴重な贈り物になる。
イエス・キリストは
「受けるよりも与える方が幸いです」と言った。 -
来月にはYからのお歳暮が届く。
毎年、僕があとからお返しするのが例になっているが、今年は早々、贈ってしまおう。
彼の口にまで入ることがない「A3クラス」のステーキ肉を4枚。
「山の上ホテル」の吉田社長が言ったように、「良質のものはどの世の中でも少ししかない」のだから。
育ち盛りのYの息子が、分け与える精神を家族へ発揮する奇跡を祈りつつ。
カルチェ・ラタン雑考 ?、へつづく。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (18)
-
- マイレージユリコさん 2009/04/22 09:34:28
- 水谷 ゆたかぁ??
- まずは、4虎・・いや 4トラ復帰を心からお祝い申しあげます
のうりか様らしいお写真とコメントの数々
なぜか、懐かしく拝見させていただきました
山の上ホテルは、学生の頃何回か行きました
でも、その良さが解るほど 私は大人ではなく
センチュリーハイアットのシャンデリアに憧れ、
煌びやかを好んでいました
今も、東京で宿泊するも、海外で宿泊するも
アメリカ系なら安心・・というのは ちょっと寂しいかぎりかもしれませんね。しかしながら由緒正しい所が必ずしもここちよく宿泊出来るかといえば
そうでない場合も多くありませんか?
ホテルにお詳しいのうりかさんなら、解って頂けると思いますが・・
お写真の感想は・・・
たぶん、撮った角度から 水谷豊 って名前が出たのかもしれません
実際は・・こればっかりはお会いしないと解りませんね
でも、写真の印象は・・
?かなり、真面目そうだ。もし、逢う様な事があっても話があわないのでは
ないだろうか・・・・・・
?細い。もし、逢う様な事があったら、「こいつデブ」って思われるのではないだろうか・・・・・
です! でも、水谷豊はステキなんだから いいんじゃないでしようか?
また、次の作品を楽しみにしていますネ☆
- のうりかさん からの返信 2009/04/22 22:08:11
- RE: 水谷 ゆたかぁ??
- Judyさん、ありがとう。
そのままのご意見でした。
僕の足がなぜか向かないホテルは、帝国ホテルとオークラです。
ニュー・オータニはなぜか好き。よくわからないけどさ。
Judyさんにとって僕は「真面目」と思いこませているようで、とっても
満足です。誰かに真面目そうだと思われるほど幸せなことはないから。
はっきり断言しますが、第一印象は見た目が9割だと信じてます。
でもさ、Judyさん、僕がAB型だということを忘れてんだよね。
よく考えてたも。
同級生だからって、「彼女は気が強いよ」なんて言わないよね。普通。
お会いしてもいない方に。
僕の姉はとても美人です。
マーシャ・クラッカワーかベッキーかくらいに。
でも体重はおそらく彼女が30年前の1.5倍はある。
だから僕は「デブ」にはこころ優しいの。
好きでそうなったわけじゃないものね。
では、次回作をご期待ください。
のうりか。
-
- M-koku1さん 2009/04/19 17:18:36
- ついにその勇姿4trに登場
- のうりかさん
数日前に「カルチェ・ラタン雑考」完成を確認していましたが、
いつもどおりゆっくり読みた〜いと思って、今日まで大切にとっておきました。そして、さっきやっと読ませていただきました。
新作旅行記いよいよ発信!
まず最初に
やっぱり45歳ののうりかさんは水谷豊に似てました。♪♪
周りの方達が言うはずですね!
最近は、旅行記を読んでると、コメントが水谷豊の声で聞こえてくる(幻聴か!)Mです。
しかしそれにしても、のうりかさんは作家が天職では、と心底思ってしまいます。
最後まで読ませるその筆力、感服です。
山の上のホテルには、部会の後の親睦会で一度食事に行きました。
誰がアレンジしたかって? もちろん言わずとしれた私です。
いいところですね。さすがに近すぎて泊まるチャンスには恵まれていませんが・・・
ご紹介の本、買って読んでみようと思いました。
あのあたりは、アテネフランセがあったり、YWCAがあったり、何となく
ちょっとお洒落なエリアだった気がします。黒澤楽器も、幼き頃は凛とした感じで、足を踏み入れにくい感じがしたものです。
旅行記を読みながら、私まで昔に引き戻されてしまいました。
さてさてウィリアム.シャートナーのI AM CANADIAN、傑作でしたねえ。
ちょっと事情に疎いのですが、もしかして、I AM CANADIAN
というこのパターン、あちらで流行しているんでしょうか。
スタートレックの大ファンだった私としては
本気で笑ってしまいましたよ。(^0^)
こういうユーモアっていいですねえ。
これを真似たのうりかさんの〈イバラキ〉礼賛、きっと面白かったことでしょう。ちなみにMと向かい合わせで座っている上司が、山形出身のイバラキ住民で、遠いのに常磐線で通ってきています。
言っていますよ、いつでも、「イバラキと発音するんだよ。」っと。
もちろん鹿島アントラーズの熱烈ファン。
一緒に仕事で水戸へ出張したら、駅前にアントラーズのお店があったので、さっさと入っていって、実にうれしそうでした。
Yさんのお話、しみじみしました。
人生みんな色々ですから、長い間友達関係を続けるのは、大変な時もあります。でも、何十年という年月が作ってきた関係は、そう簡単に新たに作り出せるものではないですからねえ、大事にしたいですね。
いただき物をその場で開けることができない奥ゆかしいYさんに
なんだか心が和みました。
このところ身近の方達の死が続いたとのこと、さぞかしお力落としだったことでしょう。知人の死は
自分の人生を大切に生きなければ、と思い返す機会になりますが、
これから徐々にそういうことが増えていくのかと思うと、気がめいります。
「空港」を「飛行場」、「カメラ」を「写真機」 とつい言ってしまう Mより
- のうりかさん からの返信 2009/04/21 21:13:32
- RE: ついにその勇姿4trに登場
- Mさん、こんにちわ。
返信が送ろうとしたら全部消えたので呆然としてしまいましたが、
気をとりなおして打っています。
Mさんに、断りもなくまたお名前を使わせていただきました。
だって、自然ですよね。昔から「羽田飛行場」だから。
Yのご両親は会津藩ゆかりの方たちです。
下の娘の受験のことをYには相談しませんでしたが、Yのお母さんなら
「絶対、津田!」と断言したに違いありません。
Yはエディップス・コンプレックスとまではいきませんが、高校生の頃
から近所のお友達と、年末には「おせち」の買い出しにアメ横までお遣いに
行っていたという親孝行息子です。
Mさんの山形語を操るお父さんには、なにやらへんなご縁を感じます。
先祖がえり現象であるはずもないけれど、幕末の会津藩は米沢や庄内と
盟友でしたから。
I AM CANADIAN !は一時的にyoutubeで盛り上がったのでしょうね。
ミラーに買収されたあと、Webがどうなったかアクセスしていないのです。
スター・トレックはスター・ウォーズより好きです。
オバマ大統領が熱烈なトレッキーだと知って意外だったけど。
45歳の日立にて。は、けっこう恥ずかしい。
あれが右京警部に似ているのであれば、いや、やっぱ似てないです。
20歳の写真も載せましたが、20歳にアルバイトで横浜に行っていたときの
写真に差し替えます。たぶんMさんは、どっちもがっかりするでしょうけど。
カルチェラタン雑考?ではリヴ・ゴーシュもLIPTONも出したいのですが、
さていつのことになりますやら。
Mさん、ありがとう。
のうりか。
- M-koku1さん からの返信 2009/04/22 03:24:41
- RE: RE: ついにその勇姿4trに登場
- Hi NOURIKA-san
I'd just arrived Frankfurt.
Beautiful evening here!
It's around 21degree.
I have to go to sleep very soon.
I had enough sleep on the flight already!
What should I do?
Best regards,
M
- のうりかさん からの返信 2009/04/22 21:47:45
- フランクフルトですね。
- Mさん、おつかれさまです。
僕はさっき帰ってきました。
見本市のお仕事でしょうか?
フランクフルトの郊外では麦畑が青々と風になびいていることでしょうね?
僕の場合ヨーロッパの時差ボケは夜明けのコーヒーや散歩という、
酔狂な世界です。
さて、Mさんのことですからジェットラグもなんのその、お仕事に頑張って
いることでしょうね。
よければまたあちらのお話もきかせてください。
のうりか。
-
- nakamasananiwaさん 2009/04/19 16:14:47
- あれ
この写真にてますよぉ
- のうりかさん からの返信 2009/04/21 21:15:31
- RE: あれ
- いいえ、ロバート・レッドフォードです!
なんか、ほんとに似てる気がしてきたかも。
-
- にゃんこ姫さん 2009/04/17 21:19:38
- 左岸もサガンも、懐かしいです。
- のうりかさん、今晩は。
お久しぶりですね。
この旅行記(と呼んでいいのかどうか)、上質の
短編小説を読んだような印象でした。
さすが、博学でいらっしゃる。
のうりかさんは、たぶん作家志望だったのでは
ないでしょうか。
(すみません。勝手な想像をして・・・。
お書きになるものに、いつも文学的な
香りが漂っているように思えるので。)
それと、描かれている東京やパリの風景、取り上げている
作家などが、私の感性に響いてくるのですね。
サガンにボーヴォワール・・・ひと頃、よく
読みました。
「イバラキ」・・・わかります!(笑)
昔、お米のCMで、
「イバラキ〜のコシヒカリ」というのが
ありましたね。
それまでは私も、「イバラギ」だと
思っていたので、目からウロコでした。(笑)
とりとめのないコメントで、すみません。
久々に、のうりかワールドに酔わせて
いただきました。
で、1票!です。
- のうりかさん からの返信 2009/04/19 14:00:11
- RE: 左岸もサガンも、懐かしいです。
- にゃんこ姫さん、こんにちわ。
少し迷ったのですが、20歳の写真と、その前に45歳の写真を入れて
おきました。
にゃんこ姫さんには大いに失望を与えるに十分だったと思います。
Yをダシに使ってしまった旅行記だったので、これくらいしないと
気がとがめたものですから。それとYは僕が旅行記を出していることを
知りません。教えてないから。
にゃんこ姫さんに約束した「Lipton」は後編に出す予定ですが、
さて、なかなか書けない先生になってしまったので困りました。
-
- nakamasananiwaさん 2009/04/17 15:41:08
- わぁ♪
なんかおととし行った東京駅八重洲口の食べもんやさんの匂いがする
ビルのなかなのになんとなくポッと灯ったあったかい雰囲気があったんよ
つかの間の逢瀬もとい邂逅?よかったですねぇ、愛もとい友情にもいろんなかたちがあるんやねぇ、おいら過去から忘れ去られた身、うらやましいです
P.S.ほんまに水谷豊やってんね♪意識してる?失礼
でもやっぱりのうりかさんの描く世界はこころやさしい殺し屋?みたく引き込まれます
- のうりかさん からの返信 2009/04/19 13:52:37
- RE: わぁ♪
- だからあ、水谷豊じゃないってば!
似てないでしょ?20歳の写真。
東京駅は今、大工事中なんよ。
グランプロジェみたいに。たぶんオリンピック招致を意識して
の利用客を無視した行いだと不満を感じてますけど。僕は。
八重洲口の店はどこも、これから大阪へ帰るとかいう人たちがにぎやかに
食事してたりしていて好きです。
-
- キートス・メルシーさん 2009/04/15 23:26:29
- Hilltop Hotel
- おひさしぶりです。
ひさびさにのうりか節が読めてうれしかったです。
てっきりフランスへ行ったと思って読み出したんですが・・。
山の上ホテルって、英語でHilltop Hotel なんですね。
マウンテンじゃないんだ・・、そっか東京に山はないから当たり前か・・。
(たしか岐阜県の新穂高に「山のホテル」というのがあるけど
あそこの英語名はなんなんだろう??と思って調べたら単に
「Yamano Hoel」でした。つまらん。
芦ノ湖の「小田急山のホテル」は「Hotel de Yama」でした。
そうキタか)
山の上ホテル=作家の缶詰ホテルというイメージがあり
単に出版社から近いからか・・と思っていました。
なるほど机も広いし、サービスがいいとか、一貫した信念があるから
大作家先生にも支持されているんだと納得。
やっぱり学生時代の友達はいいですよね。
あと、ビッグ10が涙がでるほど懐かしかったです。
あとガラスのリンゴも!!
キートス・メルシー
- のうりかさん からの返信 2009/04/16 21:50:44
- RE: Hilltop Hotel
- キートス・メルシーさん、こんばんわ。
桜も終わって初夏の匂いすら感じる頃になってきましたね。
「花も嵐も・・・」ではないけれど、僕にとっての休眠は同僚の死や、
同僚のお母さんの事故死や、僕の祖父の実家の当主の葬儀やらに、
自分の人事異動と、これからも書けない作家先生を続けていく予定です。
キートスさん、ありがとう。
読んでくれて。
のうりか。
- キートス・メルシーさん からの返信 2009/04/16 23:46:27
- RE: RE: Hilltop Hotel
- のうりかさん
桜も終わり、例年ならGWの頃のつつじがもう咲いていますよね。
色々と大変だとお察しいたします。
静けさが次なるのうりか節へのステップだと信じて待ってます。
でも、今回は本当にひさびさに読めてうれしかったんですよ。
最後まで読むのがもったいなかったぐらい。
キートス・メルシー
-
- nakamasananiwaさん 2009/04/13 09:15:27
- ♪
祝 復活
表紙だけでも芳しいカフェのかほりが漂ってますぜ
サガンって左岸やったんや、ふ〜ん
おいら東京って聞いただけであこがれちゃいます
のうりかさんの写真はとっても雰囲気があるから好きです
- のうりかさん からの返信 2009/04/16 21:43:03
- RE: ♪
- nakaさん、こんばんわ。
左岸ってリヴ・ゴーシュって言うんですわ。
もちろん右岸もあるんですけど。
日本の街の場合は川より駅の西か東でその街の顔があるように
思っていたけど、関西は駅の南か北かなんだよね。
大阪もまたしかり。
のうりか。
- nakamasananiwaさん からの返信 2009/04/17 00:36:17
- RE: RE: ♪
- へぇ、しらんかったー
リヴゴーシュってケーキ屋さんありますよねぇ
こっちにもあって昔よくつかいました
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
18
34