2009/02/11 - 2009/02/11
2598位(同エリア3074件中)
ひらりんさん
伊勢神宮(内宮・外宮)をお参りした古人たちは田丸まで戻ってきて思案した事であろう。
帰るか行くか....
思い切って、熊野巡礼に行く事と決めた者たちは、まだ女鬼峠あたりでは新鮮な気持ちであったろう。
現代では、殆どの部分がアスファルト道となっており、女鬼峠と雖も単なる坂道クラス。
ただ、古人達の思いとわずかに残る旧街道の面影...
時間のある方は歩かれるも一興であろう。
世界遺産登録地域:
なし
歩行距離
JR田丸駅〜JR栃原駅 約16Km
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
スタートはJR参宮線「田丸」駅である。
-
渋い駅舎ではある。
-
田丸駅をチョイ行くと、
参宮道と熊野道との分岐点になるのである。
熊野巡礼に向かう者達はここで白装束に着替えたそうだ。
白装束は死出の旅立ちの意味合いもあるそうだ。 -
現代では、田丸付近の熊野古道は県道に吸収されていて、当時の面影はない。
-
右 くまの かうや よし乃道とある。
勿論、右へ進むのである。
文政七年とあった。妙に嬉しくなったのは事実である。 -
県道沿いに地蔵があった。
結構、新しく見えたのである。
事故死した者かも知れぬ....
取りあえず、手を合わせておいたのである。 -
外城田神社である。
意外と立派な神社であった。
しっかりお参りしておこう。 -
古い家並みが続くところがあった。
屋根には七福神。
ありがたい家ではあった。 -
こんもりとした杜が見えたら、右へ入るのである。
県道からやっと解放されるのである。 -
巡礼道引観世音石仏庵である。
西国三十三所の観音様が祀ってあるのである。
熊野巡礼が盛んな頃には、この庵を見て古人達は一番札所の青岸渡寺への思いを強く持ったかも知れぬ。
なお、中央の一番大きい観音様が青岸渡寺の観音様であった。
くまのぢを
みちびきたまえ
かんぜおん
きよきふじょうも
ひとは
ゑらばず -
蔵の残る、古い街並みを歩くのである。
-
どこまでも、長閑であった。
-
栄昌寺である。
この寺の本尊は千手観音(室町期)であり、古人達も立ち寄ったと推測されるのである。 -
手前の祠の地蔵である。
チト、怖い.... -
西外城田神社である。
やはり、お参りするのである。 -
農免道路であろうか。
古道が吸収されているのである。
興ざめの道ではあった。 -
女鬼峠の入り口である。
-
何故か、高速道路の下をくぐらなければならぬのである。
日本の風景を壊すもの:
・スキー場
・ゴルフ場
・高速道路
と思う今日この頃ではある。 -
女鬼峠は石畳ではなく、土道であった。
熊野古道最初の「峠」である。
まあ、大目に見てやろう。 -
有名な女鬼峠の切り通しである。
見事な切り通しではある。
道を作るのに随分難儀したと推測されるのである。
ここを大八車が通ったそうだ。
通る方も難儀したと推測されるのである。 -
空き缶が峠に落ちていた。
これは頂けないのである。 -
峠を越えると茶畑が広がっていたのである。
ここらは、お茶屋さんだらけなのである。 -
地蔵である。
150cmあるのである。
結構、迫力あるのである。
昔の人は背が低かったと推測されるので、ほぼ等身大だったと考えられ、向き合って拝んだのだろう... -
梅が咲いていた。
-
浄保法師五輪の塔である。
村に伝染病が流行った頃、自ら生き埋めとなり仏の救いを祈った法師を祀るそうだ。 -
寺子屋跡だそうだ。
寺子屋のイメージではなかったのである。
ホストがあるところを見ると現在でも何かに使われているのかも知れない。 -
蚕小屋跡だそうだ。
天窓が蚕小屋の特徴とのこと。 -
柳原観音である。
この寺の裏手から眺める宮川はいいぞ、と聞いていたのだが、行くのを忘れてしまったのである。 -
「お滝さん」である。
水はかれる事がないそうである。
巡礼者はここで一休みしたそうである。 -
国際秘宝館...
子供の頃、テレビCMで見た事があるのだが...
現在でも健在なりや?? -
国道合流である。
大型車がガンガン走り、全く以て興ざめであった。 -
ゴールの「栃原駅」である。
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