2008/09/06 - 2008/10
1899位(同エリア5330件中)
牛街さん
以前の旧北京南駅の南側に新しくできたのが、天津との高速鉄道「京津城際鉄路」の北京南駅です。そこから高速鉄道に乗って天津に行ってきました。北京南駅は平面的に見ると円形で、タクシーで行くと高架の上をぐるぐる回ってたどり着きます。近代的な飛行場のような感じがします。アジア最大の駅だとか。オリンピック前の8月1日に開通しました。2010年には北京上海間の高速鉄道も北京南駅が始発駅となるらしいですが、この線も、天津を経由してから上海に行きます。但し既にできている「京津城際鉄路」は東に向けて発車しますが、北京上海間の高速鉄道は一旦西に向かって発車して、向きを変えて、東にある天津に行く線路になるようです。何故か天津へ行く行き方が、二つになるらしいです。新しくできる北京上海間の高速鉄道は、既にできた「京津城際鉄路」と制御方法が違うのかもしれません。
「京津城際鉄路」には新幹線にそっくりのCRH2(川崎重工)と、そうでもないCRH3(ドイツシーメンス社)とが走っています。しかし中国によればいずれも中国の技術によるものだと言っているようです。わたしが乗ったのは往復ともCRH3でしたが、表示はいずれも和諧号でした。天津までの115Kを30分で走ります。帰りは337Kのスピードがでました。
新北京南駅へのアクセスは良くないですね。特に悪いのは地下にあるタクシー乗り場で、分かりづらい上に、タクシーへの乗り場が狭いものだから、タクシーがたくさんいても、タクシーに乗れません。それでタクシー待ちの長い列ができていました。
一般に中国の鉄道の駅というのは、社会主義的思想に基いて、できているように見えます。どこが社会主義的構造かと言うと、入り口、出口をできるだけ制限して、民衆を一方向だけに移動させるというか、人民の移動に制限を加えると考えた方が元にあるように思えます。日本の駅は南にも北にも抜けらますが、中国の駅は、北なら北だけに出入り口があります。日本の東京駅では南北どころか、東西にも多数の出入り口がありますが、北京駅では入り口は北だけ。南には抜けられません。北京西駅は南北に抜けらますが、長い間南口は封鎖されていました。
北京南駅はどうかというと、近代的な構造になっていて、南にも北にも出入り口があって抜けられる構造になってはいます。しかし現在は北側の出入り口は封鎖されていました。構造は近代的であっても、運用は社会主義的残渣を引きずっているかのようです。北京南駅の北側の整備が進めば社会主義的運用はなくなるのかもしれません。
新しできた北京南駅は光があたっている部分です。しかし北京南駅の北側は直訴村があったところで、いわば蔭の部分です。この辺りには古い北京南駅があって、その北側にドヤ街みたいなところがあって、数千人の直訴者がここに泊まって、直訴の機会を窺っていたところです。
今では古い北京南駅も、オリンピックを前にドヤ街みたいなところも、完全に取り壊さされてしまいました。しかし近代的な新北京南駅から、北側(直訴村があったところ)に回ってみると、今でも直訴者がたむろしているようです。今は何千人という大群ではないですが、50人ぐらいは人がたたずんでいました。
何故まだここに直訴者がいるのか? その本当の理由はわかりませんが、「北京接済管理服務中心」という施設があるからかもしれません。接済管理服務とは、調べてみると直訴者に食、宿、医のサービスするところであると書かれていました。しかし、わたしがここを通る土曜日、日曜日は全く機能していないようでした。平日なら直訴者に食、宿、医のサービスをするのか? 直訴者に食、宿、医のサービスを真面目に行うなんて、ちょっと信じられませんが・・・・・。しかし中国は、直訴制度がある珍しい国なのです。中国語では直訴とは言わず、「信訪」といいますが、とにかく、中国では直訴が認められていて、従って直訴者もいるわけです。
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北京南駅の建物設備が近代的であるのは、確かですが、利用客も近代的というか、天津までの利用が主ですから、地方からの出稼ぎ工が殆ど居ません。これも近代的な雰囲気がする理由です。
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ここは一等車の待合室。普通中国の鉄道では一等車とは言わないで軟席と言いますが。ここのは一等と言うらしい。軟席の待合室は普通別室となって隔離されているのだが、ここの一等待合室はオープン形式です。
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これがドイツシーメンス社のものを原型とするCRH3。これには目のような照明ばついています。
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天津までの平原で突然見えたゴシック式教会
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これが川崎重工のものを原型とするCRH2
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緊急時に、窓のガラスを破って脱出する時、窓ガラスを打ち破る為の槌。窓ガラスのほうには、どこを叩くと破れやすいか印がありましたが、緊急の際に役立つのでしょうか。もともとこのタイプの高速列車は、日本を始め外国の技術の輸入だったはずですが、元の原型には、こういうものは無かったのでは? もし中国で初めて取りいれたとしたら。これこそ中国独自の技術と言えるでしょう。中国の高速バスには、時々このような槌が、器具と備えてあったりします。しかも時々この金槌が紛失したりしています。それを見ると却って、大丈夫なのかと心配になります。
なお、バスの場合、ガラスを打ち砕く辺りの窓に「安全出口」などと書いてありますが、緊急のときこの窓ガラスは本当に安全出口になるのかと何時も心配になります。 -
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天津から北京までの帰りでは、確かに337kの速度が出て表示されました。
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地元の人々の写真として種類を選びましたが、地元の人々ではなく、地方から出てきた人です。直訴のために上京してきた人でしょう。
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新しい北京南駅の北側はには古い北京南駅があって、そのまた南側は、かって直訴村があったところで、いわば蔭の部分です。ドヤ街みたいなところがあって、数千人の直訴者がここに泊まって、直訴の機会を窺っていたところです。
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今では古い北京南駅も、ドヤ街みたいなところも、オリンピックを前に、完全に取り壊さされてしまいました。しかし近代的な新北京南駅から、北側(直訴村があったところ)に回ってみると、今でも直訴者がたむろしているようです。今は何千人という大群ではないですが、50人ぐらいは人がたたずんでいました
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何故まだここに直訴者がいるのか? その本当の理由はわかりませんが、「北京接済管理服務中心」という施設があるからかもしれません。接済管理服務とは、調べてみると直訴者に食、宿、医のサービスするところであると書かれていました。しかし直訴者に食、宿、医のサービスを真面目に行うなんて、ちょっと信じられませんが・・・・・
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この人も地元の人々ではありません。地方からの直訴者です。奥さんに関する裁判で勝てなかったので、道端で訴えているようです。中国の裁判官は、役所から独立していませんし、国家試験を通った裁判官でもありませんから、地方幹部の影響を受けやすく、その結果正義が行われる可能性は・・・・・・?
その欠陥を中央政府も認めていて、だかこそ直訴制度があるようです。不満を解決する別のルートがるというわけです。
しかし直訴しても正義が行われなければ、却って、中央政府への不満になるのでは、なんて心配しますが・・・・・。この人も道端で訴えるのではなく、直訴受付所に行って直訴してみたのでしょうか? -
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ここでは、直訴マニアルみたいなもの売っていました。代筆屋もいたような。直訴できるところは一つだけではなく、形式上かなりの役所が直訴を受けつけることになっているようです。ですから、その役所の場所とか行き方なんかも売っていました。
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「違反直訴工の処分に関する暫定規定」というのが、中国共産党の「中央紀委」から7月24日に出されています。オリンピック直前の直訴者に対する取締規定だと思われますが、何故この文書がここに並んでいるのか?
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地元の人々の写真ではなく、多分地方から出てきた直訴者の群れ。何かを待っているのか、情報を交換しているのか、何故ここにいるのか、聞いていないので分からないのです。
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