2008/10/11 - 2008/10/12
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ライオンベラーさん
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乗り放題チケットの残り2回を使って東京に行ってきました。
11日一日かけて普通電車を乗り継ぎながら東京に行きました。(10時間以上かかりました。)
12日は東京で働く知人を私が案内しながら東京巡りをしました。
13日はまた一日かけて普通電車を乗り継ぎながら帰りました。
交通費がJR往復の6120円と自転車預け賃3日で300円と地下鉄2回の4〜500円で、7000円足らずと、宿泊費がカプセルホテル2泊分の5000円少しで、食費や博物館の入館料などを合わせても、1万数千円で賄(まかな)えました。
今回もとても満足できる面白い旅ができました。
クイズ:江戸、大坂、京都 のうち、江戸時代初期に最も人口の多かった町はどれでしょう?(答はこのブログの最後)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
先週、名古屋に行った時は始発に乗りましたが、今回は6時過ぎの電車に乗りました。
米原に着いたのは9時40分でした。
デイパックを背負った人たちも多く、同じチケットで周っているんだろうなと思いました。
-
米原から豊橋行きの新快速電車がありました。
名古屋に着きました。
先週来たところです。
時間は11時過ぎです。
意外に簡単に来れるので驚きました。
大勢の人が降りましたが、豊橋まで行くのでここで降りる必要はありません。
楽チンです。 -
さあ、ここから先は未知の世界です。
心が昂(たかぶ)ってきました。
おおお、ロマンスカーです!
私が小さい頃、絵本で見た電車です。
当時は新幹線のひかり号が、東京から新大阪までの間に新横浜と名古屋にしか停まらなかったので、名古屋というのはすごいところだと思っていました。
そして絵本では、ひかり号の車窓からこのロマンスカーが見えていました。 -
豊橋に着いたのはちょうど12時でした。
浜松行きに乗り換えて、浜松に着いたのが12時40分でした。
そこで静岡行きに乗り換えて、静岡に着いたのはちょうど2時頃でした。
おお、感激です。
それまでは、JR西日本の隣はJR東日本だという感覚だったけど、その間にJR東海があったということをここへ来て初めて思い出しました。 -
静岡から乗ったのは熱海(あたみ)行きです。
熱海に着いたのは3時40分頃でした。
電車に座っているだけで、もうこんなところまで来てしまいました。
熱海は全国的にも有名です。
今、その熱海にいるんだと思うと、心が躍ってしまいます。
何か、本当に、こんなにも簡単にこんなところまで来れるのか、という気持ちです。 -
感激です!
ここまで乗り合わせてきたのは、私と同じような普通電車の旅をしているような人たちの他は、ほとんどが地元の人たちでした。
でも、ここは流石(さすが)に観光地らしく、観光客らしき人たちがほとんどです。
ここはどんなところなのでしょうか。
次の電車までは、少し時間があります。
せっかくなので、少し出てみることにしました。 -
熱海駅デパートです。
北東向きです。
写真左手前が静岡方面、右奥が東京方面です。
右手が海ですが、建物が建ち並んでいるため、ここから海は見えません。
-
熱海駅デパートの内部です。
上の写真の駐車している車の向こう側です。 -
熱海駅デパートの内部です。
上の写真の建物の内部です。
いずれも建物の西側(静岡側)から東側(東京側)に向かって撮っています。
興味をひく土産(みやげ)物がたくさんありましたが、次の電車までの時間が無かったので、何も買わずに、急いで見てまわりました。
いつかまた、ゆっくり来たいと思いました。 -
これまでは、東京といえば新幹線が当たり前で、普通列車で行くことなどは、とても考えられませんでした。
普通列車でいくとすれば、何度も何度も時間待ちをしながら、延々と電車を乗り継いで行くために、心も体もくたくたに疲れ果ててしまうだろうと思っていました。
それはまるで、”やじさん、きたさん”の東海道中膝栗毛(ひざくりげ)(=江戸時代の旅行記)のような旅のようなイメージでした。
ところが何と何と、次はもう東京行きです。
えええ? こんなに近いの?
というようなとても信じられないような気持ちでした。 -
藤沢を過ぎ、横浜を過ぎ、品川を過ぎました。
人の数も増えてきました。
どこを見ても人、人、人です。
さあ、いよいよ東京に着きました。
今夜の宿は浅草橋にあります。
総武線に乗り換えました。
無事にチェックインすることができました。 -
翌12日です。
写真は神田川です。
左衛門橋から東向きに撮っています。
ずっと向こうに見える橋が浅草橋です。
江戸(写真左)から浅草(写真右)に向かうときに渡る幹線(かんせん)道路にかかる橋です。
江戸時代初期には掛(か)けられていました。
今いる左衛門橋は明治時代の初期に掛けられた小さな橋です。 -
神田川(前の写真)はどことなく大阪の道頓堀(どうとんぼり)と似ているような風情が感じられます。
私たちの世代は”神田川”という歌に郷愁(きょうしゅう)を覚えることも多いのではないでしょうか。
”♪ふたりで行った横丁の風呂屋・・・”とか、
”♪ちいさな石鹸(せっけん)カタカタ鳴った・・・”
とかいうフレーズにノスタルジックな(郷愁的な)気持ちに浸(ひた)ってしまいます。
今の東京にもそのような人情は残っているのでしょうか?
それとも、そのようなものは、もうどこにも残っていないのでしょうか? -
前の写真の神田川に沿って下って行って、浅草橋を越えて隅田川に出ました。
写真は隅田川の河畔に降りて、北を見た光景です。
ずっと向こうに見える橋は蔵前橋です。
そのずっと上流が浅草になります。
”♪春のうららの隅田川・・・”
と歌われている隅田川です。
昔はこの辺の草むらに寝転んで”上り下りの舟人”たちを見ていたのでしょうか。 -
上の写真から目をずっと右に移していくと、このよ鉄橋が見えます。
JRの総武線です。
この橋の手前(写真右後)が浅草橋駅で、この鉄橋を渡ったところ(写真奥)がJR両国駅です。
向きは東向きです。
向こう岸の上部を左右に走るのが首都高速6号線です。
右に行けば東京都心、左に行けば茨城県の水戸(みと)方面に行けます。 -
さらに目を右に移して、隅田川の下流を望みます。
写真の上の部分が、先ほどの鉄橋です。
正面に見える橋が両国橋です。
この後あそまで行って、あの橋を渡ります。
橋の向こう(写真の左)側にJR両国駅があります。
この写真の向きは南向きです。
-
再び、川の上流(北)を見ています。
上に見えるのはJRの鉄橋です。
向こうの橋は蔵前橋です。
右岸の高速道路が水戸に続く6号線です。
-
川沿いに南下して、先ほどの鉄橋を見ています。
少し待って、ちょうど列車が走っているところを狙(ねら)ってカメラのシャッターを押しました。 -
先ほど(3つ前の写真で)見ていた両国橋まで下ってきました。
神田川はここで隅田川に出ます。
正面に左右に流れるのが隅田川で、写真の手前側が神田川です。
正面に見えるのが両国橋です。
向きは南東向きです。 -
神田川の上流を見たところです。
向こうに見える橋は浅草橋で、向きは西向きです。
今朝は、あの浅草橋の向こうの左衛門橋から歩きました。
この写真の後(東)に隅田川が流れています。 -
両国橋です。
向きは東向きです。
今日はJR両国駅で、東京で働いているの知人と待ち合わせをしています。
前回、築地と浜離宮を案内した知人です。
今回も私が彼に東京を案内することにしました。
待ち合わせ時間は12時なので、まだ30分ほど時間があります。 -
両国橋の西側から隅田川の上流(北側)を見ています。
向こうに見えるのが、JR総武線の鉄橋です。
先ほどは、河岸左側の遊歩道を歩いて、あの鉄橋の真下からこちらを見ていました。
手前の舟が向かっているところが、神田川の河口です。 -
ここが、神田川の河口です。
手前が隅田川で写真の左右に流れています。
この写真は西向きです。
河口の橋は柳橋で、その向こうに浅草橋、そのまた向こうに左衛門橋が架(か)かっています。
この写真は両国橋の中ほどから撮っています。 -
屋形船です。
向こうにJR総武線の鉄橋です。
向きは北向きです。
両国橋から撮っています。 -
両国橋を渡ったところにこのような大きな絵がありました。
向きは南向きです。
写真の右側が今、渡って来た両国橋です。 -
あまりに景色がよかったので、今度は橋の南側を通って、もう一度両国橋を渡ってみました。
橋から下流(南側)を見たところです。
正面の橋は、首都高速道路の橋です。
橋を右に渡れば都心に向かいます。
橋を左に渡ってまっすぐ(写真の左向きに)行けば、高速7号線となって、千葉方面に向かいます。
成田空港もここから行きます。
橋を左に渡って川沿いに上ってくるのが、先ほど見ていた6号線です。 -
両国に戻って来ました。
写真は東向きです。
この写真の左後方が、両国橋です。
JR両国駅はこの道路を左折(させつ)したところにあります。
これからそこに向かいます。 -
先ほどの道路を左折したところです。
国技館通りというようです。
向きは北向きです。
祭りのようです。
-
何の祭りでしょうか?
-
この写真の向きは西向きです。
芸人のような人たちが、何かをやっています。
もう少し、近づいてみることにしましょう。 -
”大江戸両国からくり祭り”という祭りでした。
-
この写真の向きは南向きです。
写真中央付近に写っているのは忍者です。 -
同じ通りです。
向きは西向きです。 -
JR総武線の両国駅です。
向きは東向きです。
手前が浅草橋、秋葉原方面で、向こう側が千葉方面になります。
このように、ちゃんこなべの店がたくさんあります。
力士たちもよく来るようです。 -
こんな通りもありました。
駅前から南を見たところです。 -
今度は西向きです。
両国駅は右側です。
知人と待ち合わせている”江戸東京博物館”はこの駅の北側です。 -
江戸東京博物館です。
向きは東向きです。
両国駅はこの右にあります。
ここで知人と待ち合わせています。
長年東京に勤めているのに東京のことを知らなければおかしいので、この博物館を案内することにしました。 -
無事、知人と会うことができ、いっしょに入館しました。
私は2度目ですが、前回、見残したところを見て回るつもりです。
入ると、このように”日本橋”があります。 -
橋の下では、三味線(しゃみせん)の演奏をしていました。
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展示物です。
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展示物の向こうに日本橋が見えます。
先ほどここを渡ってきました。 -
展示物です。
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私です。
籠(かご)に乗っています。 -
展示物です。
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江戸時代の地図です。
右が北で右下の堀で囲まれた中心が江戸城です。
外堀の最上部が四谷あたりです。(写真中央右上)
新宿はこの写真の外(上)です。
写真中央下の外堀沿いの大きな池のあたりは霞ヶ関でしょう。
この地図の部分は武家屋敷や農地などで、いわゆる”山の手”と呼ばれるところで、この下に日本橋や銀座などの庶民(しょみん)が暮らしていた”下町”があります。 -
前の写真のやや北側です。
左下が江戸城です。
現在は、写真の左下四分の一ぐらいを囲んでいる外堀に沿って、中央線が走っています。
外堀の右下から御茶ノ水、水道橋、飯田橋、市ヶ谷、四谷の各駅が並んでいます。
右下の色の濃い部分は本郷(ほんごう)台地でしょう。 -
江戸時代の下町(神田、日本橋、京橋、銀座あたり)では、このような職人も多かったのでしょう。
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館内の様子です。
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館内の様子です。
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江戸時代の店です。
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いっしょに回った知人です。
東京の会社に勤めています。
この展示は腰痛をもつ人にとってはキツイでしょう。 -
日本橋の模型(もけい)です。
次の日に現在の日本橋の写真を撮っているので比べてみてください。 -
日本橋の模型(もけい)です。
江戸時代はここが、東海道、中山道、奥州街道(かいどう)、甲州街道の基点でした。
それぞれ、次の宿場は東海道は品川宿、中山道は板橋宿、奥州街道は千住宿、甲州街道は内藤新宿(現在の新宿)でした。 -
最初に渡ってきた日本橋(の模型)です。
下から見ています。 -
芝居小屋の前で三味線を演奏しているところです。
最初は上から見ていました。 -
展示物です。
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日本橋(の模型)の下から芝居小屋(の模型)を見ています。
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日本橋(の模型)の下から芝居小屋(の模型)を見ています。
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展示物です。
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展示物です。
2時に博物館を出ました。 -
来るとき通ってきた国技館通りです。
南向きです。 -
国技館通りです。
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両国の駅前で、ちゃんこ鍋(なべ)の店を見て回った後、この沖縄料理の店に入りました。
11月の連休に沖縄旅行を予定しているので、沖縄の雰囲気に慣れておきたいと思ったからです。
インターネットのクーポンを持ってきていたので、店の人に渡すと、デザートにアイスクリームが出てきました。
この後は、私が行きたいところに付き合ってくれるというので、御茶ノ水の”楽器店街”と神田の”古書店街”に行ってみることにしました。
私のカメラは、先週、名古屋で買ったところですが、バッテリーの予備がないので、途中で秋葉原に立ち寄って買うことにしました。 -
両国橋を渡って、浅草橋に戻って来ました。
両国側(東側)が昔の下総(しもふさ)の国、浅草橋側(西側)が武蔵(むさし)の国で、両方の国にかかる橋なので両国橋と名づけたようです。
写真は神田川です。
今朝通ってきたところです。
この後、浅草橋駅から東へ歩いて行きました。 -
左衛門橋の近くで、私が公衆トイレに行っている間、知人は遊具で遊びながら待っていてくれました。
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途中に神社がありました。
お参りしていくことにしましょう。 -
感じのいい神社です。
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あれ、賽銭箱(さいせんばこ)の前にカエルがいました。
東京の街中(まちなか)にもこんな大きなカエルがいるなんて、驚きです。 -
カエルさん、こんにちは!
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だいぶ秋葉原に近づいてきました。
東京の電車は色分けしてあるのでよくわかります。
この電車はオレンジ色なので中央線を走る電車です。
山手線は黄緑色、総武線は黄色、京浜東北線は水色です。
昔は、どの電車もべったりとこの色が塗(ぬ)ってありましたが、今はこのように上下のラインになっているようです。
この写真は電車が来るまで待ってから撮りました。 -
秋葉原にやって来ました。
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この電車は黄色いラインが引いてあるので総武線を走る電車です。
写真は来た向きなので、右が浅草橋駅、左が秋葉原駅のはずです。 -
秋葉原です。
だいぶ日が暮れてきました。
知人のポイントが使える電気店で尋ねてみましたが、私のカメラのバッテリーは取り寄せになるので、買うのをあきらめました。 -
秋葉原です。
大阪の日本橋とまったく同じような街並みです。 -
秋葉原です。
ここから線路に沿って歩いていけば、数百メートルで御茶ノ水に着くはずです。
さっそく歩きました。
あ、浅草橋駅に出てしまいました。
反対方向でした。
浅草橋駅から電車で御茶ノ水に行きました。
御茶ノ水駅から南下していくと楽器店が何軒か続いていました。
あれあれ、これで終わりのようです。
今度は古書店街に行ってみることにしました。
あれあれ、こちらもう、ほとんどの店が閉まっていて、よくわかりませんんでした。
どちらも秋葉原の電気店街のようなところをイメージしてしていたので、完全に期待はずれでした。 -
次に、銀座に行ってみることにしました。
以前、偶然に車で走ったとき、両側に高いビルの光の壁がそびえていて、とても幻想的だったので、是非一度夜に行ってみたいと思ったからです。
地下鉄の神保町駅に行くと地下鉄の丸の内線の表示があったので、たどって行きました。
でも、行けども行けども、全然丸の内線に到達しません。
結局、地下の連絡通路を一駅分ぐらいを歩いて、ようやく丸の内線に乗ることができました。
-
いざ、銀座に来てみると、まったく期待はずれで、あちこちの街でよく見るような風景でした。
せめて、高いビルの上から光の壁を写真に納めようと思って、2、3のビルに登ってみましたが、通りを覗(のぞ)くことはできませんでした。
その後、何か食べようと路地裏などを探し始めましたが、知人はこの辺りで食べるのはあまり気が進まないようだったので、食べ物の安そうな上野の方に行ってみることにしました。
地下鉄で御徒町(おかちまち)まで行って、歩いてみましたが、結局チェーン店でカレーを食べてしまいました。 -
秋葉原の駅まで歩いて知人と別れました。
適当な店でビールでも飲んで帰ろうと神田まで歩いて行きましたが、適当な店を探せなかったので、結局コンビニで夜食とビールとウィスキーの水割りを買い込んで、そのまま浅草橋の宿に戻ることにしました。
その後、勘(かん)でそれらしい方向に歩いていくと、何度も間違えて、神田駅の周りを何度も行ったり来たりしました。
神田駅近くで、いい感じの若い女性が近づいて来ました。
「この近くで感じのいい飲み屋街はありますか?」
と、尋ねられました。
「あ、この辺の者ではないのでわかりません。すいません・・・。」
と、答えました。
地図を見て、ようやく見覚えのある道を見つけて浅草橋の宿にたどり着きました。
宿で、ビールを開けました。
シュパッと音がしました。
ああー、美味い!
2 (ウォーキング編) http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10284442/ に続く)
クイズの答:京都(京都、大坂、江戸の順)
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