2009/03/14 - 2009/03/14
174位(同エリア226件中)
ねむのきさん
今日は、マカッサルにあるロッテルダム要塞へ。マカッサル市内唯一と言ってもいい観光地。今回は初めての訪問と言うことで、ガイドをつけて回ってみました。中は博物館になっていて、いろんな説明を受けながら2時間弱。天気もよく、色々興味深い話も聞けました。
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これは、城西の外。入り口の右側です。名前は忘れましたが、オランダの総督。彼が、このスラウェシ地域の代表者。元々はウジュン・パンダン要塞という名前だったのですが、オランダが植民地にしていこう、この総督の出身地であるロッテルダムの名前をとって、ロッテルダム要塞と名前を変えたとか。ちなみに、マカッサルの旧名はウジュン・パンダン。この要塞から名前が来たのでしょうか。
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これが今も残る城壁と門です。元々門は何重にもあったそうなのですが、今残るのはこの1門のみ。城壁は、この城塞が建設された当初から残っているそうで、ポルトガルのエンジニアが設計したとか。当時、マカッサルを支配していたゴア王朝は、ポルトガルと交易で良好な関係を築いており、その縁でポルトガルの技術が投入されたと言うことです。
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城塞の中はこんな感じ。もちろん、当初ゴア王朝がこの城塞を建てたときにはこんな感じではありませんでしたが、その後にこの城塞の主となったオランダがオランダ様式にイノベーションしたそうです。
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引き続き、要塞の中。一番奥に見える1階建ての建物は、日本軍が占領中に建て増ししたものとのこと。オランダ軍はこの要塞を行政事務所として使用し、日本軍は言語と農業の研究所として利用していたと言うことです。最初はゴア王朝が、続いてオランダ、日本、そして日本が去った後はアンボンのあるマルク王朝が、そして最後にインドネシア政府が管轄するようになったと言うことです。
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これは、建物の2階から見た風景です。
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これは、城塞の模型。上から見ると、亀の形になっているのがわかるでしょうか。この城塞は、亀の形をかたどって建てられているそうです。この城塞を建てたゴア王朝は、東インドネシアを中心に北オーストラリアまでの広大な範囲を勢力下に収めており、その勢力は陸地だけでなく海にも及んだたため、海と陸両方で生活できるウミガメがそのシンボルとなり、城塞もシンボルのウミガメをかたどって作られたそうです。
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中の博物館ではいろんなものが展示されていましたが、ここではトラジャのものを紹介。トラジャは風葬をすることで有名。棺の中には、展示してある木の人形を入れるそうです。そして、後ろの絵で赤いものが見えるでしょうか。位の高い人は、ああやって赤い布にくるまれて洞窟の中で安置されるそうです。
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そして、安置して時間がたてば、当然骨だけになりますが、骨だけになった後はこの木で作られた棺の中に骨を入れて保管するそうです。骨壺ですね。この骨壺は、牛と馬がかたどられています。この2種類の動物は、死後の世界へ連れて行ってくれる乗り物と信じられているそうです。
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日本が占領時代に流通させていた紙幣もありました。オランダの植民地が300年以上も続いていたと言うことで、紙幣はオランダ語で書かれてありました。
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