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「人間が厄介なら、人生は面倒だ」といっても死ねないから、今日も臆面もなく馬鹿の一つ覚えのニガオエを描き散らすのだ。その上、酒か入れば舌まで回る。あげくの果てには目を回してひっくり返る。そこへ通りがかった母子連れに「正ちゃん、お勉強をしっかりしなければ、将来ああいう風になるのよ」と顰蹙買うことおびただしい。昔、唐人が「一日生きれば恥も増す」と言ったそうだが俺なんかは一刻一刻が恥の上塗りだ。自慢じゃないが足のつま先から頭の毛の先まで恥の上塗りで出来ている。なんでも聞くところによると、この美観地区では占い婆と引っ掛けカメラ人とアクセサリー、それにこの俺の大道ニガオエ師ほど哀れで滑稽な者は、世に絶えてない言うのが定評だそうだ。さもありなん、タイコ持ちの帽子をかぶり、日蓮宗のお題目みたいなヒゲを生やし、最近油絵の筆など持ったことのないくせに絵の具だらけのapron姿で、生きているのは俺ばかりだと言わぬばかりに石垣前で鎮座している面を見ると浅ましくなるのであろう。ジオゲネスは樽の中、牛若丸は橋の上、俺は石垣背にして大見栄切ったとて、何かの拍子に悲観の虫がおそってくると、もうこんな下等な人間のするような仕事は今日かぎり辞めちまって、チリガミ交換のほうが遥かに潔いのではと深刻に考えるのである。 <br /><br /> ところがだ。頭の上から妙なる鈴の声で「ニガオエ描いて頂けないでしょうか」と聞こえようものなら、今まで目を回してひっくり返っていた日蓮ヒゲはガバッと跳ね起き、しっかりスケッチ・ブックを握りしめているのだから現金なものだ。なんでもパスカル先生によると、妻子を失って悲嘆の底にある男が、いま自分の賭けた馬がスタートしたと言うだけで、この数分間有頂天になってい様を描き、そこから人間の悲しみが一見深そうにに見えてその実、底の浅いものであると辛辣に結論して折る。俺も先程の「深刻」という字など雲散霧消だ。「おお、貴方のの麗しい髪、黒真珠のような瞳゛杏のような唇、貴方は傾城の廃墟から抜けいでた虞美人そっくりだ。イヤ、かのシラノ・ド・ベルジュラックが生涯かけて恋焦がれたロクサーヌ姫を連想した。どんな天才の画家が、珍奇な絵具で純白のキャンバスに絵筆をふるっても、貴方と優劣を争うような美しさは断じてない、天下の美形、古今の傑作・・・・・」相手を褒め称える知っている限りの言葉を羅列し、感動符の連発だ。もう、こうなると分刻みの行動で疲れているのか、訳のわからぬ名画を鑑賞し、心の整理がつきかねているのか、今までまるで宙に迷った亡者みたいな観光客がにわかに元気ずいて拍手する。俺はますます得意になって泡をふく。客はいよいよ喝采する。子守の爺さんまでか゛腰を浮かして、威勢のいいクシャミで応援する。時には百円玉が飛んでくる。日蓮ヒゲの御仁は「人気絶頂、前途絶望」の空気に包まれて即心成仏だ。なかにはこんな哀れな人間もいるのかと、そう思いながら自分の生活を振り返り、安心ほ吐息を漏らしている奴もいるだろう。それはそれで良いのである。人間というものは人に応じた色々な生き方かあって曼荼羅のように全ての人が夫々の役割を持ってピエロを演じているものだ。もうチリガミ交換と言わず、俺は俺に振り当てられた狂人の役を素直に受け入れようと思った。 <br /><br /><br />

倉敷にがおえエレジー記 プロローグ

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1960/05/06 - 1970/05/06

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がたろう

がたろうさん

「人間が厄介なら、人生は面倒だ」といっても死ねないから、今日も臆面もなく馬鹿の一つ覚えのニガオエを描き散らすのだ。その上、酒か入れば舌まで回る。あげくの果てには目を回してひっくり返る。そこへ通りがかった母子連れに「正ちゃん、お勉強をしっかりしなければ、将来ああいう風になるのよ」と顰蹙買うことおびただしい。昔、唐人が「一日生きれば恥も増す」と言ったそうだが俺なんかは一刻一刻が恥の上塗りだ。自慢じゃないが足のつま先から頭の毛の先まで恥の上塗りで出来ている。なんでも聞くところによると、この美観地区では占い婆と引っ掛けカメラ人とアクセサリー、それにこの俺の大道ニガオエ師ほど哀れで滑稽な者は、世に絶えてない言うのが定評だそうだ。さもありなん、タイコ持ちの帽子をかぶり、日蓮宗のお題目みたいなヒゲを生やし、最近油絵の筆など持ったことのないくせに絵の具だらけのapron姿で、生きているのは俺ばかりだと言わぬばかりに石垣前で鎮座している面を見ると浅ましくなるのであろう。ジオゲネスは樽の中、牛若丸は橋の上、俺は石垣背にして大見栄切ったとて、何かの拍子に悲観の虫がおそってくると、もうこんな下等な人間のするような仕事は今日かぎり辞めちまって、チリガミ交換のほうが遥かに潔いのではと深刻に考えるのである。

 ところがだ。頭の上から妙なる鈴の声で「ニガオエ描いて頂けないでしょうか」と聞こえようものなら、今まで目を回してひっくり返っていた日蓮ヒゲはガバッと跳ね起き、しっかりスケッチ・ブックを握りしめているのだから現金なものだ。なんでもパスカル先生によると、妻子を失って悲嘆の底にある男が、いま自分の賭けた馬がスタートしたと言うだけで、この数分間有頂天になってい様を描き、そこから人間の悲しみが一見深そうにに見えてその実、底の浅いものであると辛辣に結論して折る。俺も先程の「深刻」という字など雲散霧消だ。「おお、貴方のの麗しい髪、黒真珠のような瞳゛杏のような唇、貴方は傾城の廃墟から抜けいでた虞美人そっくりだ。イヤ、かのシラノ・ド・ベルジュラックが生涯かけて恋焦がれたロクサーヌ姫を連想した。どんな天才の画家が、珍奇な絵具で純白のキャンバスに絵筆をふるっても、貴方と優劣を争うような美しさは断じてない、天下の美形、古今の傑作・・・・・」相手を褒め称える知っている限りの言葉を羅列し、感動符の連発だ。もう、こうなると分刻みの行動で疲れているのか、訳のわからぬ名画を鑑賞し、心の整理がつきかねているのか、今までまるで宙に迷った亡者みたいな観光客がにわかに元気ずいて拍手する。俺はますます得意になって泡をふく。客はいよいよ喝采する。子守の爺さんまでか゛腰を浮かして、威勢のいいクシャミで応援する。時には百円玉が飛んでくる。日蓮ヒゲの御仁は「人気絶頂、前途絶望」の空気に包まれて即心成仏だ。なかにはこんな哀れな人間もいるのかと、そう思いながら自分の生活を振り返り、安心ほ吐息を漏らしている奴もいるだろう。それはそれで良いのである。人間というものは人に応じた色々な生き方かあって曼荼羅のように全ての人が夫々の役割を持ってピエロを演じているものだ。もうチリガミ交換と言わず、俺は俺に振り当てられた狂人の役を素直に受け入れようと思った。


同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル
旅行の手配内容
その他

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