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6月14日(土) ヴェローナはなぜか良い!!(2)<br /><br /> スカラ家の廟を出てそのまま東に向かう。まだ行ってないピエトラ橋に向かうのである。川に沿って気持ちの良い遊歩道がある。若いお母さんが乳母車を押している。天気が少し良くなり青空が少し見えるようになった。<br /> ピエトラ橋の上で撮影をしていると、アベックがいて感じで撮って欲しそうに見えたので撮ってあげる。<br /> <br /> 帰りは違う道を選びたまたまエルベ広場の北に出てしまった。ランベルティの塔に登らなければと思い、シニョーリ広場に向かう。3ユーロ。<br /> エレベーターは箱だけは新しいが他は古びていて少し恐かった。一人で乗ってボタンを押して上がる。降りたところで写真を撮る。さらに上への階段があったので上る。そこは窓に網が掛かっていて撮影には不向きですぐ降りて、エレベーターに乗る。<br /><br /> エルベ広場にさよならしてマッツィーニ通りを戻る。カフェでコーヒーを飲むのを忘れた。ブラ広場の地下の綺麗なトイレに寄ってから、ブラ門を右折しスカリジェロ橋に向かう。天気が良くなってきて暑い。<br /> 橋を撮ってすぐ駅に向かう。違う道をとる。スカリジェロ橋近くの大通りを駅方面に向かって歩く。途中で二手に分かれていたので、ポルタ・ヌォーヴァ通りに出る道を選択。そこから行きと同じ道を戻って駅に帰り着く。<br /><br /> また、マックの無料トイレを借りてから荷物預かりへ。3.8ユーロであった。身軽に歩き回れたのを考えると安いものだ。この駅には日本のような待合室があった。正面の列車発着表に向かってゆったりした椅子がたくさん並んでいた。そこに座ってノートに日記を書き込む。<br /> 17時少し前、キップに刻印してホームに出る。予定の17時18分発が10分遅れの表示が出ている。17時28分、汚い列車が入って来た。カロッツェリア4の16番が予約席。4号車に乗り込むが焦って表示が理解できず、3番目くらいのコンパーメントにとりあえず座った。するとすぐ予約者が来たので立って出る。入口にもどるとやはりプラハと同じで先頭が16番であった。<br /> コンパーメントには若いカップルが荷物に囲まれて座っていた。キップを見せると荷物を寄せてやっと一人座れるスペースを作ってくれた。自分のリュックを置くスペースも無い。話をしてみるとデンマークからの新婚旅行とか、それにしても頭の後ろの2段の棚と私の後ろの棚にもスーツケースがいっぱいで、足元も荷物で埋まっている。女性の方は小柄のブロンドである。手には大きな書類ケースに旅行社が作成した行程表が。<br /> 青年がワゴンを引いて飲み物を売りに来た。コーヒー(アメリカン)を頼むと小さな紙コップのコーヒーを渡してくれ、何かイタリア語でしゃべっていかにもイタリアーナという青年。感じでは「これはオレの気持ち」と言ってバー状の菓子を呉れた。10ユーロ札を出すと5ユーロ呉れた。さらにコインのお釣りがあるかと思っていたら「チャオ」と言って行ってしまった。高いコーヒーであった。<br /><br /> アナウンスがあった。新婚さんが慌てて荷物を通路に出そうとする。しかしもう通路には降りる人が並んでいる。二人を入口に立たせて荷物を出しやすい様に並べてあげる。二人はどうにかして10個近くもある荷物を下ろしたようだ。がらんとしたあと窓側の席に座る。すると中年の夫婦と中年女性と小さな子供二人が乗り込んできた。「ヴォンジョルノ」と挨拶する。私の前に3,4歳くらいの女の子が座りその隣がそのお兄さんか5,6歳の男の子、そしていかにもエグゼクティブといった感じのお父さんが通路側に座った。私の隣は奥さんでその隣が中年の女性。遊びに来て帰る一家と言う感じ。<br /> <br /> 私は思い立ってリュックから折り紙を取り出し、鶴を折り始めた。女の子にピンク、男の子に緑を選ぶ。余り気を使わない自分が不思議にも使って、並行に折りすすめ同時に仕上げて渡した。喜んで二人は受け取ってくれた。横のお母さんが「****オリガミ**」と子供に言って「グラッツィエ」と言った。「折り紙を知っているのですか」と英語で訊くと「勿論!」と言った。新聞を読んでいたお父さんも礼を言ってくれた。<br /> 子供たちはしばらく鶴で遊んでいたが、そのうち買ってもらったのか女の子は人形、男の子はロボットで遊び出した。女の子のしゃべり方が余りにも表情豊かで、子供のときからこうなんだと感心した。<br /> お母さんに「ミラノで降ります、着いたら教えてください」と頼むと「私たちもミラノで降りますから大丈夫です」といわれた。<br /><br /> 窓外の景色が平原からアパートが林立するようになった。幾つかの駅を通り過ぎる。いよいよミラノだ。一番来たかったミラノだ。巨大なアーチの駅にびっくりする。写真で知っていたが本物は凄い。家族とお別れを言ってホームを出て、まずトイレ、何ユーロか忘れたがコイン投入式でパドヴァより高かった事は覚えている。<br /><br /> 本当に巨大な駅だ。一階の両替の窓口に行く。インフォメーションも併設されているみたいだ。しかし番が来て「ホテル」と言うと「二階へ行け」と言う。また上に上がって探す。トレンイタリアの案内所があったので、無駄とは知りつつ並ぶとやはり少し離れた「両替」へ行けという。しかし窓口のお姉さんは「下の両替へ行け」と言った。途方に呉れる。<br /><br /> しかも今日は間の悪い事に土曜日だ。ぼっと立っていると「日本の方ですか」と声を掛けられた。見るときちんとした身なりの日本人青年が二人笑顔でいた。日本人と日本語で本当にほっとした。「宿を探しているんですが、下と上の案内所がそれぞれあっちに行けと言って困ってます」と言うと、「お一人ですか?」「ええ」「凄いですねお一人で旅行とは」と言って「今日は多分ホテルは取れますよ」と言って駅の前の道を左に行けばたくさんあると教えてくれた。そしてパンフレットを渡し「よければ読んでください」と言った。日本人相手のミニコミ誌かなと思って受け取り礼を言って分かれる。<br /> 歩きつつ見るとそれはキリスト教系の新興宗教のものだった。ま、それでもいいや日本語が聞けたからと思った。<br /><br /> 駅の前に出る。治安が悪いと聞いているので不安である。するとまた日本人青年が声を掛けてきた。さすがミラノ、日本人が多いと思った。「何か困っていませんか」とその青年は言ってくれた。「宿を探しています」と言うと、「友人の宿を紹介しましょうか、三ツ星ですがいいですか」というので「お願いします」と言う。彼は携帯で電話していたが相手が出ないみたいで「済みません出ないんですよ、悪いですがご自分で探して下さい、前の斜めの道を左に行くと中クラスのホテルで、手前の道を左に行けば安いホテルがあります」と言って「読んでください」と言って小さなパンフレットを呉れた。カジュアルな服装だったので今度こそミニコミ誌だと思ったら、やはり違う宗教団体のものであった。<br /><br /> 安いという左の道を行く。すぐにアパート内にある一つ星ホテルを見つけた。ボタンを押し「部屋はありますか」と訊くと「ノン」の一言。次に三ツ星のホテルがあった。入口は安ホテルに見えたが中に入ってみると、きらびやかで豪華な内装で、広いレセプションに行くと、優雅な制服の男性が「フル」と一言、「お前の来る様な所じゃないよ」と言う感じでニヤニヤ笑っていた。(ひがみかな)<br /> そのホテルマンの笑い顔のせいでもないが、私はミラノに絶望した、大袈裟でなく。たった二箇所しか訊いていないのに諦めてしまった。治安の良くない中央駅あたりでうろうろしていられないと言う気もあった。突然フィレンツェへ行こうと思った。<br /><br /> 一気に駅に戻り時刻表を見ると20時05分発のフィレンツェ行きがあった。もう少し考えてみようという気があったが、出発まで15分程しかなかったが、こういう時に限ってすぐキップが買えてしまった。26ユーロ、カード決済。<br /><br /> ホームにあがりフィレンツェ行きの番線を探し走った。予約席はまた16番。コンパーメントに入ると野球帽をかぶった青年が窓側の私の席に座っていた。キップを見せて席を替わってもらった。初めての行動だ。彼は気持ちよく替わってくれた。向かいに座るかなと思ったら私の隣に座った。クリップで挟んだ厚い資料を読んでいる。彼にむかって「パルドン、イオ ソーノ ジャッポーネ」と言うと「オー、ジャッポーネ」と大げさに喜び、資料の裏に「INUYASYA」と書いて「知っているか」と訊いてきた。いつの間にか列車は「リナーテ」駅を通過しているところだった。「知らないがアニメか?」というと「そうだ」と言って、日本刀の絵を描いたり犬夜叉以外の登場人物の名を書いたりして質問をしてくる。<br /> 彼は「マルコ」君といってシチリア出身のミラノの工業大学の学生で、日本にも行ったことがあるという。しかしどういうわけか彼はあまり英語が分からないみたいで、仕方なく「旅の指差し会話帳 イタリア」を引っ張り出した。マルコ君はこれを取り上げるように手にし興味深そうに見ていた。そして指差し会話ではなく索引欄を開き、そこのイタリア語を指差し質問をしてきた。私もそれを用いて答えた。意外にもかなり意思の疎通が出来てびっくりした。<br /> マルコ君は近々また日本を訪れるそうで、前回廻った「札幌、東京、京都、大阪、広島、福岡、長崎」以外でどこが良いかと訊いてきた。私は紙に京都と大阪の簡単な地図を書き、その二つが交差する辺りに印を付け「NARA」と書いた。日本の初めての都だと教えた。また、私の町の名古屋は新幹線で通った事を覚えていて「大きな街だね」と言った。<br /><br /> 最初の停車駅で30歳くらいの黒髪で黒い瞳の小柄な女性が乗り込んできた。おとなしそうな人で隅に遠慮がちに座って本を読み出した。私とマルコ君がしゃべっているのが気になるのかチラリとこちらに目を向ける。読書の邪魔になるのかと思い小さな声で話すがマルコ君はお構いなし。<br /> するとどちらからかは覚えてないが、時折二人で話を交わすようになった。私の独断、全空想かもしれないが「僕は毎週末、こうやってミラノからパルマまで帰るんだ」「ヘェ、毎週なの、根気がいいわね」と言っているみたいだ。<br /><br /> マルコ君が漢字に興味を示したので、リュックからゲーテの「イタリア紀行」を取り出し見せた。彼は目をらんらんと輝かせて見ていた。私は指でページの右上から読むのだと教えた。マルコ君は前の女性にも本を見せた。彼女も珍しいものでも見るように見ていた。思い出してミラノの駅で貰ったパンフレットを見せた。そして「新興宗教のパンフレットだ」と教え、窓下のゴミ箱に入れようとしたら「僕に下さい」といったので渡した。<br /><br /> コミュニケーションのために用意してきた5円玉を思い出し、またまたリュックから取り出した。コインケースが膨れるほど持ってきたが初めて使う。重いという事もあり多めに取り出し、「ジャパニーズ・コイン、ウイズ ホール」と言ってマルコ君に渡した。彼ははじめ何だと言う顔をしたが、穴に気付いて嬉しそうに笑った。同じくらいのコインを前の女性にもプレゼントした。彼女も喜んでくれたが「このコインは何ユーロくらい」と訊いてきたのでいい加減に「0.1ユーロ」と言うと、自分のコインケースを出して「その分を払う」と言うので、「ノ、ノ、プレゼント」と言うと「グラッツェ」といってしまってくれた。イタリア人でも日本人みたいなおとなしい人もいるのだなと思った。美人が一段と美人に見えてしまった。<br /><br /> 楽しい時間が過ぎていって次はパルマだ。キップを取り出しフィレンツェ着の時間を見ると23時40分となっている。冷静に考えてもこの時間で宿探しは無理かもと思う。明日の夜に予約してある宿に行けば何とかなるかと思ったが、その宿を探さなければならないし、探してもフロントが開いているかも分からない。<br /> マルコ君も前の女性もパルマで降りると言っていた。キップのフイレンツェ着の時間を見せながら「マルコ君、私もパルマで降りたいと思う、もし、出来たら宿を紹介してもらえないだろうか」と頼んでみた。彼は「勿論良いよ、一緒に降りましょう」と言ってくれた。前の女性も「その方が良いよ」という風にうなずいた。<br /><br /> 9時半ころパルマに着いた。ホームで女性とお別れした。マルコ君と並んで歩き出して気付いた、かれは凄い長身であった。180センチ以上はあるみたいだ。横に座っているときは同じ目線でしゃべっていたのに。座高、いや足の長さの違いだな。<br /><br /> この駅もやはり地下道を通って駅構内に行くようになっている。イタリアの駅は小さな駅でも通過型の駅はホームは地下道で繋がっている。イタリア人はトンネルや地下道を掘るのが好きなのかな。オーストリアからイタリアに入ったらトンネルだらけだったし。<br /><br /> パルマの駅は小さな駅だった。まだ薄明るいのがありがたい。マルコ君について駅の左手に歩いていく。空手の有段者と言っていたし、背も高くのっしのっしと大股で歩いていくと、前から来る怪しげな男たちも道をあける。大きな通りの先に三ツ星のホテルが見える。マルコ君はそこへ向かっていく。リュックを前と後ろにした小走りについていく老齢の東洋人。<br /><br /> フロントにはアフリカ系の若い男性がいた。入るときマルコ君が予算はいくらまでと訊いてきたので70ユーロと答えておいた。マルコ君が交渉を始めた。相手は結構高飛車な感じで何か言っている。大きな部屋しか無いというような事を言っている。マルコ君がまた念を押すように何か言って、相手が答えると彼は私の肩を抱くように出ようとした。<br /> 私はこれ以上彼に迷惑を掛けられないし、辺りにはホテルが無さそうだし、「いくらと言ってるの」と訊くと「98ユーロ」と答えた。「遅くなるしここにします」と言うと「本当にいいか」というので「いい」と返事した。<br /> マルコ君は私が手続きする間そばで見守るようにいてくれた。手続きが済むと彼はあっさりと去って行った。その背に向かって「グラッチェ・ミッレ」と言いつつ腰を曲げ礼をした。<br /> <br /> カードキーを受け取り207号室に入る。余り広くはないが綺麗な部屋だ。しかし、98ユーロもするのにバスタブは無い。荷物を片方のベッドの上に放り出し、夕食の仕込みに出掛ける。先程、駅を出るとき「リストランテ」のネオンを見たのだ。<br /> 9時55分だが空はまだ少し明るい。人通りもあるし駅を取り囲むバールなども人で賑わっている。駅の端のリストランテに行くと、中には一組の家族連れいたのみ。ガラスケースの中のハムの入ったサンドイッチ(3ユーロ)とコーラ(2.5ユーロ)水(1ユーロ)を買った。ハムは好きではないが名高いパルマのハムを試してみたかった。でも、店頭売りのサンドに挟まっているハムだ、大した物ではないかな。<br /> <br /> 部屋に戻って食べてみると、ハム嫌いな私にも旨いと思わせるものだった。食べ終えて着ている物を脱ぎ捨て洗濯をしてからシャワーを浴びた。簡単に日記をつけベッドに潜る。<br /> <br /> 26ユーロのキップの3分の1も使わず、おまけに高い宿代まで払ってと悔やむ。ミラノの駅前にこだわらず他も当たればよかったとか、知人が「ミラノで宿が取れずパヴィアに泊まった」と言ってた事を思い出したりした。そういう手もあったんだ。<br /> これでミラノにはとうとう行かずじまいだ。須賀敦子さんの足跡をたどってみたかったな。それだけが心残りだ。<br /> マルコ君が「夢は大学を出て日本で働く事」と言った事、「日本で働く事は凄いストレスになるよ」と教えると「たしかにイタリアなら気楽でいられるけど、日本の技術に憧れている」と答えた事。せめてマルコ君のメールアドレスでも訊いておけばよかったな……とか思っているうちに眠ってしまった。<br /><br />

ヴェローナはなぜか良い!!(2)*遊路(ユーロ)半突きの旅(十一日目の2)

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2008/06/14 - 2008/06/14

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たぽじい

たぽじいさん

6月14日(土) ヴェローナはなぜか良い!!(2)

 スカラ家の廟を出てそのまま東に向かう。まだ行ってないピエトラ橋に向かうのである。川に沿って気持ちの良い遊歩道がある。若いお母さんが乳母車を押している。天気が少し良くなり青空が少し見えるようになった。
 ピエトラ橋の上で撮影をしていると、アベックがいて感じで撮って欲しそうに見えたので撮ってあげる。
 
 帰りは違う道を選びたまたまエルベ広場の北に出てしまった。ランベルティの塔に登らなければと思い、シニョーリ広場に向かう。3ユーロ。
 エレベーターは箱だけは新しいが他は古びていて少し恐かった。一人で乗ってボタンを押して上がる。降りたところで写真を撮る。さらに上への階段があったので上る。そこは窓に網が掛かっていて撮影には不向きですぐ降りて、エレベーターに乗る。

 エルベ広場にさよならしてマッツィーニ通りを戻る。カフェでコーヒーを飲むのを忘れた。ブラ広場の地下の綺麗なトイレに寄ってから、ブラ門を右折しスカリジェロ橋に向かう。天気が良くなってきて暑い。
 橋を撮ってすぐ駅に向かう。違う道をとる。スカリジェロ橋近くの大通りを駅方面に向かって歩く。途中で二手に分かれていたので、ポルタ・ヌォーヴァ通りに出る道を選択。そこから行きと同じ道を戻って駅に帰り着く。

 また、マックの無料トイレを借りてから荷物預かりへ。3.8ユーロであった。身軽に歩き回れたのを考えると安いものだ。この駅には日本のような待合室があった。正面の列車発着表に向かってゆったりした椅子がたくさん並んでいた。そこに座ってノートに日記を書き込む。
 17時少し前、キップに刻印してホームに出る。予定の17時18分発が10分遅れの表示が出ている。17時28分、汚い列車が入って来た。カロッツェリア4の16番が予約席。4号車に乗り込むが焦って表示が理解できず、3番目くらいのコンパーメントにとりあえず座った。するとすぐ予約者が来たので立って出る。入口にもどるとやはりプラハと同じで先頭が16番であった。
 コンパーメントには若いカップルが荷物に囲まれて座っていた。キップを見せると荷物を寄せてやっと一人座れるスペースを作ってくれた。自分のリュックを置くスペースも無い。話をしてみるとデンマークからの新婚旅行とか、それにしても頭の後ろの2段の棚と私の後ろの棚にもスーツケースがいっぱいで、足元も荷物で埋まっている。女性の方は小柄のブロンドである。手には大きな書類ケースに旅行社が作成した行程表が。
 青年がワゴンを引いて飲み物を売りに来た。コーヒー(アメリカン)を頼むと小さな紙コップのコーヒーを渡してくれ、何かイタリア語でしゃべっていかにもイタリアーナという青年。感じでは「これはオレの気持ち」と言ってバー状の菓子を呉れた。10ユーロ札を出すと5ユーロ呉れた。さらにコインのお釣りがあるかと思っていたら「チャオ」と言って行ってしまった。高いコーヒーであった。

 アナウンスがあった。新婚さんが慌てて荷物を通路に出そうとする。しかしもう通路には降りる人が並んでいる。二人を入口に立たせて荷物を出しやすい様に並べてあげる。二人はどうにかして10個近くもある荷物を下ろしたようだ。がらんとしたあと窓側の席に座る。すると中年の夫婦と中年女性と小さな子供二人が乗り込んできた。「ヴォンジョルノ」と挨拶する。私の前に3,4歳くらいの女の子が座りその隣がそのお兄さんか5,6歳の男の子、そしていかにもエグゼクティブといった感じのお父さんが通路側に座った。私の隣は奥さんでその隣が中年の女性。遊びに来て帰る一家と言う感じ。
 
 私は思い立ってリュックから折り紙を取り出し、鶴を折り始めた。女の子にピンク、男の子に緑を選ぶ。余り気を使わない自分が不思議にも使って、並行に折りすすめ同時に仕上げて渡した。喜んで二人は受け取ってくれた。横のお母さんが「****オリガミ**」と子供に言って「グラッツィエ」と言った。「折り紙を知っているのですか」と英語で訊くと「勿論!」と言った。新聞を読んでいたお父さんも礼を言ってくれた。
 子供たちはしばらく鶴で遊んでいたが、そのうち買ってもらったのか女の子は人形、男の子はロボットで遊び出した。女の子のしゃべり方が余りにも表情豊かで、子供のときからこうなんだと感心した。
 お母さんに「ミラノで降ります、着いたら教えてください」と頼むと「私たちもミラノで降りますから大丈夫です」といわれた。

 窓外の景色が平原からアパートが林立するようになった。幾つかの駅を通り過ぎる。いよいよミラノだ。一番来たかったミラノだ。巨大なアーチの駅にびっくりする。写真で知っていたが本物は凄い。家族とお別れを言ってホームを出て、まずトイレ、何ユーロか忘れたがコイン投入式でパドヴァより高かった事は覚えている。

 本当に巨大な駅だ。一階の両替の窓口に行く。インフォメーションも併設されているみたいだ。しかし番が来て「ホテル」と言うと「二階へ行け」と言う。また上に上がって探す。トレンイタリアの案内所があったので、無駄とは知りつつ並ぶとやはり少し離れた「両替」へ行けという。しかし窓口のお姉さんは「下の両替へ行け」と言った。途方に呉れる。

 しかも今日は間の悪い事に土曜日だ。ぼっと立っていると「日本の方ですか」と声を掛けられた。見るときちんとした身なりの日本人青年が二人笑顔でいた。日本人と日本語で本当にほっとした。「宿を探しているんですが、下と上の案内所がそれぞれあっちに行けと言って困ってます」と言うと、「お一人ですか?」「ええ」「凄いですねお一人で旅行とは」と言って「今日は多分ホテルは取れますよ」と言って駅の前の道を左に行けばたくさんあると教えてくれた。そしてパンフレットを渡し「よければ読んでください」と言った。日本人相手のミニコミ誌かなと思って受け取り礼を言って分かれる。
 歩きつつ見るとそれはキリスト教系の新興宗教のものだった。ま、それでもいいや日本語が聞けたからと思った。

 駅の前に出る。治安が悪いと聞いているので不安である。するとまた日本人青年が声を掛けてきた。さすがミラノ、日本人が多いと思った。「何か困っていませんか」とその青年は言ってくれた。「宿を探しています」と言うと、「友人の宿を紹介しましょうか、三ツ星ですがいいですか」というので「お願いします」と言う。彼は携帯で電話していたが相手が出ないみたいで「済みません出ないんですよ、悪いですがご自分で探して下さい、前の斜めの道を左に行くと中クラスのホテルで、手前の道を左に行けば安いホテルがあります」と言って「読んでください」と言って小さなパンフレットを呉れた。カジュアルな服装だったので今度こそミニコミ誌だと思ったら、やはり違う宗教団体のものであった。

 安いという左の道を行く。すぐにアパート内にある一つ星ホテルを見つけた。ボタンを押し「部屋はありますか」と訊くと「ノン」の一言。次に三ツ星のホテルがあった。入口は安ホテルに見えたが中に入ってみると、きらびやかで豪華な内装で、広いレセプションに行くと、優雅な制服の男性が「フル」と一言、「お前の来る様な所じゃないよ」と言う感じでニヤニヤ笑っていた。(ひがみかな)
 そのホテルマンの笑い顔のせいでもないが、私はミラノに絶望した、大袈裟でなく。たった二箇所しか訊いていないのに諦めてしまった。治安の良くない中央駅あたりでうろうろしていられないと言う気もあった。突然フィレンツェへ行こうと思った。

 一気に駅に戻り時刻表を見ると20時05分発のフィレンツェ行きがあった。もう少し考えてみようという気があったが、出発まで15分程しかなかったが、こういう時に限ってすぐキップが買えてしまった。26ユーロ、カード決済。

 ホームにあがりフィレンツェ行きの番線を探し走った。予約席はまた16番。コンパーメントに入ると野球帽をかぶった青年が窓側の私の席に座っていた。キップを見せて席を替わってもらった。初めての行動だ。彼は気持ちよく替わってくれた。向かいに座るかなと思ったら私の隣に座った。クリップで挟んだ厚い資料を読んでいる。彼にむかって「パルドン、イオ ソーノ ジャッポーネ」と言うと「オー、ジャッポーネ」と大げさに喜び、資料の裏に「INUYASYA」と書いて「知っているか」と訊いてきた。いつの間にか列車は「リナーテ」駅を通過しているところだった。「知らないがアニメか?」というと「そうだ」と言って、日本刀の絵を描いたり犬夜叉以外の登場人物の名を書いたりして質問をしてくる。
 彼は「マルコ」君といってシチリア出身のミラノの工業大学の学生で、日本にも行ったことがあるという。しかしどういうわけか彼はあまり英語が分からないみたいで、仕方なく「旅の指差し会話帳 イタリア」を引っ張り出した。マルコ君はこれを取り上げるように手にし興味深そうに見ていた。そして指差し会話ではなく索引欄を開き、そこのイタリア語を指差し質問をしてきた。私もそれを用いて答えた。意外にもかなり意思の疎通が出来てびっくりした。
 マルコ君は近々また日本を訪れるそうで、前回廻った「札幌、東京、京都、大阪、広島、福岡、長崎」以外でどこが良いかと訊いてきた。私は紙に京都と大阪の簡単な地図を書き、その二つが交差する辺りに印を付け「NARA」と書いた。日本の初めての都だと教えた。また、私の町の名古屋は新幹線で通った事を覚えていて「大きな街だね」と言った。

 最初の停車駅で30歳くらいの黒髪で黒い瞳の小柄な女性が乗り込んできた。おとなしそうな人で隅に遠慮がちに座って本を読み出した。私とマルコ君がしゃべっているのが気になるのかチラリとこちらに目を向ける。読書の邪魔になるのかと思い小さな声で話すがマルコ君はお構いなし。
 するとどちらからかは覚えてないが、時折二人で話を交わすようになった。私の独断、全空想かもしれないが「僕は毎週末、こうやってミラノからパルマまで帰るんだ」「ヘェ、毎週なの、根気がいいわね」と言っているみたいだ。

 マルコ君が漢字に興味を示したので、リュックからゲーテの「イタリア紀行」を取り出し見せた。彼は目をらんらんと輝かせて見ていた。私は指でページの右上から読むのだと教えた。マルコ君は前の女性にも本を見せた。彼女も珍しいものでも見るように見ていた。思い出してミラノの駅で貰ったパンフレットを見せた。そして「新興宗教のパンフレットだ」と教え、窓下のゴミ箱に入れようとしたら「僕に下さい」といったので渡した。

 コミュニケーションのために用意してきた5円玉を思い出し、またまたリュックから取り出した。コインケースが膨れるほど持ってきたが初めて使う。重いという事もあり多めに取り出し、「ジャパニーズ・コイン、ウイズ ホール」と言ってマルコ君に渡した。彼ははじめ何だと言う顔をしたが、穴に気付いて嬉しそうに笑った。同じくらいのコインを前の女性にもプレゼントした。彼女も喜んでくれたが「このコインは何ユーロくらい」と訊いてきたのでいい加減に「0.1ユーロ」と言うと、自分のコインケースを出して「その分を払う」と言うので、「ノ、ノ、プレゼント」と言うと「グラッツェ」といってしまってくれた。イタリア人でも日本人みたいなおとなしい人もいるのだなと思った。美人が一段と美人に見えてしまった。

 楽しい時間が過ぎていって次はパルマだ。キップを取り出しフィレンツェ着の時間を見ると23時40分となっている。冷静に考えてもこの時間で宿探しは無理かもと思う。明日の夜に予約してある宿に行けば何とかなるかと思ったが、その宿を探さなければならないし、探してもフロントが開いているかも分からない。
 マルコ君も前の女性もパルマで降りると言っていた。キップのフイレンツェ着の時間を見せながら「マルコ君、私もパルマで降りたいと思う、もし、出来たら宿を紹介してもらえないだろうか」と頼んでみた。彼は「勿論良いよ、一緒に降りましょう」と言ってくれた。前の女性も「その方が良いよ」という風にうなずいた。

 9時半ころパルマに着いた。ホームで女性とお別れした。マルコ君と並んで歩き出して気付いた、かれは凄い長身であった。180センチ以上はあるみたいだ。横に座っているときは同じ目線でしゃべっていたのに。座高、いや足の長さの違いだな。

 この駅もやはり地下道を通って駅構内に行くようになっている。イタリアの駅は小さな駅でも通過型の駅はホームは地下道で繋がっている。イタリア人はトンネルや地下道を掘るのが好きなのかな。オーストリアからイタリアに入ったらトンネルだらけだったし。

 パルマの駅は小さな駅だった。まだ薄明るいのがありがたい。マルコ君について駅の左手に歩いていく。空手の有段者と言っていたし、背も高くのっしのっしと大股で歩いていくと、前から来る怪しげな男たちも道をあける。大きな通りの先に三ツ星のホテルが見える。マルコ君はそこへ向かっていく。リュックを前と後ろにした小走りについていく老齢の東洋人。

 フロントにはアフリカ系の若い男性がいた。入るときマルコ君が予算はいくらまでと訊いてきたので70ユーロと答えておいた。マルコ君が交渉を始めた。相手は結構高飛車な感じで何か言っている。大きな部屋しか無いというような事を言っている。マルコ君がまた念を押すように何か言って、相手が答えると彼は私の肩を抱くように出ようとした。
 私はこれ以上彼に迷惑を掛けられないし、辺りにはホテルが無さそうだし、「いくらと言ってるの」と訊くと「98ユーロ」と答えた。「遅くなるしここにします」と言うと「本当にいいか」というので「いい」と返事した。
 マルコ君は私が手続きする間そばで見守るようにいてくれた。手続きが済むと彼はあっさりと去って行った。その背に向かって「グラッチェ・ミッレ」と言いつつ腰を曲げ礼をした。
 
 カードキーを受け取り207号室に入る。余り広くはないが綺麗な部屋だ。しかし、98ユーロもするのにバスタブは無い。荷物を片方のベッドの上に放り出し、夕食の仕込みに出掛ける。先程、駅を出るとき「リストランテ」のネオンを見たのだ。
 9時55分だが空はまだ少し明るい。人通りもあるし駅を取り囲むバールなども人で賑わっている。駅の端のリストランテに行くと、中には一組の家族連れいたのみ。ガラスケースの中のハムの入ったサンドイッチ(3ユーロ)とコーラ(2.5ユーロ)水(1ユーロ)を買った。ハムは好きではないが名高いパルマのハムを試してみたかった。でも、店頭売りのサンドに挟まっているハムだ、大した物ではないかな。
 
 部屋に戻って食べてみると、ハム嫌いな私にも旨いと思わせるものだった。食べ終えて着ている物を脱ぎ捨て洗濯をしてからシャワーを浴びた。簡単に日記をつけベッドに潜る。
 
 26ユーロのキップの3分の1も使わず、おまけに高い宿代まで払ってと悔やむ。ミラノの駅前にこだわらず他も当たればよかったとか、知人が「ミラノで宿が取れずパヴィアに泊まった」と言ってた事を思い出したりした。そういう手もあったんだ。
 これでミラノにはとうとう行かずじまいだ。須賀敦子さんの足跡をたどってみたかったな。それだけが心残りだ。
 マルコ君が「夢は大学を出て日本で働く事」と言った事、「日本で働く事は凄いストレスになるよ」と教えると「たしかにイタリアなら気楽でいられるけど、日本の技術に憧れている」と答えた事。せめてマルコ君のメールアドレスでも訊いておけばよかったな……とか思っているうちに眠ってしまった。

同行者
一人旅
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス
航空会社
エールフランス
  • 人通りは急に少なくなるけど、静かで落ち着いた街並みが続く。

    人通りは急に少なくなるけど、静かで落ち着いた街並みが続く。

  • アデイジェ川に出ました。

    アデイジェ川に出ました。

  • 優雅な感じの遊歩道がありました。若いお母さんがゆっくり乳母車を押していたのが印象的でした。

    優雅な感じの遊歩道がありました。若いお母さんがゆっくり乳母車を押していたのが印象的でした。

  • 街の中に川があるのは良いものですね。水害は困りますが。

    街の中に川があるのは良いものですね。水害は困りますが。

  • ピエトラ橋が見えてきました。

    ピエトラ橋が見えてきました。

  • たぶん、あのアーチを潜れば橋があるんでしょう。素晴らしいアプローチですね。

    たぶん、あのアーチを潜れば橋があるんでしょう。素晴らしいアプローチですね。

  • アーチの向こうに橋が見えます。何か良いなぁ。

    アーチの向こうに橋が見えます。何か良いなぁ。

  • 橋からの眺めです。

    橋からの眺めです。

  • 反対側です。どちらが上流かわかりません。

    反対側です。どちらが上流かわかりません。

  • 橋から見えた塔。こういうデザインなのか、それとも上部が崩壊でもしたんでしょうか?

    橋から見えた塔。こういうデザインなのか、それとも上部が崩壊でもしたんでしょうか?

  • 潜ってきたアーチを振り返ります。

    潜ってきたアーチを振り返ります。

  • ランベルティの塔に登るため、再びエルベ広場に向かいます。

    ランベルティの塔に登るため、再びエルベ広場に向かいます。

  • 入り口のアーチが綺麗な教会です。サンタナスターシア教会だと思います。

    入り口のアーチが綺麗な教会です。サンタナスターシア教会だと思います。

  • 街角で。

    街角で。

  • 寄って見ました。

    寄って見ました。

  • 建物同士が支えあって。

    建物同士が支えあって。

  • 落ち着けそうなところです。

    落ち着けそうなところです。

  • 往きと違う道を適当に歩いてきたら、エルベ広場の北側にひょっこり出てしまいました。

    往きと違う道を適当に歩いてきたら、エルベ広場の北側にひょっこり出てしまいました。

  • いつの間にかお天気が良くなっていました。

    いつの間にかお天気が良くなっていました。

  • ランベルティの塔からの眺めです。エルベ広場が見えます。

    ランベルティの塔からの眺めです。エルベ広場が見えます。

  • 少しシニョーリ広場が見えています。天気が良くなり屋根の色が鮮やかです。

    少しシニョーリ広場が見えています。天気が良くなり屋根の色が鮮やかです。

  • シニョーリ広場です。

    シニョーリ広場です。

  • 余談ですが、昨年の「ジロ・デ・イタリア」を連日TVで見ていたら、ある日のレースのゴールがここヴェローナでした。レース中は雨だったんですが、終わる頃には晴れ間が出て、ヘリからの街並みの映像を長く映していました。<br /> 雨上がりの屋根がピカピカ光り、レンベルティの塔を掠めるように撮影していました。それを見て「いったい何時、イタリアに行けるのだろう、何としても行きたい!!」と、まるで故郷を思うような気持ちになったことを、この塔からの眺めを見て思い出しました。

    余談ですが、昨年の「ジロ・デ・イタリア」を連日TVで見ていたら、ある日のレースのゴールがここヴェローナでした。レース中は雨だったんですが、終わる頃には晴れ間が出て、ヘリからの街並みの映像を長く映していました。
     雨上がりの屋根がピカピカ光り、レンベルティの塔を掠めるように撮影していました。それを見て「いったい何時、イタリアに行けるのだろう、何としても行きたい!!」と、まるで故郷を思うような気持ちになったことを、この塔からの眺めを見て思い出しました。

  • ここが塔の展望スペースです。私一人でした。

    ここが塔の展望スペースです。私一人でした。

  • さらに階段を登って。下をみてちょっぴりコワッ。

    さらに階段を登って。下をみてちょっぴりコワッ。

  • 一番上は網が張り巡らせてあり、撮影には不向き。でも、少し高くなっただけでアディジェ川が見えました。

    一番上は網が張り巡らせてあり、撮影には不向き。でも、少し高くなっただけでアディジェ川が見えました。

  • 塔の中の階段。

    塔の中の階段。

  • 塔を出た所。確かこの階段って有名なですね。でも気にもせず出てしまいました。

    塔を出た所。確かこの階段って有名なですね。でも気にもせず出てしまいました。

  • シニョーリ広場の北側の小路の建物の壁です。

    シニョーリ広場の北側の小路の建物の壁です。

  • 再びエルベ広場に向かいます。

    再びエルベ広場に向かいます。

  • やっぱり何かヘンなさらし台。

    やっぱり何かヘンなさらし台。

  • お天気が変るとこんなにも雰囲気が変ります。

    お天気が変るとこんなにも雰囲気が変ります。

  • 太陽の下のアレーナです。

    太陽の下のアレーナです。

  • ブラ広場の地下トイレに向かいます。ここも4年前に利用し、石造りの豪華さにびっくりしました。

    ブラ広場の地下トイレに向かいます。ここも4年前に利用し、石造りの豪華さにびっくりしました。

  • 相変わらず綺麗でした。

    相変わらず綺麗でした。

  • 太陽の下のブラ広場。

    太陽の下のブラ広場。

  • 4年前に雨宿りしたポルティコとタバッキ。

    4年前に雨宿りしたポルティコとタバッキ。

  • ブラ大門を右手に(西に)行きます。カステル・ヴェッキオとスカリジェロ橋に向かいます。

    ブラ大門を右手に(西に)行きます。カステル・ヴェッキオとスカリジェロ橋に向かいます。

  • まっすぐ行くとカステル・ヴェッキオに出ました。

    まっすぐ行くとカステル・ヴェッキオに出ました。

  • 建物をグルッと回ると橋が見えてきました。

    建物をグルッと回ると橋が見えてきました。

  • 橋の上からの眺めです。

    橋の上からの眺めです。

  • 橋の上です。

    橋の上です。

  • 橋の真ん中あたりに出っ張りがありました。

    橋の真ん中あたりに出っ張りがありました。

  • 下を除くとゴムボートの一団が。

    下を除くとゴムボートの一団が。

  • 橋の上からやって来た方を見ます。

    橋の上からやって来た方を見ます。

  • 帰り道は違う道を選びましたが、途中から安全策でポルタ・ヌオーヴァ大通りに出ました。<br /><br /> このあと、ミラノに向かい宿探しに嫌気がさし、フィレンツェ行きの切符を買い、さらにはパルマで途中下車し、パルマで泊まることになろうとは……。

    帰り道は違う道を選びましたが、途中から安全策でポルタ・ヌオーヴァ大通りに出ました。

     このあと、ミラノに向かい宿探しに嫌気がさし、フィレンツェ行きの切符を買い、さらにはパルマで途中下車し、パルマで泊まることになろうとは……。

  • アレーナの入場券です。

    アレーナの入場券です。

  • パドヴァ→ヴェローナ間のキップです。

    パドヴァ→ヴェローナ間のキップです。

  • ミラノで宿探しを断念し、急遽買い求めたミラノ→フィレンツェ間のキップ。結局パルマで途中下車しました。

    ミラノで宿探しを断念し、急遽買い求めたミラノ→フィレンツェ間のキップ。結局パルマで途中下車しました。

  • ミラノからフィレンツェに向かいます。

    ミラノからフィレンツェに向かいます。

  • 同じコンパートメントに乗り合わせたマルコ君。シチリア出身のミラノの工業大学の学生さんです。<br /> 大の日本びいきで日本に来た事もあるそうです。<br /><br /> 彼に付いてパルマで降り宿を紹介していただきました。<br /> ありがとうマルコ君。<br /><br />               (FINE)

    同じコンパートメントに乗り合わせたマルコ君。シチリア出身のミラノの工業大学の学生さんです。
     大の日本びいきで日本に来た事もあるそうです。

     彼に付いてパルマで降り宿を紹介していただきました。
     ありがとうマルコ君。

                   (FINE)

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この旅行記へのコメント (3)

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  • オリーブさん 2010/02/07 00:51:36
    スカリジェロ橋、懐かしいです!!!
    たぼじいさんさん、こんばんは、

    最初にシエナの旅行記にお邪魔したら、「ヴェローナが良かった」って
    コメントを拝見して、急遽ヴェローナ(1)(2)にお邪魔しました^^

    驚きました〜〜〜!!!

    スカリジェロ橋を4トラさんのイタリア旅行記で見たの初めてです!
    私が行った時に、ちょうど橋の上で結婚式があったので、
    とっても感動したのを覚えています☆

    ここの写真もフイルムなので少ししかないので、沢山見れて嬉しいです♪

    ヴェローナの街もご一緒に散策したようで、記憶が蘇ってきました。

    どのお写真もとっても素敵で私の好きなアングルばかりで感動しました!!!

    是非もう一度行って、デジカメで沢山写真を撮りたいです。

    また、また素敵な旅行記に大感動です!!!

    先程は、ご丁寧なお返事を頂き有難うございました。
    また、カルロビバリとカンヌの旅行記もご覧頂き有難うございます。

    プラハの旅行記を書き上げてきたものですから、
    お礼が遅くなって申し訳ございません。

    また、ゆっくりとお邪魔させて頂きます♪

    オリーブ
  • 修羅さん 2008/12/31 22:10:30
    マルコ君

     なんか、さらっと書いてありますけど、初めての海外ひとり旅で(いくら明るいとはいえ)20時に予定を変更するなんて……。

     そしてマルコ君。これってすごい体験なのでは! たまたま自分の席に座っていた人が日本好きで宿まで案内してもらえて……。これがテレビドラマなら、偶然すぎて笑っちゃうんですけど。

     本当にステキな旅でしたね。

    たぽじい

    たぽじいさん からの返信 2008/12/31 23:16:06
    RE: マルコ君
    修羅さん

    >  なんか、さらっと書いてありますけど、初めての海外ひとり旅で(いくら明るいとはいえ)20時に予定を変更するなんて……。

     治安の悪い中央駅と言う事と、二軒目のホテルのフロントの男の嫌な笑い顔が、そうさせたんです。一番来たかったミラノでしたが、あの時は一刻も早く逃げ出したいと言う気持ちでした。
     おまけにキップがすぐ買えてしまいましたし。

     今は、そのおかげでマルコ君と会えたし、パルマにも行けたと思っております。

    >  そしてマルコ君。これってすごい体験なのでは! たまたま自分の席に座っていた人が日本好きで宿まで案内してもらえて……。これがテレビドラマなら、偶然すぎて笑っちゃうんですけど。

    >  本当にステキな旅でしたね。

     自分としては中途半端な旅だったと、後悔しきりでしたが、修羅さんにそういわれていただけると、嬉しくなって良い旅だったと思えてきました。

      では、よいお年をお迎えください。

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