2008/10/15 - 2008/10/15
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井上@打浦橋@上海さん
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上海近郊の水郷観光地はいくつあるんだろう・・・もう、多すぎて多すぎて・・・
どこも似たり寄ったりというところもあるんですが、やはり、賑わってるところと、そうでないところがありまして、前者で代表的なのは周庄なんでしょうね・・・あと烏鎮とか、同里なんかでしょうね。しかし、今回行きました錦渓は、殆んど、後者です。
この日は、いつものように、上海体育場から出てる観光バスで、錦渓に行ったんですが、周庄行きの客で満杯の観光バスが3台出たあとの次に来たバスに乗り込んだんですが、そのバスの乗客も8割がたが周庄行きの人達でして、残りの2割(7・8人)だけが錦渓で降りたのでした。
何故、そんな不人気な錦渓に行ったのか・・・それは2つ理由があったということです。
1つは、ズーット前から行ってみようと思っていたからです、なぜかと言うと、ここには幻の麺・奥竈麺があると聞いていたからなんです。
上海にも数年前までは、この奥竈麺があったらしいんですが、今は、消えてなくなってしまったんです。
我が家の近くに奥竈菜館という店があると聞いて、そこを訪ねたのが2年前の2006年6月でした。
それに関しては下記をご覧ください。
「奥竈麺を捜し求めて烏魯木斉南路と東安路を行く」
http://4travel.jp/traveler/dapuqiao/album/10073426/
コレを見ていただくと分るように、その店のメニューには、その奥竈麺が載っていたんですが、今は、作ってないということで、結局、お目にかかれずじまいとなってしまったのでした。
その後、ある方から錦渓には奥竈麺があったよと、メールがあり、ズーット、錦渓が気になっていたと言うことです。
もう1つは、そうなんです、「上海タイフーン」の主人公の美鈴の父がひっそり住む上海の郊外の陽泉村ってのが、錦渓だと言う情報を仕入れたからなんです。そうか、それじゃあ、行かなきゃ、と相成ったのです。
果たして、奥竈麺にめぐり合えたのかどうか、また、陽泉村は果たして錦渓だったのかどうか・・・・・思わせぶりですが、もう表紙の画像で、結果は出ていますね。
そうです、どっちも、ピッタシカンカン(古いなぁ・・・)だったのです。
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錦渓は上海市の隣りの江蘇省の昆山市の水郷観光地です。
昆山市は上海の青浦区に接していまして、
錦渓鎮(「鎮」とは村とか町という意味)は青浦区にあります上海の水郷観光地として有名な朱家角に近いところに位置しています。
同じ地域にある水郷観光地ですから土産物屋で売ってるものなんかも、殆んど、同じですね。道沿いの食堂でも食い物も・・・・
しかし、たった1つだけ違うのが、奥竈麺なんです。錦渓には、どこでも見かけるんですが、朱家角には、ないんです。
コレがどうもね・・・不思議と言うか、何というか・・・・
下の画像は錦渓の水郷観光地部分の案内図です。
追って、イロイロと橋の名や、散歩経路を入れ込んでいきます -
これが上海体育場脇にある上海旅游集散中心から出ています主な観光バスです。
ここに揚げられてるのは、皆、水郷観光地ですね。
錦渓に関しての情報は・・・・
100元/人、 位置:江蘇 路程:約1.5小時
景点:蓮池禅院、文昌閣、紫砂博物館、張省美術館、
古磚瓦博物館、古董天文館
・・・・となっています。 -
9時10分に出発しまして、11時17分に、錦渓に着きました。
2時間チョイ掛かりましたね。
殆んど満員のバスでしたが、ココまで来たのは7人だけです。
大部分の客は、錦渓の手前の周庄で降りてしまったのです。 -
前に見える橋は盤亭橋という橋のようです。
この橋の手前の左に蓮池禅院と文昌閣があります。 -
コレが蓮池禅院ですね。
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そしてコレが文昌閣です。
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向こうに見えるのが陳妃水家というものなのでしょう。
文昌閣と蓮池禅院がある一画の南側には五保湖という湖が広がります。 -
向こうに伸びるのが古蓮長堤ということですね。
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古蓮池を振り返りました。
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前の人たちが、錦渓で私と一緒に降りた連中です。
一人だけ台湾女性がいましたが、その他は、上海人だと思います。 -
右が文昌閣で左が蓮池禅院です。
五保湖が見渡せる一画を出て、錦渓の散策に向かいます。 -
盤亭橋を渡って、錦渓の水郷観光スポットに向かいます。
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コレは水郷観光地には必ずあります笋絲熏青豆と言うものです。
緑は枝豆の燻製でして、白っぽく見えるのは煮て乾燥させた塩味の竹の子です。 -
この橋は南塘橋か?
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何だろう、この黒皮面館とは?
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水路沿いの道・上塘街を行きます。
上塘街は南北に走る水路の西沿いを行く道です。
この橋は普慶橋と言う橋でしょう。 -
上塘街沿いには博物館が並びます。
南から北へ張省美術館、紫砂博物館、古磚瓦博物館、古董博物館、
天文館と並びます。
ここは、そのうちの紫砂館です。
紫砂は紫砂壷で有名ですね。
入ってすぐのところには、その紫砂で作った布袋が、ドーンと構えています。 -
紫砂博物館の2階からの、眺めです。
瓦屋根の家が立ち並びます。 -
上塘街沿いにある万千湖酒楼と言う店ですが、ここの名物は奥竈麺のようです。
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水路沿いの休憩所なのか、茶館なのか・・・・
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ここは古董博物館です。
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これは衆安橋でしょう。
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上塘街は一旦途切れ、中和橋を渡りますと、また続きます。
その中和橋を渡ってスグのところにある店です。 -
また水路沿いの道・上塘街を北に行きます。
この売店には奥竈麺の即席麺も売っています。
黒板には昆山著名特産奥竈麺と書かれています。 -
道端ではヘチマとおまるを洗う茶筅のようなものが売っています。
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これは溥済橋という橋です。
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溥済橋の上からの眺めです。
白壁、黒い屋根の家が立ち並びます。
上が北方向で、下が南方向です。 -
錦渓鎮のメインストリートの長寿路へ出る手前です。
そこには牌楼があります。 -
その長寿路沿いの店です。
雑貨屋という感じですね。 -
長寿路を超えて、また上塘街を北に行きます。
前に見える橋は天水橋です。 -
対岸では洗濯をしています。
綺麗とは絶対言えない水ですが・・・。 -
具慶橋です。
コレを渡って、今度は、水路の反対側の道・下塘街を南に行きます。 -
お年寄りの溜まり場のようです。
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下塘街は東西に走る水路で途切れます。
東へ行く水路沿いの道には屋根が架かっています。
この屋根の下の道を東に行きます。 -
お!ココで食事できるようです。
時間も12時25分。 -
そして、ちょうどそこに、奥竈麺を提供する店もあります。
店の名は長廊飯店。
じゃあ、ココで、初めての奥竈麺を、水路沿いの席で食いましょう。 -
さて、コレが、私が3年間捜し求めていて、錦渓でやっと出会えた食い物です。
奥竈麺と言います。簡体字ですと奥[火土]面です。
この奥竈麺は、今は、上海にはありません。
いや、4・5年前まではあったようです。
3年前のある日、私のブログを見ている方から、「井上さん、奥竈麺を食ったことありますか?上海ではチョッと前までは方浜中路に、その麺を提供する店があったんですが、今は、なくなっしまいました。上海で、どこかで食えるところないでしょうか?」と言う質問が来たんです。コレには、大いに興味を惹かれましたね。はじめて聞く麺です。早速、我が家の近くの下町ストリートの麺屋に「奥竈麺」と書いたメモを見せながら、聞きまわりました。ある人は、えええ、何じゃ、コリャ!?と言う反応、ある人は、おお、はいはい、奥竈麺ね、いやぁ、うちではやってないよ、と言う答え。そうか、上海では、全く一般的な麺ではなんいだなと、納得。家に帰り、ネットで検索掛けましたら、1つだけヒットしました。その店の名は「奥竈菜館」です。場所も我が家に近い、ということで、行って来ました。
その模様は下記をご覧ください。
「奥竈麺を捜し求めて烏魯木斉南路と東安路を行く」
http://4travel.jp/traveler/dapuqiao/album/10073426/
コレ見ていただければ分りますが、結局なかったんです、その店には・・・
メニューにも「奥竈麺」ってのは、載ってるのに・・・
店の姉ちゃんが言うには、チョッと前までやっていた、今は、やってない、ですって。
そして、この奥竈麺についての話題を、私が参加してます中国関連のMLに投稿しました。
そうしましたら、「ああ、あの奥竈麺ね、アレは、旨いですよ、はまりますよ・・・ただし、昆山にしかないはず」というレスが来たんです。
この方、蘇州に長く駐在していた方で、水郷観光地を全て制覇してる方です。
その方は、その時点では、もう、上海での生活だったんですが、
「あの奥竈麺は上海では出会ったことない、蘇州でも1軒だけだ、だけど、昆山行くと、この麺だらけ。そうそう、あそこへ行くと即席麺もあるよ」という訳なんです。
フムフム、なるへそ・・・相当、クセのある麺なんだな、だから上海からは消え去ってしまったんだろうと・・・
彼が言うにはスープが黒っぽくて、コクがあるんで、それが嫌われてるんだろう、と言うわけです。
この日も、錦渓に着いて、バスを降りて、女性ガイドに聞いてみました、ココには奥竈麺あるかい?と。
そうしましたら、ガイドさん顔をしかめて、「あるけどー・・・、あの麺、麺が硬いし・・・・」お勧めできないってな反応でしたね。
このガイド、勿論、上海人なんでしょう。
さて、ガイドに案内され、街に入り込みましたら、何処の食堂の看板にも「奥竈麺」がある。
ガイドに、主だったところを案内されたあとの昼飯に食ったのが、この奥竈麺です。
いやぁ、結構いけましたね。スープは黒っぽくて、コッテリ、コラーゲンたっぷりと言ったスープでした。
麺は固ゆでの細めん。トッピングとして、から揚げ魚の甘煮に鶏の腿の茹でたヤツ。コレで10元でした。
まちなかで食えば、もっと安いんでしょう。
私の撮った画像は、まずそうな感じですが、(いや、先の蘇州に駐在していた方に、井上さん、この画像、マズそう、って言われました)、それは、私のカメラの腕が悪いのと、この店の麺が雑に作ってあったからなんでしょう。
錦渓は、上海に接したところにあります。そして、上海の水郷観光地で有名な朱家角にも非常に近い。
しかし、朱家角では、この奥竈麺はなかったような・・・・その他の食い物、つまりチマキや、青豆の燻製、万三蹄(豚腿の旨煮)などは、どちらにも共通してあるのに、この奥竈麺だけは、朱家角にない。コレはですね、つまり、上海人は、あんな麺は食わないの、あんな麺は、昆山のイナカもんが食うものなの、って言う意思表示なのかもしれません -
臭豆腐をつまみに、二鍋頭をチビリチビリやり、ビールをグイッとやり、ほろ酔い気分になり、奥竈麺にも手を出し、うむ、なかなか行けるなと納得して、ふと水路に目を向けますと、小船が向こうから来て、通り過ぎようとしています。
先ほどの湖あたりで小魚を採って帰ってきたのか、それを生業にしてる夫婦の小船なんでしょう。 -
腹が一杯になり、気持ちもいい気分。
店をあとにして、また、水路沿いの道を行きます。
この店はレストランといいますか食堂のようですが、水路が見渡せるのが売りなんでしょう。 -
ココは床屋ですね。
観光客相手でなく、地元の人相手の店ですから、飾りっ気は、全くなく、雑然としています。 -
道端では、女性4人がマージャンです。
-
またまた、屋根つきの長廊の下を行きます。
この道は、水路沿いの下塘街です。 -
右前に見えてきた橋は普慶橋です。
水路沿いにあるベンチといいますか長椅子がイイ雰囲気出してます。 -
その水路沿いの道には竹製品を売る店もあります。
-
下塘街も、もう終わりというところで、視野が開け、むこうに菱塘池が見えてきました。
その下塘街の南端で店を構えてるのは竹細工屋さんのようです。 -
観光バスが着いた広場にまた、戻ってきました。
その広場にある店の1つです。
ココは、奥竈麺の専売店のようです。
「昆山奥竈館奥竈系列専売店」という赤い横看板が掲げられています。
一応、広場から広場へと一周した訳ですが、結局「上海タイフーン」の撮影スポットには出会えませんでした。時間は、1時20分。まだまだ時間はタップリあります。
ということで、一周目で、回ってないところを、もう一度、探索に行きます。 -
西へ延びる水路沿いの道・三図街を先ほどは、南塘橋までしか行きませんでしたが、2度目は、その先まで行って見ます。
右向こうに見える橋が三図橋です。
ココまで来まして、あれ、なんか、もしかしてというオーラが沸々と漂ってきました。 -
更にその先まで行きました。
このあたりは、もう、観光客が入り込まないところなんでしょう。 -
ココまで来ますと、もうオーラからは遠ざかってきた感じがしました。
でも、こういったところも趣きありますね。 -
今来た道を戻り、三図橋まで来て、橋の上に上がったり、橋の近辺をうろつきました。
コレは橋の上からの風景です。 -
そして、コレも橋の上からです。
右の黒い瓦屋根の家は、もしかして・・・・ -
コレは、三図橋を降りてスグの三図街の風景です。
左の傾いた木にも、見覚えあり。
まさに、ココだったんでしょう。 -
対岸にまわり、そこから今の風景を見ました。
まさにココですね・・・、美鈴が久しぶりに父親にあった所は・・・
父親は、この傾いた木の脇で、地元の人の髪を切っていました。
その時は、土管はなかったですけどもね。 -
コレが、「上海タイフーン」の場面と現地で私が探し当てた場所の画像の比較です。
「上海タイフーン」の画面はネット動画の静止画像ですので、ちょいボケ画像ですが、まず、間違いないでしょう。
美鈴の父親が、世を忍んで隠れ住んでたと言う陽泉村は錦渓だったということですね。
もし、物好きな方で、ココへ行ってみようと思う方・・・目指すは三途の橋ですからね。
あっ、間違えた!!三図の橋でした。 -
コレで、今日の目的は全て果たしました。
時間はまだタップリ。
また、広場に戻りました。
広場の店先では小魚やエビを網を張った木枠に広げて、陽に向けて干しています。
そして、出来上がったものを店先で売ってもいます。皆、淡水魚なんでしょうか・・。 -
帰りのバスが来るまでには、まだ1時間半ありますので、錦渓の街をぶらつきました。
この道は錦渓のメインストリートと言っていいのか、文昌路という道です。
赤い車が何台か並んで客待ちしています。
錦渓のタクシーですね。皆、三輪車です。
昔のダイハツ・ミゼットと言った感じの車です。 -
文昌路を北へ行きます。
街路樹の幹の下の部分には、白いペンキが塗られています。
こういうのを見ますと、田舎の町だなと、思われもしますし、昔の北京も、こうだったなと思い起こされます。
夜は、街路灯も少なく、街明かりも乏しく、暗くなってしまうんでしょう、だから、そのための白ペンキなんでしょう。 -
文昌路の北端まで来ました。
そこには、こういった牌楼があります。
ここが、錦渓の入り口って、ことなんでしょう。
この後、また広場に戻り、帰りのバス待ちました。
4時半に乗り込みましたら、周庄を観光した連中は、もう乗っていましたので、あとは一路、上海体育場を目指すだけ。着いたのは6時半ごろだったですね。
コレで、「錦渓は奥竈麺と上海タイフーンなのだ」は終わりです。
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