2008/05/30 - 2008/06/07
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kan-abe@千葉さん
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後編は東北の3大都市である「瀋陽」「ハルビン」「長春」を訪ねる旅である。
瀋陽は清朝が北京入城前に都としていた街である。
初代皇帝ヌルハチ、第二代皇帝はここ瀋陽の皇宮で政務を取っており、第三代皇帝順冶帝の代に北京入城し、故宮を皇宮とした。従って瀋陽には、瀋陽故宮や福陵{初代皇帝ヌルハチの陵墓}、
昭陵{第二代ホンタイジの陵墓}が有り、2004年北京の「明の十三陵」等と並んで「明、清王朝の皇帝墓群」として世界遺産に追加登録された。
写真は北京〜ハルビン間を走っている新幹線「和諧号」。小生は瀋陽〜ハルビン間を乗ったが、在来線を走っているせいか、590kmを4時間掛かり、スピードは今いちと言う所か〜〜〜。
チケット代は2等席{1等席1輌、2等席7輌の8輌編成}で169元{2700円}と日本に比べ大幅に安いが、在来線のチケットに比べると約2倍になっている。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- アシアナ航空
-
瀋陽故宮博物院正門
瀋陽故宮博物院は北京の故宮と並んで「明、清王朝皇宮」として2004年世界文化遺産に追加登録された。 -
瀋陽故宮大政殿 -
故宮鳳凰殿 -
張氏師府博物院{張作りん、張学良親子の官邸兼私邸
現在は遼寧省文化庁として保存使用されている。 -
瀋陽市の北部の北陵公園の中にある昭陵{第二代皇帝ホンタイジと皇后の陵墓}の正門。 -
第二代皇帝ホンタイジ{愛新覚羅皇太極}像。 -
昭陵下馬牌。 -
昭陵大紅門。 -
昭陵の中心地「方城」の正門「隆恩門」 -
九、一八歴史博物館のモニュメント。
満州事変の引き金となり、中国人にとって屈辱的な柳条湖事件{中国では九、一八事変と言う}が起きた場所に建てられた記念館。{1931年9月18日勃発} -
同前 -
遼寧賓館。
前身は南満州鉄道が運営した奉天大和ホテル。
1927年に創建され、内装、外装ともに気品溢れるヨーロッパルネッサンス様式が取り入れられており、現在もオリジナルな建築様式を維持している。 -
遼寧賓館の前は毛沢東主席の像を中心にした広場になっており、この広場に面して幾つかの旧満州当時日本人が建てた建物が外観はそのままに保存されて使用されている。
写真{正面の茶色い建物}は旧横浜正金銀行。 -
旧奉天警察署 -
旧朝鮮銀行 -
一時期関東軍司令部が置かれた建物。 -
小生の乗ったこの車両は山形新幹線タイプと思うが、他のルートではヨーロッパ製の車両も走っているらしい。
ハルピン迄この列車に乗る為、瀋陽に到着するやチケット売り場に直行し、3日後のチケットを申し込んだ所売り切れとの事。
予約してある瀋陽のホテルにチェックイン後旅行社に電話を入れ、瀋陽市内観光の為のガイドと車の手配をし、ハルピンまでの新幹線チケットの購入を依頼したら簡単に購入出来た。
但し、チケット代169元に+50元の手数料を取られた。ホテルに届けて貰った訳ではなく、手配したガイドに持って来て貰ったのに???。 -
ハルピン駅。
日本でネットで予約したハルピンでのホテルは駅の対面にある龍門大楼の主楼であるが、その後方にある貴賓楼は1901年の創建されたアールヌーボー建築で、1937年から1946年までは満鉄が経営する大和ホテルである。
ハルピンは中国で最も北部に位置する行政区画「黒龍江省」の省都である。 -
ハルピンの見所は何んと言っても1900年代初期の欧風建築が残る中央大街だろう。
荷物をホテルに置くや早速夜の中央大街の散歩に出掛けた。 -
確かに中央大街の両側には、外観は当時の欧風建築のまま保存され、内装は現代風にアレンジして使用されている。 -
当時は色々と由緒ある建物だったと思うが、小生は知り様もない。 -
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翌日は今回の旅行で初めて雨に出会ったが、昼の中央大街を見たく再度出掛けた。 -
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この高層マンションは最近建てられたものだが、周囲の欧風建築に合わせて欧風を取り入れている。 -
中央大街で特に眼を引くのは、広場の中央に建てられているロシア建築独特のネギ坊主型ドーム屋根のソフイスカヤ寺院である。 -
ソフイスカヤ寺院の内部。 -
同寺院のドーム天井内部。 -
同寺院内部。 -
中央大街のすぐ北側には松花江が悠々と流れており、対岸の太陽島公園にはロープウエイや船で渡る。 -
紅博広場には旧ソ連紅軍との協力を称える像が建っている。 -
ホテルの部屋の窓から見たハルピン駅前広場の風景。
この広場の地下は手前ホテルの前まで全て小さな商店がひしめいているマーケット街となっている。 -
ハルピンに2泊した後、約220km高速道を南下し最後の訪問地長春に向かった。
山陰も見えないだだっ広い平野の中を道路は地平線に向かって真っ直ぐ伸びている。
中国では都市間を結ぶ幹線道路網は非常に整備されている。 -
道路の両側には見渡す限りトーモロコシ畑が広がっている。 -
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道路を走っていると時々小部落を見かけるが、それにつけても、農家の数が余り多くない。
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間もなく長春到着と言う所を走っていたら、突然道路両サイドの景色が変わり、広い水田地帯が眼に入って来た。こんな所{緯度的には日本で言えば北海道の旭川のやや北あたり}に水田とはと驚いた。日本の稲作技術が入っているか?
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吉林省の省都の玄関口「長春駅」。
ここ長春の見所は、旧満州国建国当時の首都として新京と呼ばれていた街で、今でも当時の政府の建物等が
沢山残っていて保存されているとの事である。 -
春誼賓館。
長春駅前に位置するクラシックホテル。旧館は1910年{明治43年}開業で、南満州鉄道経営の新京大和ホテル。 -
長春でのホテルも日本からネットで予約したものだが、チェックイン後、夕暮れには未だ時間があったのでホテルの周りを散歩に出掛けた。
玄関を出て50mほど歩いたら大通りに出た。すると通りの向こう側に日本の城の櫓状の建物が眼に入った。 -
もしかして、旧満州国に関する建物?と思い、門に近ずいてみると「中国共産党吉林省委員会」の看板が掛かっていた。
「地球の歩き方」で調べるとこれは「旧関東軍司令部」の建物である事が判った。 -
門の中に入って建物の写真を撮りたいと思ったが、門衛が居、門の前にはパトカーも居たので、諦めて通り過ぎるだけにした。 -
旧関東軍司令部を通り過ぎると松林に覆われた広いお屋敷風の一角が有り、古風な門構えには「松苑賓館」
と言うホテルの看板があったが、「地球の歩き方」によれば「旧関東軍司令官邸」だと言う。 -
門衛も居なかったので中へ入って行くと木立の中の300m程の長いアプローチ道の先に洒落た洋館が2棟
有った。 -
ホテルとしての本館は別に最新設備の整った高層ビルが有り、これ等官邸は吉林省の重点保護建築物として
保護されている。 -
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ホテルの裏に小学校あり、その敷地内にお寺の様な建物が見えた。この裏口からは入れず、ぐるっと周って正門から入って見たいと思ったが授業中で入れず、その時は諦めた。 -
放課後再度行ったらうまい具合に裏口が開いていたので入って見ると何と運動場の真正面にお寺の本堂らしき建物とそれに渡り廊下で繋がった社務所らしき建物がでーんと建っているではないか・・・。
近ずいて見るとやはりちゃんと保存されている。
「東本願寺」? -
こちらは社務所か? -
偽満州国皇宮碑{偽満皇宮博物院} -
偽満皇宮博物院の正門。 -
詔勅発布や外国使節との謁見が行われた勤民楼。 -
玉座と謁見の間。 -
清国歴代皇帝を祀った奉先殿。 -
御前会議の間 -
同徳殿。 -
偽満州国務院の名盤 -
偽満州国務院
1936年竣工、日本の国会議事堂を模した中西折衷様式。
現在は吉林大学基礎医学院として使用中。 -
偽満州国司法部。1935年竣工
現在は吉林大学新民校区。 -
偽満州国経済部、1935年竣工
現在は吉林大学第3医院として使用中。 -
偽満州国軍事部、1935年竣工
現在は吉林大学付属第1医院。 -
偽満州国宮殿{但し建設途中にて中断された。}
現在は地質宮ちして使用中。 -
小生が長春の宿とした3星ホテル。
偶然にもホテルから徒歩境内に多くの旧満州国当時の
建物が残存し、吉林省の重点保護建築物として保存されているのを眼にする事ができた。
翌6月7日、15日間の旅も終りで、この地よりアシアナ航空にて仁川経由帰国した。
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