2009/02/28 - 2009/02/28
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Tourschaffnerさん
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距離や傾斜は富士山や伊豆よりは楽と聞いてたが...
雪が問題らしい...
出発前日は都内も雪が降りやや不安!
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石船〜塩尻宿
東海道とともに江戸と京を結ぶ主要街道、中山道。中でも信州信濃路は、浅間山を一望する軽井沢宿から信州そばの発祥地として有名な本山宿まで15の宿場町を訪ね、風光明媚な旧街道約90キロを一年かけて、日帰り12回で完歩します。江戸時代に想いを馳せながら、タイムスリップウォークを楽しんでみませんか!
2009-2-28 \5900
最少催行人員/各30人
【横浜出発】
▼集合場所 天理ビル
▼集合時間 午前7時00分
【町田出発】
▼集合場所 市民ホールセンター
▼集合時間 午前8時00分
6km 約3時間 P2534
石船観音-大岩-茶屋本陣-東山一里塚-馬頭観音世音-永福寺-塩尻宿
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表紙の写真は塩尻宿本陣跡の石碑です!
歩いている時は晴天に!
雪は最初の急な坂(峠)に残ってたが前日に降ってくれたおかげで凍結場所は少なく助かった!
住宅地や林道、一般道に石があり何箇所見たのか...
見逃した石も多くあることが旅行記作成してて判明!
無造作にあるように思えたが...
石の歴史を知るとその場所になきゃだめらしいのかなぁ
説明がないと素人は素通りしがちでした!
歴史も少し学んで参加すると面白いと思いました!
この道を歩く前に歴史的背景などの予習が必要だった!
塩尻市HP
http://www.city.shiojiri.nagano.jp/ctg/510333/510333.html
東山一里塚
http://www.city.shiojiri.nagano.jp/ctg/450065/450065.html
http://www.sankei-kaihatsu.co.jp/tours/walk/
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 観光バス
-
-中央道-
良かった!天気になってきた -
-今日のお弁当-
-
-石船観音-
11:29
31段上ると!
塩尻峠の諏訪側は「今井茶屋本陣」
塩尻峠から一里は人家が無く参勤交代、旅人が難儀したらしく峠の両側に本陣を設けたらしい! -
-石船観音-
ガイドブックに真似てとったら額が真っ黒! -
-石船観音-
まだ階段登るの...?
34段。この先は奥の院 -
-石船観音-
この前の広場がスタート
写真とるの忘れた...ぁ!
11:37 start! -
-塩尻峠-
振返ると諏訪湖が素晴しい!
中仙道の難所と言えば
「碓氷峠」「和田峠」「鳥居峠」「塩尻峠」
らしい! -
-塩尻峠-
歩く道はこんな感じ
諏訪側から登ると急坂で難儀 -
-塩尻峠-
大石の伝説(ベタ書きです)
この巨石は昔から「大石」とよばれている。
「木曽路名所図会」にも「大石、塩尻峠東坂東側にあり。高さ2丈(約6m)ばかり横幅2間余(約3.6m)と記されている。
伝承によれば、昔この大石にはよく盗人が隠れていて旅人を襲ったと言われている。ある時のことこの大石の近くで旅人が追いはぎに殺され大石のたもとに埋められた。
雨の降る夜に下の村から峠を見ると、大石のところで青い火がチロチロと燃えていたという。またこの辺は昔よくムジナが出て、夜歩きの旅人を驚かしそのすきに旅人の持っている提灯のローソクを奪ったという(ムジナはローソクの油が大好物という)。 -
-塩尻峠-
大石の大きさ伝わるかなぁ
写真撮り忘れたから振返り
11:43 -
-塩尻峠-
見逃してしまう程小さい!
旗を借りて撮影しました!
道路左側に有 -
-塩嶺御野立公園 展望台-
ここで休憩
塩尻峠の展望台の正式名は
「塩嶺御野立公園 展望台」
えんれいおのだち公園
「明治天皇塩尻峠御野立所」
明治天皇が訪れたみたい! -
-塩嶺御野立公園 展望台-
展望台へ -
-塩嶺御野立公園 展望台-
奥に見えるのが展望台! -
-塩嶺御野立公園 展望台-
昭和初期のWC
2つあり水がでないがティッシュはあった!困 -
-塩嶺御野立公園 展望台-
まずは案内みて! -
-塩嶺御野立公園 展望台-
展望台を登る前 -
-塩嶺御野立公園 展望台-
諏訪湖側
茅野の永明寺山(1119.4m)えいめいじやま
八ヶ岳連峰南部の編笠山(2524m)あみがさやま
が見える。 -
-塩嶺御野立公園 展望台-
逆側は
北アルプスの穂高連峰
...が見えるらしい! -
-塩嶺御野立公園 展望台-
展望台の一番上から -
-塩尻峠-
15分の休憩も終り...
12:04Arv/12:18Der
この方向の奥に「御獄遥拝所」があるらしいが林が立派で見えない! -
-塩尻峠-
ここから下ります! -
-塩尻峠-
車が通ってくれたおかげと
昨日雪降ってくれたおかげ
で歩きやすい! -
-塩尻峠-
-
-塩尻峠-
12:24
峠は15分程で下れました!
ここからはしばらく平坦地を歩けます! -
-柿沢茶屋本陣-
展望台から180m下ったらら茶屋
この建物今は普通の民家で人が住んでます! -
-柿沢茶屋本陣-
明治天皇塩尻嶺御膳水の碑! -
-柿沢茶屋本陣-
-
-夜通道の石仏-
「よとうみち」の伝説
塩尻側(当時の地名は「片丘あたり」)に住む娘が岡谷の男と親しくなり逢いに行くのに毎夜この道を通ったらしい
12:28 -
-東山の一里塚-
12:34
碑の向かいには用水だったのかなぁ
何もない敷地
この東山の一里塚に一基だけ雑木林の中に残っているみたいだが見逃した... -
-東山の一理塚-
南塚のみが残されている。
幅12m 奥行13m 高さ3m
江戸の日本橋を基点に数えると57番目?
中山道の経路が変更されているのか作られた当時は52番目?なのかな〜ぁ -
-塩尻市-
以前は「中仙道」今は「中山道」
中仙道の文字はここしか見なかったなぁ〜
元和2年(1616)に塩尻峠が開通
中山道は
牛首峠経由(諏訪―三沢峠−小野―牛首峠―桜沢口)から
塩尻峠経由(下諏訪―塩尻―洗馬―本山)に変更され、
一里塚もそのころ作られたと推定され市内には、東山、塩尻町、平出、牧野、日出塩の五箇所に一里塚は築かれた現在は東山と平出の一里塚が形を残しているだけらしい -
-東山付近-
一里塚の案内板
この先緩やかな下り道 -
-塩尻市-
直進!左の道です!
右は高ボッチ高原方面になります -
-塩尻市-
福寿草発見!
花輪も大きくレモン色でした。 -
-塩尻市-
-
-東山付近-
何が記載されているかと言うと...
いの字山の由来
松本藩の絵地図にある東山に、「八峯山」・「いの字山」と二つの山名のみが記入されている。「いの字山」が江戸時代に有名な山であったことが分かる。この辺一帯は当時諏訪郡と筑摩郡二十ケ村の入会地で採草地として利用されていた。いの字の形をした幅10m・長さ100mに及ぶ二層の安山岩崩落地は中山道を通る旅人の目をひき付け、その下から流れ出る清く冷たい水は旅の疲れを癒してくれたことであろう。江戸後期の民族学者菅江真澄は初冬に阿礼神社に参拝して「いの字山みねもふもともかきくれて、かかれる雲や雪となるらむ」と詠んでいる。名勝いの字山の名は後世にも引き継がれ、山裾のいの字原は吉川英治の「宮本武蔵」や中里介山の「大菩薩峠」に、宮本武蔵と棒術名人夢想権之助、机竜之介と若侍数人の決闘の場所として登場している。
東山区2003 -
-東山付近-
緩やかな坂道を下りまだ真直ぐ歩きます!
いの字ケ原の決闘
播州明石において夢想流杖術の始祖「夢想権之助」と宮本武蔵が試合をした。
神道夢想流杖術の由来
一度も敗れた事がなく槍、薙刀、太刀の三つの武術を総合した杖術を編み出し遂に宮本武蔵の十字留を破った。その後黒田藩(福岡)に -
-東山付近-
道の右側はこんな景色 -
-東山付近-
R20を地下道を通り渡ります!
12:48 -
-東山付近-
しばらくR20を歩きます
福寿草も咲いてます!
13:05 -
-塩尻市-
道路はさんでシーさーらしきものが見えたら左に曲がります -
-塩尻市-
左に曲がりR20を外れます。
13:11 -
-塩尻市-
林にはいり... -
-塩尻市-
絶景!北アルプス -
-柿沢橋-
もとに戻り真直ぐ進むと長野道の上を横断
「みどり湖PA」が見えます!
13:19 -
-柿沢集落-
13:22
馬頭観音碑
小さい! -
-首塚胴塚-
ツアーのコースを少しはずれ首塚を見に行きます!
左に曲がり -
-首塚胴塚-
また左に曲がり -
-首塚胴塚-
畑の中にあります。
足元にはいちごの苗の芽がはえてました。
踏まないように... -
-首塚胴塚-
胴塚はどれだろう -
-首塚胴塚-
永井坂の首塚・胴塚
塩尻峠の戦いで武田信玄が信濃守護。
小笠原長時を中心とする連合軍に大勝。
首実検が行われた場所といわれ地元住民が多くの遺体を埋葬したとする言い伝えから昭和初期に区内有志が石碑を建立。現在も8/13には区民の手で供養が行れている。 -
-首塚胴塚-
石碑全体! -
-柿沢集落-
左側にはなまこ壁の蔵 -
-柿沢集落-
これは何だっけ? -
-柿沢集落-
法度だぁ
掲示は何もされていない。だけどキレイすぎる! -
-柿沢集落-
高札場。ズームup -
-柿沢集落-
-
-柿沢集落-
いぬぶくり
一円玉よりも小さい花です
この先いは鼻橋を渡り -
-永福寺-
永福寺が見えてきた! -
-永福寺-
まずは正門の山門から -
-永福寺-
慈眼山永福寺は木曽義仲ゆかりの地
元禄15年(1702)
伽藍と馬頭観世音が本尊とする朝日観音を建立したが焼失、安政二年(1855)再建。 -
-永福寺-
Wikipediaで検索したら永福寺は12ヶ所もあります
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E7%A6%8F%E5%AF%BA -
-永福寺-
-
-永福寺-
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-永福寺-
-
-永福寺-
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-永福寺-
屋根の上の黒いものは「スズメオドシ」
この辺りの旧家の屋根によく見られるものでうだつみたいなものらしい。このあたりはうだつはあげないらしい。建築の用語で本棟造(ほんむねづくり)という
ほんむねづくり
板葺(ぶ)き切妻屋根の大規模な民家。
長野県南部に分布。庄屋や本陣などの住居形式となった。 -
-永福寺-
しだれ桜綺麗なんだろうなぁ
石段の脇に馬頭観世音の赤い旗が... -
-永福寺-
お地蔵さん?何か沢山並んでます!
四国霊場88ヶ所お砂踏み -
-永福寺-
奥には -
-永福寺-
お四国さんの説明 -
-永福寺-
-
-永福寺-
時間があったらひとつずつ写真撮りたかったぁ -
-永福寺-
観音堂 -
-永福寺-
屋根もすばらしい!
裏側にはスポンサーの名前が閲覧されてます! -
-塩尻宿-
永福寺の前の道を本陣跡方面に向かうと交差点があります。
本陣は右にまがりますがその交差点に石が...
もっと重要な石を見つけたい! -
-石碑群-
庚申塔、道祖神など -
-石碑群-
影に隠れて映らなかったのでupで! -
-石碑-
三州街道の塩尻側の入り口である石碑を見逃したぁ。
塩尻とは塩の道の終りを意味し
富山から運ばれてきた塩も三州街道から運ばれ三河・尾張の塩もここで終り(塩尻)になった。
五千石街道
諏訪高島藩の領土を北国脇往還と並行して松本と塩尻(桟敷村)の間を縦断している道
中山道と合流し諏訪へ通じる道として領内の年貢や物資を運ぶためのものとして利用されていた
三州街道(伊那街道又は飯田街道)
信州と三河を結ぶ道。地域沿線では歩荷(ぼっか)と呼ばれ中馬(ちゅうま)で荷駄を運ぶ通商の道として盛んに利用された道。
中馬とは宿場毎に設けられた問屋を経ずに荷主との直接契約で荷物を運ぶ制度。 -
-塩尻宿-
この道具は何だろう? -
-小野家-
お国の重文らしい -
-小野家-
建物は天保2年に建設。切妻造平入で2階建桟瓦葺。
14:35 -
-塩尻宿-
小野家を過ぎ100m先に本陣跡があります -
-本陣跡-
14:36
ゴール -
-脇本陣跡-
写真とったらバスに乗る為に永福寺付近まで戻ります
14:54DEp bus -
-参考書-
ちょっと驚いたが
この本の推薦コースが多分この企画らしい
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