2008/07/24 - 2008/07/29
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空飛ぶドクターさん
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【カジノについて講演依頼】
2008年7月24日から6日間、7年ぶりにラスベガスへ行って来ました。今までは、近くに行ったついでに、カジノとショーを観に行くことが多かったのですが、今回ははっきりとした目的があります。
今年は福岡も毎日30度以上の日が続いていて、時には35度程度とかなりの暑さに慣れているつもりでした。でも、ラスベガスはそんな私をあざ笑うかのように、41度でした。やはり、砂漠の暑さです。いくら乾燥していて湿気はなくても、41度はかなり厳しかったです。しかも、今回の私の目的が、巨大なテーマホテルの写真をなるべく沢山撮ることだから外を歩き回ったのでかなり堪えました。ただ、7年前に来た時も夏で同じくウンザリするほど暑かった記憶があります。時期を選べるなら、冬のラスベガスがいいかもしれません。
私自身ビックリしましたが、9月に私が評議員でもある日本旅行医学会のイブニングセミナーで、「カジノ」について講演するように頼まれました。何と自殺が昨年の海外旅行者の死因の2位になったのを受け、旅行医学のテーマの一つでもある「健康増進と旅行」としての位置づけです。たまたま、今年は3月に澳門(マカオ)に行って写真も撮ってきたので、いい機会だから久しぶりにラスベガスへも行って、たくさん写真を撮ろうと思ったのです。もちろん、久しぶりに本場の「カジノ」へ行きたかったのもあります。最近はヨーロッパのあちこちに行ったついでにカジノがあるのを発見していましたが、やはり本家であるラスベガスは別格です。
【変化】
案の定、7年もたつと明らかな変化がありました。まず、以前にはなかったモノレールができています。メインストリートのストリップ(正式名はラスベガス大通り)の東側に延べ5km程度の距離の有料モノレールができています。空港に近い南のMGMグランドホテルから、北の方はストリップから少し離れて迂回しています。北の終点はサハラ・ホテルです。その手前にラスベガス・コンベンションセンターがあり、以前に米国泌尿器科学会でそこでの発表のために来ましたが、最後の家族6人での旅行で思い出の場所です。ちょっと南には、短距離ですが空港の西側のマンダレイベイ・ホテルからエクスカリバー・ホテルまでの1km程度のストリップの西側の無料のモノレールもできています。
今回は私にしては珍しくレンタカーを借りませんでした。その理由が、写真を沢山撮るのには歩くしかないからです。車でホテル間を移動する場合、駐車場はたっぷりありますが、広すぎて駐車場からホテルまで相当歩きます。だから、モノレールで移動した方が便利なのはよくわかります。道路は渋滞もひどく、ちょっと止まって写真を撮るのも難しそうです。
私が一番面白いと思ったのは、ホットパンツとタンクトップのボインのお姉ちゃんで有名なチキン・ウィング(鶏の手羽肉)のレストランのフーターズがカジノ・ホテルをラスベガスの南でストリップの東側(マッキャラン空港近く)にオープンしていたことです。迷わずに見に行くと、期待通りカジノのカクテルサービスの女性もみんなあの有名なフーターズの格好でした。一方で、残念だったのは他の多くの有名ホテルのカクテルサービスの女性のウェアが平凡になったことです。以前は、シーザースパレスでは、クレオパトラのような格好をしていました。それが、楽しみでした。でも、いつのまにか無くなっていました。気のせいか、洗練されたラスベガスのディーラーも質が下がったと思います。やたらめったら、東洋人のディーラーが増えました。名札を見ても、アメリカ人の場合の州の名前は珍しく、多くのアジアの国の名前の付いたのばかりです。ホテルが増え過ぎて、人手不足でディーラーの質も下がったのかもしれません。
タクシーの運転手も、昔からラスベガスを知っている人はみんな昔のラスベガスの方がよかったと言うと言っていました。今回の私の印象は今のラスベガスは余りに巨大になり過ぎた気がします。アメリカで、これだけ多くの人が歩いている町は他にありません。「テーマホテル」と言うと響きがいいですが、私に言わせると「下品な巨大なラブホテル」がどんどんとできている感じもあります。
色々なショーが見られるのもこの町の楽しみですが、ここでも変化がありました。ニューヨークのブロードウェイのように半額チケット屋さんができているのです。2日目は半額チケットで安いので欲張って4つ程はしごしましたが、さすがに少し疲れました。初日は、念のために日本からインターネットで予約していたシルク・ドゥ・ソレイユのオーを観に高級ホテルのベラッジオへ行きました。130ドル近くしました。「O」と書くとピンときませんが、フランス語の「eau」、つまり「水」がテーマのサーカスショーです。確かに素晴らしいショーですが、値段に見合うかと言うのが私の正直な感想です。最後の3日目の夜は、エルトン・ジョンの「レッドピアノ」を観に行きました。ここも120ドルはしました。一番いい席は160ドル近くします。昔からのシーザーズパレスです。最近まで、2年間くらいぶっ続けで、セリーヌ・ディオンがほぼ毎晩コンサートをやっていたようです。こんなことは以前にはなかったはずです。
【カジノ】
肝心のギャンブルです。今ではネガティブな響きのあるこの言葉の代わりに、ゲーム、ゲーミングという言葉を使うことも多いようです。今回は久しぶりにというか、ラスベガスでは初めてほとんど勝ち続けました。私の場合、金額はしれていますが。地球の歩き方に出ていた「ブラックジャック必勝チャート」で基本的な掛け方を勉強したおかげかもしれません。カジノがいいのは好きな時間に好きな時間だけ遊べるからです。しかも何回でも。今回はテーマホテルの写真を撮りにあちこち歩いて、ところどころでブラックジャックをしました。いつものように私はブラックジャック一筋です。
ここでも変化があり、以前はシーザースパレスでさえ最低の掛け金が5ドルのテーブルがあったのに、20ドル程度に上がっていました。庶民派の私としてはあせりましたが、探すとストリップ沿いでも小さいホテルで、5ドルから10ドルが最低掛け金のカジノがあります。ちょっと寂れかけた昔ながらのダウンタウンのカジノはまだ5ドルのところが沢山ありました。これだと勝っても負けても100ドルもあれば十分楽しめます。その代わり、勝った時も金額はしれていますが。
【Buffet】
何故かラスベガスでは昔から「バフェ」または「ビュッフェ」と呼ばれるバイキング形式のレストランが有名です。昔は安いだけが取柄のいかにもアメリカらしいスタイルでした。今でもダウンタウンに行けば、10ドル以下で食べ放題です。でも、たぶんおいしくはないです。言葉の問題ですが、私がNY州での高校留学時に覚えた「smorgasbord」というバイキング料理の単語はここラスベガスでは「buffet」です。北欧由来の「smorgasbord」という単語はあまりそれ以降聞いたことがありません。いまだに不明です。
私は今回一度だけフラミンゴホテルの20ドル程度のバフェに行きました。まぁまぁでした。今回私が気になったのは珍しく腹が減らないのです。何か変だなぁとは思っていました。帰国して誰かにそれは夏バテですよと指摘されて初めて気がつきました。今まで一度も夏バテなんかしたことないのでうかつでした。初めての経験です。道理で珍しく食欲がでなかったのです。
【アフガニスタンの知人を訪問】
これも今回の旅の目的の一つでした。まだ住んでいるかどうかもわかりませんでしたが、かろうじて記録が残っていた電話番号だけが頼りです。でも、すれ違いだった前回と違い、今回はうまく連絡がつき、懐かしい彼の家を再訪しました。実は、彼は私にとって大事なホストファーザーの単なる同居人です。
私の著書「「機内にお医者さんはいませんか?」空飛ぶドクターの海外旅行と健康管理」に詳しく書きましたが、10年以上も前、ちょうどラスベガスでの学会の為に、家族6人でロサンゼルス経由でラスベガスへ行くはずでした。ところが、飛行機が遅れ乗り継ぎに間に合いませんでした。すると、係員に誘導され、他の客何人かとマイクロバスに乗せられ、あわてて聞いたこともなかったオレンジ・カウンティ空港へと連れて行かれたのです。ところが、ここでもちょっとの差で飛行機に間に合わず、結局ここの空港の方がロサンゼルス国際空港よりはるかに小さいので、次の便まで何時間も待たされ夜の便しかありません。
翌日からの学会期間中は安いサーカスサーカスのモーテルを予約してあるのですが、昼には着く予定で最初の日だけはホテルも予約していません。レンタカーでデスバリーの方にでも行って、途中のどこかのモーテルにでも泊まるつもりだったからです。ところが、夜遅く着くとホテルはどこも満室です。金曜日の夜で、週末が混み合うラスベガスでは一番空室が少ないとは後で知りました。子供たちは泣き出すし途方にくれていると、冷静なかみさんの一言。「ラスベガスには知り合いがいるんじゃなかった?」そうでした。私のAFS高校留学時代のホストファーザーが離婚した後、引っ越してここに住んでいるのでした。後日、会うつもりだったのに、パニック状態で忘れていました。夜遅かったけど、電話して泊めてもらいました。6人もいるので、ベッドは足りませんが、適当にごろ寝させてもらいました。その家の同居人でその時初めて会ったのがモハマッドでした。残念ながら、ホストファーザーはその数年後に病気で亡くなりました。
【ロサンゼルスの郊外、ラグナ・ビーチへ】
最後に、カリフォルニア州ラグナ・ビーチにいる高校、かつAFSの後輩に会いに行きました。何と30年ぶりの再会です!私が本を出版したのをきっかけに、久しぶりに連絡をしたのです。ちょうど飛行機がロサンゼルス経由と言うことで、帰る途中なので寄ったのです。実際には、国際線のロサンゼルス空港よりもオレンジ・カウンティ空港の方が近いというので、ラスベガスからの国内線はオレンジ・カウンティ空港にし、彼女に迎えに来てもらいました。この空港は上述の因縁の空港で、他に俳優の名前のジョン・ウェイン空港とも地名のサンタ・アナ空港とも呼び詳しく知らないと名前も混乱しそうな空港です。私も予約の段階で不安になり、彼女に確認しました。間違えたら悲惨です。私の留学地の近くのNY州のロチェスターはコダックの本社があります。一方、医学関係者に有名な病院、メイヨークリニックはミネソタ州のロチェスターにあり、二つを間違える人が多いそうです。
オレンジ・カウンティ空港へは後輩のだんなさんも迎えに来てくれて運転していました。最初、私は後輩とは英語で話そうかと気を使っていました。アメリカ人のだんなさんが理解できないと失礼にもあたるからです。でも、彼女が日本語で話すので私も合わせて日本語で話していました。ところが、しばらくしてだんなさんは日本語がかなり喋れることが判明しました。なぁーんだ、気を使って損した。
途中、いかにも西海岸のビーチという所を通って、丘を登って行くと彼女の家に着きました。緑に囲まれ、しかも海が見える素敵な家でした。羨ましい限りです。瀬戸内海で育った私は海の見える家に憧れます。
30年ぶりに会ったのに、彼女とは話が弾みます。翌朝早いので先に寝ただんなさんはさておいて、二人でずっと話していました。すると、夜中の二時過ぎに携帯電話がなりました。日本からです。日本旅行医学会と私の記事を書いてくれることになっている西日本新聞の記者さんからでした。相手は外国にいることを知らずに恐縮していましたが、どうせ起きているし構わず大事な用件を済ませました。
翌朝は、今度は彼女にロサンゼルス国際空港まで送ってもらい、今回の楽しかった、かつ有意義な旅が終わりました。去年のチューリッヒ便と同じく大韓航空で、福岡からは成田経由よりはソウル経由の方が乗り継ぎの時間が楽です。でも、個人的にはあまり大韓航空は好きではありませんが。機内食も行きの牛肉料理があまりにまずかったので、帰りは迷わずビビンバにしました。
私は本邦初の「海外旅行に添乗する専門医」で、
「空飛ぶドクター」(登録商標)と名乗っていま
す。私のサービスに興味のある人はウェブサイト
http://www.kanoya-travelmedica.com を参考し
て下さい。
2008年4月に本を出版しました。「「機内にお医者
さんはいませんか?」空飛ぶドクターの海外旅行と健康
管理」悠飛社です。
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